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式典が終わり退場する。しかしまだみんな別れがたくて、あちこちで輪が出来ている。和実は最初梓や照葉たちと同じ会話の輪にいたが「ちょっとごめん」と言って離脱すると、紺野君のところに駆け寄った。紺野君は、ちょうど取り囲んでいた女の子たちと別れて帰ろうとしている雰囲気だった。
「こんにちは」と明るく声を掛ける。
「こんにちは。前から可愛かったけど、振袖を着ると美人度が上がるね」と紺野君。
「これ。。。少し早めのバレンタインです」
「ありがとう」
「たぶん、これ渡すの最後になると思います。私、婚約しちゃったから」
「おお、それはおめでとう」
「高2の時に紺野さんに言われた通り。私の方からアタックしたんですよね」
「はるかちゃんは、人を引き寄せるタイプだから、受け身で行動すると自分の好みでない人と恋をしてしまい易いんだよ」と紺野君は言っている。
「ああ、そうなのかも」
「でもね。実を言うと、高校時代にきちんとした言葉で、僕に告白してくれたのは、はるかちゃんだけ」
「えー!?」
「好意を寄せてくれた女の子はたくさんいたけどね」
「紺野さん自身が好きって言ってた女の子とはどうなったんですか?」
「実は。。。。震災で亡くなったんだよ」
「え?」
「僕も彼女も仙台の大学だったから、向こうでも時々会って、お茶飲んだりしてたんだけど、実はまだちゃんと告白してなかった。それが悔やまれて」
「もしかして、※※さん?」
「よく分かったね」
「凄くいい人だったのに」
「さすがに僕も当時はショックでね。まだ立ち直り切れない」
「励ましたりすることもできないけど、でも彼女は紺野さんに自分にこだわらないでって言っている気がします」
「そう?」
「あ・・・・・今、何か言われた?」
「言われた?」
「あのですね・・・・3月11日に自分のお墓に、ローズマリーの花を供えてくれないかって」
「ローズマリーは彼女が好きだった花だよ」
「彼女、それでけじめを付けましょうって。彼女ですね、なんかとってもいい状態。まるで天使みたい。家族や友だちにとても愛されてたし。それでこんなきれいな状態になれたんだろうな。彼女、紺野君と紺野君が次に恋する女の子を守ってあげるからって、言ってる」
「君が言うと、信じられる気がする」
「彼女のことは、私もけっこう印象強かったし、友だちたくさんいたから、きっとみんなの心の中に彼女の魂は引き継がれていきます。もちろん紺野さんの心の中にも」
「そうだね。3月11日まで、ゆっくり考えてみる」
「でも元気出してくださいね」
「ありがとう。あ、そうだ。これ・・・・」
と言って紺野君は、和実にホワイトチョコレートの小さな包みを渡した。
「わあ。。。」
「さっき、僕を取り囲んでいた女の子たちに配ったんだけど、1つ余っちゃって。残り物で悪いんだけど」
「いえ、ありがとうございます」
「はるかちゃんも元気でね。身体を大事にしてね」
「はい」
紺野君は手を振って、駐車場の方へ歩いて行った。
そこに《バスコ・タ・ジョロキア》の伊藤君が寄ってきた。
「紺野と随分長く話してたね。あ?それ、もしかしてホワイトデー?」
「かなり早めのね。あ、伊藤君にこれあげる」
と言って和実はバッグの中に入れていた、ガーナチョコレートを1つ渡した。
「おお!4年ぶりにもらった。一生取っとくよ」
「食べた方がいいよ。私もこのホワイトチョコ、食べちゃおう」
と言って、和実は紺野君からもらったチョコを開けて食べた。
その日は、自宅に戻って和実・淳・母・父・胡桃の5人で晩御飯を食べたあと、夜8時くらいに家を出て、東京を目指した。梓も拾って、4人で交替しながらの運転である。疲れているだろうから事故防止のためということで、1時間交替にして、運転している人以外は原則として寝てようというのと、万一眠くなったら、脇にでも停めて、次の人と交替するか、少し仮眠する、というルールで車を進めた。
明け方、和実たちの家に到着し、そのまま4人ともそこでしばし寝た。(梓は胡桃の部屋で寝た)10時頃起きだして朝昼兼用の御飯を食べ、それから梓と和実は振袖を着る(梓は胡桃に着付けしてもらい、和実は自分で着て、帯だけ姉にしてもらった)。淳がふたりの写真を撮る。梓は自分の携帯でも写真を撮ってもらい母に送信していた。
今日着る振袖は、梓は盛岡で着たのと同じ、冬子の振袖だが、和実は石巻で託されたユキさんの振袖である。最初、梓が借りようかと言っていた、和実と胡桃がヤフオクで落とした振袖も一応その後、洗い張りしてみたが、やはり普段着用かな、ということになった。
「でも、例の振袖もそのうち何かで貸してくれない?」
「うん。いいよ。どこかお出かけとかするのに使おうよ」
「昨日、みんなの振袖、たくさん見たから私、突然目が肥えちゃった。あの振袖も、かなり良い振袖だよね。和実、元は60万くらいじゃなかったかって言ってたけど、もう少ししたんじゃない?」と梓。
「かもね。でもヤフオクでは8万で落としたから」と和実。
「いわゆる減価償却済みの残存価格ってやつだね」と胡桃。
「私の男の身体も減価償却済みかなあ」と和実。
「和実の場合は破壊してるから、会計的には減価償却じゃなくて臨時損失で処理かな。でも男の身体より、女の身体の方が評価額が高いかもよ」と梓。
「あ、私もそんな気がする」と淳。
「そうなると帳簿上の価格に加算しないといけないね」と梓。
「性転換手術の代金は帳簿上は修繕費かな?」
「でも、私、女ではあっても子供産めないから評価額低いよ」と和実は言うが「いや、実は子供産める気がする」と梓は言い、淳も
「私もそんな気がする」などと言う。
「なんか、みんなからそれ言われるから、本当に自分が子供産める気がしてきたよ」と和実は戸惑うような表情で言った。
今日の式は、梓と和実は会場が別なので、終わってから他の友人たちも含めて振袖のまま会おうということにし、各々電車で会場まで出かけた。淳と胡桃は和実に付いていく。付き添いの2人は訪問着を着ている。
「姉ちゃんも振袖着ればいいのに」
「だって新成人の子と間違われたら面倒じゃん」
「でも訪問着だって、振袖と見間違う人いるかも」
「袖丈が違うから大丈夫だって」
「いや、和服って見慣れてない人が多いから」
会場前でまた記念写真を撮った。また、和実は会場の入口付近で振袖姿の写真を姉に自分の携帯で撮ってもらい、それをユキさんのお母さんの携帯にメールした。
今日の成人式は最初に吹奏楽の演奏から始まった。あとで梓に聞いたら、彼女の出た式は盛岡と同様に祝辞関係がたくさん続いてからアトラクションだったらしいので、このあたりは地区によって色々なのだろう。
地元の高校の吹奏楽団の演奏で「マル・マル・モリ・モリ!」、miwaの「春になったら」、AKB48の「フライング・ゲット」、と演奏されて、かなり会場が盛り上がった所で開会の辞から、いろいろ来賓の祝辞、新成人代表の言葉、などと続いていった。
それが終わるとビンゴ大会となり、会場の前の方の席に座っていた人がひとりずつ壇上に呼ばれて、ひとつずつ玉を引き、出た数字を司会者が読み上げていって、当選者が30人に達したところで終了した。和実はリーチが2つできたものの当選には至らなかった。
式典が終わってから、会場に用意されている女性用の着替え場所で、ユキさんの振袖を脱ぎ、自分の振袖を胡桃に着付けてもらった。ユキさんの振袖はそのまま胡桃が持ち淳と2人で帰宅する。そして和実は2人と別れて、梓たちと合流するのに、ひとり都心に出た。
日本料理店のパーティールームを借り切っていた。振袖を着て座敷に座りたくないので椅子で座れる所を選んでいた。
この日集まってきたのは15人。和実・梓・若葉が中心になって、何となく仲の良い子に声を掛けて集まった。△△△大学の理学部の学生が多いが、それ以外の子もいる。エヴォン関係では他に瑞恵が来ていたし、高校の友人関係では、照葉・奈津・由紀が来ていた。また昨年は和実と一緒にボランティア活動をしていた美優と晴江も来ている。
照葉と奈津は盛岡の成人式には出たものの、東京の成人式は「2つ出るのは疲れる」
と言って出なかったのだが、今日は振袖で集まるということだったので、奈津が自分と照葉に着付けしてまた振袖で出て来ていた。2人は新幹線で午前中東京に戻って来たらしい。また由紀は出身中学のある愛媛の成人式に出て今日は東京の成人式に出たということだった。彼女は愛媛から飛行機でトンボ返りである。美優も静岡まで往復、晴江は長野まで往復であった。
まずは全員並んだ記念写真をお店の人に頼んで撮ってもらった。
そのあとオレンジジュースで乾杯してから、お互いに撮影し合う。お互いの携帯に入っている、成人式会場での写真も見せ合っていた。
「なんか、どこの会場にもコスプレ派がいるね」
「まあ、成人式の楽しみ方も人それぞれだよね」
「あれ?和実、ここに写ってる振袖と今着てる振袖が違う」
「ふふふ。お色直し」と和実。
「盛岡の成人式では今着てる振袖を着てたね」と奈津。
「ちょっと事情があって借りて着た振袖なのよね」と簡単な説明をする。
「へー」
料理も出てくるが、お土産を持って来ている子もいる。
「ねえ、このお店、持ち込みいいの?」と奈津が幹事役の若葉に小声で訊いた。
「ナマ物は困るけどお土産のお菓子程度は見ない振りするから自己責任でよろしくって」
和実と梓が一緒に盛岡のお菓子を持ってきていた。由紀は愛媛のお菓子を持ってきている。新潟から帰ってきた子、博多から帰ってきた子も、それぞれ地元のお菓子を盛ってきていた。
「あ、それからこれはFとMの人から。仕事が忙しくて来れないから差し入れだけって」といって若葉が生菓子の箱を開ける。
「わあ、きれい。誰だろ?FとMって」
「若葉と和実の親友で、私にこの振袖貸してくれた人」と梓が言う。
「へー」
「あのふたり、しばらく全然時間が取れないらしい。とりあえず15日までは作業場所に籠もりっきりになるらしいし」と若葉。
「大変そう」
「でもFとMって、まるでFemaleとMaleみたい」
「えーっと、今はあの2人どちらもFemaleだね」と和実。
「『今は』って昔は違ってたの?」
「そうだね。Fの人は昔はMaleだったけど今はFemaleになっちゃった。Mの人は元々Femaleだよ」
「きゃー。和実みたいな人が友だちにいるんだ」
「うん。似たような傾向なんで友だちになったんだよね」
「ああ、なるほど」
「だけど、みんなのおみやげのお菓子だけで、けっこうお腹が膨れるね」と照葉。「ん?料理いらないなら、私もらっちゃうよ」と奈津。
「食べる、食べる。御飯とおやつは入る所違うもん」と照葉。
「別腹だよねー」と若葉。
「おやつはおやつ、御飯は御飯だよね」と和実。
「あれ?和実もそういう構造?」
「うん、女の子はみんなそうでしょ」
「和実、そのあたりの構造も女の子なのね」
集まりが解散するが、和実・梓・奈津・照葉の4人は何となくまだ別れがたくて結局、食料やおやつの心配をしなくて済みそうな、和実の家になだれ込んだ。そこで振袖を脱いで、ふつうの服に戻る。胡桃が甘い紅茶を入れてくれた。作り置きのパウンドケーキがあったので切って食べる。
「なんならここに全員今夜は泊まってもいいしね」と和実。
「この人数で寝れる?」と梓。
「大丈夫だよ。梓は私と淳の部屋に寝て、奈津と照葉は姉ちゃんの部屋に寝ればいいよ。布団は争奪戦になるけど、布団から飛び出しても、エアコン付けてれば暖かいよ。そもそも断熱シートとかたくさん使ってるしね、ここ」
「鉄筋コンクリートの家って、そもそも冬は暖かいよね」
「そうそう。そして夏は暑い」
他のみんなの前では話していなかった、今日和実が成人式で着た振袖について説明すると、その件を聞いてなかった奈津・照葉は「そういうことだったのか」
「自分にとっても記念の日なのによく着てあげたね」などと言う。
「自分の振袖は盛岡の方の式で着たしね」
「写真、送ってあげるの?」
「お母さんの携帯にメールしたよ」
「返事来た?」
「うん。これ」と言って和実はメールを見せる。
『ほんとに着てくださったんですね。ありがとうございます。感激しました。あの子も喜んでると思います』と書かれている。
「本人から何かメッセージあった?」と梓。
「式典の途中でね。明らかに振袖が少し軽くなった」
「へー」
「たぶん3月18日にまた着てあげたら、もっと軽くなる」
「じゃ、その日、石巻に行くんだ」
「いや、仙台だよ。彼女が通ってた短大の卒業式に行く。その短大に連絡したら、そういうことでしたら、ぜひ来てくださいと言われて。私、そこの卒業式にその振袖で出ることにしたよ。彼女の遺影を持って。彼女がこの振袖を試着した写真がね、お友達の携帯に残ってたことが分かって。それをプリントする」
「わあ」
「ユキさんのお母さんも短大に来るって。そこまで終わったら、この振袖、お母さんに返す」
「でも和実、頑張るなあ」と照葉。
「まるで巫女さんみたい」と奈津。
「なんかね。ここ1年、私そんな感じで動いてきてるんだよね。霊感も凄く敏感になってるし」
「神様に使われている感じだよね」と梓。
「去年の夏に知り合った凄いパワー持ってる霊能者の友だちがいるんだけど、彼女が言うには、多分私の霊感がここまで強く働くのは今年の3月11日までだろうって」
「やはり神様から臨時の巫女さんとして徴用されてるのね」
「どうもそんな気がする。こないだ電話で話したのでは、この振袖の件があるから、3月18日までは延長でけっこう霊感働いて、その後は以前の程度のレベルに戻るんじゃないかって」
「ふーん」
「そんな霊能者の友だちとかいるんだ?」
「彼女と接してから、彼女の影響でますます私の霊感強くなった気もするんだけどね」
「あはは」
「彼女には私のPTSD、治してもらったしなあ」
「ああ、例のひとりで寝られないってやつ?」
「そうそう。ひとりだと寝てもすぐ変な夢見て目が覚めちゃって。淳が仕事で徹夜の日とか春頃は私、一晩中眠れなかったんだけど、それが彼女にヒーリングしてもらってからは、ちゃんとひとりでも寝れるようになったのよね」
「良かったね」
「春には1度私のアパートに夜中訪ねて来て、寝せてといって、私の布団の傍で眠っちゃったことあったね」と梓。
「あれは淳が3日仕事場で徹夜してて。もう耐えられなかったのよ」と和実。
「たいへんだったんだ」
「今はもうすっかりいいのね」
「うん。そのPTSDが治った後、霊感が強くなっちゃったのよ。でもたぶんね。。。私みたいな『臨時巫女』が去年はけっこう出たんじゃないかと思う」
「ああ・・・・でも亡くなった人たちの魂は和実みたいな子とか、他にもいろんな人達に引き継がれていくんだね」
「だろうね。彼ら・彼女らが生きていた証しは残された人たちの心の中にあるんだよ。そしてその人たちのやり残したことを引き継いでいく人たちもいる。去年10ヶ月間のボランティア活動で、私それを凄く感じた」
「自然の脅威に対してひとりひとりの人間は弱いけど、みんなで団結して、それを乗りこえていかないといけないんだろうね」と照葉。
「うん。実際みんな頑張ってるよ」と和実は明るい顔で言う。
梓はそう語る和実を見ていて、心の中に熱い炎が燃えてくるのを感じた。
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トワイライト・魂を継ぐもの(8)