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■女の子たちの成人式(4)

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花火大会の日。この日は午後の講義が休講になったので学校は午前中で終わったものの、バイト先のファミレスで午後の時間帯に入っていた人が急用で休みになったので急遽そこに入ることにした。その代わり、いつもやっている深夜時間帯の勤務は無しである。結果的には花火大会のあと、のんびり余韻を楽しめることになったのでオーライかなと千里は思った。
 
4時に仕事を終えてすぐにスクーターで自宅に戻り、浴衣を着る。もう10日ほど毎日やっていたので、かなり手際よくできるようになっていた。バッグの中身を点検して最小限にしてから、バスと地下鉄で桃香との待ち合わせ場所に向かった。
 
6時の待ち合わせだったが、5時40分に到着した。桃香はまだ来ていない。遅れるのではないかとヒヤヒヤしていたので、桃香が来ていないのを見てほっとしたら急にトイレに行きたくなった。
 
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ここは地下街の広場なので、近くにトイレがある。
『この格好で男子トイレは入れないよな・・・・あ』
千里はその隣に多目的トイレがあるのに気づき、そこに飛び込んだ。
『助かった。女の子の服着てる時はこれでいくかな・・・』
用を達したついでに浴衣が微妙に崩れているところを修正する。
帯はいったん解いて締め直した。
 
トイレから出て来たところに、ちょうど桃香がやってきた。
「可愛い〜。これ結構いい浴衣だよね」
「帯、草履とセットで6000円だよ」
「もう少ししそうに見えるのに。それに千里に似合ってるね」
「ありがとう。桃香もそのピンクの浴衣、すごく可愛い」
「これは帯・草履とセットで3000円」
「すごーい。お買い得」
「でも千里ちゃんと着れてるじゃん。一週間でこれなら上出来」
「どこか変な所無い?」
「うーん。帯の結び目の形が・・・これ貝の口だよね」
「名前はよく分からない」
「形が微妙。直していい?」
「うん。お願い」
「じゃ、そこのトイレで」
 
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桃香がトイレの方に行くので、千里も続いて行こうとしたが・・・!
桃香は女子トイレに入って行く。千里が立ち止まっているのを見て桃香は「どうしたの?」と訊いた。
「いやちょっとそちらは・・・」
「ああ」桃香は理解したようだ「でも大丈夫だよ、千里なら。ここ女子トイレの中に更衣室があるんだ。そこで締め直そうよ。手、握ってあげようか?」
「いや、それも変」
結局、千里はおそるおそる桃香に続いて女子トイレに入った。
 
できるだけ横を見ないようにして、トイレの中の更衣室に入る。
中に入ると、ちょっとホッとした。帯をいったん解き、桃香が締め直す。すると帯は今までより、凄くきっちり締まった感じであった。
『あ、この感触を覚えておこう』と千里は思う。
 
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帯を直してもらってから、一緒に花火会場の方へ歩いていった。人がかなり多い。
「これだけの人混みだと逆にみんなひとりひとりの様子に注意しないから、かえって人通りの少ないところより歩きやすいと思うよ」「ああ、そうかも」
「それとさ。深夜の浴衣着ての外出、あまりしないほうがいいよ。夜中にひとりで女の子が歩いてるのって、危険だから。痴漢とかに襲われると面倒」
「あ、それは考えたことなかった」
「今日で浴衣の人前デビューしたんだから、あとは昼間にたくさん出歩くといいと思う。1回やっちゃえば、あとは平気になるって」「うーん」
「浴衣だけでなくてスカートとかでも出歩いたら?要は慣れだよ」
「うーん。慣れか・・・」
「キュロットは穿いて歩けるんでしょ?キュロットだってスカートだよ」
「うん。そうだけどね」
 
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花火大会は会場に近づくにつれどんどん人口密度が高くなる感じだ。
打ち上げが始まった。
「この辺でいいかな」「もう少し先まで行けそうだよ。頑張ろう」
桃香に促されて進んで行くと、かなり顔を上に上げて花火を見る感じのところまで到達した。打ち上げポイントまで200mくらいの近さだ。
 
大きな打ち上げ音とともに上空で菊や牡丹の美しい光が広がる。
「凄い迫力。ここまで来て良かった」
「でしょ。でもほんとにきれいね」
「うん。日本に生まれて良かったという感じ」
「花火が?浴衣が?」
「あ、どちらもかな」
 
「うふふ。そうだ。千里、お化粧はしないの?」
「え?したことない」
「女の子のたしなみだよ。お化粧も練習するといいのに。興味無い?」
「無いことはないけど。でも何から始めていいか分からない」
「じゃ、今度ゆっくり教えてあげるよ。化粧品も最初は100円ショップのとかでもいいし」
「あ、100円ショップにいろいろお化粧品あるのは見て気になってた」
「かなり使えるよ。アイカラーとかは微妙だけどね」
 
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菊(尾を引いて広がるタイプ)がスターマイン(多連発)で打ち上げられた。空が明るくなり、まるで昼のようだ。ふたりはしばし見とれていた。
 
「恋人と一緒にこんなの見るのも素敵なんだろうな」
「あ、ごめんね。ボクなんかといっしょで」
「ううん。私、恋人いないし。玲奈と美緒は彼氏と来てるはず。朱音はバイトで来れず。真帆と友紀は来れたら来ると言っていたから、もしかしたら近くにいるかも」
「へー。あれ?美緒は彼氏と縒り戻したの?」
美緒は春先に『別れた彼氏の子を妊娠した』ということで、みんなで中絶費用をカンパした子である。
「ううん。新しい彼氏みたいだよ」「頑張るなあ」
「千里は恋愛はどうなの?」「恋人いないよ」
「じゃなくて、恋愛対象は男の子?女の子?」
「えっと。バイかも」
「あら、私もバイなんだ、実は」
 
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千里は過去の自分の恋を振り返ってみていた。相手が男の子の場合は、いつも片想いで、ただじっとみているだけだった。女の子との恋愛は向こうから告白されることが多かった。しばしばこちらが友達のつもりだったのに、向こうは恋のつもりだったということがあり、結果的に失恋させてしまったこともある。
 
しかし桃香の「バイ」発言は意味深な気もした。桃香は自分との関係に恋愛の可能性を考慮しているのだろうか・・・・あまり面倒な事はしたくないけど。
 
光のページェントが続いていた。もう何百発打ち上げられたのだろう。ふたりはしばしば花火に見とれて会話が途切れながらも、また友人や先生達の噂話をしたり、芸能ネタで盛り上がったりしながら楽しく話をしていた。途中で友紀から電話があり近くまで来ているので合流しようという話にはなったものの、人が多すぎて結局会えずじまいになってしまった。千里はまだあまり人に自分のこういう格好を見られたくない気がしていたので正直ホッとした。
 
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