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■女の子たちの成人式(1)

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(C)Eriko Kawaguchi 2011-01-29

 
千里は友人達と別れた後商店街をのんびり歩き、やがてその端の方にある呉服屋さんの前で足を留めた。
 
実は千里がここで足を留めるのは初めてではない。ここ1ヶ月くらいの間でももう10回目くらいである。見とれていたのは店のショーウィンドウに飾られた美しい振袖。『いいなあ』しばしそれを眺めてから、千里は自宅への途に就いた。
 
千里は大学2年生である。入学した当初、同じクラスの男子学生達から飲みに誘われて付いていったものの話に全然混じれなかった。彼らの話すエロ話は強烈に刺激的だったものの、千里の感性はそれに耐えられなかった。どうも場違いだと感じたのは向こうも同じだったようで、その後彼らからお誘いが掛かる事はなかった。
 
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逆に少し親しくなったのは同じクラスの女子学生達だった。しばらく教室の中での千里の雰囲気を眺めていて『どうもこの子、あちらの系統では?』と見抜かれてしまったようであった。理系の学科で、女子がクラスに6人しかいないし、その6人がみんな理系に来るだけあって男勝りの性格だったので、女っぽい性格の千里と結果的に近い感性を持っていた。それで自然に彼女達とよく話すようになっていた。
 
ある時は教室で先生の来るのを待ちながら教科書を眺めていたら、いきなり後ろの席から耳をつかまれた。「な、なに?」と言うと「じっとしてて」と言われやがて耳たぶに何か圧迫感。
 
「イヤリング付けてあげたよ」
千里はバッグから手鏡を取り出して見てみた。イルカのイヤリングだ。「可愛い」と思わず言ったら「気に入ったのなら、それあげる」と言われた。
 
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こんな感じで、パッチン留めやらカチューシャやらブレスレットやら、彼女たちからもらってしまった。マニキュアを塗られたり、マスカラを付けられたりもした。どうも着せ替え人形扱いのようである。
「千里、眉毛少し細くしなよ」と特に気の合う友人である桃香からは言われた。よく分からないというと「じゃやってあげる」と言われ、任せておいたら眉毛をかなり細くカットされた。「このくらいが可愛いよ」「ありがとう」
 
そんな彼女たちから、お茶会に誘われたりすることも多かった。実はさきほど千里が別れてきたのも彼女たちを含む理系クラスの女子達のグループだったのである。最近のことばでいうと女子会だが、千里は完璧にそのメンツに入れられていた。彼女たちと話す、ファッションの話、男性アイドルの話、また恋話などは、千里の心をリラックスさせた。恋愛の話は中身がなまなましいものであっても男子学生達の話にはちょっと耐えられない感じがするのが、女子学生達の話は不快でなかった。不用意に妊娠してしまった子の中絶費用をカンパしたこともあったが、そういうのにも自然に応じられていた。
 
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そんな千里がその呉服屋さんに気づいたのは2年生の夏休みに入った頃であった。いつも和服の店員さんが店頭に立っていて、道行く若い女性に声を掛けていた。実は千里も最初、男の店員さんに呼び止められてティッシュをもらったのである。千里は髪を伸ばしていたので、別にお化粧などしていなくても充分女の子に見える。実際街角で美容液とか生理用品とかのサンプルをもらってしまうこともあった。
 
その時も、ティッシュを反射的に受け取ったあと、そのまま足を留めてしばらく話していたら途中で向こうが気づいたようで「あ、済みません。君、男の子でした?ごめんね。男の子は振袖着ないよね」と頭を掻いて解放してくれた。その時千里の耳にその『男の子は振袖着ないよね』という言葉がいつまでも残響していた。
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桃香は詰まらない顔をして、母と呉服屋の店主とのやりとりを眺めていた。初老の店主は「お嬢様によくお似合いですよ」と言っているが、振袖はこれから仕立てるのであって、実物を見るのは数ヶ月先。肩から布地を掛けてもらったもののそれは実物ではなく、色違いの布地で代用された。実際に使う布地は品切れを起こしており、今工房で生産中で今月末にできあがるということだった。
 
成人式の振袖を頼みに来たのだが、実はあまり気が進まなかった。どうせ1度しか着ないしレンタルでいいと言ったのだが、母は地元の友禅の工房に頼むなどと張り切っていた。冗談じゃない。何百万もする振袖なんてもったいないというので、あれこれやりとりした結果、桃香の住む町の呉服屋さんで手頃な価格の振袖を買うということで妥協が成立したのであった。
 
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成人式なんてそう騒ぐようなイベントでもないと思ったし、桃香は普段着の洋服で行ってもいいと思っていた。友人たちはやはり振袖を着るという子が多い。「女子会」のメンツではレンタルの子が多いが、買うという子も何人かいた。あ、そういえば千里はどうするんだろう?一応男の子だから背広だろうか?千里のそんな姿はあまり見たくないな。あの子は可愛くしなくっちゃ・・・・むしろ私が背広着て出たいかも。FTM宣言しちゃおうか。私は男でも生きていける気がするし。でも、そんなことしたら母が卒倒するか?
 
よけいなことを考えている内に商談はまとまってしまっていた。「セット価格」
で69万8000円という振袖である。代金は桃香と母が折半することになっていた。
「それでは、記念写真の前撮りをなさる場合は着付け料込みで2万円で。それ以外で着付けをなさる場合は1回1万円で御承り致しますので」「はいはい」
返事しているのはもっぱら母である。
 
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母を駅で見送ってから、何となく商店街を散策していた桃香は、ふと千里の姿を見て声を掛けようとしたが、千里はこちらに気づかず、行ってしまった。千里何見てたのかな?え?ここも呉服屋さん??もしかして成人式に和服、紋付き袴なのだろうか?と思ったが、その呉服屋さんの店頭に飾ってあったのは大柄な花模様のピンクの振袖であった。

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朱音は成人式の振袖の件で、母と電話越しに大げんかしてしまった。朱音は成人式の振袖は自分で買うつもりで、バイトでお金を貯めていた。ところが母が勝手に地元の百貨店の展示会で買ってしまったというのであった。
 
「そんなの私着ないからお母さんが着たら?」などと言ったりして、売り言葉に買い言葉で、最後はお互いに縁切り宣言してしまった。
 
「はあ」と受話器を置いた朱音はため息をついた。母とはもとより折り合いが悪く、今までも何度も衝突している。こないだからそれで3ヶ月ほど音信不通だったのだが、久しぶりに向こうから電話してきたかと思ったらこれである。向こうは仲直りのつもりで振袖を買ってくれたのかも知れないが、そんなものこちらの好みも聞かずに勝手に買って欲しくなかった。
 
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「なんか振袖自体面倒くさいなあ。もう普段着で出ちゃおうかな、成人式。でも他の子はみんな振袖かなあ・・・」
 
朱音は「女子会」のメンツをひとりずつ思い浮かべながら、この子はこんな感じのが似合うよなと思っていた。桃香は・・・振袖じゃなさそうな気がするな。ドレスかな。スーツ姿もりりしいよな。まさか背広とか着てきたりして?朱音は桃香のセクシャリティは、かなり怪しいと思っていた。あ、怪しいといえば・・・千里はどうするんだろう?あの子にはぜひ振袖を着せたいな。背広なんか着てきたら、みんなで寄ってたかって脱がせて振袖着せちゃおう。
 
変な妄想をしていたら少し気分が晴れてきた。

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それは8月下旬のある日のことだった。講義はまだ始まっていないが自主ゼミがあったので千里は午前中に大学に行き、そのあとボールペンの替え芯を買ってから家に帰ろうと思い街に出てデパートで買い求めた後、商店街を抜けていった所で、また呉服屋の前で足を留めてしまった。
 
またまたしばらくそのショーウィンドウの振袖を眺めていた時、店頭にいた女性の店員さんが声を掛けてきた。「この振袖、可愛いでしょう」「あ、はい」
と答える。その時、以前声を掛けてきた男の店員さんが「あ、そのお客さんは」
と言ってきたが、その女の店員さんは「いいの、いいの」とそれを遮って
「いつもこの振袖を見ておられる気がして。妹さんか誰かに贈り物ですか?」
と尋ねた。「いえ」と首を振ると「あ、やはりご自分用ですよね」と尋ねる。千里は真っ赤になったがコクリと頷いた。
 
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「別に押し売りしませんから、少し商品のご説明しましょうか?」と笑顔でいうので、千里は「はい」と言って、その店員さんに案内されて店内に入った。
 
「女物の和服、浴衣とか持っておられますか?」
「いえ、全然ありません。和服自体、さっぱりわからなくて」
「着物の格というのは分かりますか?」千里は首を振る。
そういえば和服のことって全然知らなかった。同級生の女の子たちとも洋服のファッションのことは話すが、和服の話題はあまり出たことがなかった。
「細かく分けると色々あるのですが、大雑把に分けると、礼装・外出着・普段着ということになります」「ああ、なるほど」
 
この店員さんは自分が男と分かった上で、特にその性別を気にすることなく普通に扱ってくれている感じがして、千里は好感した。それで少し話を聞いてみようという気になっていた。店員さんは「鈴木美千代」という名刺を出した。
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