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3月3日(日)はひな祭りで、千里の誕生日でもある。蓮菜が
「うちでひな祭りやるからおいでよ。千里の誕生日パーティーも兼ねて」
と言うので、千里は可愛いワンピースを“持って”蓮菜の家に行った。平日なら着ていく所だが、日曜で父が家に居るので自粛したのである。
むろん蓮菜の家で着替えさせてもらう。
「おぉ、可愛い!」
「千里は6年生になったらもう女の子になっていることを公表して、正式に女子児童として登校しよう」
「女の子にはなってないよぉ」
「いやそれは嘘だ」
千里の家では小さな親王飾(姫と殿だけ)の雛人形があるだけで、実はきれいに忘れていて前日慌てて出してきてテレビの上に飾った所である。蓮菜の家では段飾りのひな人形を2月3日(日)に出してきて飾っていたらしい。
「そんなに早くから飾ってたんだ?」
「これいつまで飾っておくの?」
と恵香が尋ねる。
「今日の夕方には仕舞うよ」
「そんなにすぐ仕舞うの?」
「だって雛人形をいつまでも飾っておいたら、(お嫁に)行き遅れると言うじゃん」
「へー。そうなんだ!!」
うちは毎年適当に出してきて適当に片付けてるなあと千里は思った。
蓮菜のお母さんが大きなラウンドケーキを出してくると歓声が上がる。
「これ千里ちゃんのお母さんが持って来てくれたのよ」
「千里は毎年ひな祭りと兼用だもんなあ」
大きなロウソクと小さなロウソクを1本ずつ立て、火を点けて灯りを消す。千里がロウソクを吹き消す。
「ハッピー・バースデイ!」
「ありがとう」
この日集まっていたのは、蓮菜の他、千里、恵香、留実子、佳美、美那の合計6人である。蓮菜がケーキをきれいに6等分して皿に載せ、各自の前に置く。恵香がスプライトをグラスについで配り、蓮菜が「いただきまーす」と言ってみんな食べ始めた。
蓮菜のお母さんが向こうに行っている間に恵香が小さい声で訊いた。
「蓮菜は田代君と“した”という噂があるのだが」
「そんな雰囲気になって、私もしてもいいかなとは思ったけど、最終的には中学生になるまでは待とうよということにした」
「中学生になったらするんだ!」
「あいつのを握ってあげただけ」
「握ったんだ!?」
「千里も青沼君と“した”という噂があるのだが」
と蓮菜は話をそらす。
「お正月にデートしただけだよ!キスもしてないし」
「キスくらいすればいいのに」
「もしそういうことになったら、キスはしちゃうかも」
「まあ蓮菜も千里も妊娠は気をつけるように」
と美那が言っている。
「たまに小学生で赤ちゃん産んじゃう子がいるらしいね」
と佳美。
「避妊具付けてたら大丈夫だよ」
と蓮菜は言う。
「そうだ。千里1個あげる」
と蓮菜は“それ”を千里に渡したが
「見せて見せて」
と言って美那が手に取る。
「丸いリングみたいな?」
と美那は包装の上から触っている。
「ここではまずい。美那にもあけるからあとで開封してよくよく観察しなよ」
と言って蓮菜は美那にも1個“それ”を渡した。
「1度使い方の講習会を」
と恵香。
「また今度ね」
娘たちが避妊具をあれこれ触っていたら、お母さんが仰天するだろう。
それでともかく千里も美那も避妊具はバッグの中にしまった。
「でも蓮菜、それ自分で買ったの?」
「お母さんから1箱渡された」
「ああ」
「理解があるね」
「単に危機管理だと思うけど」
「小学生の娘が妊娠したら大変だもんね」
「するなら必ずつけさせろと言われた。その時はちゃんとすると雅文も言った」
「結局、2人は付き合ってるんだっけ?」
「別に付き合っている訳ではない」
「だけど蓮菜は彼の浮気は悉く潰している」
「それは当然」
「じゃやはり恋人になったんだ?」
「そのつもりは無い」
「恋人でなくても彼が他の女の子と付き合うのは阻止するんだ?」
「もちろん」
「よく分からないなあ」
「いらっしゃーい、お疲れ様」
と志水照枝は、久しぶりにやってきた高岡猛獅を迎えた。
「ごめんねー、なかなか顔を出せなくて」
と高岡は照絵に謝った。
「あ、これ君のハズバンドから頼まれた。志水君もうちのもダウンしてる」
と言って、虎屋の羊羹の箱を渡す。
「ありがとうございます!これ大好きなんです。でも高岡さんがいちばんお疲れでしょうに」
「いやそれが僕のギターは使えんといわれて降ろされて、今滝口君(**)という人が弾いてる」
「え〜〜〜!?」
「これ内緒ね」
「ええ、もちろん」
(**)ドリームボーイズの滝口将人。この時期のドリームボーイズ(昨年デビュー)は、しばしばワンティスのバックアップの仕事をしていた。
「それで暇になったから、リュウコの顔見ようと思って」
「それは本当にお疲れ様です」
「まだお菓子とか食べられないしと思って、お洋服買って来た」
「わあ」
「サイズがよく分からないから、多少サイズ違っても着られるようにと思ってワンピース買って来たよ」
と言って、高岡はデパートの包みを出すと、ピンクの可愛いワンピースを広げた。
なんとベビー・ディオールだ。かなり高かったのではないかと思った。
「・・・・」
「どうかした?」
「あのぉ、それをリュウちゃんに着せるんですか?」
「え?似合わないかな?」
「だって男の子なのに、ワンピースなんて」
「え?リュウって男の子だったっけ?」
はぁ!?
「男の子ですけど。私も最初はてっきり女の子だと思ったけど、おしめ替えようとしたら、お股に変なものついてるからびっくりしました。夕香さんに電話したら、この子みんなから女の子と思われちゃうんですよ。いっそ、ちんちん切って女の子に改造しちゃおうか?なんて笑っておられましたけど」
「ごめーん。アルバム制作で煮詰まってたから、記憶が混乱しちゃった」
「いえ、お疲れですもん」
この人、以前ラーメンに胡椒を掛けようとして間違って御飯に掛けちゃったとか、ギターと(まじで)間違ってホウキを手に持ってステージに登場した、なんてのもあったからなあ、と照絵は思った。
「男の子の服、買い直してくるね」
「いえ、疲れがピークに達しているんですよ。自宅で少しお休みになった方がいいですよ。家の中でなら、男の子にワンピース着せてても別に誰も見ないし」
と照絵は言ったのだが、翌日来訪した夕香が仰天することになる。
「そうだね。少し休むことにする」
と言って、高岡は帰っていった。
「ほんと、リュウちゃん、女の子にしてしまいたいくらい可愛いもんねー」
と言って、照絵は龍虎を抱くと
「あんた、いっそちんちん切っちゃう?美人さんになりそうだし」
などと言った。
龍虎が嫌そうな顔をした気がした。
千里たちのスキーの授業は毎週1回行われていた。
3月6日は良いコンディションだったのでスキー授業は実施された。この先はもしかしたらできないかもということで、スキー大会が実施された。
千里は一応男子で出てと言われ、滑降と回転に出たが、いづれも最下位だった。次の組のスタートをかなり遅らせることになるほど離されたので
「うーん。村山を男子の部に出したのは間違いだったかも」
と言われた。
留実子は一応女子に出てと言われ、大回転とジャンプでいづれも断トツの成績で優勝してメダルをもらっていた。
「うーん。本当に花和を女子の部に出して良かったのか疑問がある」
などと言われていた!
実は滑降では他の女子と差が付きすぎるからというので大回転に出てと言われたのだが、それでも圧倒的だった。
「先生、今度からはセックスチェックしましょう」
「セックスチェックすれば、村山は間違いなく女子、花和は間違いなく男子と判定されそうな気がする」
3月13日はまた晴れ続きで雪のコンディションが悪く中止となる。この日は体育館で、男女別1組対2組でドッヂボールをした。千里は
「村山を男子の試合に出すのは危険だと思う」
と桜井先生と三国先生の意見が一致し、女子の部に組み込まれた。留実子は
「花和を男子でもいいかも知れないが一応女子に出て」
と言われて彼女も女子の部に出た。
結果、千里はひたすらボールから逃げまくって最後まで生き残った。留実子はひたすら敵を倒し続けた。そういう訳で最後まで1組で生き残ったのは、千里・留実子と運動神経のよい玖美子・初枝の4人、2組では麦美だけだった。しかし1組は男子が1人いたからと言って1人減算し3:1で1組の勝利とした。
「1組は男子2名入っていた気が」
などと2組の子が文句言っていた。
「その1名って村山さんなのか、花和さんなのかは疑問があるけど」
「裸にしてみないと分からないよね」
「裸にしてみれば村山さんは間違いなく女子だと思うけど、花和さんは怪しい」
などと言われていた。
なお、3月20日も晴れ続きで雪が融けてしまい、おとななら何とか滑れるのだが小学生は危険ということで中止になり、またサッカーが行われた。千里が前回鉄壁すぎたのでゴールキーパーは鞠古君が務め、2対2の引き分けに終わった。1組の2点はいづれも留実子が入れたものである。でも千里も1アシストした。千里はなぜか、いい所にいるのである。
3月22日(金)は卒業式だった。留萌市立N小学校を卒業した子はほとんどがそのまま留萌市立S中学校に進学するので、卒業生のほとんどはその制服を着ている。一部、私立に進学する子が違う制服を着ている。それで男子はほとんど学生服、女子はほとんどセーラー服である。千里は来年自分はセーラー服を着たいなあ、でも無理かなあ、などと思って6年生たちを見ていた。
卒業式は5年生の鼓笛隊の『ヤングマン』の演奏に合わせて6年生が入場してきて、教頭先生の開会の辞のあと、馬原先生がピアノを弾いてそれに合わせて『君が代』を全員で斉唱する。そのあと卒業生が1人ずつ名前を呼ばれて校長先生から卒業証書を受けとった。
校長先生の式辞、市長(の代理人)の告示、来賓の祝辞がいくつか続いた後、5年生代表(川崎典子:ドラムメジャーの服から黒いワンピースに着替えている)の送辞、卒業生代表の答辞、とひたすら退屈な挨拶が続く。眠りかけている子もいる。
4年生の渡部香織(コーラス部のサブピアニスト)が出ていきピアノ伴奏して全員で校歌を斉唱する。
その後、閉会の辞があり、5年生の鼓笛隊か演奏する『蛍の光』に合わせて卒業生が退場し、卒業式は終わった。
千里は卒業式が終わった後、剣道部、ソフトボール部、合唱サークルの卒業生に記念品を渡した。各部とも1人の在校生が1人の卒業生に渡すようになっているのだが、千里は部を3つ掛け持ちしているので3人に渡すことになり
「あんた忙しいね」
などと言われた。
またソフト部の楓先輩からは、あらためて
「ちゃんと春休み中に手術して女子になっておいてね」
と言われた。