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(C) Eriko Kawaguchi 2021-11-12
2001年8月に生まれた龍虎は、生後1ヶ月半で志水英世・照絵夫妻に託された。
照絵は2001年春に妊娠したものの、流産してしまっていた。流産の原因は不明ということで、恐らくは遺伝子に何か問題があったための自然流産でしょうと医者からは言われた。当時はホルモン的に物凄く不安定で感情の波も激しかった。何でもないことで泣いてしまうこともよくあった。
そういう時に龍虎を預かったので、照絵は流れてしまった子が戻って来てくれたような気がして、龍虎を物凄く可愛がった。その様子を見て夫の英世は心配した。
「あまりのめり込みすぎると、高岡さんたちに返す時に辛いぞ」
「分かってるよ」
とは言うものの、照絵はこの子はもう高岡さんたちには返したくない気分だった。
「そういえばその子の誕生日は?」
「そういえばいつだったっけ。8月だったはずだけど」
ワンティスは忙しいようで、龍虎を預かった10月から12月まで全国ツアー。その後、年末年始は様々なテレビ番組に出演しながら音源制作、と休む暇も無い。高岡夫妻は10月に龍虎を預けた後、11月下旬、1月下旬に夫婦1人ずつ顔を見せ、その後、夕香が3月上旬に龍虎に会いに来た。今は音源制作をしているが、ゴールデンウィークにはドームツアーがあるのでその準備もしており、大変なようである。今回も夫婦バラバラの訪問となった。
「ごめんねー。なかなか会いにに来られなくて」
と言って、久しぶりにやってきた夕香は我が子を抱きしめた。
「連れて帰りますか」
と英世が尋ねる(一瞬照絵が嫌そうな顔をする)が、
「ごめーん。まだ預かっててもらえない?本当に忙しくて。返されたらお世話できなくて、速効で餓死させそう」
と夕香は言う。
「無茶苦茶忙しそうですもんね」
と照絵(ホッとしたような顔)。照絵としたら、龍虎が居なくなったら、自分がどうにかなってしまいそうな気がした。
「そうだ。この子の誕生日をうっかり忘れちゃって」
「8月20日だよ」
「獅子座?乙女座?」
「獅子座。そうだ。こないだお友達にチャート印刷してもらったんだよ」
と言って、夕香は1枚の紙を取り出した。
ホロスコープが印刷され「高岡龍虎 M 2001.08.20 14:21 町田市」と書かれている。
「コピーさせてもらっていい?」
「OKOK」
それで照絵はこのホロスコープを1部コピーした。このコピーがずっと残ることになる。
「これスプラッシュですかね」
と照絵は訊く。
「このチャートを出してくれた友人は、ロコモーティブじゃないかという意見だった」
スプラッシュとは星が天空全体に散らばっていて、エネルギーが分散している可も不可も無い“普通の人”である。これに対してロコモーティブというのは、星の配置の中に間隙があるタイプで、そこを補おうとして努力することにより、大きく成長する可能性を秘めている。“努力出世型”である。努力が足りないと、ただの欠陥のある人間になる。このタイプのチャートを持つ人は、本人の努力次第で運命が大きく変わる。
「なるほどー」
「3,4,5室、サインで言うと魚・牡羊・牡牛に星が無い。つまりこの子の弱点は積極性や資金。だから誰か背中を押してくれる人に恵まれ、充分な活動資金も得られたら、とんでもない大物になるかも」
「柔のTスクエアを持っているから、自分で自分をプロデュースするタイプじゃなくて、良きプロデューサーを得て売れるタイプ」
「それ女性的な部分が重要だよね?」
「そうそう。Tスクエアを月が支配しているから女性的なエネルギーが封印されている。それを解放してくれる人が必要」
「それは牡羊か山羊の人」
(山村は月が山羊、西湖も月が山羊。鱒渕水帆は太陽も月も山羊。つまり初期段階で龍虎が売れたのには実は鱒渕の力がとても大きかった。それを引き継いだ山村も山羊で、理想的なリレーであった)
「獅子や天秤の人も助けてくれる」
「確かに確かに。お友達だよね」
(ケイは太陽・月ともに天秤、コスモスは太陽天秤・月獅子。千里は月が天秤)
「ディスポジターは?」
「こうなってる」
と言って、夕香はホワイトボードにこういう図を描いた。
金/蟹 土/双
↓ ↓
火/射→木/蟹→月/乙→水/乙
太/獅
「水星が根になるのか」
と照絵。
「品位で見ても水星の品位が物凄く高い」
と夕香。
「水とかマーキュリー(メルクリウス)とかに関する芸名付けるといいかもね」
「水川メルクとか」
「あ、可愛いかも」
「それ女の子の名前では?」
と英世は言うが
「この子、可愛いから女の子でもいいと思うなあ」
と照絵は言い、夕香も
「この子きっと可愛い格好が似合うよね」
などと言っている。
「太陽はそれだけでループしているのに対して、月は多くの星と絡んでいる。この子は女性的なエネルギーの方が大きいから、そちらを伸ばした方がいい」
「スカートとか穿かせるといいよね」
「ロッカーとかのスカート穿くのは普通だよね」
「男の子アイドルはスカートとか穿いても変に思われないよね」
「でも水星が根ということは、この子、商業的に大々的に売り出すことでその才能が開花するタイプかも」
「うん。この子は街角でギター弾いてる子ではなくてドームで華々しく歌うことでその魅力が生じるタイプ」
「ワンティスより売れたりして」
「あり得る、あり得る。この子が売れたら私は左団扇で楽隠居させてもらおう」
「じゃその時は私はこの子のマネージャーで」
「おお、よろしくよろしく」
照絵と夕香が占星術用語を交えて、楽しそうに龍虎の将来について語るのを聞いていて、英世は
「さっぱり分からん!」
と思っていた。
その時、龍虎が泣いたが照絵は「おしめかな?」と言う。
「じゃ私が交換するよ」
と言って、夕香は龍虎のおしめを交換した。
龍虎のお股を見て、夕香が
「やはり、この子、男の子だよねぇ」
などと言う。
「あ、私もこの子、女の子なのではと思う時がある。なんか夜中に寝ぼけておしめ交換してると、ちんちん付いてない気がすることあるのよね。割れ目ちゃんを開いて中を拭いたような気がして。でも朝起きて見たらちんちん付いてるから、きっと夢でも見てるんだろうけど」
と照絵。
「この子、すっごく可愛いし、もうちんちん取って女の子に変えちゃおうか」
「あ、それいいかも。ちょっと手術受けさせればいいよね」
「お前ら、勝手なこと言うなよ」
と英世。
「でもこんなに可愛いのに男にしちゃうのはもったいないよねー」
「この子、絶対女の子でもやっていけると思う」
などと照絵と夕香は話していたが、龍虎が嫌そうな顔をしている気もした。
その日、千里は“体育の時間が終わって着替えている時”、恵香から言われた。
「千里って、いつも前開き(まえあき)の無いズボン穿いてるよね」
「前開きって何だっけ?」
「ほら、美那が穿いてるズボンとか、前面にファスナーが付いてるじゃん」
「ああ、それ苦手。だって引っかかるんだもん」
「引っかかるって・・・あれが?」
「うん。上着の裾がファスナーに引っかかって、外すのに苦労するじゃん」
「上着の裾かぁ!」
「他に引っかかるものは?」
と穂花が尋ねる。
「キャミソールの裙もよく引っかかる。それで穴あけちゃうこともある」
と千里。
蓮菜が笑って言った。
「千里の“身体”に引っかかるようなものが付いてる訳ない」
「やはりそうなのか」
「千里は立っておしっこすることも無いし」
「だけどあれ引っかかると凄い痛いらしいね」
「痛いだろうね」
「女の子の良いことは、引っかかる心配が無いことだよ」
「あれがどうしても取れなくて、病院に駆け込む人もいるらしいよ」
「病院でどうするの?」
「はさみで切るしかないんじゃない?」
「何を切るの?」
「普通の医者は布を切ってあげる。親切な医者はアレを切ってあげる」
と蓮菜。
「ふむふむ」
「切っちゃえば二度と引っかかることはないからね」
「確かにそれは親切だ」
「私が医者で患者が美少年なら、きれいに切り取ってあげる」
「蓮菜はやはり医者になるのやめた方がいい気がする」
千里は何を切るんだろう?と首を傾げていた。
龍虎は3月中旬に保健所で6ヶ月健診を受け、そのついでに四種混合ワクチンの3回目を打った。
既に、ヒブ、ロタ、小児用肺炎球菌、B型肝炎、BCGは終わっている。0歳児の段階での予防接種は、来月4月にB型肝炎の3回目を打てば完了である。次は1歳になってから、麻疹・風疹/水痘/おたふく風邪の予防接種を受けることになる。
龍虎の乳児健診と予防接種については「友人から赤ちゃんを預かっているので」と保健所に事情を説明し、住民登録されている子と同様にお知らせなどを受け取れるようにしてもらっている(夕香の委任状と母子手帳(*1)のコピー提出)。
(*1) 夕香は自治体から母子手帳を発行してもらっていなかったが、出産した病院が職権で発行してもらい、母親の名前も子供の名前も未記入のまま、出産に関する事項を病院が記載して夕香に渡した。受け取った後で、夕香は自分の名前“高岡夕香”と子供の名前“高岡龍虎”を自分で記入した。その後、照絵から予防接種などを受けさせたという連絡がある度にそれを夕香が記入していた。この母子手帳はいつも夕香が持っていたので、2003年の事故で焼失したものと思われる。
「しかし毎月毎月の予防接種大変だったなあ」
と照絵は思った。
保健所が終わってから、バーガーキングで一息ついていたのだが、6ヶ月健診の結果表を何気なく眺めていた照絵は“その項目”に気付いた。
「やだぁ。龍ちゃんの性別が女って印刷されてる」
名前はちゃんと“龍虎”になってるのに!
「あんた、お医者さんにも女の子と間違えられるなら、いっそ女の子になる?」
などとミルクを飲んでいる龍虎に語りかけると、この日の龍虎は嬉しそうに笑った。それで照絵はこの子を本当に女の子に改造してあげたい気分になった。
2002年4月2日から4日にかけて、留萌P神社の宮司・翻田常弥は個人的な用事で不在になった。実は彼の孫・和也が伊勢の皇學館大学に入学するのでその入学式(4/3)に参列しに行ったのである。
日本では緊急の場合(跡継ぎの長男が急死してその弟などに神職の資格を取らせたいなどといった場合など)を除いて、神職の資格を取るには、伊勢の皇學館大学か東京の國學院大学を卒業しなければならない。
(他に全国各地にある神職養成所に2年間通う方法もある。多くは通学形式だが、大阪國學院だけは、日本で唯一の通信講座を開設している)
後継予定者の急死などに伴う緊急の場合は、神職養成講習会・集中講座に参加する道もあるが、これはあくまで例外的な道である。
「どうでしたか?」
と社務所の留守宅をあずかっていた林田菊子(65)は尋ねた。
「なんか知り合いが多くて、同窓会みたいだったよ」
と懐かしむように常弥(73)は言った
菊子は先々月あたりからこの社務所に事実上住んでいて、常弥の日常の世話をしている。お互い結構な年でもあるので結婚までは考えていないものの、常弥の事実上の妻となっている。2人の関係は常弥の息子で札幌に住んでいる民弥(和也の父)、深川や旭川に住んでいる林田菊子の子供たちも容認している(菊子の家は事実上空き家になっている)。
菊子さんが居てくれるので、小春の負荷も随分減少した。正直小春はかなり体力が衰えているのでこの1年ほどは結構きつかったのであった。そもそも小春は千里の眷属なので、本来は神社の手伝いをする義理は無い。でもこの神社の大神様に便利に使われている。そのついでに宮司のお仕事も手伝っている。