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■少女たちの星歌(3)

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2002年4月27日(土)、武矢の父の兄・村山庄造(1920生)が亡くなった。千里には大伯父に当たる。庄造は十年ほど前から寝込んでいた。それで2000年に十四春が亡くなった時も葬儀には出て来なかった。そしてこの日とうとう本人が逝ったということであった。
 
千里はソフトボールの試合が終わって帰宅した所で父からそのことを聞いた。お昼過ぎに連絡があったらしい。
 
明日はソフトボールの他のチームの試合で試合の運営補助に出て行く予定だったので、すぐ顧問の先生に電話して欠席の承認を得た。
 
ところで津気子は頭が痛かった。給料が出たばかりだから、旅費と香典は何とか出せるが、ゴールデンウィークはどこにも行けなくなるし、そもそも5月の生活費をどうしよう!?というところである。
 
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津気子は子供たちの服装にも悩んだ。子供だから式には出なくてもいいかも知れないが、黒っぽい服は着せておきたい。玲羅は一昨年買ったワンピースの喪服が入らなかった。ワンピースなら小さくなってもミニのワンピースとして着られるだろうと思っていたのだが、横幅が入らない。試しに昨年買った千里の黒ワンピースを着せたら入ったので
「あんたはこれで」
ということにした。
 
千里の服を何とかしなければならない。それで千里をヴィヴィオの助手席に乗せてジャスコまで行った。
 
「中学生だったら学生服でいいんだけどなー」
「私、セーラー服着たい」
「そうだねぇ」
と、どうも津気子も悩んでいるようだ。
 
ジャスコに着くと、千里は
「私、ATMコーナーに行っていい?」
と言った。津気子も
「私もお金下ろさなきゃ」
と言った。
 
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それで一緒にATMの所に行ったのだが、千里は、先にさせてと言って自分のカードでお金を10万降ろすと、封筒に入れてから母に言った。
 
「これ、私が神社のバイトとかで貯めたお金だけど、良かったら使って」
 
(本当は『富嶽光辞』を読む報酬として遠駒貴子さんからもらったものである。神社のバイトではさすがにこんなにはもらえない。この口座のカードは母にも見つからないように神社に置いている。小春に取ってきてもらい、お金を下ろした後、すぐ持ち帰ってもらった。この口座のお金は最後の砦なので基本的に“無いもの”と思っている:しばしば本人も忘れている!)
 
「ごめーん!悪いけど使わせてもらう」
と言って、津気子は千里の封筒を受け取った。
 
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それで津気子はこの日はお金を下ろさなかった!(チケットはクレカで買うつもり)
 

母は男物の黒いスーツを選ぼうとしたが、千里は女物を着たいと言った。
 
「だって、親戚の人、みんな私のこと女の子だと思っているもん。男の服とか着てたら変に思うよ」
「でも父ちゃんが見たら」
「お父ちゃんが見ても似た親戚の女の子と思うよ」
「なるほどー!」
 
それで津気子はかなり悩みはしたものの、
「あんたからもらったお金だしね」
 
などと言って、千里の身体に合うワンピース(但し少し大きめ)と厚手のタイツを買ってくれた。でも「念のため」と言って黒いズボン(当然ガールズ)も買った。
 
どっちみち途中は普通の服を着ていき、現地で着替えることにする。その途中の服として、母は千里用・玲羅用のどちらもガールズのトレーナーと厚手のジーンズのパンツ、それに黒いスニーカーを買った。今学校に履いて行っている靴は、千里は赤だし、玲羅はピンクである。
 
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(でも全部カードで買った!支払いのことは後でゆっくり考える)
 
むろん千里はガールズの服でないと入らない。ボーイズではお尻が入らず、お尻の入る服はウェストが余り過ぎる。津気子は更にトップスはワンサイズ上の服を選んだ。それは千里がブラジャーをしている胸が目立ちにくいようにするためである!
 

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庄造は妻の倫子、息子の国男夫婦と一緒に根室(ねむろ)に住んでいた。
 
留萌(るもい)から根室(ねむろ)に行くには、新千歳あるいは丘珠(おかだま)空港から根室中標津(ねむろ・なかしべつ)空港まで飛ぶルートもあるのだが(丘珠からはYS-11が飛んでいた!)、実は鉄道を使うのと所要時間があまり変わらないのに運賃は段違いである(鉄道だと10600円、飛行機利用だと25090円)。それで鉄道で行くことにする。
 
4/28 留萌557-651深川657-729旭川747-1044新得1108-1304釧路1309-1525根室
 
どっちみち丸一日がかりの移動である。
 
深川から新得(しんとく)に行くのには、滝川から根室本線に行くルートと、旭川から富良野(ふらの)線を通るルートがあり、実はほとんど時間も変わらないし、どちらから回っても結局同じ列車に接続することが多い。今回は旭川から帯広行き快速・狩勝(かりかち)に接続するので、旭川経由を選択した。新得−釧路間は、特急・スーパーおおぞら3号である。むろん自由席である!
 
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長旅なので、喪服は持って行き、現地で着替えることにする。
 
父は茶色いポロシャツにベージュの綿パン、母は紺色のワンピースに上半身はフリースを重ね着している。足には厚手のタイツも履いていた。千里と玲羅は昨日買った服の上にフリースを着て、更にダウンジャケットも着ている。玲羅は
「今履いてる靴、穴があいてたから助かった」
と言っていた。
「ごめんねー。すぐ新しいの買ってあげられなくて」
 
北海道の4月下旬というのは根雪もまだ消えておらず結構寒い。母の格好は寒くないだろうか?と千里は思った。結局旭川を過ぎた所でズボンに穿き換えていた!(フリースも着ずにコートも着ない父は異常だと千里は思った)
 
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朝御飯は留萌のコンビニで4人分のお弁当とお茶(+おやつ)を買っていたので、それを留萌から深川までの約1時間の行程の中で食べた。お昼は新得駅の売店で買った。
 
玲羅はもうゴールデンウィーク気分で、窓の外の景色を見てはしゃいでいたが、千里はひたすら寝ていた!父から色々話し掛けられたら面倒だからである。
 

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現地に着いてみると晴れ間も見えるものの、小雪がちらついていた。寒い!と千里は思った。会場は市内の斎場なので、根室駅からタクシーで移動する。
 
到着するなり「兄貴待ってたぞ」と弾児(武矢の実弟)から声を掛けられて、父は“宴会”に入ってしまった。
 
母は千里・玲羅を連れて女性用控室に入り、晩御飯をもらった。春貴さんも女物の喪服を着て、この部屋に居た。千里を見ると手を振っていたので会釈した。
 
「スカートじゃないの?」
「寒いです」
「そうだよね!実は私もここまで来る道中はズボン穿いてた」
「ですよねー」
 
「私も千里ちゃんもズボン穿いてても女にしか見えないしね」
「春貴さんの性別を疑う人はいないですよ」
 
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「だからスカート穿かなくてもよくなったら、女装は完成なんだよ」
「それ何となく分かります」
 
玲羅が首をひねっていた。
 

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夕食を食べた後は、母は喪服に着替えてから色々手伝うので、千里も一緒に物を運んだり飾りつけたりお手伝いをした。玲羅はそのまま控室でおやつを食べながら漫画を読んでいたようである。
 
お通夜はその日の20時から行われた。遠くから来る人を待つのに遅くから始めたのである。子供は特に参加しなくてもいいので、控室で他の子供たちと一緒におやつを食べたりココアや甘酒を飲んだりしていた。美郷(みさと)はもう女子中生だし、自分の曾祖父なので、通夜に出席したようである。
 
千里は“女の子同士”、玲羅と一緒に来里朱・真里愛の姉妹とおしゃべりしていた。玲羅も千里がほぼ女の子扱いなのは気にしない!ことにしている。
 
今回はまだ寒い時期なので、スカートを穿いている子がいない。千里のパンツルックも普通なので、全く目立たず、女の子たちの中に溶け込んでいた。
 
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通夜が少し落ち着いた頃、美郷が
「お腹空いた」
と言ってやってきて、おにぎりを食べていた。彼女は実際問題として“動いてる曾祖父”の記憶が無いと言っていた。物心ついた頃からずっと寝たきりだったらしい。
 
「ひいばあちゃん(倫子)の方は元気だし、私しょっちゅう行儀がなってないと叱られてたけどね」
 
と彼女は言っていた。倫子さんは1924年(大正13年)生である。今年78歳になるが見た目の雰囲気はまだ60代だ。嫁の智子さん(美郷の祖母 1944生)と姉妹と思われることもよくある。
 
千里は美郷のセーラー服姿をまぶしく感じていた。
 
私もセーラー服着たいけどなあ。
 

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21時半頃に、通夜が終わったが、子供たちはその後で、中に入り、棺の傍まで行って、庄造さんに最後のお別れをした。
 
その後、みんな取ってもらっているホテルに引き上げた。今回のホテルは個室にお風呂が付いているので、お風呂で苦労せずに済む。
 
千里は男湯には入れない身体だが、父が千里を男湯に入れようとするのから何とか逃れて、母や妹に見られずに女湯に入るのは、毎回大変である。(母は自分が女湯に入っているのではと疑ってはいるようである)
 
父はどこかの部屋に集まって、また飲んでいるようだ。それで母と千里・玲羅はのんびりとこの夜を過ごすことができた。交替でお風呂に入り、23時頃3人とも寝た。
 

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翌日(4/29・月・みどりの日)、お葬式は11時から行われた。
 
(みどりの日は1989-2006年は4/29だった)
 
根室地方では、一般に、通夜→火葬→葬儀という順番で行うので、葬儀の後で火葬かと思ったら驚くことになる。前火葬は岩手県の一部でも見られる風習である。更に函館になると火葬→通夜→葬儀である。
 
当日朝から火葬場に行き、お骨を拾ってから11時頃に斎場に戻ってくるという話であった。
 
この日は、小学4年生以上はご焼香してと言われていた。
 
父は昨夜は“飲み部屋”で一晩過ごしダウンしている。母が電話したら、葬儀の始まる時間までにはちゃんと会場に行くと弾児さんが!言っていた。父は携帯の使い方が分からない。鳴っていても出方が分からない。掛け方はもっと分からない!
 
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千里は言った。
 
「お母ちゃん。お父ちゃん居ないし、ワンピース着てもいい?」
「そうだね。そうしようか」
 
それで、千里も玲羅もホテルの部屋で、黒ワンピースに着替える。背中のファスナーは、2人とも、母が上げてくれた。母のファスナーは千里が上げた。むろん全員しっり厚手タイツを履く。
 
千里が女の子下着を着けているのは今更だが、パンティに盛り上がりが無いので
 
「やはりちんちん取っちゃったの?」
などと玲羅から訊かれる。
 
「そういえば、2〜3年、見てない気がするなあ」
などと千里は答えておいた。
 

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ホテルから会場へはバスが出ているので、それに乗っていく。春貴さんから
 
「今日はワンピースなんだね」
と声を掛けられる。
「お焼香するから」
と千里が答えると、春貴さんは楽しそうに頷いていた。
 
春貴さんの母の克子さん、克子さんと仲の良い竜子さんなどから声を掛けられた。今回は竜子さんの娘・晃子さん(中村晃湖)は仕事の都合で来ることができず、香典だけ送金してきたらしい。千里は晃子さんと会うのも密かな楽しみにしていたのだが、今回は残念だなと思った。
 
なお酔い潰れている男組はあとで別便で運ぶことになっている!
 
それでこの第1便のバスは女性と、一部小学生の男の子が乗っていた。弾児の息子2人(顕士郎:小3・斗季彦:年中)も母の光江と一緒に乗っている。顕士郎と斗季彦は焼香にも参加しないので普通の服装をしている。むろん男の子なのでワンピースを着たりはしない!
 
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光江は津気子に「男どもは良い酒飲みの理由ができたくらいにしか思ってないね」と呆れるように言っていた。
 
光江は千里が女の子の服を着ているのも見慣れているので
「千里ちゃん、美人になってきたね」
と言ってくれた。
 
「ありがとうございます」
「来年くらい中学生だっけ?」
「はい。今回は去年の(十四春の一周忌で着た)服が入らなくて、中学生ならセーラー服で済むのにと言われました」
 
「千里ちゃんのセーラー服姿、可愛くなりそう」
などと光江が言うので、津気子が悩んでいた。
 
(津気子は「中学生なら学生服で済むのに」と言ったのであって「セーラー服で済む」とは言っていない!)
 

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小学4年生以上の子たちは、会場で読経などが行われている間はロビーで待機することになった。小3以下の子供は控室で待機(暇そうであった)、高校生の冬代や聖絵、故人の曾孫である美郷は葬式自体に出席する。
 
第2便のバスで来た男組が会場に入っていくが、千里は父と目が合わないよう、入口から遠い所で窓の外を見ていた。かなり距離が離れているのにアルコール臭が凄かった。
 
朝から火葬場に行っていた人たち(倫子、国男・智子と、国男の子供たち、孫たち)が戻って来る。国男が遺骨の箱を抱いている。
 
この遺骨を祭壇に安置し、親族一同の集合写真を撮ってから、葬式が始まる。千里たちはこの集合写真に参加した。母が嫌そうな顔をしていたが、後で父が見ても、きっと自分だとは気付かない!
 
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お経は1時間半ほど続いたようである。あんなに長時間唱えて、疲れないものだろうかと千里は思った。
 

やがて焼香の時間になった所で入ってと言われたので、中学生・小学生が適当な順番で入っていく。千里は真里愛の後、玲羅の前になった。
 
祭壇の左側から入る。祭壇前に焼香する所が設けてあるので、そこで右手に並んでいる喪主たち(倫子・国男・智子など)と僧侶に一礼する。この時、お経を読んでいたお坊さんがギクッとした様子を見せたが、何だろうと千里は思った。
 
祭壇を向き、抹香を指でつまんで、他の子がしているように少し額の付近に掲げてから、炭の上に置いた。合掌してから再度喪主のほうに一礼して出た。
 
(掲げるのは不要という説もあるが、全国的にこのやり方が定着してしまっている)
 
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焼香の後は、女性用控室に行き、暖かい紅茶やココアなどを飲んでいた。1時近くになって忌中引法要まで終わった母たちが戻って来る。
 
ここでお昼の仕出しを頂いた。
 
男の子たちは、幼稚園以下の子はこちらに連れてきているが、小学生以上は男性用控室に入っており(でないと女性が着替えられない)、顕士郎は後から
 
「酒臭かった。俺まで飲まされそうになった」
などと言っていた。千里は『私女の子で良かったぁ』と思った。
 
食事の後、みんな着替えてから退出する。千里が着替えている時、春貴と光江が自分を見ているなと思ったが、気にしないことにした。
 

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少女たちの星歌(3)

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