広告:ここはグリーン・ウッド (第3巻) (白泉社文庫)
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■少女たちの基礎教育(1)

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(C)Eriko Kawaguchi 2016-06-04
 
少年は慎重に狙いを定めた。
 
これまでカエル、ネズミ、スズメ、などは撃ってきたが、人間を狙うのは初めてだ。25-26歳だろうか。若い女だ。あの女が悲鳴をあげる所を想像するとわくわくする。少年は今まで女にもてたことがない。一度だけ高校時代にラブレターを送ったことがあるが「受け取れない」と言われて突き返された。それ以来少年は女というもの自体に憎悪を抱いていた。
 
引き金を引く。
 
パン!という高い音が響き、女が倒れる。足を押さえている。腹付近に当てるつもりだったのだが、やはり距離が遠いから外れたか?しかし女が苦痛の表情を見せているのに満足して、少年はゆっくりとその場から立ち去った。
 

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津気子が出席したその日の町内会で、荒れ放題になっている神社の件が議題に上った。そこは2年ほど前まではちゃんと宮司さんが居て、上の子供が生まれて33日目にはここにお宮参りして、宮司さんが祝詞をあげてくれた。しかしその宮司さんはその年の末に急死し、後を継ぐ息子などもいなかったことから、宮司不在が続いているのである。それで社務所兼宮司宅の窓ガラスが割れたままになり、どうも野犬が出入りしたりしているようで、衛生上も治安上もよくないのではと、地元の住民は言っていた。
 
「ではこの件、町内会長から神社庁の留萌支部の方に再度陳情してみて、埒があかないようであれば、**議員から札幌の本庁の方にも言ってもらうという線でいきましょう」
 
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と3班の班長さんは締めくくった。
 
「ところで他の班からは、**台の空気銃持ち歩いている男の子の件で何か聞いていませんか?」
とひとりの住民が班長さんに尋ねた。
 
「****君ですよね。船の上で他の船員を殴って首になった後、どうもぶらぶらして暮らしているみたいで」
「あの子、生活費はどうしてるんですか?」
「どうもそれが謎で」
「カツアゲとか盗みとかしてるのではと危惧してるのですが」
 
「だいたい、あの銃、公安委員会の許可取ってるんですか?」
「どうも許可の必要無いエアソフトガンというタイプのようで」
「それ殺傷能力とかは無いんですよね?」
「未改造であれば、そこまでの威力は無いはずなんですけど・・・」
 
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注.エアソフトガンにもかなりの威力のあるものがあったことから2007年の法改正で威力の強い物は規制対象になることになった。この物語はそれ以前の時期である。
 

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「でも空気銃で小学生の男の子も襲われそうになったらしいですね」
「そうなんです。4班の**君が空気銃で狙われたらしいです。大きな声をあげて、その声で近所の**さんが飛び出してきたので、それを見て逃げたので何事もなかったらしいのですが」
 
「最近何度か猫の死体が転がっていたことありましたよね。あれ、あの子に撃たれたんじゃないでしょうか? 証拠は無いけど」
 
「警察の方にも言ったんですけどね。猫が殺されたというのでいちいち警察は捜査できないと言われて」
 
「しかし人間が襲われてからでは遅いですよ」
 
「ちょっとその件こそ議員さんの方から少し圧力掛けてもらえませんかね」
 

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1994年4月。
 
「間もなく着陸態勢に入ります」という機内アナウンスを夢うつつで聞いていた藍川真璃子は、機内の何やら異様な雰囲気で目を覚ました。
 
「何だこれ?」
 
機体が異様に上向きに傾斜している。まるで風神雷神にでも乗ったかのようである。フライトアテンダントが自分の座席の横を悲鳴をあげながら機体後方に滑落していった。
 
そしていきなり浮遊感のようなものを感じる。
 
墜落する!死ぬ!!!
 
と感じた真璃子は反射的に逃げようとして、寝ぼけていたものでうっかり身体を置いたまま幽体だけその場から逃げ出してしまった。
 
「あ、私の肉体が置いてけぼり!」
と思ったものの飛行機は真璃子の目の前で地面に激突。凄まじい爆発音があり、物凄い炎が立ち上がる。
 
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慌てて真璃子は飛行機からできるだけ遠ざかる。
 
「やだー!私の肉体が燃えちゃうよぉ! 私肉体に戻れないじゃん!!」
 
と思いながら、真璃子は目の前で激しく燃える飛行機を見詰めていた。
 

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当時38歳の真璃子は台湾のバスケット女子チームに招かれて2ヶ月ほど合宿の指導をしていたのだが、ちょうど合宿と合宿の合間になっていたので札幌に住むバスケット元日本代表仲間の結婚式に出るため一時帰国した所であった。結婚式が終わったらまた台湾に戻り、5月頭からまた1ヶ月ほど、6月の世界選手権直前まで指導を続ける予定である。
 
真璃子は現役を引退してから10年以上たつも、特にどこかのチームのスタッフなどになったりもせず、現役時代の蓄財を株で運用しながら悠々自適の生活を送っており、たまに今回のようにあちこちの知り合いから頼まれると臨時コーチのようなことをしていた。
 
取り敢えず空港ターミナルで消防車や救急車が走り回っているのを見ながら、真璃子は「さてどうしたものか?」と思っていた。
 
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なぜか手にしているハンドバッグの中にはパスポート、航空券、財布などが入っているし、財布の中にはキャッシュカードやクレジットカードも入っている。真璃子は事故の後、普通に入国審査でパスポートにスタンプを押してもらい、税関も通って空港の中に入った。
 
事故で混乱していてチェックもおざなりだった気もするけどね!
 
だけど預け荷物の中に台湾で友人からもらった紹興酒と凍頂烏龍茶が入ってたのに、などと思うが、どう考えても飛行機と一緒に燃えてしまっている。
 
いやそもそも自分の肉体が燃えてしまっている!
 
しかしふと考えた。
 
私、入国審査も税関も普通に通ったよね。私って今幽体だけのはずなのに、もしかして他人にもちゃんと見えてる?
 
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それで真璃子は空港内の飲食店に入ってみた。適当な席に座るとウェイトレスが来て注文を取る。それでなんかお腹が空いた気がしたので味噌カツ丼ときしめんのセットを頼む。10分ほどで持って来てくれたので食べる。
 
あ、美味しい。
 
と思う。あれ〜?私、幽体だけのはずなのに、ちゃんと御飯食べられるじゃん。そもそも私が他人の目に見えていることは確かだよなあ。
 

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食事のあと財布を出して会計の所でお金を払って出る。そのあとトイレに行ってみた。
 
うーん。。。。
 
真璃子は悩んでしまう。
 
別にお股に変な物が付いていたりはしない。普通に見慣れた女のお股ではあるものの・・・・
 
ちゃんとおしっこも出るじゃん。
 
と思う。幽体だけなのになぜおしっこが出るのだろう??取り敢えずきちんと拭いて流してトイレを出る。そしてしばらく考えてみたものの、やがて独り言のように声を出した。
 
「よし、予定通り札幌に行こう!」
 

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そういう訳で真璃子は自分の肉体が(多分)死んだことは取り敢えず忘れることにして!友人の結婚式に行くことにする。
 
「しかし40歳で初婚というのは凄いなあ。私も再婚とか考えてもいいかなあ」
 
などと考えたりもする。夫が死んでから既に4年である。夫はいい人ではあったものの元々が人気スポーツ選手だったので浮気に悩まされた。死んでしまうと、その問題では悩まなくてよくなったものの、張り合いも消えてしまった気がしていた。
 
空港が閉鎖されているので、札幌行きの航空券を航空会社のカウンターで払戻しの手続きをする。連絡バスでいったん市内に出て新幹線で東京(*1)まで移動し、山手線とモノレールで羽田まで行った。
 

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(*1)この時代はまだ新幹線の品川駅は開業していません。なおこの事故のモデルにしているリアルの事故が起きたのは夜ですが、この物語では朝起きたことにしています。新千歳空港の開港は1988年です。
 

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羽田空港のカウンターで新千歳行きの航空券をクレジットカードで購入し、搭乗手続きをしてからまた考える。
 
私ってひょっとしてまだ生きてるということは?
 
それで試してみたくなったので真璃子は機内でシートベルトサインが消えた後でトイレに行ってみる。中に入り用を達した後で、内部の「ロックを解除」してからドアを閉めたまますり抜けてみた。
 
あ、すり抜けられる!
 
やはり私実体無いんだ。じゃ私ってもしかして幽霊??
 
でもなぜ幽霊が御飯を食べたりおしっこしたりできるのかはよく分からない。一瞬考えそうになったものの「考えること」自体がヤバい気がして、考えるのはやめることにした。
 
まあいいや。私生きているのか死んでいるのかよく分からないけど、こうして普通に行動できているんだから気にしないことにしよう。
 
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生来楽天的な真璃子はそう考えて自分の席に戻ると機内誌を開いて読み始めた。
 

札幌まで来たものの、真璃子は自分が服とかを全く持っていないことに気づいた。着替えが入っている旅行用バッグは飛行機の中である。えーん、あそこに入れていたフォーマルドレス、3万台幣(約12万円)もしたのになどと思うが仕方ない。下着とかも必要だし、化粧品もバッグの中に入っているのは、リップ・マスカラなど少数である。色々買っておく必要がある。
 
「とんだ出費だよなあ」
と思いながら、真璃子は札幌市内のショッピングセンターに行った。
 

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取り敢えず下着を少し買おうと思い、売場を探して歩いていたら、プレイコーナーがあり、未就学児という感じの子供が7〜8人遊んでいた。その時真璃子がなぜその子に目を留めたのかは自分でも分からない。
 
その女の子は3歳くらいだろうか。白いブラウスに黄色いキュロットを穿いている。それで輪投げをしているのだが、全然入らない。それが悔しいようで、何度も何度も投げるものの、近すぎたり遠すぎたりしてどうしてもピンの所に行かないのである。
 
真璃子はその女の子に近づくと言った。
 
「ねえ君、輪を投げる時にちゃんとピンを見てないでしょ。単に投げてるだけでは入らないよ。輪を手から離す瞬間までピンをしっかり見ていてごらん。それとね。ピンは上からしか入らないから、ピンの少し上のあたりに当てるつもりで投げるといいんだよ」
 
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女の子はキョトンとした顔をしていたが、思い直したように輪を左手で握るとしっかりピンを見詰めて投げた。すると輪はきれいに入った。
 
「やった!」
「うん。うまくできたね」
 
「おねえさん、ありがとう」
「良かったね。そんな感じでたくさん練習するといいよ」
「うん」
 
真璃子はその子から「おねえさん」と呼ばれてちょっと気を良くした。
 
その女の子はそれで輪を拾ってくるとまたしっかりピンを見詰めて投げる。また入る。
 
「やったやった」
「うん、その調子」
 
それで真璃子は結局その子に5分くらい付き合っていたが、その間彼女は1本も外さずに輪をピンに入れ続けた。
 
ちょっとこの子凄いじゃん。
 
と内心真璃子は思う。
 
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「君、輪投げの選手になれるかもね。ねえ、名前教えてよ。私はマリコ」
と言うと
「わたし、ちさと」
と小さい女の子は答えた。
 

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その時、その子は唐突に言った。
 
「おねえさん、かげがない」
 
へ?
 
真璃子は慌てて床を見る。店内の照明に照らされて「ちさと」と名乗った女の子の影は出来ているのに真璃子の影は無い。ありゃ〜、やはり私って幽霊だもんね。それで真璃子は影がちゃんとできるように意識をした。すると影ができる。
 
「うっかり出し忘れちゃった」
と真璃子が言うと
「かげ、だしたりけせるの?」
と女の子は言う。
 
「たくさん修行したらね」
と真璃子は開き直って言ったが、さすがに修行の意味は解らないだろうと思う。そして真璃子はこの時、どこかで「カチッ」という音がしたのに気づいたものの、何の音だろう?といぶかった。
 
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