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その日体育の時間に着替えていると、ひとりの子が優美絵のブラジャーに気付いた。
「ゆみちゃん、ブラジャーが変わってる」
「日曜日に新しいブラジャー買ってもらったぁ。これB60」
「B!?」
というので、みんな大騒ぎになる。
「ゆみちゃん凄い速度でバストが発達してる」
「なんかそういう時期があるんですよって、売場のお姉さんが言ってた」
そんなので騒いでいたら、別の子が千里のブラにも気付く。
「千里がなんか凄いブラ着けてる」
「これスポーツブラ。でも取り敢えずお試しで買った安物だよぉ。私もバストサイズが急成長してるから、春くらいに本格的なスポーツブラ買うつもり」
「これサイズは?」
「A60」
と答えてから、千里は優美絵に言った。
「ゆみちゃん、そこまでおっぱい大きくなったら、体育の時間にはスポーツブラつけた方がいいよ。でないと、おっぱいが邪魔になって動きづらくなるよ」
「そういうもん?」
「でもスポーツブラって高いよね?」
と恵香が言う。
「私が着けてるのは安いやつだから4000円」
「安くて4000円なのか!?」
「るみちゃんが着けてるのは本格的なのだから6500円」
「きゃー」
「お金は掛かるけど、しっかり押さえないと、バストを痛めるよ」
「ちょっとお母ちゃんに相談する」
と優美絵は言っていた。
実際この日の体育では、千里が比較的よい動きをしたのに対して、優美絵はどうも身体が思うように動かないようで
「バストが重しになる〜」
と言っていた。
12月13日(金).
「今日は13日の金曜日だ」
「殺戮の臭いがする」
などと言っている子たちがいた。
「こないだも13日金曜日だったね」
「ああ、熊ちゃんを食べた日ね」
などと言っていたら、玖美子が
「13日は金曜日が多いんだよ」
と言う。
「そうなの?」
「400年間に閏年は何回あるか知ってる?」
「4年に1度だから100回?」
「ブッブー。不正解。4で割り切れる年は閏年だけど、100で割り切れる年は平年で、400で割り切れる年は閏年」
「分からん」
「だから、閏年は400年間に97回あるんだよ」
「へー」
「だから400年間の日数は、 366×97 + 365×(400-97) = 146097 となる」
と玖美子が電卓を叩いて出すと
「よくメモせずにそんな計算を電卓でできるね」
と恵香が感心している。
「この電卓は数式通りに計算してくれるから掛け算優先・括弧優先で計算する」
「すごーい」
と(千里以外は)感心した!
(“数式通り”でない電卓の場合は、400-97×365= M+. 366×97= M+, MR と操作すればいいが、頭の中がかなり数式を組み替える必要がある)
「それでこの結果を7で割ってみると 20871 となって端数が出ない、つまり400年間の日数は7の倍数だから、曜日のパターンは400年ごとに繰り返される。だから実際に400年間の曜日の数を数えてみればいい」
「すごーい」
と(千里以外は)感心する。
「それ400年間のカレンダーを印刷して頑張って数えるの?」
と千里は訊く。
「まさか。全部コンピュータにカウントさせる」
「そんなことできるんだ」
と千里は感心しているが
「そういうのこそ、コンピュータの得意分野」
と美那は言っている。
「それで実際に計算させたのが、これ」
と言って、玖美子はランドセルからすごく小さな可愛いパソコンを取り出した。
「それ可愛い」
「可愛いけど、本格的なWindows98SEが動くマシンなんだよ。東芝のリブレットっていうんだよ」
「すごーい」
それで玖美子はそのリブレットを起動し(昔のマシンはすぐ立ち上がってくれた)何か操作していた。そして
「あったあった」
といって、1枚の表を開いた。
その表に書かれているのは、1-31日の各日付の曜日数を数えたもののようである。13日の所にはこう書いてあった。
13| Sun 687 Mon 685 Tue 685 Wed 687 Thu 684 Fri 688 Sat 684
「という訳で13日は金曜日がいちばん多い」
「いちばん少ないのは木曜と土曜か」
「でも差があるといっても400年間に4日なのね」
「そそ。微妙な差だよ」
「バストが68.1cmと68.2cmで僅差のようなものか」
「それ朝と夕方でも違う気がする」
「メジャーの当て方でも違うね」
「トップバストは緩く当ててもらう。アンダーはきつく当ててもらう」
「ふむふむ」
特に大量殺人も起きずに、ヒグマの襲撃も起きずに、給食も終わって昼休みに入った所で校内放送がある。
「5年生・6年生の男子、寒くない服装をして海岸に出て下さい」
海岸!?
呼び出されたのは男子だけだが、女子も見学に行く。見るとS中学校の男子生徒、P小の高学年の男子生徒も来ているようだ(少し遅れてS高校の生徒も来た)。そして漁協の組合長さんがいる。
「みなさん、申し訳無い。地引き網の巻上機が故障してしまって、大変申し訳ないのですが、網を引くのを手伝ったもらえないでしょうか」
「え〜〜!?」
と声があがるが、楽しそうに網の所に行く子たちも居る。我妻先生が留実子に言った。
「花和“君”も参加しておいでよ」
すると留実子は嬉しそうに「はい」と答えて、海岸に降りて行った。
「さあさあ、女子のみなさんは、炊き出しをしますよー」
「え〜〜!?」
それで千里も含めた5-6年生女子は、調理室に行き、お米を研いで炊飯ジャーをセットし、一方で暖かいお味噌汁を作り始めた。お味噌汁ができた所で6年生の子たちがそれを海岸に運んでいき、紙の器を使ってどんどん男子たちにふるまった。5年生たちは御飯が炊き上がったところで、どんどんおむすびを作り、6年生がまたそのおむすびを海岸に運んだ。
「6年生の方が体力使ってる気がする」
「だから6年生にしてもらってるのよ」
「なるほどー」
津久美も5年生女子として、頑張ってたくさんおむすびを作っていた。
一方海岸では、技術者さん(?)たちが網の巻取機の修理をしているようだった。
網の地引き作業が終わると、漁協さんから
「ありがとう」
と言って、参加者と、炊き出しをしてくれた女子にも、ビニール袋に入れたお魚が配られた。
「今日の晩御飯だ」
「今日の13日金曜日はお魚の大量殺戮だったのか」
12月14-15日(土日)には、ソフトボール部で、6年生の送別試合が行われた。学校の除雪機を借りて、部員の保護者が校庭の除雪作業をして使えるようにした。それでも雪は残っているので塁間の線は無しである。場外ラインだけ、青色のマーカーで引いた。
しかし雪のせいでボールがほとんど弾まない!すぐ停まるという絶好?のコンディションとなった。
それで6年生vs4-5年生で対決するが14日は千里、15日は杏子が6年生側のピッチャーとなった。
14日の試合で千里はエラー(雪の上では不可避!)でランナーを2回出したものの、後続を断ち、ノーヒットノーランを達成した。こないだ買ってもらったスポーツブラのおかげで、身体がよく動くと思った。女子はこれからどんどん運動に不向きな身体に変化していく。しかし千里の球を打てなかった4-5年生たちは
「あんな球打てませんよー」
「普段より速くないですか?」
などと言っていたが
「大会に出ていけば、上位のチームのピッチャーは私なんかよりずっと速いよ」
と千里は言っておいた。
むろんこれまでより速かったのはブラのおかげである。
そして翌日。雪が融けて一応地面は露出したものの、ビチャビチャ(但し一部再凍結!)のコンディションとなっている。この日は杏子が投げたが、4-5年生は三振の山を築く。杏子と交替でショートに入った千里のファインプレーが冴える。実はこの日千里は(昨日の靴がびしょ濡れだったこともあり)晋治が小学4年生の頃に使っていた靴をもらっていたのを使ったので、この状態の悪いグラウンドでもきれいに走ったり停まったりできた。それでとにかく守備範囲が広いし、キャッチするとファーストに正確で矢のように速い送球をする。それで1人もランナーが出ない、完全試合となった。
「4-5年生は冬休みは合宿だな」
と右田先生が言うと
「きゃー」
という声があがっていた。
(この日使った靴をあとで洗うのが大変だった!)
12月16日(月)は放課後に、剣道部で6年生の送別試合をした(板張りなので冬季は足袋を履く:でないと凍傷になりかねない)。男子は人数が多いので、4-5年生チームvs6年生チームで団体戦の要領で試合をしたが、女子は人数が少ないので、6年生2名vs4-5年生7人による総当たり戦で試合(2x7=14試合)をした。
結果は、千里も玖美子も全勝である、この日の試合でも千里はスポーツブラのおかげで身体がよく動いた。
「先輩たち強すぎる〜」
などと如月が言っていたが、角田先生は
「4-5年生は冬休みは合宿だな」
と言い
「きゃー」
という声があがっていた。
「よかったら6年生も出て来てよ。指導係として」
「いいですよ」
結局私たちも合宿することになるのか。
12月17日(火).
旭川家庭裁判所から呼び出しが来たので、千里はひとりでバスに乗って旭川まで行ってきた。裁判所の指定が「本人ひとりだけと面談したい」ということだったのである。これは親の意向に左右されない素直な本人の気持ちを確認したいからだろうと桜井先生は言っていた。
本人だけに面談する場合も、普通なら裁判所まで親が送っていくものだが、母は「仕事休みたくないから。悪いけどあんたひとりで行ってきて」と言って往復運賃とお昼代をくれたので、バスで行って来た(多分パートのお給料を少しでも増やさないとヤバいのだと思う)。
留萌駅前7:06-9:10旭川駅前
駅前からは市内バスでは迷いそうなので素直にタクシーに乗って裁判所まで行った。
面談は10時からの指定だったのだが、面談した判事さん(女性)は小学生の千里が1人で来たと聞いて驚いたようである。帰りはおとなの人に付き添ってもらってというので、美輪子叔母に連絡し、迎えに来てもらえるように頼んだ。
判事さんとは半ば雑談のような感じで話をした。向こうとしては“普段着の”千里の様子を確認したかったようである。
「そうですね。戸籍が男だからずっと男子として扱われてはいたものの、実際には物心ついた頃から自分が男だなんて思ったことは1度も無いし、周囲の子たちも私のことは女の子だと思っていました。小さい頃から温泉なんかも、女子の友人たちと一緒に女湯に入ってました」
「じゃ性別は疑いようもない」