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■少女たちの晩餐(16)

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それで千里は母に電話し、晋治と会ったので“ちょっと旭川に行ってくる”と伝えた。
「今日は泊まるの?」
「今日中に帰るよぉ。明日は学校あるし。でも晩御飯は適当に食べてて」
「分かった。あんた持ってる?」
「うん。持ってるから大丈夫」
 
晋治は旭川を朝1番のバスで出て来ていた(留萌8:57着)。それで千里の母の携帯に電話して、千里がジャスコに行っていると知り、晋治のお母さんに送ってもらつてジャスコに来たのが10時半頃だった。それからフードコートで話をしていたのだが、結局その間に買物をしていた晋治の母に送ってもらい、そのまま旭川に出た(いったん晋治の実家に戻り、冷蔵庫に買物を入れてあらためて2人を旭川に送る)。
 
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千里は晋治の母に
「いつもお世話になっております」
と挨拶し、母は
「千里ちゃんほんと可愛いわね」
などと言うので、さっき晋治に3月で別れようと言ったのが自分を苛んだ。
 
でもそのことは忘れて!車の中では後部座席に並んで座り、楽しくおしゃべりした。もうこれ自体がデートという感じだ!出がけにお母さんがケンタッキーをドライブスルーで買ってくれたので、車内で食べたが、ケンタッキーはデート向きではないぞという気がした(モスとかもデート向きではない)。
 

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旭川の“雪の美術館”で下ろしてもらったのが14時頃である。
 
「ここきれいだよねー」
「来たことある?」
「去年の宿泊体験で来た」
「へー。お姫様衣裳つけた?」
「ううん。各クラス1名でジャンケンしたけど負けたから」
「ああ、クラスで1名は厳しい」
 
それでお姫様体験・王子様体験に申し込んでみると30分後なら揃ってできるということだったので、それまで館内を一緒に見て回る。
「ほんときれいな所だよねー」
などと言いながら見ていた。
 
時間になったので、お姫様体験・王子様体験の受付の所に行く。着替える場所はもちろん男女別なので手を振って別れ、スタッフさんに千里はお姫様の衣裳、晋治は王子様の衣裳を着けてもらった。何か素敵な気分だった。
 
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それで記念撮影をして写真を撮ってもらった。
 
(最低料金ので申し込んだので自分のカメラでの撮影は禁止。しかしこの写真を後で晋治がパソコンでスキャンしてデータ化し、そのデータ(psd形式)と写真の“オリジナル”を送ってきてくれた)
 

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普段着に着替えてから、時間待ちの時は降りてなかった地下への螺旋階段を降りる。それで氷の回廊を歩いて音楽堂に行くと結婚式をやっているようだった。それでそのまま戻ろうとしていたら、何か騒ぎになっている。
 
「どうしたんですか?」
「いや、ビアニストが螺旋階段で足を踏み外して怪我して救急車で運ばれて、誰か代わりのピアニストを手配しなきゃいけないけど、他の契約ピアニストはみんな市外で・・・」
などとスタッフさんが言っている。
 
フェイルセーフができてない!
 
すると晋治が言った。
「難しい曲目でなければ、この子、ピアノ弾きますけど」
などと言い出す。
 
「君ピアノ習ってるの?」
「まあ得意かな」
と千里は言った。
 
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「ちょっと来て」
と言って引っ張って行かれる。
 

「これ演奏予定曲目なんだけど、弾ける?」
 
千里は曲目リストを眺めたが、知っている曲ばかりだ。
 
「全部レパートリーですね」
「だったら弾いてくれない?」
「いいですよ」
 
この時、係の人はデート中だっので、千里を高校生くらいと思ったようだった。女の子の年齢というのは分かりにくい。
 
「でも君、ひどい服着てる。ちょっと着替えて」
と言われる。確かにひどい服だと自分でも思う。
 
それで真っ白なシルクのドレスを着せられ、ダイヤ付きの銀のティアラまでつけさせられた。そしてメイクまでされる!
 
「おお、美人だ」
と晋治が感動している。
 

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それで千里は真っ白いグランドピアノの前に座る。ピアノのそばに付いている女性が「メンデルスゾーンの結婚行進曲」と言うので弾く。
 
ドドドドー・ドドドドー・ドドドミッ、ミミミミッ・ミミミソッ、ソソソソッ、ソソソソッ、ドーシミ・ラソファレ、ド(trill)レソレミ
 
千里の演奏にあわせて新郎新婦が入場してきて、メインテーブルに就いた。この千里の演奏を聴いて司会者がホッとしているのが見えた。まあ練習とかを見る時間も無かったから賭けだったろうなと思う。でも結婚式はその先の予定が詰まっているから、他のピアニストの到着を待つ訳にもいかない。
 
新郎新婦紹介、長い主賓挨拶の後、乾杯となる。ここで千里は長渕剛の『乾杯』を演奏する。続いてウェディングケーキへの入刀となる。ここで演奏する曲はクライスラー『愛の喜び』である。通常ヴァイオリンで演奏される曲だが、千里はこれをピアノで弾むように楽しく演奏して、そばに付いているスタッフの女性が感心していた。
 
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ゲストのスピーチが何人か続く。その間は“自由に”と言われたので、ショパン『ノクターン』、モーツァルト『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』、シューベルト『鱒』、ウェルナー『野ばら』、バッハ『主よ人の望みの喜びよ』、『G線上のアリア』、瀧廉太郎『花』、中山晋平『雨降りお月さん』、などと弾いていく。
 
そこからゲストによる余興を10組やったが、千里はこのような曲をリクエストに応じて弾いた。
 
宇多田ヒカル『First Love』
MISIA『Everything』
Mr.Children『君が好き』
Kiroro『Best Friend』
モー娘。『ハッピーサマーウェディング』
セーラームーンより『ムーンライト伝説』
松田聖子『赤いスイートピー』
牧村三枝子『みちづれ』
Stevie Wonder『I Just Called to Say I Love You(心の愛)』
Edith Piaf『Hymne a l'amour (愛の讃歌)』
 
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このリクエストコーナー゛は、どーんと楽譜集が20冊くらい積み上げてあり、この中に無いものは断っていいと言われていた。しかし千里はほとんどの曲を暗譜で弾き、スタッフさんが感心していた。1つだけ楽譜を見て弾いたのは『みちづれ』だが、これについてはスタッフさんも
 
「さすがに今の若い子は知らないよね」
と言っていた。これを歌ったのは新郎の会社の会長さんらしい。
 
むしろスタッフさんは千里がスティービー・ワンダーもエディット・ピアフも空(そら)で弾くので
 
「よく洋楽まで知ってるね」
と感心していた。実を言うとフランス系はリサの家でたくさん弾いていたので、千里はシャンソン・フレンチポップスに元々強いのである。
 
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その後、キャンドルサービスではパッヘルベル『カノン』の指定だったのでそれを弾く。この曲のいい所は終わりそうになったらまた適当に繰り返せる!ことで、不定長のイベントのBGMとして優秀である。
 
両親への手紙では『大きな古時計』、それに続く両親への花束贈呈でポルノグラフィティ『アゲハ蝶』と演奏する。
 
そして最後に新郎新婦の退場ではリスト『愛の夢』を弾いたが、よくこんな難曲をきれいに弾くね!と感心された(この曲だけ千里も“かなーり”本気になった)。それでセミプロ級の演奏者と思われたようでギャラが凄いことになる。
 

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これでお仕事は終わったが
「ほんとに助かりました」
と言われて、宴席の料理2人分と、謝礼の封筒をもらった。
 
封筒の中を見たら10万円も入っていたのでびっくりした。
 
「これ山分けしようよ」
と言ったが、晋治は
「それ千里がもらったものだから」
と言う。
 
それで宴席の料理だけ1個ずつ分け、また早めの晩御飯を千里がおごることにした。
 
結局ガストに行って、のんびりと食事した。その後、旭川駅前に移動し17:00の快速バスで留萌に帰った。留萌駅前に到着したのが18:49 で、母に連絡しておいたので、駅前まで迎えに来てくれた。
 
「旭川のどこ行ったの?」
「雪の美術館」
「ああ、なんかきれいな所ができてるらしいね」
 
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どうも母は行ったことが無いようである。
 
「お姫様体験とかいってドレス着て記念撮影したよ」
「へー。そんなのあるんだ」
「あと結婚式に出た。そうだ。これ披露宴の料理」
 
と言って紙袋を渡したら、その瞬間母が固まってしまったのだが、千里は母が固まったこと自体に気付かずそのまま自宅に戻り
 
「疲れたから寝るね」
と言って奥の部屋に行き、お風呂にも入らずに眠ってしまった。
 

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12月4日(水).
 
「さむーい」
と千里は声をあげた。
 
「これ着た方がいい」
と言って《きーちゃん》は防寒コートを渡してくれたので、それを着た。
 
「あ、これで少し暖かくなった」
と言う。
「今日はかずこさん来てないの?」
「うん。ちょっとお仕事してるんだよ」
「ふういんみたいな?」
「怪獣と戦ってるのかもね」
「すごーい」
「来年の封印を賀壽子さんにはやってもらうつもりだったけど、もっと大きな仕事ができてしまって」
「たいへんなんだね」
「千里も大変なことを2度もやりとげたよ」
「そうかな。えへへ」
「来年の封印を誰にしてもらうか悩んでる」
「ふーん。私じゃダメなの?」
「千里には別のお仕事ができると思う」
「怪獣と戦うの?」
「まだ分からないけとね」
 
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「今日は金環食じゃないんだよね?金環食は来年と言ってたもん」
「うん。今日は皆既日食。これも楽しいよ」
「でもここどこ?インド洋か南極海っぽいけど」
「千里、近くに何か島が見える?」
「南の方、1070kmくらいの所にカエデみたいな形の島が見える」
「さすがだね。それがケルゲレン諸島だよ」
「へー」
 
千里は6時間目の授業まで終わった所でここ(40.6952 S 63.4120 E) に飛ばされた。それで太陽はその時点で少し欠けていた。欠けはどんどん大きくなっていく。そしてここに来てから1時間ほど経った16:38:56(日本時間:現地時刻は11:50くらい)とうとう皆既が始まる。
 
「わっ、何これ!?」
「すごいでしょ?」
「金環食とは全然違う」
「金環食はあくまで部分食にすぎない。これが真の日食だよ」
 
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それはまるで唐突に夜が来たかのようであった。偶然近くで羽を休めていた海鳥が驚いて騒いでいる。千里の感覚で40-50km先は昼である。この付近のみが夜になっている。
 
16:41:04 皆既食は終了する。終了間際に端がキラリと美しく光った。
それを言うと
「あれをダイヤモンドリングというんだよ」
と教えられた。
「へー」
 
2分8秒も続く長い皆既食であった。
 
「凄かったぁ」
「結構長くて見応えがあったね」
「長かったんだ?」
「1分ももたないのもあるし」
「へー。そんなの見られたら、私2〜3年寿命が延びたかも」
「だといいね」
「来年5月の金環食も見せてね」
「OKOK」
 
「そうだ。津久美ちゃんの件ありがとね」
「うん。あの子は男の子にするのはもったいなさすぎるからね」
「冬休みにちんちん切る手術受けると言ってた。ちんちん切る手術って痛いのかなあ。1週間くらい入院するんだって」
「私や千里には分からない痛みだね。でもその手術は受けなくて済むようにしてあげるよ」
「ほんと?ありがとう」
 
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それで千里は留萌に帰された。
 

12月5日(木)、教頭先生は千里に言った。
 
「君の学籍簿上の性別が女になっている件で、我妻先生に尋ねたんだけど、うっかりミスだという話だった。花和君も」
 
とうとうバレたか、と千里は思った。
 
「それで花和(留実子)君の性別は女に即訂正したんだけど」
 
あぁあ、るみちゃん、女の子になってしまったか・・・彼女はできたら男のままでいたかったろうなぁ。
 
「君の場合は、実際に女の子だよね」
「あまり追及されたくないんですけど、確かにそうです」
「一度、君も性別に関する精密検査を受けてきてくれない?」
「そうですね」
 
「桜井先生から君の家庭事情は聞いている。それでコソコソしてるみたいだけどお父さんの居ない日に、お母さんだけが付き添って札幌のS医大まで行ってこない?診察の費用・交通費とかは、僕と校長で個人的に出してあげるからさ」
 
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千里は少し考えてから、教頭の好意に深々と礼をした。
 
桜井先生がわざわざ家まで来て母を説得してくれたので、千里と母は翌週の火曜日(父は月曜から金曜まで漁に出ている)、S医大に行くことになった。
 

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12月9日(月)、津久美の性別訂正を認可する通知が届き、津久美の母はそれを即学校に提示した。津久美の学籍簿上の性別は既に女子に訂正済みだが、学校側はそのコピーを取らせてもらった。
 
「これで正式に女の子ですね。おめでとうございます」
と教頭先生は笑顔で言った。校長先生も祝福してくれた。
 
 
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少女たちの晩餐(16)

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