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神社の神殿には、2日間ずっと火が燃えている。この火だけは本物である。普段は社務所内の囲炉裏(いろり)で維持されていて、秋祭りの時だけ燈台に灯される。元々は1994年に秋祭りを復興した時に大神様の指令により、小春と千里が、ある場所から持って来たものである。
この火は、一応3つの燈台に灯されており、番をしている人が時々見ては油(菜種油)を追加する。万一どれか1つ消えたら、他の燈台から火を移す(デュアルより更に安全なトリプル・システム)。
番については、秋祭りの期間中、数人のおとなが交替で不寝番(ねずのばん)をして守る。万が一にも3つとも消したら大変なので3人で交替でするといっても結構な重労働である。昨年は神職の息子の民弥(1954)、娘の結子(1956)、孫の和弥(1983)の3人で交替で守ったが、今年は結子の代わりに、民弥の娘(和弥の姉)の花絵(1981)が入った。和弥は伊勢の皇學館に行っているが、祭りのために戻って来てこの役目を果たした。花絵は札幌の女子大生である。
2日目21時の舞が終わり、祝詞を奏上した後は、燃え尽きるまでそのままにされ、燃え尽きた所で神職が閉じの祝詞を奏上する。これに付き合うのは、神職と和弥、小春・小町の4人になる予定である。
見守りの間は神殿前に置いたこたつでだいたい読書をしている。今年和弥はずっと神道関係の本を読んでお勉強していたが、花絵は『犬夜叉』27巻(*12)(*13)を一気読みして「面白かった」と言っていた。民弥はHな本を見てたのを、大神様が「不愉快だ」と言ったので奥さんを動かして取り上げさせ、代わりに岩波文庫の法華経全3巻を渡された。
「神社でお経読んでいいの?」
「『敏感潮吹き娘・恥めまして・痴漢電車でビュッ』よりいいでしょ?」
「ちょっと。恥ずかしいから発音しないでよ」
「その言うのも恥ずかしい本、見てたくせに」
この本は小春が「処分しておきます」というので託され、小春は学校の焼却炉に放り込んでしまった!
(*12)この時点では『犬夜叉』は27巻までしか出ていない。2009年に56巻が出たのが最終なので、ちょうど半分くらいまで読んだことになる。
(*13)大神様まで興味を持ってエイリアスを出して「貸して」と言って読んでいた。花絵さんは氏子のおばちゃんの誰かだろうと思ったようだが、千里や小春は呆れていた。後に千里は大神様のリクエストに応えて『犬夜叉』の新刊が出る度に、小町を通して大神様に送り届けた。
「だけど男の人って50近くなっても性欲があるんだね」
などと千里は小春に言った。
「男の性欲は100歳になっても消えないよ」
「そうなの!?」
「千里は本当に男が分かっていない」
「大神様は、民弥さんが、神殿前でオナニーしてたから怒ったみたいですね」
と小町。
「結婚しててもオナニーするんだ!?」
「セックスは相手との同意が必要だけどオナニーは自分の都合だけでできるから」
「よく分からない」
「そもそも男ってすぐちんちん触りたがる生き物だよね」
「そんなに触って楽しいの?」
「セックスかオナニーかどちらかしかできないと言われたらオナニーを選ぶという男が大半らしい」
「セックスより気持ちいいの?」
「だったら女は要らないのでは?」
「それは精神的な満足感だと思うよ。快感はきっとオナニーが上」
「うーん・・・」
「男はちんちんに憑依されてるみたいなものだからね。男はちんちんの奴隷なんだよ」
「祓ってあげる?」
「そりゃちんちん取らなきゃ無理だ」
「取っても無理という気がする」
「取ったら触れないのでは?」
「ちんちん切った男性はちんちん無いはずなのに幻のちんちんが勃起するの感じるんだって。これを幻茎(げんけい)というんだよ」
「へー!」
「だからちんちんはお股にあるのではなくて脳内にあるんだよ」
「なるほどー」
「でも和弥さんの方が若くて性欲強いだろうに」
「神殿前では恐れ多いから我慢してるんだと思うよ」
「えらーい」
「うん。偉いと思う」
「休憩時間中に処理してるのだと思う」
「やはりするのか」
「そりゃするさ。男がオナニーするのは一種の生理現象」
「生理現象でも神殿前ですると怒られるんだ?」
「神殿前で小便はしないてしょ?」
「確かに!」
10月28日(月).
この日は冷え込んで初雪が降った。
津久美は朝からお腹が痛かったので、寝冷えでもしたかなと思い少し厚着して学校に出て行く。
「寒いねー」
「寒いねー」
と友だち同士で声を掛け合う。
「私寝冷えしたたのかなあ。少しお腹が痛い」
「どの辺が痛いの?」
「この辺」
「・・・・・」
「どうしたの?」
「ツクりん、ひょっとして生理なのでは?」
「嘘!?」
こんなに早く来るの??
「ナプキン持ってる?」
「一応持ってる」
「トイレ行って着けてきなよ。着け方は分かる?」
「分かる。でももうすぐ朝礼始まる」
「私たちが先生には言っておくよ」
「じゃ行ってくる」
それでナプキンを着けておいてよかったのである。
2時間目の授業を受けている最中に「来た!」と思った。授業が終わってからトイレに行くとナプキンが真っ赤になっていたので交換する。
ナプキン、スポーツバッグに入れといてよかったぁと思う。母に見つかったら言い訳する自信が無かったので、見つからないようにスポーツバッグに入れておいた。だから丸ごと1袋あるのである。
でもこれナプキンだけでは漏れそう。やはり、生理用のショーツを買っておかないとダメだなあ。でもお小遣いが厳しいよぉ!
秋祭りが終わった後10月28日から11月3日までは、大神様は伊勢の外宮(げくう)での神様会議に出席するため不在になる。その間は、例によって千里は夜間神社深部(ここは大神様以外では、小春・小町・千里しか入れない)で、神様の代理を務める。昼間は、去年までは小春が務めていたが今年は小町が務めることになった。
「え〜〜〜!?神様の代理とか恐れ多い」
と小町は焦っていた。
「面倒なことは記録しておいて伝言してもらえればいいから」
千里はこの6日間“夜間は眠れない”が、毎年のことなので慣れである。夜間はほとんど参拝客は無いが、“変な物”が入って来ないよう留守番するのが仕事である。
(大神様は千里が来年春に死んでしまうので、来年からは誰に夜間のお留守番を頼むべきか悩んでいた))
千里は、6日間一睡もしなくても大丈夫なようにしてもらってはいるが、実際には、この期間、結構学校で眠っていた!
体育も眠ったまま着替えて、眠ったまま体操して、眠ったままバスケットとかするので「器用な奴だ」と恵香などから呆れられていた。
「千里って脳の1%くらい起きていれば何とか動き続けることができるんだよ。だから千里って長距離トラックとかの運転手にも向いていると思う。万一疲れて運転中に眠ってしまっても起きている1%で運転を続けられるから」
と蓮菜は言う。
「電源切ってもリモコンに対応するために待機電流の流れているエアコンやテレビみたいなものか」
「そうそう」
「千里は普段でも実は10%程度しか起きてない。脳の大半が眠ってる。本気の千里と普段の千里が違うのはそのあたり」
ヒグマを倒したのとかがきっと本気の千里。あれは多分気功のようなものだろうと蓮菜は想像している。千里の剣道の試合も何度か見たが、千里は2-3割の力で試合に出ている気がした。自分が男なのに女子の試合に出ている負い目で本気を出さないのと、もうひとつはマジ本気になると相手を殺してしまいかねないからだろう。
「変身前のプリキュアと変身後のプリキュアみたいなものか」
「うん。それに近い」
「10%で生きているということは実は寿命も普通の人の10倍あったりして」
「あり得るかも。あの子、絶対100歳まで生きると思うし」
「確かに長生きかも知れない気はする」
「10倍なら平均寿命を85歳として850歳まで生きたりして」
「八百比丘尼(やおびくに)(*14)か!?」
「千里がしばしば言ったこと覚えてないのは、聞いた時の千里と、その後の千里で、起きている部分が違うからだろうね」
「社内連絡の悪い会社みたいなもんだな」
もっともそれだけでは千里の“神出鬼没”性を説明できないんだけどねーと蓮菜は思う。蓮菜自身、学校で千里と話してから神社に来たら神社にも千里がいた、みたいな体験を何度かしている。蓮菜の感覚ではやはり千里は3人くらいは居る気がする。
(*14)八百比丘尼(やおびくに)は600年頃から1400年頃まで生きたとされる女性。人魚の肉をそれとは知らずに食べて不老長寿となった。その姿は年を経ても18歳くらいのままであったという。佐渡の生まれで、諸国を回り、最後は若狭の地(現小浜市)で800歳で亡くなったので八百比丘尼と呼ばれるが、生前は白比丘尼とも呼ばれた。なお小浜で亡くなった人で似た名前の八百姫という人もあるが、こちらは九州の宗像から流れて来た女性らしい。
八百比丘尼ゆかりの地は小浜市の空印寺、八百姫の方は八百姫神社である。
10月28日の合唱サークルの練習の時、小春が津久美に声を掛けた。
「津久美ちゃん、家はどこだったっけ?」
「**町なんですけど」
「あ、だったらさ、もし良かったらP神社の手伝いしてくれない?まだ今週くらいまでは七五三のお参りに来る人があるからさ、縁起物を売る役が欲しいのよ。ちょっと今週おとなの巫女さん(ということにして実は神様本人!)が出張してて手が足りなくて。帰りは誰かおとなの人が車で自宅まで送るよ」
「私生理中なんですけど、大丈夫ですか?」
「昇殿して舞を舞ったりする仕事じゃないら大丈夫だよ。時給800円で学校が終わった後から18時くらいまで約2時間してもらえたらいいんだけど」
「します!」
生理用パンツ買うお金稼がなきゃ。そしてできたらブラジャーも!
その日、津久美の母は、予め電話して学校に行き、放課後に、担任の中沢先生(女性)に面会を求めた。職員室の隅の衝立で区切った応接コーナーで話をする。
「実はうちの津久美(つくみ)というか津久美(つくよし)のことなんですが」
「ああ。“つくみ”ちゃんでいいですよ。みんなそう呼んでますから」
「すみません。それでまだ1年先のことなんですけど、あの子が中学に進学する時はセーラー服を着たいと言って。そのためには小学校から中学に出す書類が女になっていなければならないのではという話を聞きまして。それには小学校の学籍簿の性別を女に変更しなければならないのではと聞きまして」
「ああ」
と中沢先生は言ってから
「少しお待ちください」
と言って、2人の先生を呼んできた。教頭先生と保健室の祐川先生である。
中沢先生が言う。
「津久美(つくみ)ちゃんは間違い無く女の子ですよ。女子児童の中に完全に溶け込んでいますし、毎月の身体測定も女子と一緒にしてますし、体育の着替えも女子と一緒だし。トイレは少し迷いがあったみたいですが、7月頃からは一貫して女子トイレを使っていますね。男子たちもあの子が男子トイレを使うのには困惑していたので、女子トイレを必ず使うようになって安心したと言ってましたよ」
「そうですか」
教頭先生が言う。
「最近、この手の事例がけっこう全国的に話題になっているんですよ。文部科学省の方からも、児童生徒の性別の取り扱いについては柔軟に対応するようにという指示が出ていましてね。姫野さんの事例はおそらくそういう事例に相当すると思います。それでですね。できたら、大きな病院で診断書を取って欲しいのですが」
「診断書ですか?」
保健室の祐川先生が説明する。
「この手の事例は性同一性障害 Gender Identoty Disorder 直訳すると性別認識の混乱、というのですが、その診断名、あるいは類似した診断書があれば、学校も動きやすいと思います、ねぇ教頭先生」
「はい、たぶん姫野さんが必要な治療を受けるためにもそういう診断名があったほうがいいと思いますよ」
「必要な治療というと・・・」
祐川先生が説明する。
「たとえば女性として生きやすいようにするため、男性的な二次性徴が発現しないように抗男性ホルモンを投与するとか。やはりいくら本人が女を主張しても男っぽい体付きで男の声で話されると女子児童たちも構えてしまいますし」
「そうですよね」
「更にはむしろ女性的な二次性徴を積極的に発現させるために女性ホルモンを投与するとか。やはり高校生くらいにもなってバストが無いと色々不都合がでますし」
「豊胸手術とかするんでしょうか。シリコンとか入れて」
「最近はシリコンとかは入れずに、女性ホルモンの摂取で自然な胸の発達を促す人が多いですね」
「なるほどー」
「最終的には18歳をすぎてから、生殖能力を放棄することにはなりますが睾丸を除去したり、更に本人が希望すれば性転換手術を受けたりですね」
「あの子、よく兄たちから性転換手術を受けろよとか言われて、受けたーいって言ってるんですよ。こないだも“私去勢しちゃった”とか冗談(と思っている)を言ってましたし。でも性転換手術を受けても戸籍上の性別は変更できませんよね?」
「いや、それがどうも変更できるようになりそうな雰囲気ですよ」
「そうなんですか!?」
祐川先生が説明する。
「2年ほど前に自民党の中に性別の変更に関する勉強会ができまして。それでやはり現行法の性別に関する考え方は、科学技術の進歩に付いて行ってないのではないかということになって、医学的な治療を受けた人については性別を変更できるようにしようという方向にまとまりつつあります。おそらくは数年以内に性別は変更できるようになるものと思われます」
「凄い」
「現在でも半陰陽のケースでは年齢によらず性別の訂正ができるのですが、性同一性障害のケースの性別変更はおそらくある程度の年齢以上ということになるかと思います。多分18歳以上か20歳以上。津久美ちゃんがたとえば18歳くらいで性転換手術を受けた場合は、その頃は20歳になったら戸籍上の性別を女に変更できるようになっていると思いますよ」
「時代は進んでいるんですね!」