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2002年10月12日(土).
千里たちN小の合唱サークルのメンバーは、朝から学校に集まり、軽く練習をしてから、学校発の貸切りバスで旭川空港に向かった。合唱コンクールの全国大会に参加するためである。今年のコンクールの日程はこのようになっている。
10/12(土) 高校の部
10/13(日) 小学校の部
10/14(祝) 中学校の部
体力の無い小学生が、前後にゆとりを持てるように真ん中に置いているのかもと松下先生が言っていた。
N小からの参加者は
6年生7人(ビアニストの美那を含む)
5年生12人(ビアニストの香織を含む)
4年生14人
引率(3) 馬原先生・松下先生・教頭先生
保護者29名(男3・女26)
児童33人、先生3人、保護者29人、合計65人である。昨年・一昨年同様に旅行代理店に頼んでツアー扱いにしてもらっているので、旅行代理店が手配した大型バス2台に乗って旭川空港に向かった。
バスは児童たちと馬原・松下で1台、教頭先生と保護者で1台である。
「あれ?千里の髪留めが無い」
と蓮菜に指摘された。
「七五三で神社が忙しいからね。今回は2人とも置いて来た」
と千里は蓮菜に説明する。
「確かに忙しいみたいだもんね」
小春を置いて来たのは、彼女を連れてくると昇殿して祈祷する時の笛の吹き手が恵香ひとりになってしまい、大変すぎるからである。小町を置いて来たのは、小町に祭りの次第を覚えさせるためである。小春は来年はもう参加する体力が無いと思うと千里に言っていた。
(小春は来年の秋まで自分の寿命は残っていないだろうと考えていたがそれは千里には言ってない。むろん千里自身の寿命が来年春で尽きることも言ってない)
保護者の中には、部長・穂花の両親とか、道大会にも付き添った5年生・希望の母なども含まれている。千里の母は(お金がないので)当然不参加である!
なお歌唱者(ビアニストを除く31人)の分と、引率2名分の「都道府県中心空港(新千歳)」から羽田空港までの往復航空運賃が主宰者からされている。それで児童(ピアニスト2名を含む)と馬原・松下先生は無負担だが、教頭先生と保護者の分はツアー費用の不足分を均等割した(*2)。
(*2) 主宰者からの補助は 60400×(32÷2+2) =1,087,200 (*3) 一方ツアー代金は194万円で、差額85.28万円を30人で均等割して1人28,420円である。この金額で東京往復旅行ができるのは、とても美味しいので多くの保護者が参加したが、千里の家ではとても出せない金額である!ので不参加。
(*3) 紗織の分まで入れて32人で申請していた。しかしピアニストの美那を歌唱者にカウントすることにして、そのままもらったお金は使わせてもらった。また実際のステージには“ある理由で”32人並んだので、全く問題が起きなかった。
旭川空港でお昼を食べる。映子には仲の良い美都が付いてて「お代わり禁止!」を守らせた。“トイレ事件”に関しては、映子のお母さんまで部員みんなに謝っていた。
午後の日本エアシステム便(*4)で羽田に飛んだ。
AKJ 13:50 (JAS194 A300) 15:35 HND
(*4) 日本エアシステム(JAS)はこの月初日(2002.10.1)に日本航空と経営統合され、持ち株会社“日本航空システム”(JALS)が発足したが、航空会社名としては引き続き“日本エアシステム”を使用していた。
概してツアーでは JAS が使用されていた。航空券代の値引率が全日空などに比べて大きくできたからである。
東京は天気が悪く、降下時に結構揺れたので
「これ落ちないよね?」
などと不安の声をあげている子もあったが
「ジェットコースターみたい」
と逆に楽しんでいた子もあった(エアバスの安心感もあったと思う)。
羽田に着いたら、保護者はそのままホテルに入ってもらった。今回のホテルは渋谷区内で会場まで歩いて30分で行ける。昨年は電車で移動していて銃撃!事件に巻き込まれたので、今年は交通機関を使わなくても行ける場所にしてもらったのである。一応当日はバスで会場まで運んでもらえる予定である。
一方、児童たちは、旅行代理店に頼んで“練習場所”を確保してもらっていたので、羽田空港からバスで川崎市内のスタジオに入った。
(羽田空港は東京都大田区にあるが、実は川崎市のすぐそばである。筆者は天空橋駅から川崎大師まで歩いて行ったことがある)。
ここで2時間ほど練習をすることにしていたのだが、最初ソプラノソロ:穂花、アルトソロ:希望、篠笛:映子、ピアノ:美那で練習してから、ソプラノソロ:津久美、アルトソロ:希望、篠笛:由依、ピアノ:香織、で練習しようとしたら津久美が上の方の声がかすれて出なかった。
「姫野さん、どうしたの?風邪か何か?」
と先生が心配して訊く。
「風邪ではないんですが、昨日くらいから何か高い声が出にくくて」
と彼女が言った時、彼女と同級生の梨志(りこ)が唐突に言った。
「ひょっとして、津久美ちゃん、声変わりが来たとか?」
ざわっとした。
「やはりそれかなぁ」
と不安そうな顔で津久美が訊きなおす。
「ちょっと待って。なぜ女子に声変わりが起きる?」
という声がある。
「すみませーん。私、生物学的には女じゃないので」
と本人。
「なんですとぉ!?」
「でも津久美ちゃん、心は完全に女の子ですよ」
「最近いつもスカートだしね」
「体育の着替えとかもいつも女子と一緒に着替えているし」
などと同級生たちが言っている。
でも、フォローになってない!
「だからさっさと玉取りしておけばよかったのに」
「ごめーん。」
「だったらD6とかは出ない?」
と穂花が訊く。
「今声帯が変動してて出にくいだけじゃないかなあ。津久美ちゃんなら、声帯が落ち着いたらまたD6くらい出せると思うけど」
と梨志は言っている。
馬原先生が頭を抱えている。その様子を見ると先生は津久美の性別を知らなかったのだろう。
「分かった。声変わりの時期は全体的に声が出にくくなるから、姫野さんはソプラノの集団の中で歌って」
「はい」
「ソプラノソロは矢野(穂花)部長がいるから、大丈夫よね?」
「はい、頑張ります」
と穂花。
しかしそういう訳で、ソプラノソロ・アルトソロともに、バックアップ歌唱者がいなくなってしまったのである。
ただどちらも正歌唱者が無事なので、大きな問題はないだろう、と多くの人は思った。ただ1人、蓮菜を除いては!
蓮菜は自分の携帯から留萌のP神社に電話をした。
「あ、小春ちゃん?頼みがあるんだけど」
蓮菜の緊急の要請に小春は対応を約束してくれた。
津久美はホテルは同じクラスの女子3人と同じ部屋に割り当ててあったのだが、本当に女子と同じ部屋でいいのか、馬原先生は5年生の希望を呼んで意見を聞いてみた。
「全く問題ないと思います。津久美は女の子には興味ないですよ」
「だよね!」
「あの子はほぼ女子と同じ扱いでいいと思います。私もあの子の性別のことはきれいに忘れてました。性別を意識してる子は1人もいませんよ」
「分かった。じゃそういうことで」
だいたい津久美は去年の東京遠征でも女子たちと同じ部屋だった!
彼女は昨年のキャンプでも、今年7月の宿泊体験の時も、1人だけN小児童入浴時間帯ではない時間帯に入浴したらしい。彼女が男湯に入ったのか女湯に入ったのかは誰も知らないということだった。
「でもきっと女湯に入ってますよ。あの子が男湯の脱衣場に進入したら、即追い出されますもん」
「そんな気がするね」
千里は《きーちゃん》に言った。
「あの子、凄く歌がうまい、声もよく出てるのに、声変わりしちゃうのはもったいないよ。あの子の睾丸取ってあげることできない?」
「そういうのは禁じられているんだけど」
禁じられているということは、実際にはできるのだろう。
「取っちゃうのが禁止なら、預かっておくとかは?」
「まあそれなら、違反にはならないかな」
「じゃあの子の睾丸を預かってあげてよ」
「分かった。じゃ預かって培養液に漬けておくね」
「廃棄してもいいと思うけど」
「それは許されないので」
「じゃ培養液で。ついでに女性ホルモンの注射をしてあげられない?」
「そういうのも許されてないんだよ」
「今体内にある男性ホルモンを中和するだけだよ」
「まあ中和するだけならいいことにしておくか」
「じゃよろしく」
「では睾丸を預かって注射もしてくるけど、何日くらい預かっておけばいい?」
「そうだなあ。36524日(*5)くらい」
「え〜〜〜!?」
(*5) 36524日とは、つまり100年! 2002.10.12の36524日後は2102.10.12
千里たちはスタジオで2時間ほど歌ってからホテルに行き、夕食を食べて(映子は美都の監視付き!)、各自の部屋に入った。部屋は原則4人部屋となっていて、4階のフロアをほぼ独占している。
401 教頭+男性保護者3人
402-403(2) 6年生7名
404-406(3) 5年来12名(4x3)
407-410(4) 4年生14名(4343)
411-417(6) 女性保護者24名(4x6)
418 女性教師2+保護者2(矢野・花崎)
6年生7人はこのような組み合わせで入った。
402 千里・蓮菜・美那・佐奈恵
403 穂花・映子・美都
穂花と映子を同室にしたのは、部長と副部長で打合せしやすいようにするのと、精神的に不安定な面がある映子を穂花がサポートできるようにという意図だった。美都は映子の“食べ過ぎ監視役”なので同室にしている。
千里たち4人は交替で(部屋付きの)お風呂に入り、21時過ぎにはもう眠ってしまった。
「小町!?」
千里は熟睡していたのだが、深夜に彼女が入ってきた気配で、目を覚ました。
「幡多小町二等兵、ただいま到着いたしました。千里様の指揮下に入ります」
と言って敬礼している。
「来たんだ!?」
と千里が驚いて言うと
「私が呼んだ」
と蓮菜が言っている。
「なんか嫌な予感がするんだよ。小町はD6の音が出せるからソプラノの列に並べよう」
「入れていいんだっけ?」
「小町はN小の3年生の児童。N小の児童なら参加資格がある」
「人数規定は大丈夫?」
「歌唱人数は32人と届けている。ところがそこから紗織が抜けた。小町が入っても32人だから問題無い」
「確かに。でも小町、よく来たね」
「新千歳から飛んできました」
「へー!」
津久美が高い音を出せなくなっているのが発覚したのが17時半頃である。蓮菜は悪い予感がして、すぐ小春に連絡し、鈴恵の運転する車で小町を新千歳まで送ってもらったのである。
旭川発の最終便は19:50でこれに乗るには19時頃までには旭川空港に到着する必要があるが、留萌から旭川空港まで2時間近くかかる可能性があるので間に合わないかもしれない。しかし新千歳なら最終便21:50で、21時頃頃までに到着すれば乗れたのである。留萌から新千歳空港までは2時間半で行ける。
実際には多少ラッシュには引っかかったものの20時半に新千歳に到着。車は駐車場には入れずに空港で待機していてくれた鈴恵の伯母にリレーした。伯母はチケットを購入しチェックインもしてくれていたので、まさに飛び乗ることができた。
CTJ 21:50 (ANA970 B767-200) 23:20 HND
「でも神社の手伝いは?」
「佳美、優美絵、更に“沙苗”ちゃんにも頼んだ」
「なんか6年1組総動員になりつつある」
「“沙苗”ちゃんには『巫女衣装着てみたいでしょ?巫女衣装着てる時は女子トイレの使用を許すよ』と言って口説き落とした、と小春は言っていた」
「あははは。あの子、間違って性転換手術されちゃったら女で生きていけるよね」
「むしろ無料で性転換手術が受けられるなら、喜んで受けると思う」
「そうかも知れん。ふだんも女の子の服着ればいいのに」
「女物は持ってはいるらしいけど人前で着ないね」
「クローズアップとかいうんだっけ?」
「クローゼットでは?」
「へー」
「あの子、声は男の子の声になってしまったけど、女の子の話し方ができるから、女の子の服を着てれば、相手は話していても少し声の低い女の子だと思うだろうね」
と蓮菜は割と重要なポイントを言った気がした。
「ともかく巫女衣装を着て性別に疑惑を起こされない子は全員動員したかも」
「ああ」
恵香・玖美子・絵梨は最初から動員されている。更に沙苗は置いといて佳美と優美絵を動員。東京に蓮菜・佐奈恵・千里・美那・穂花が来ている。残りの女子は留実子・初枝・杏子と長身の子ばかり。特に留実子と杏子は
「男の子まで巫女衣装着てる」
と言われそうだ。
「だから明日神社で稼働するのは13人」
と蓮菜は言った。
「へー」
「小春、純代さん、広海さん、従姉の鈴恵・弓恵・守恵、それに6の1の恵香・玖美子・絵梨・佳美・優美絵・沙苗」
「12人では?」
「宮司まで入れて13人」
「あ、そうか」
「最後の晩餐と同じ構成だね。指導者と12人の弟子」
「ふーん。そういう構成だったんだ?」
「でも結構費用掛かったね」
「航空券代、往復のガソリン代・高速代、それに鈴恵のおばさんの交通費は、千里の預金から払っておいたから」
「あはは」
千里の口座の暗証番号を小春は知っている。でも千里は怪しい!!根室に行く時に緊急に引き出した時も忘れていて小春に教えてもらったが、今も思い出せない!(ちなみに千里の常用口座の暗証番号は0303と千里の誕生日になっていて「誰にでも分かる危険な番号だ」と蓮菜にまで言われている)
そういう訳で、その夜、小町は千里のベッドに並んで寝たのである。