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■娘たちの2012オールジャパン(8)

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やがて常滑市の寮に到着。調和さんは荷物を運び入れるのも手伝ってくれた。
 
「できたばかりの会社でも寮はけっこう古いんだ?」
「寮を手放そうとしていた会社のものを買い取ったらしいです」
「なるほどー。節約ですね」
 
「でもごはんまで御馳走になって済みません」
「親父からちゃんとお金もらってるから問題無いよ」
「じゃお気をつけて、帰り道は休みながらお気を付けて」
「うん。朝までに着けばいいくらいの気持ちで帰るから」
 
「ほんとにお世話になりました」
 

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太荷は取り敢えず衣裳ケースか何かが欲しいなと思ったので近くのホームセンターまで出かけてプラスチックの衣裳ケースと、ビニール製のロッカーを買った。荷物が多くなったのでタクシーで持ち帰る。
 
それでロッカーを組み立てて、スーツやYシャツを入れていたバッグを開けてそこに掛ける。その後、他のバッグを開けてプラスチック製の衣裳ケースにTシャツやコットンパンツなどの普段着や、下着類を入れて行っていたのだが、ひとつのバッグを開けた時にギョッとした。
 
ブラジャー!?
パンティー!?
 
血の気が引く。
 
もし松前社長の奥さんのバッグか何かを間違って持って来ていたのなら大変だ。痴漢か何かと思われたら、見放される。
 
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太荷はすぐに調和さんの携帯に電話した。運転中のようだったが、10分ほどした所で折り返し電話をくれた。
 
「どうかしました?」
「実はこちらにある荷物の中に女性の下着の入っているバッグがあって」
「はい」
「バッグ自体には見覚えがある気がするのですが、もしかしたらお母さんのバッグか何かと似ていたので間違って持って来てしまったのかも知れないと思いまして」
 
「あ、もしかして黒い小型のバッグですかね?」
「はい、そうです!」
 
「それ僕のバッグです」
「え!?」
 
「ちょっと待って下さいね」
と言って彼は何か探している雰囲気だ。
 
「あった、あった。こちらにも黒い小型のバッグがあります。これが太荷さんのじゃないかな。僕のと似てますね」
「中を見てもらえますか?パジャマ代わりのジャージとか入っていたと思うのですが」
「入ってますよ」
 
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「じゃ済みません。こちらのバッグはそちらに宅急便で送りますから、そちらのバッグを着払いで送ってもらえませんか?」
と太荷は言ったのだが
 
「そのバッグ、親に見られるとまじいんで、今から取りに行きますよ」
「え〜?でもかなり戻っておられたのでは」
 
「休憩していたからまだ刈谷なんですよ。1時間くらいで戻れると思いますから」
「済みません!」
 
それで調和は戻ってきてバッグを交換して帰っていったが、太荷は悩んだ。
 
女物の下着で、親に見られたらまずいとか、それって内緒の女装趣味!??
 
調和さんが女装してお化粧とかしている所を想像する。
 
元々美形だし、女装もわりと似合うかも知れない・・・と思ったが10秒後に気付いた。
 
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「たぶん、調和さんの彼女の物なんじゃないかな?」
 
きっと交際をまだ親には内緒にしているのだろう。もっとも下着を彼氏の車に置いておくなどという状態なら、ふたりの関係はかなり進んでいるのだろう。
 

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同じ1月4日。
 
オールジャパンには縁がなかった関東女子学生リーグ2部に所属するN大学の女子バスケット部では、来期のチーム編成に関して議論が起きていた。
 
今までの監督が退任し、20年ほど前にこの大学を卒業して、これまで山梨県の大学のバスケット部を指導していた人がこちらに移ってくることになった。そこで新しい監督の考えのもと、チーム編成や強化方針について話し合っていたところ、一部の部員が監督の考え方に納得できないと言い出したのである。
 
議論はかなり熱くなり、どうしても納得できないと言っていた副部長の沢口葉子はついに「だったら私は辞めます」と言い出した。
 
これには部長も慰留に務めたし、葉子に随分とお世話になっていた森田雪子、雪子の親友・杉山蘭なども「先輩、考え直して下さい」と言ったが、本人は「もう退団することに決めた」と言った。
 
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それで葉子は退団することになってしまった。
 
「葉子先輩が辞めるなら私も辞めようかな」
と雪子は言った。
 
正直、気の弱い性格の雪子は、なまじ本人の実力が高いだけに、色々やっかみを受けやすく、葉子はその防波堤になってくれていたのである。彼女の居ないところで活動を続ける自信が無かった。
 
「雪ちゃんが辞めるなら私も一緒に辞めるよ」
と蘭も言った。
 
正直蘭としては、雪子が心配で、しばらく彼女に付いていてあげないと、危ないかもと思ったのである。
 

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同じ1月4日。
 
関東実業団女子リーグ2部に所属するCJ化学では、会社の仕事始めのあと、女子バスケット部の例会が開かれた。
 
例年なら、部長の挨拶、監督・主将の抱負などがあるのだが、この日の例会には社長自らが来ていて、部長や監督が難しい顔をしている。
 
「みなさん、明けましておめでとう。ここで皆さんに残念なお知らせがあります」
と社長が言った。
 
それを聞いた原口揚羽は、ひょっとして監督が退任するのだろうかと思った。監督は今年確か68歳のはずである。体力的にはかなり衰えているものの、人格者だし、バスケット理論が凄くて、それがチームの支えになっていた。
 
「昨年の震災で福島工場が被災し、何とか再建はしたものの、その再建や地域への補償問題などで多額の費用がかさみました。そのため、会社の財政に余裕が無くなっております」
 
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まさか・・・
 
「それで大変申し訳無いのですが、CJ化学の女子バスケット部、女子ソフトボール部、女子陸上部は3月いっぱいで解散させてもらうことになりました。また専用の体育館およびグラウンドも売却致します」
 
え〜〜〜〜!?
 
「この後のことについては、3つの選択肢を用意しております。1つは他の実業団・クラブなどに移籍してバスケットを続ける道。この場合、引越の費用などは出させて頂きます。また退職金も割増しで出します」
 
つまり移籍先は自分で探せということのようである。
 
「2つ目はふつうの社員になる道。この場合、給与体系は見直させて頂きますので、おおむね給料は3〜4割減って、同年代の一般女性社員と同程度の金額になります」
 
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「3つ目はこれを機会に退職・引退という道で、その場合も退職金は割増しでお支払いします」
 
要するにこの会社を辞めるかバスケットを辞めるか両方辞めるか!?ということのようである。もうついでに女も辞めたりして!?などと揚羽は変なことを考えた。
 

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1月5日。
 
オールジャパンは準々決勝の4試合が行われる。
 
13:00 神奈川J(関東)−ビューティーM(W4)
15:00 フラミンゴーズ(W6)−Bレインディア(W2)
17:00 ローキューツ(社2)−レッドインパルス(W5)
19:00 Jゴールド(社1)−Eウィッカ(W3)
 
最初13時からの試合では昨日千葉K大を倒したビューティーマジックが今日は百合絵や星乃たちの神奈川J大学を倒した。関女の強豪を連破である。次の時間帯はWリーグ同士の試合になったが、リーグ2位のブリッツレインディアが、古豪フラミンゴーズを倒した。
 

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そして17時。ローキューツとレッドインパルスの各々のスターティング5が代々木第1体育館のセンターコートに並んだ。
 
RI PG.三笠恵比子(1985)/SG.餅原マミ(1987)/SF.広川妙子(1984)/PF.勘屋江里菜(1986)/C.黒江咲子(1981)
RC PG.馬飼凪子(1991)/SG.村山千里(1990)/SF,五十嵐岬(1991)/PF.溝口麻依子(1990)/C.森下誠美(1990)
 
レッドインパルスは概ね若いメンバー中心のオーダーを組んできた。広川さんなどは千里を見て笑顔で手を振っているが、キャプテンの黒江さんはかなり厳しい顔をしている。それで千里はこれはレッドインパルスはこちらを結構研究してきたなというのを感じた。
 

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ティップオフは誠美が勝ち、凪子が進攻していくが、予め自陣側に居た餅原マミが素早くその前に回り込んでいる。それで凪子は後ろに居た千里にパスする。千里がシュートするが、横から走り込むようにして大きくジャンプした広川がそのボールを叩いてしまった。
 
アウトオブバウンズでローキューツのボールである。広川はまた笑顔でこちらに手を振るので、こちらも手を振り返した。
 
そういう訳でこのピリオドではマンツーマンはこういう組み合わせになった。
 
三笠−凪子、餅原−岬、広川−千里、勘屋−麻依子、黒江−誠美
 
広川さんは日本代表の活動でもさんざん千里を見ているので、千里を完全に停めようとはしなかった。千里の得点を半分程度まで落とすことが目標という感じであった。
 
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黒江さんは攻撃にはあまり参加せず、守備に徹している感じであった。早めに戻るようにしておいて、ゴールの近くで(ファウルを取られないように)動かず誠美や他メンバーの近くからのシュートを阻止する。まるで背の高い選手がいないチームのゴールの守り方である。実際誠美は2度続けて黒江さんとの接触でファウルを取られ、以後気をつけるようになったが、結果的にレイアップやダンクがしづらくなった。
 
三笠さんと凪子の戦いでは、三笠さんも凪子には負けるが、結構足の速い方である。結構近くまで迫られている感があるので、凪子としてもあまり時間を置かずに次のアクションを起こさなければならず、結果的に攻撃の組み立ての選択の幅が狭まることになった。
 
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勘屋さんと麻依子は、かなりいい勝負をしていた。餅原さんと岬の所は餅原さんがやや上回っていた。
 

そういう訳で、この組み合わせではレッドインパルス側が大きく負ける場所がひとつも無かったのである。これはまさに三木エレンが言っていた「千里と誠美の所以外は、個々の能力ではプロ側が上」という戦略なのである。そのためには《適材適所》の組み合わせにすることと、各々の選手の癖や好みを把握して対抗することだったのである。
 
レッドインパルスは恐らくこちらの試合のビデオを見て各選手をちゃんと研究しているようであった。
 
大差は付かないのだが、じりじりと向こうが得点を重ねていく。それで西原監督は岬を薫に替えてみるが、向こうは餅原さんを下げて182cmの三輪容子を入れてくる。どうも事前に相手の誰には誰を当てるというのを全部決めていたようである。薫も完璧に癖を読まれている感じで、かなりボールを奪われた。
 
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そういう訳で第1ピリオドは14-12である。向こうとしてはタイで行っていればいいというポリシーのようだ。
 
第2ピリオドでは国香をポイントガードに使い、翠花と夢香を使ってみるが、各々別の選手が出てきて、きれいに停めてしまう。翠花はいいとして夢香まで研究されていたのは驚きであった。相手がこちらを全くなめてないことが分かる。
 
それで第2ピリオドも12-10で、僅差だが向こうが少しだけ勝っている。こちらはそんなにやられている感がないのに、じわじわと点差が付く。前半合計は26-22である。
 

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第3ピリオドでは誠美を休ませる。桃子を出す。また相手がどのくらい研究しているだろうかというのの賭けも兼ねて、夏美と司紗を出してみた。司紗はまさかこの相手に自分の出番がくるとは思ってもいなかったようだが、かなり頑張った。向こうもさすがに司紗は研究していなかったようだが、経験の長い由良路子が出てきて、何とか経験と勘で司紗に対抗していた。
 
このピリオドでは他にも元代や浩子まで使って相手の目先を変えていった。そのせいか誠美が休んでいるのに大きく離されず、16-12である。
 
各ピリオドは僅差なのだが、ここまでの合計は42-34で8点差になっている。
 
最後のピリオドは誠美が復帰して、千里に対抗している広川さんの足がさすがに止まり始めたことから、ローキューツの方が勢いに勝った。
 
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それでかなり頑張ったのだが、最終的に54-51と残り3点差でレッドインパルスが逃げ切った。第4ピリオドの点数は12-17である。
 

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両軍整列し、審判がレッドインパルスの勝ちを告げる。
 
千里たちは「ありがとうございました」と挨拶し、お互いに握手したりハグしたりして健闘を称え合った。
 
こうしてローキューツにとって初めてのオールジャパンはBEST8で終わったのであった。
 

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「さすがプロは強ぇと思わされた」
と国香が言っている。
 
「やはり昨日の練習の後、ラーメンしか食べなかったのがよくなかったかも。もっと肉を食べた方が良かった」
などと言っているのは聡美である。
 
「じゃ今日は肉を食べに行こう」
「残念会だな」
「いや関東クラブ選手権・全日本クラブ選手権へのティップオフだよ」
 
 
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娘たちの2012オールジャパン(8)

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