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そういう訳で、サンドベージュ側は三木以外の全員がローキューツを舐めた状態で試合は始まったのである。
両軍のスターターはこのようであった(括弧内の数字は生年度)。
SB PG.田宮寛香(1986)/SG.三木エレン(1975)/SF.山西遙花(1978)/PF.宮本睦美(1981)/C.高見稚奈(1980 182cm)
RC PG.馬飼凪子(1991)/SG.村山千里(1990)/SF,五十嵐岬(1991)/PF.溝口麻依子(1990)/C.森下誠美(1990 公称184cm)
ティップオフは誠美と高見でおこなうが、高見はギョッとした。
『嘘つきぃ!こいつ絶対184cmじゃない!188cmくらいあるじゃん!!』
それでもう気合いで負けていた。誠美がその身長に加えて強烈なジャンプ力で遙かに高い所でボールをタップ。凪子がボールを取って速攻である。
さすがに相手側の山西が戻るものの、凪子は軽やかなステップで山西を抜くとそのままレイアップシュートに行った。
これがきれいに入って0-2.
試合はローキューツが試合開始後わずか5秒で2点取って始まった。
このスターティングメンバーではお互いマンツーマンの守りになった。
田宮−凪子、三木−千里、山西−岬、宮本−麻依子、高見−誠美という組合せである。
その中で比較的拮抗したのは、日本代表経験者の山西・宮本と、岬・麻依子の所だけである。経験では山西・宮本が上回るものの、若さと運動能力では岬や麻依子が上回る。それでこの組合せはかなりいい勝負になった。
高見と誠美のセンター対決は誠美の圧勝である。体格的にもジャンプ力も、そしてスピードも誠美が上回っている。体力的にも31歳の高見は21歳の誠美に付いていけない。
ポイントガードの所でも100mを13秒で走る俊足の凪子に、田宮が付いていけない。簡単に振り切られてしまうし、また追いつかれる。死角からボールを奪うのも凪子はうまいので、田宮は大量のターンオーバーを献上することになってしまった。田宮は札幌P高校の出身、凪子は旭川L女子高出身ではあるが、学年が5つ違うので両者は北海道では対戦したことが無かった。
そして千里は三木エレンを圧倒した。
まずサンドベージュ側のパスが三木に到達しない。ほぼ千里がカットしてしまう。何とか三木にボールが渡っても、三木はそもそもシュートできないし、何とかシュートしても、全部千里が叩き落としてしまう。
逆に三木は千里のシュートタイミングを全く読めずほとんどフリーに近い形で撃たれてしまった。
それで第1ピリオドは8-32というクワドゥルプルスコアになってしまい、観客席のサンドベージュ応援席は呆然としてお葬式のようになっていた。
サンドベージュはローキューツを全く研究していない。それでとんでもない大差を付けられても、とりあえず第1ピリオドと第2ピリオドの間のわずか2分のインターバルには対策を思いつけない。
結局個々のマッチングで競り負けているというので監督はゾーンを指示した。
Wリーグ女王のサンドベージュが、聞いたこともない名前の社会人チームにゾーンを組んだのを見て、観客席がざわめいた。
しかし単純なゾーンは当然スリーの餌食である。
それにはすぐ監督も気付き、三木エレンを千里のマーカーに出す、ボックス4のゾーンに切り替えた。
しかし4人のゾーンは5人のゾーンより脆い。誠美の強引な突破を防げない。31歳の高見には体力的に辛かったかと考えた監督は27歳で、背は低くてもガッチリした体格の吉野を投入したが、彼女も誠美を停めきれない。
「だめだぁ。まるで男子選手みたいにパワーがある」
と吉野はこぼしていた。
このピリオドで岬・麻依子に代わって出ている国香・薫も、相手が誠美に警戒しているその隙を狙って、たくみに中に飛び込んで得点を重ねる。むろん進入にばかり警戒すると千里のスリーが飛んでくる。千里の動きは緩急が大きく、エレンは千里に全く付いていけず簡単に振り切られていた。
そういう訳で第2ピリオドも12-24のダブルスコアで、前半合計20-56である。
ハーフタイムの間にサンドベージュの控室ではかなり激しい議論が起きたようである。あらためて三木エレンはローキューツの各メンバーの簡単な特徴を説明した。
「選手各々の実力では、こちらが遙かに上なんです。それを忘れないで下さい。だから村山と森下さえ押さえたら、勝てるんです」
とエレンは力説した。
それで千里を押さえる係はまだ入社1年目だが瞬発力のある平田徳香が担当し、森下はやはり吉野以外にできる人がいないということで、吉野が頑張ることにする。
しかしこのピリオドではローキューツは誠美を休ませ、桃子を出した。
すると吉野と桃子では筋力は吉野があっても、身長で桃子の方が6cmも上回っているのでリバウンドはほとんど桃子が取ってしまう。桃子も旭川の強豪A商業の出身で、プロとの対戦経験は無いものの、結構な修羅場をくぐってきており、気合い負けしない。吉野は張り切って出て行ったものの肩すかしを食った感覚である。
一方平田は確かにこの試合の中では最もよく千里に対抗した。千里が彼女を振り切ってフリーになるのに結構苦労する。
三木エレンが
「千里はほんの一瞬の意識の隙にどこかに行ってしまうんだよ。ボールのある方をチラ見でもしようものなら、その瞬間居なくなる。だから、ボールの位置とか気にせず、千里だけを見ていないとあの子は停められない」
と注意したので、平田はゲーム全体のことは何も考えずに千里だけを見ていた。
これをやられると確かに千里もかなりやりにくいのである。
千里は左へ右へとたくさん動き回るものの、平田は必死で付いてきた。それでこのピリオドでの千里のスリーは1本のみに留まったのである。
しかし前半出ていなかった元代と夢香が
「このピリオドだけで1試合分のエネルギーを使い切るつもりで行って」
と言われていたのを実行に移したので、このピリオドはほぼ拮抗した点数になった。22-18とサンドベージュが4点リードする形で終えた。
ここまでの合計は42-74だが、サンドベージュとしては、少しだけ点差を詰めたので、ベンチのムードが明るくなったし、応援団も頑張って声援を送る。
そして第4ピリオド。
誠美が戻る。
吉野は誠美につく。平田が引き続き千里に付く。サンドベージュの監督としては、千里はずっと出っぱなしなので、さすがにこのあたりで疲れてきて運動量が落ちるだろうから、そこを何とか押さえこめと平田に指示を出していた。
ところが千里の運動量は衰えない。第3ピリオドもひたすら走り回っていたのだが、第4ピリオドでも更に走り回る。
しかも右に行っては急反転して左。そして左に行ったらまた急反転・・・と思わせておいて更に左に行く、などと予測できない動きをしていくので平田は次第に反応速度が落ちていく。
結局最初からずっと出ている千里が疲れて動きが鈍くなる前に後半から出てきた平田の方が疲れて千里に付いていけなくなったのである。
結局第4ピリオドの途中から千里はかなりフリーになることができた。そこに最後のピリオドのポイントガードを務める国香から矢のようなパスがある。パスを受けたらすぐ撃つ。
このピリオドだけで千里は5本のスリーを放り込んだ。
一方で誠美は第3ピリオドを休んで体力を回復しているので、どんどん中に進入していってダンクを放り込むし、リバウンドはほとんど取ってしまう。
終わってみれば最終ピリオドは16-25の大差。合計58-99でローキューツが女王サンドベージュを破ってしまった。
サンドベージュの選手たちが呆然としてそのままベンチに戻ろうとするのを主審が注意して、きちんと挨拶をさせた。
サンドベージュの選手たちは誰も握手などしようとしなかったが、エレンだけが千里の肩を叩いて
「今日は完敗。でも次は勝つから」
と言った。
エレンらしい強気の言葉だなと千里は思った。
そういう訳で第1時間帯では社会人2位・無名のクラブチームがプロのリーグ戦1位であるサンドベージュを破るという《大波乱》が起きたのである。
この日最も観客が多かったのが第2時間帯(15:00-16:30)に行われた、インターハイ覇者・岡山E女子高と、社会人1位・ジョイフルゴールドの試合であった。
玲央美は「プリンと当たるなんて罰ゲーム」だ、などと年末に会った時には言っていた。
「ところでプリンは性転換するつもりとかはないかね?」
「あの子、そういう傾向は無さそうですけど。ちんちんは欲しいと言ってるけど」
この日は、多くの観客がE女子高は1−2回戦で大勝した勢いに乗って、社会人チームを倒して準々決勝に進出するのではと予想していた。
ジョイフルゴールドは、王子の相手を彼女を最もよく知っている熊野サクラにやらせた。サクラは、外国籍でオールジャパンに出場できないナミナタ・マールや、藍川さんがスカウトしてきた、昨年までJBLにいた男子選手などを相手に、ここ半月くらいずっと王子対策をしてきたのである。
これはかなり成功して、王子の得点力は大きく低下した(さすがにサクラにも王子を完全に停めることはできない)。スリーのうまい雨地月夢には似たタイプである昭子を当て、器用でやっかいな翡翠史帆は玲央美自身が相手する。センターで182cmの桃山由里は、母賀ローザ(184cm)が貫禄で押さえ込む。ローザは自分が出ている間は桃山に1本もリバウンドを取らせなかった。
試合はこのようにして相手の攻撃を食い止めている間に、池谷初美・小平京美・山形治美・近江満子などが代わる代わる出てきては得点をあげていくというパターンで進行した。
それでこのゲームはロースコア気味に進行した。
スタミナでは、王子とサクラ、翡翠と玲央美は最後までパワーが落ちなかった。雨地は元々華奢な体格なので1,3ピリオドに出たのだが、昭子も華奢で体力が無いので、ちょうどいい勝負だった。桃山は途中でローザの体力に付いていけなくなった。
それでこの試合は47-58でジョイフルゴールドが勝利した。
試合が終わった時、観客席からため息が出た。
多くの観客は、やはり高校生は社会人のトップチームにはかなわないかと思った。
しかしごく一部の観客はこう思った。
「あのE女子高を押さえ込んだジョイフルゴールドというのはWリーグに来れば優勝争いをするチームだ」
と。
この日の結果。左側が2回戦から勝ち上がったチーム、右が3回戦から登場したチームである。
1300 神奈川J(関東)○−×シグナスS(W7)
1300 ステラS(W8)×−○フラミンゴーズ(W6)
1500 岡山E女(高校)×−○Jゴールド(社1)
1500 Bバニーズ(W9)×−○レッドI(W5)
1700 千葉K大(大8)×−○ビューティーM(W4)
1700 札幌C大(北海)×−○Eウィッカ(W3)
1900 茨城TS大(大3)×−○Bレインディア(W2)
1900 Rocutes_(社2)○−×サンドB(W1)
大野百合絵たちの神奈川J大はWリーグ下位のシグナス・スクイレルを倒して堂々のBEST8・準々決勝進出である。勝ち上がり組で勝ったのはローキューツとJ大の2つだけであった。
オールジャパンは「3回戦の壁」が厚いのである。
前田彰恵たちの茨城TS大はかなり頑張り、特に前半はリードしていたのだが、気合いを入れ直したWリーグ2位のブリッツレインディアの本気の戦いに敗れてしまった。
渡辺純子たちの札幌C大は、ひとりひとりの能力の高いエレクトロウィッカに力負けした。純子自身も花園亜津子が相手をして、きれいに押さえ込まれたし、ウィッカの日本代表センター馬田恵子は存在感が圧倒的であった。
川南たちの千葉K大もWリーグのかつての覇者ビューティーマジックに歯が立たなかった。
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娘たちの2012オールジャパン(6)