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■女の子たちの高校入学(1)

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(C)Eriko Kawaguchi 2014-04-25
 
2006年3月。千里は留萌のS中学を卒業した。この中学では男子の髪は、耳や襟に付かない程度に短くしておかなければならなかったのだが、千里は結局3年間、腰近くまであるような長い髪のままで過ごした(入学した時は胸くらいの長さだったのが、そのままほとんど切らなかったので卒業の頃には腰くらいまで長くなっていた)。
 
しかし千里が進学予定の旭川のN高校では規則で短くしなければならないことになっている。千里はバスケット部推薦の《スポーツ枠》特待生でN高校に入る予定なので、特待生は他の生徒のお手本にならないといけないということで、スポーツ選手らしく五分刈りにする予定である。
 
母など「千里が丸刈りにした所なんて想像しただけで可笑しくて可笑しくて」
などと言っていたが、千里としては結構気が重かった。
 
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しかし千里の家は貧乏で、しかも父が3月いっぱいで失業するので、最初はそもそも公立高校にもやるお金がないと言われていた。それが私立の特待生という話が舞い込んできて、千里はその道を選ぶしか無かったのである。
 

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「私はどうなるのかなあ」
と今度中2になる玲羅が不安そうに言う。
 
「あんたが高校に行く時までには何とかうちの経済状態を立て直しておくよ。でもあんたは公立に行ってよね。あるいは物凄く勉強して私立の特待生になるか」
「それは無理ー」
 
玲羅は学校の成績はあまり良くない。だいたいテストも60点とか50点とかばかりである。
 

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千里はこの長い髪を束ねて、神社で巫女のバイトをしていた。千里が神殿で笛を吹いたり、舞を舞ったりしていると、『神様のご機嫌が良い』と、上司の細川さんや先輩の循子さんなどは言っていた。
 
「千里ちゃん辞めちゃうと寂しくなるなあ」
と細川さんは言う。
 
千里は3月いっぱいでこの神社を退職する予定である。
 
「千里ちゃんの将来を占ってみたんだけどね」
と細川さんは言った。
 
「1年ごとに1枚、タロットを引いてみたんだよ」
 
と言って、カードを並べてくれる。
 
「1枚目。高校1年。法王。これ髪を切っちゃうからお坊さんということかも」
「あはは」
 
「2枚目。高校2年。吊し人。これ棒からぶらさがっているのがバスケットのゴールのような気がしたんだよ」
「ああ、そうも見えますね」
「だから2年生頃にバスケットで大活躍するんだね」
「なるほど」
 
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「3枚目。高校3年。女司祭。たぶん千里ちゃん、高3くらいになると女の子に戻っちゃうんだ」
「うーん・・・」
 
千里が男の子であることは、実はごく最近になって打ち明けたのだが、細川さんは全然気付かなかった!と言って驚いていた。
 
「でも、千里ちゃんと一緒に何度か水垢離したけど、その時、おちんちんとか見てない。胸は無いなと思ったけど」
「えっと・・・」
 
「それに、あんた、泊まり込みの研修とかの時、女湯に入ってなかった?」
「あはははは」
「だいたい、あんた体臭が女の子だし」
「えへへへへ」
 
「それに千里ちゃん、魂は確実に女の子」
「ああ、それはそうかも」
 
当時はそんな会話もした。
 

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「4枚目。大学1年。聖杯の王女。もう大学に入ったら完璧に女の子生活ってことだよね」
「そのつもりです。高校3年間だけ我慢します」
 
細川さんも頷いている。
 
「5枚目。大学2年。恋人。好きな人ができるんだろうね」
「ああ」
 
「貴司とは、なんで別れるの?」
と細川さんは訊いた。
 
貴司というのは細川さんの息子で、そして千里はこの3年間、彼と恋人関係を維持していた。
 
「元々声変わりが来たら別れることにしていたんです。彼も男の子と付き合う趣味はないから、私が女の子でいられなくなったら、そこまでかなというので。声変わりはまだ来てないけど、髪を切ることになっちゃったから、五分刈りではやはり女の子と認められないということで。彼もその気になれないだろうし。私もそういう姿を好きな人の前に曝したくないので」
 
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「でも声変わりしても、丸刈りにしても、多分千里ちゃんは女の子だよ」
「そんなこと言ってくれる友人もいますけどねー」
 

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細川さんもあまり息子の恋愛に深くはちょっかいは出したくないようで次に進む。
「6枚目。大学3年。愚者。この年、何か凄く大きな出会いがあるみたい」
 
「これ、多分子供ですよね?」と千里。
「千里ちゃんよりずっと年下の子だろうね」と細川さん。
 
「恐らく、その子との出会いが、人生を大きく変えるんでしょうね」
「たぶん、千里ちゃんの人生も。そしてその年下の子も人生も」
 
千里はそのカードを見詰めていて、海の向こうから太陽が登ってくるシーンを見たような気がした。どこだろう?これ何かの映画か何かで見たような気がするけど、と千里は思ったものの、思い出すことはできなかった。
 
「7枚目。大学4年。剣の4。これどう思う?」
 
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使用しているのがバーバラ・ウォーカーのタロットなので絵柄は地面に4本の剣を刺した洞窟の中に若い男性が座っている図で、タイトルは seclusion(引き籠もり)となっている。
 
「これライダー版では、戦士がベッドに寝ている絵ですよね」
「そうそう」
 
「私、この年に性転換手術を受けるのだと思います。seclusionというのも多分手術を受けたあと数ヶ月安静にしておかなければならないからではないかと思います」
 
細川さんも頷いている。
 
「そもそも大学出る前に自分の性別は決着つけておきたいですし。戸籍上の性別を変更するには性転換手術を済ませておくことは必須条件ですし」
 
「うん。社会に出てから変更するのは大変だし、そもそもあなた男性として就職したくないでしょ?」
「それ、絶対嫌です」
「だったら大学在学中にやっちゃうしかないよね」
 
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「でも性転換手術はお金掛かるから、それを貯めるのにこの時期になっちゃうんでしょうね」
「かも知れないね」
 

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4月から千里は旭川に住む美輪子叔母の所に下宿させてもらうことになっており、2月にN高校の推薦入試分の合格発表があって、入学手続きをする時にも叔母の所に寄った。
 
「千里ちゃん、可愛い服着せてお化粧とかも教えてあげようと思ってたのに髪切っちゃうなんて、悲しいよ」
と美輪子は言った。
 
「あんた、この子の女装のかなりの共犯だよね?」
と母が言う。
 
「だって千里は可愛い可愛い女の子なんだから、女の子らしくさせなきゃ」
「まあいいけどね」
 
「でも千里、丸刈りにしたって、スカート穿きたきゃ穿けばいいんだよ」
と美輪子。
「変なこと唆さないで!」
 
「だけど、美輪子、浅谷さんとはどうなってるの?」
「付き合ってるよ」
「この子、置いといても大丈夫?」
「まあ、私が寝室でHしてる時は、千里ちゃんは聞こえないふりをしておいてもらうということで」
 
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「もちろんです」
と千里。
 
「私も千里が彼氏を連れ込んでHなことしてても、聞こえないふりしてあげるから」
「ちょっとぉ!」
 

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「でも彼氏なんだっけ?彼女じゃなくて?」
と母。
 
「千里、女の子と恋愛したことある?」
と美輪子が訊く。
 
「私、レズじゃないよー」
 
と千里が答えると、母は「ん?」と言って美輪子の顔を見ていた。美輪子はおかしくてたまらない様子であった。
 

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入学手続きでは、入学金と前期授業料を納入する必要がある。が千里は特待生で授業料は(成績が良ければ)無料だし、入学金はこの日の段階では3万円だけ納入しておいて、残りは入学式までに払えばよいということだった。
 
千里はこの3万円を都合付けるのも大変だったろうな、と思いながら母が手続きしてくれるのを見ていた。それでパンフレットを渡されて「視聴覚教室に入って下さい」と言われた。母と一緒にそちらに行く。
 
この日の入学手続き(推薦での合格者対象)は15時までにすることになっていて、15時過ぎから説明会があるということだったが、千里たちが行ったのは13時くらいで、視聴覚教室では学校紹介のビデオが流れていた。
 
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この学校は「科」としては普通科のみなのだが、中で「進学コース、特進コース、ビジネスコース、情報処理コース、外国語コース、音楽コース、福祉コース、という《コース》が設けられていて、各自自由に選択して授業を受けることができるようになっている。(受ける授業は各学期ごとに事前申告制。但し人数や成績で調整される可能性はある)ビデオではこの各コースの詳しい紹介が行われていた。
 
千里は国立大学上位(留実子に色々教えてもらって結局千葉大学を志望校にすることにした)狙いなので基本的には特進コースを選択するのだが(特進コースと進学コースの生徒を集めたクラスに入れられる)、特進コースの基本時間割に加えて、情報処理コースの中のプログラミング実習や、音楽コースの中の何かの楽器の授業を受けたいと思っていた。
 
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その他、クラブ活動の様子、上級生や卒業生からのメッセージなどが流れる。生徒会長とかした人かなあ、などと思いながら千里はビデオを眺めていた。
 
14時くらいになった時、母の携帯のバイブが鳴る。
 
「あ、ちょっとごめん」
と言って母は視聴覚教室を出た。
 
ほどなく戻ってくるが
「千里、ごめーん。お父ちゃんが腹減ったから戻ってきてくれと言っているから先に帰る」
と言う。
 
「うん。いいよ。説明会はボクが聞いてるから」
「ごめんね。じゃ、よろしくね」
 
と言って母は帰ってしまった。
 

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ビデオは繰り返し流されているようで、千里はこのビデオを1回と3分の2ほど視聴した。
 
15時10分から説明会が始まった。特待生・推薦入学の話をしにS中までも来てくれた教頭先生が前に立ち、この学校の基本的な方針や校風、また有名な卒業生の紹介などをする。その後、生徒指導主事の先生が前に立ち、学校生活での心得や校則の要点などについて説明した。また進路指導主事の先生が大学受験に関する基本的な話(センター試験など:実は千里はこの試験のことを知らなかった!)や最近の合格実績などを語った。
 
説明会は1時間ほど掛かり、16時過ぎから、生徒手帳に貼る写真を撮りますと言われた。男子は別館1Fの美術室、女子は本館2Fの被服室でと説明があり、「受験番号順に案内します」と言われたので、自分の番号が呼ばれるのを待つ。
 
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受験番号5個単位で案内されているようである。千里は特待生候補で番号が若いようで、早めに呼ばれた。教室を出ようとしたら出口近くに蓮菜が居たので手を振ってから外に出た。
 
男子は別館だったよなと思い、そちらに向かう。ところが渡り廊下を通って別館の方に入ろうとしたら
「君、新入生?」
と別館入口の所に立っている先生から訊かれる。
 
「はい。そうです」
「写真撮影は本館2Fの被服室だよ」
「あれ?そうでした?」
「間違わないで。すぐ行きなさい」
「はい、済みません。ありがとうございます」
 
と言って千里はあれ〜?男子が被服室だったっけ?と思いながら、そちらに向かう。
 
「失礼します」
と言って中に入ると
 
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「受験番号と名前を言ってください」
「28番・村山千里です」
 
「はい、確認しました。それではこのブレザーを着て」
と言って服を渡される。
 
まだ入学手続きの段階ではみんな制服ができていないから、撮影用のを使うのだろうと千里は考えた。渡された服に袖を通し、前のボタンを4つ留める。
 
「はい、そこに立って。撮ります」
と言われた次の瞬間にはフラッシュが焚かれて撮影されていた。
 
うっそー。これじゃ笑顔とか作る時間無いじゃん!
 
「お疲れ様でした。制服は入学式までに作っておいてくださいね」
「はい、間に合うと思います。ありがとうございました」
 
と言って千里はブレザーを脱ぎ、スタッフの人に渡すとお辞儀をして被服室を出た。
 
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なお推薦で入った生徒の中で、特待生を希望する子については、2月中旬に一般入試を受ける生徒と一緒に、筆記試験を受けることになっていた。この成績次第で「特待」のレベルが変わるのである。
 
千里はできるだけ高いレベルの特待を受けたいので、秋頃から、かなり勉強をしていた。進研ゼミなどのテキストを、自分ちでは受講するだけのお金が無いので、やっている子から使用済みのテキストを譲ってもらってそれを見ながら頑張って勉強した。問題集なども他の子から譲ってもらったものをたくさん解いていた。
 
一般の生徒の合格発表は、公立の試験が行われるのより少し前の3月初めなのだが、この特待生枠の子については結果がすぐに通知された。
 
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千里は特待生候補者の中で成績5位だったということで、授業料全免に加えて入学金も全額免除ということであった。既に納入されている入学金の内金3万円については、3月17日までに返金しますと通知には書かれていた。
 
「よかったぁ。入学金の分は一応用意はしてたんだけどさ、それを払わなくて済むなら、滞納してる家賃とか電話代とか水道代とかNHKとかを払おうかな」
と母は言った。
 
「うん。そちらを払って。でもボクの制服代とか引越代とか美輪子叔母ちゃんに払う下宿代とかは残しといてね」
「それは大丈夫だよ」
 
と言ってから、ふと考えるようにして母は訊いた。
 
「あんたさ。制服は男子制服?女子制服?」
「男子制服だよー」
「だよね。女子制服着たいと言われたらどうしようかと思った」
 
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と母は言ったが、千里は内心、女子制服着たいよーと思った。
 

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女の子たちの高校入学(1)

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