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■女の子たちの高校選択(1)

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(C)Eriko Kawaguchi 2014-04-04
 
千里が中学3年(2005年)の秋。
 
千里は旭川の道立高校の受験を考えていた。
 
千里の進路について、千里と父との間で深刻な対立があった。父としては千里に漁師を継いで欲しいと考えていて、地元の実業系の高校を出て、船舶操縦士や無線技士の資格を取ったら船に乗って欲しいと言っていた。これに対して千里は札幌あたりの普通高校に進学して東京方面の大学に行きたいと言っていた。
 
父としても千里に体力や筋力が無いことは認識していたが、それは身体を鍛えてくれればいいと思っていた。その意味でも千里が中学でバスケット部に入ったことは歓迎していた。但し千里が《男子バスケット部》ではなく《女子バスケット部》に入っているということを父は知らない。
 
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進路に関しては、結局母から、将来のことはいったん棚上げする形で、旭川あたりの普通高校に進学し、その後大学の理工学系の学部で学ぶという案が提示され、千里も父も了承したが、ここで父としては道内の大学に入り大学卒業後は留萌に戻ってきてくれることを期待する一方、千里としては東京方面の大学に進学してそのまま向こうに居座り漁師になる話はバックれるつもりで、その問題は時限爆弾のようなものであった。
 
また千里としては自分の生活が男女半々(千里的見解。友人たちの多くは既に100%女だと思っている)になっているのが不快で、実家から離れた所でフルタイム女の子として暮らしたいという気持ちもあった。
 
旭川あるいは札幌あたりの高校に進学するという場合、実はどこに住むかという問題もあった。札幌に適当な親戚がいればいいのだが、あいにく千里を下宿させてもらえそうな親戚が居ない。2DKのアパート暮らしであったり、近い年齢の子供が居たりする。
 
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千里の場合、向こうの子供が女の子であれば向こうの親が「男の子」である千里を同じ屋根の下に置くのは不安だし、向こうの子供が男の子であれば、「実質女の子」である千里自身が安心して生活できないという問題がある。
 
そして同じ理由で千里は学校の寮に入ることもできない。男子寮に入るのは問題がある(だいたいお風呂にも入れない)し、女子寮には入れてくれないだろう。
 
それで結局下宿ができそうなのは、旭川に住む独身の美輪子叔母の所だけなのである。それもあって母も旭川の普通高校という線を千里に提示したのであった。
 
最初は旭川の私立N高校を考えていたのだが、やはり家庭の経済事情の問題で、私立は無理と母から言われ、道立高校の中で最もレベルの高いA高校を志望校として進路志望調査票には書いておいた。
 
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ただ道立高校の場合、北海道は学区制があるので、学区外からの入学者枠は小さい。入るためには旭川の地元から進学する生徒より、かなり良い成績が必要である。千里はその枠に入る自信が無かったので、できたら私立でと思っていたのである。
 
母から「私立は無理だよ」と言われて以来、千里はかなり頑張って勉強してきた。しかしそれでも中3秋の時点で旭川のA高校はもとより、少し易しいM高校にも学区外枠で合格する自信は無かった。M高校よりもっと易しいW高校なら入る自信はあるのだが、W高校からは上位国立大学への合格者がほとんど出ていない。
 

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受験の時期が段々迫ってくる中、千里は10月の連休(8-10日)、バスケット部の試合で旭川に出た。
 
千里はS中学《女子バスケット部》の部員である。1年生の春にちょっとした偶然と誤解の重なりで、女子バスケット部の試合に参加してしまって以来、千里は2年半、この部で活動してきた。むろん公式の試合には出場できないものの、練習試合では3ポイントシュートの名手として活躍して大量に点数を取っていたし、公式試合でも《監督》の名目でベンチには座っていたのである。
 
対戦相手の中には、試合前の練習で千里がポンポン調子良く3ポイントを決めるので「凄い選手がいる!」と思い、それを警戒した布陣で来るチームもあったが、彼女たちは最後の最後まで千里がコートに入らないので「なぜ!?」と疑問を持ったまま試合が終わる、などということも、しばしば起きていたようである。
 
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千里が入部した時には千里も含めて部員がわずか6名だった女子バスケット部も、その後少しずつ部員が増えて、この時期には12名にもなっていた(それでもベンチ入り可能な15名より少ない)。そして今年の秋の大会では初めて地区予選を突破し、北北海道大会に出るために旭川まで出て来たのである。
 

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初日、練習場になっている市の体育館で、やはり北北海道大会に出て来た男子バスケ部と試合形式で練習をした。
 
男子バスケ部の中心はセンターの田代君とパワーフォワードの鞠古君である。ふたりともフィジカルに強いので、乱戦の中からどんどん得点していく。それに1年生ながら3ポイント成功率の高い菱田君が遠くからゴールを奪う。当然男子の方がリードを広げていくのだが、女子の方も、ポイントガードの雪子が、千里と雅代の《ダブルシューター》のどちらか空いている方にパスしてこの2人が高確率で決めるパターンで追撃するし、センターの留実子、パワーフォワードの数子が男子でも押し分けてゴール下まで攻め入るパターンでボールをゴールにねじ込んでいく。それで15分間の試合形式練習は結局40対30という白熱したゲームとなった。
 
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自分たちの練習時間が終わって、他の学校にコートを譲り、観覧席で少し休憩しながら他チームの練習を見ていたら、千里たちの所に、中年の男性がやってきた。
 
「留萌のS中学さん・・・かな?」
「はい、そうです」
 
「済みません、その9番の背番号を付けている人」
と声を掛けるので、千里が
「はい? 私ですか?」
と尋ねる。
 
「うんうん。君、3ポイントが凄いね。今見てたけど1本も外さなかったね」
「ええ、まあ」
 
「ああ、この子は凄いですよ。男子のシューターの菱田君と、よく3ポイント競争やってますけど、負けたことないもんね」
とキャプテンの数子が言う。
「そうだね。フリーで撃つ場合は、9割以上は決めるかな」
 
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「それは凄い! 君、名前は?」
「村山千里ですが」
 
するとその人は名前をメモしている。
 
「君、3年生?」
「はい、そうです」
「高校はどこか行く所決めてる?」
 
「旭川の公立高校を狙っています」
「おぉ、旭川に来るつもりなんだ。推薦か何か?」
 
「いえ。推薦してもらえるほどの成績無いから、一般入試ですよ。でも学区外からの入学枠は小さいから大変」
 
「じゃ、どこかに誘われたりはしてないんだ?」
「そんな話あったらいいですけどね」
と言って千里は笑った。
 
「なるほどねぇ。あ、また追ってお話聞かせてもらってもいいかな?」
「話って何か分かりませんが、別に構いませんが」
「うんうん。あ、僕はこういうもの」
 
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と言って、その男性は千里に名刺を渡して去って行った。
 
《N高校教諭・宇田正臣》
 
と書かれていた。N高校は旭川の私立高校である。
 
「ね、もしかして、千里スカウトされたのでは?」
と留実子。
 
「まさかぁ。だいたい私、医学的に女子じゃないし」
と千里が言うと、数子と雪子が顔を見合わせていた。
 

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試合は初日の第1試合1回戦では数子や留実子のフォワード陣にシューター雅代の活躍もあり、81対38で快勝したが、午後からの2回戦では64対62と、僅差で敗れてしまった。
 
「あぁあ。初日敗退か」
「あとちょっとだったのに」
「千里が出ていればね〜」
「やはり千里が性転換してないのが悪い」
「無茶な」
 
それでホテルをキャンセルして留萌に帰ろうかなどと言っていた時、同様に初日敗退した旭川市内の中学から、練習試合の申し込みがあったのである。
 
「男子チームは明日もあるから、女子チームが残留してくれると練習相手にもなるし、受ける?」
と顧問の伊藤先生も言うので、予定通り1泊して明日その練習試合をすることになった。(ホテル代はキャンセルしても8割払わなければならない)
 
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ホテルで1泊し、朝から男子チームの練習相手を務めた上で、お昼近くになって、その対戦相手の中学に行く。そこのメインの体育館は今回の試合の会場のひとつになっているのだが、小さめの第2体育館があり、そこで練習試合をするのである。
 
練習試合なので千里も出場する。雪子から千里・雅代の空いている方にパスしてそこから3ポイントを撃つ黄金パターンが作動する。他に、相手がゆっくり戻っていると見たら、千里から超ロングパスが数子・留実子の所に飛んで行き、そこからゴールを狙う。
 
相手チームも結構強いので、どんどん点数も取られるのだが、それ以上にこちらがどんどん取るので、試合は結局78対62で、S中の勝利となった。
 
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握手してお互いの健闘を称え合ったが、その時千里は観客席に昨日声を掛けてきたN高校の先生がいたことに気がついた。
 

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試合後控室で汗を掻いた下着を交換しながら話していた時に千里がその先生のことを言うと、
 
「え? N高校の先生がいた? 何でだろ?」
と数子も驚いたように言ったが、雪子が
 
「この中学のバスケ部の監督さんが、N高校の監督さんの弟だったりして」
などと言う。
 
「え?そうなの!?」
「いや、知らないですよ。適当に言っただけ」
「なーんだ」
 
「でももし関係があったのなら、今日の練習試合を申し込んで来たこと自体、千里を再度見るためだったのかもね」
などと留実子が言う。
 
「今日も千里さん3ポイントを1本も外しませんでしたね」
と雅代。
 

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午後は男子の試合を観戦した。男子は千里たちが練習試合をやっていた頃に3回戦をやって勝っていたのだが、準々決勝で今年の春に優勝した学校と当たり大差で負けてしまった。
 
それで男子女子ともに2日目で帰ることになる。
 
3年生は実質この大会で活動はほぼ終了で、この後は練習も自由参加に近い形になる。練習の中心も2年生のリーダー格の子に移動する。女子チームでは雪子がキャプテンを継承予定である。
 
「田代君も鞠古君も、高校でもバスケやるの?」
「まあ、進学予定の所が入れてくれたらね」
と田代君が言う。
「同じく」
と鞠古君。
 
田代君は札幌のB高校を狙っているが、そこはバスケが結構強い所のようで入部試験に通らないとバスケ部には入ることができないと言う。ただ実際には田代君はそちらの部関係者と何度も接触しているようなので恐らく勧誘されているのだろう。それなら入部試験は免除かも知れない。鞠古君は地元のS高校に進学予定で、そこも男子バスケ部は入部試験があるが、鞠古君の実力があれば充分合格できるはずだ。
 
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