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■女の子たちの高校選択(2)

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女子では、数子はS高校を考えているが、S高校には女子のバスケ部が無い。
 
「久子さんがS高校に居るし、C中から行った能美さんも居るし、その辺りを誘って同好会か何かでも作ったら?」
「うん、そういう手もあるよねー」
と数子は言う。
 
「るみちゃんも、やるでしょ?」
「そうだなあ。同好会作るんなら参加してもいいよ」
 
と留実子。留実子は元々はバスケ部ではなかったのだが、助っ人としてしばしば引っ張り出される内に、顧問の先生が「万一試合で怪我したりした場合のためにスポーツ保険に入れたいから」と言い、その都合で籍だけはバスケ部に置いといてもいいよ、ということにしたのである。それで普段の練習にも気が向いた時しか出てきていない。
 
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留実子は本当は札幌か旭川に出たいようであるが、私立に行くお金は無いし、札幌や旭川の公立進学校に通る頭は無いしということで(実はそういう状況は千里も大差無い)、消極的選択で地元公立高校に行くつもりのようである。彼氏の鞠古君がS高校志望というのもある。
 
「千里は結局どこ受けるの?」
「本当は東大に毎年何人も入っているA高校に行きたいんだけどねー。やはり無理かなということで、M高校狙い。普通科と理数科を併願できるから、ひょっとすると理数科に滑り込めるかもという気もするんだよね。ただ理数科は学費が高くなりそうなのが問題」
 
「でも千里頑張ったよ。中学に入った頃は、成績は学年80人中40位くらいだったのが、今だいたい10位以内だもん」
「まあ小学校の頃にあまり勉強してなかったからだけどね」
 
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そんな話をしながら留萌に戻った千里は、衝撃的な話を聞くことになった。
 
「ただいまー」
と言って帰宅すると、何だか父と母が険悪な顔をしている。ありゃー、また喧嘩したのかな? と思い、奥の部屋で漫画を読んでいる妹の玲羅のそばに言って「やらかしたの?」と小声で訊いたら
 
「お父ちゃん、失業するみたい」
などと言う。
 
結局、父は母と少しとげのある会話をした後で「ちょっと出てくる」と言って外出してしまった。
 
「お母ちゃん、御飯はまだ食べてない? 私が作るね」
と言って千里は台所に行き、御飯がジャーの中にあるのを確認すると、冷凍室から小海老の冷凍パックを出して解凍し、タマネギをみじん切りにしてチャーハンを作り始めた。
 
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それをやっていたら母が来て
「ごめんね。お味噌汁でも作るね」
と言って、ワカメの味噌汁を作ってくれた。
 

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それで晩御飯にする。
 
「お父ちゃんの船が廃船になるんだよ」
と母は言った。
 
「あらぁ・・・」
 
「それで清算するのに、うちもかなりお金を出さないといけないみたい」
「お金出すって、うちお金無いのでは?」
「だから大変なのよ」
「あぁ」
 
「それでさ、千里」
と母は切り出した。
 
「うん」
「あんたを高校に行かせるお金がどうしても無い」
と母は難しい顔をして言う。
 
「えーーー!?」
「さっきから少し考えていたんだけど、どうしても行きたいならさ、旭川のA高校かM高校あたりの定時制を考えてくれない?」
 
A高校・・・・。それは旭川の公立高校で最もレベルの高い所であるが、ここは実は定時制も持っている。しかし定時制は働きながらの通学になるし、最低4年間通わないといけないのはいいとしても、そこから東京方面の国立を狙うのは水準的にも勉強時間的にも、あまりにも困難すぎる。千里は自分の人生設計が根本から崩れるのを感じた。
 
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「うん。少し考えてみる」
と千里は答えた。
 
だいたい働きながらって・・・・、私、男としては働きたくないけど、女として雇ってくれて、それで定時制への通学を認めてくれるような所、果たしてあるだろうか??
 
千里は目の前に巨大な壁が突然現れ、その向こうに行く道が見当たらないような感覚に襲われていた。
 

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翌週の土曜、千里がバイトしている神社で少しぼーっとしていたら、上司の細川さんから「こら、魂が抜けてる」と言われてポンと頭を指で弾かれた。
 
「あ、すみません」
「何か悩み?」
「いえ大したことないのですが」
 
「筮竹をやってごらんよ」
「あ、そうですね」
 
それで千里は自分の愛用の筮竹を取り出すと、略筮方式で卦を出した。
 
水山蹇(すいざん・けん)の上爻変である。
 
「あらら、これはまた大変な卦が出たね」
と細川さん。
 
「完璧に行き詰まりですね」
と言って千里は苦笑する。蹇は易の四大難卦のひとつである。
 
「でも上爻変の爻辞は分かるよね?」
「はい。往かば蹇、来たれば碩。吉。大人を見るに利あり」
「碩の意味は分かる?」
「碩学(せきがく)の碩ですよね。その次の大人(たいじん)と同じで大きなものです」
 
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「じゃ答えは分かるね」
「誰か手助けしてくれる人が現れるということですか」
「そそ。大物が助けてくれる。この卦は変爻が上爻に出ているから、もう目の前に壁があって、ここから先にはどうにも進めないということ。でも待っていると、物凄い人が助けてくれるってことだよ」
 
「それ期待するしかないです!」
 
「これ裏卦(りか)も面白いね」
「火沢睽(かたく・けい)ですね」(目癸で1字)
「もしかして病気か何か? これ手術を受けると問題が解決するということだよね」
と細川さんは心配そうに尋ねる。
 
手術ねぇ・・・・そうだなあ。性転換手術しちゃうと、事情が相当変わるよなあ、と千里は思った。
 
でもそもそも性転換手術を受けるお金が無い!!
 
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神社のバイトが終わってから、買物をして帰ろうとスーパーに寄ったが、悩みが深くて全然買物が進まない。時計を見てやばっと思い、簡単にできるもので焼きそばの麺に、19円のもやし、1玉100円のキャベツ、グラム128円の豚肉800g程度を買う。シイタケも欲しいが高かったのでパスした。どうせ父も妹もお肉しか食べないし。野菜は主として母と自分用だ。
 
それでレジの方に向かおうとしていたら、バッタリと見知った顔に遭遇する。
 
「あら、千里ちゃん、今日はセーラー服じゃないの?」
「土曜ですし。敏さんは里帰りですか?」
 
それは親友・留実子の兄(実質的に姉)の敏数であった。札幌の美容師学校に通っている。
 
「うん。私、去勢しちゃったのがお父ちゃんにバレて、お父ちゃん凄い怒ってるから、叱られに帰って来た」
「去勢したんですか!」
 
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「うん。先月ね」
「でもどうしてバレたんです」
「まあ自分で言っちゃったというか」
「なるほどー」
「まあ怒っているとはいっても殺されはしないだろうから、顔見せてたくさん叱られて、最後は一緒にお酒でも飲んであげればいいかな、と」
 
自分は去勢したりしたら父に殺されるかも知れないな、と千里は思う。
 
「敏さん、20歳の誕生日過ぎてましたっけ?」
「まだなんだよねー」
「お酒飲めるんですか?」
「世間的には18になったらお酒飲んでもいいという風習が」
「うーん。それに20歳前に去勢できたんですか?」
「ああ。親の承諾書を偽造してね」
「何かいろいろと問題が」
 
「千里ちゃんも、去勢したいんじゃない?」
「・・・」
「ふふふ。病院紹介してあげようか?」
「えー。でも私、20歳には見えないのでは?」
「童顔の18歳ということにして、私の知り合いを千里ちゃんの両親役に仕立てて同席させて同意書に医者の目の前で署名させれば」
「それはさすがに無茶です!」
 
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「うん。さすがに少しやばいかもね」
「それに、私、そういう手術を受けるお金無いです」
「それは難儀だね。でもバイトで結構お金貯めてなかった?」
 
千里はだいたい土日に神社でバイトをしていたのだが、夏休み・春休み・冬休みなどはほぼ毎日出て行っている。そのお金は参考書などを買ったりする以外ではほとんど使っていないので、実は結構な金額のストックがあった。
 
「ちょっと別のことで使わないといけないかも知れないので」
 
この時点で、千里はそのバイトで貯めたお金で取り敢えず高校の入学金や教科書代などを払い、その後授業料は奨学金を受けるとともにバイトしながら払って、何とか全日制の高校に通えないかという方法を少し考えていたのである。
 
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「ん?何か悩み事があるみたい」
「少し」
 
「相談に乗ろうか?」
「もしよかったら、後で電話で話せませんか? 私、お父ちゃんたちに御飯食べさせないと」
「あらあら、主婦はたいへんね。じゃさ、21時にうちに電話してくれない?電話が掛かってくると、こちらも叱られるのを水入りにできるから」
「はい」
 

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敏数は車で帰省してきていたので、その車で家の近くまで送ってもらった。
 
「遅くなってごめーん」
と言ってホットプレートを出し、キャベツを切って食卓でお肉と野菜を焼き、焼きそばの麺を投入する。母もありあわせの人参とピーマンを切ってくれた。父は主としてお肉を食べている。妹はお肉も食べるし麺もどんどん食べる。千里は主としてもやしやキャベツなどを食べていた。
 
「千里、お前あまり肉食ってないだろ? だからそんなに細いんだぞ。好き嫌いせずに肉食わなきゃだめだぞ」
などと父が言う。
 
「うん。食べてるよ」
と千里は微笑んで父に答える。お肉は実は父と妹が食べる分くらいしか買ってない。自分や母が食べる分まで買うにはお金が足りない。千里はこういう買物の仕方をするようになったのは、いつ頃からだったかな、と古い記憶を辿ってみていた。
 
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