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■女の子たちの高校選択(5)

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(C)Eriko Kawaguchi 2014-04-05
 
「そうそう。高校進学の話、途中だったけど」
と貴司が話を振ってくれたが、貴司のお母さんが
 
「貴司、千里ちゃん、込み入った話なら、応接室を使うといいよ。お仕事入ったら呼びに行くから」
と言ってくれたので、ふたりは応接室に移動した。
 
「だけど、千里って声変わりが来ないね」
「そうだね。おかげで、まだ貴司の恋人の1人で居られる」
 
「わざわざ《の1人》って言わなくてもいいじゃん」
「ふふ。でも貴司とデートしたのもキスしたのも多分私だけみたいだし」
 
「デートしようとすると毎回千里に邪魔されている。まあでもデートする時間自体があまり無いけどね。バスケの練習を優先したいから」
 
ふたりは自分たちが《恋人》ではあるが《結婚》までは考えないということで同意している。それで別れる時期として、千里が自分に声変わりが来た時というのを提案し、貴司も同意した。恋人として別れても友人ではあり続けるというのも同意事項だ。千里は当初それは中2くらいかなと思っていたのだが、交際を始めてから2年半たって中3になっても、千里にはまだ声変わりの兆候は来ない。
 
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「まそれで進学の話なんだけどね」
「うん」
 
「実はうちのお父ちゃんの船が廃船になっちゃうんだよね」
「あらぁ」
 
「それで何か仕事探さないといけないけど、今漁業関係は新たな仕事なんて無いし、といって漁船以外の仕事なんてしたことないし。中学出た後ずっと船に乗っていた人だから」
 
「まあ確かに潰しはきかないかもね」
 
「その上、その廃船に伴って、その事業に関連して銀行から借りていたお金とかを清算して返さないといけないらしいけど、その一部はうちにも掛かってくるらしいんだよ」
「個人保証か何かしてたんだ?」
「私もよく分からないけど、そうなのかも」
「ふーん」
 
「それでそもそも私を高校にやるお金が無いと言われてるんだよね」
「えーー!?」
 
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「どうしても高校に行きたいなら、定時制に行って自分で働きながら学費を稼いでくれ、と」
 
「でもこの辺には定時制無いよ」
「うん。だから旭川かな、と。A高校かM高校あたりの定時制」
 
「元々、千里、A高校かM高校に行きたいと言ってなかった?」
「行きたかったけど、全日制だよね」
「同じ高校でもまるで違うね」
「まあ、お仕事しながら高校生やるのは別に構わないし、卒業に4年掛かるのも構わないけど、定時制から東京方面の大学を狙うのは難しいよな、と」
 
「それは厳しそう。そもそもお仕事してたら疲れ切ってるから、夜中に受験勉強までする体力が足りなさそう。千里って体力無いし」
 
「そうなんだよねー。試合でも最後の方は走り回ってないもん。走り回ると疲れてシュートの精度が落ちるから」
 
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「その辺は千里の課題だけどね。じゃ旭川の定時制に行くの?」
 
「それしかないかなと思ってたんだけどさ」
「うん」
 
「こないだ北北海道大会に旭川まで出て行った時、N高校のバスケ部のコーチさんに声を掛けられて」
「ほほぉ」
 
「試合前の練習で女子チームが男子チームと対戦して、私がぽんぽん3ポイントを決める所を見てたんだよね」
 
「まあ、あれに関しては千里は天才だよな」
 
「それで1日目で2回戦で敗退して帰ろうとしていたら、旭川市内の**中学から練習試合を申し込まれて。まあ残れば男子チームの練習相手にもなれるしというので翌日まで居残りして、練習試合やったんだけど、その試合をそのコーチさんが見てたんだよ」
 
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「N高校のコーチって宇田さん?」
「あ、知ってるの?」
「割と有名人物。ついでにコーチじゃなくて監督ね。コーチは他に数人いる筈」
「そんなにいるんだ!?」
 
「そして、**中学の監督さんは、宇田さんの後輩だよ」
「やはり、つながってたんだ!」
 
「千里を見たいから、練習試合を申し込ませたんだろうね。多分千里みたいな子がいたら、2日目まで残っているだろうと思ってどうせなら強い所との試合を見たいから2日目見るつもりだったのが敗退したと聞いて、それではというので話を持って行ったんだよ」
 
「まあ私は試合に出てないからね」
「多分、初日は他の有望な子の試合を見てたんだろうね」
 
「それで、その宇田さんと今日の午前中、偶然遭遇しちゃって」
「うん」
 
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「N高校に来ないかと誘われた」
「ああ、誘いたくなるかもね。その**中学との練習試合ではシュートどうだった?」
「全部入れたよ」
 
「千里、普通のシュート対決では成功率9割くらいだけど試合中はもっと成功率が高いからな」
「そうかな?」
 
「僕は試合中に千里がシュート外したの見たことない」
「けっこう外してるけどなあ、その時たまたま貴司が居なかったのかな」
 
「でも勧誘されたんだ?」
「それも特待生にすると言うんだよ」
「授業料が要らない?」
「そう。バスケ部で男女2人ずつその枠を持っているらしい」
 
ここで貴司が考える。
 
「千里。真剣に聞きたい。午前中、宇田さんと会った時、千里の服装は?」
 
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「セーラー服だけど。今日の午前中は、正装して深川に行かなければいけない気がしたから、ちょっと汽車で行ってきたんだよ。その深川で石狩川を見ていたら、バッタリ宇田さんと遭遇した」
と千里。
 
「呼ばれたんだね」
と貴司。貴司はまるで霊感は無いが、お母さんの話を聞いているので、この手の話には一応詳しい。
 
「ってことはさ、宇田さん、千里を女子選手として勧誘してるんだよね?」
と貴司。
 
「そうかな?やはり」
「いや、そうに決まってる」
 
「私、こないだこの進学のことで占いした時にさ、誰か凄い人に助けてもらえるという卦が出たんだよね」
「じゃ、その占いで出たのが宇田さんかも」
 
「そんな気がした。でも、その時、手術を表す卦も一緒に出てるんだよね」
「それって、千里、性転換手術を受けて、女子生徒としてN高校の特待生になるということでは」
 
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「あはは、やはりそう?」
 

宇田先生が神社のバイトが終わる時刻に迎えに来てくれることになっていると言うと、貴司が同席しようと言うので、一緒に来てもらうことにした。
 
千里が女子更衣室で巫女衣装からセーラー服に着替えて出てくると、貴司が何だか見詰めている。
 
「どうしたの?」
「いや、その姿を見て、男子中学生だと思えというのが無理だよなと思って」
「まあね」
 
16:30ジャストに宇田先生はやってきた。
 
千里が貴司をバスケ部の先輩で色々相談に乗ってもらっている人と紹介したが宇田先生は貴司のことを知っていた。
 
「細川君のことは中学の時から知っていたよ。でもT高校が盛んに勧誘しているみたいだったから、うちは諦めてたんだよ」
 
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「T高校は熱心でしたね。でも結局、T高校の授業のレベルに付いていく自信が無かったんで、地元の高校に進学したんですよ」
と貴司は言った。
 
T高校には元彼の晋治が通っている。野球部に入っているが、強豪なので今年は3番手か4番手ピッチャーくらいの位置付けだった。来年は3年生になるが、同学年にプロからも注目されている凄い人がいるので、エース背番号は取れないだろうなと晋治は言っていた。しかし彼は勉強の方は頑張っていて、学年で20番目くらいをキープしている。彼が志望校としている北大医学部を充分狙えるポジションである。
 

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宇田先生の車でケンタッキーに行き、適当に注文して座る。
 
宇田先生は、N高校自体のことや、N高バスケ部の活動内容などを、パンフレットや写真、それにパソコンで試合や練習風景のビデオなどを再生したりしながら説明してくれた。
 
「N高校は進学校なのでクラブ活動の時間も制限されているんですよ。通常の6時間目までの授業が終わった後、特進コースの生徒は7時間目があり、それが終わった16時から18時までがクラブ活動の時間になっています。土日は試合などのある日をのぞいては原則活動禁止です」
 
「それでもN高校は強いですよね」
と貴司が言う。
 
「短い時間で効率よく練習しようというのがうちのやり方です。まあ実際には昼休みや土日に個人的に自主トレしている子はいますが、学校の施設を使うのとか4人以上集まって合同自主トレみたいなことするのは禁止ですから」
「なるほど」
「実際は18時以降とか土日は塾とかに行く子が多いです」
「ああ」
 
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時々貴司が細かい点を確認したりする。千里は、ああなるほどそういう点は明確にしておいた方がいいよなと思ったりしていた。
 
「どう? うちに来る気にならない? むろん今日決めてとは言わない。御両親や担任の先生、S中のバスケ部の顧問さんなどともよく話し合ってから考えてもらえばいい。ただ特待生枠は12月中に確定させないといけないので、できたら11月中には返事がもらえたらと思うのだけど」
 
と宇田先生は笑顔で勧誘する。
 
「凄く行きたい気分です」
と千里は言った。
 
「うんうん」
と宇田先生はニコニコ顔である。
 
「でも、私、凄く大きな問題があるんです」
と千里は言う。貴司と見つめ合う。貴司がテーブルの下で手を握ってくれた。ちょっとだけ勇気が出る。
 
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「何だろう?」
と先生。
 
「先生は、私を多分女子生徒として勧誘してくださっているんですよね?」
と千里。
 
「・・・・女子生徒じゃないの?」
と戸惑ったように先生が訊く。
 
「私、男子生徒なので」
「は?」
 
「千里、生徒手帳を見せなよ」
「うん」
 
それで、千里はバッグからS中の生徒手帳を出して、その最後のページを開いて先生に見せた。
 
《村山千里・3年1組16番・平成3年3月3日生・性別男》
 
と書かれている。写真も学生服で写っている。長髪ではあるが。
 
「えーーーー!?」
「ごめんなさい。紛らわしくて」
 
「だって、そのセーラー服」
「私、心情的には自分は女だと思っているのでこれを持っています。でも学校には一応学生服で通っています」
 
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「声も女の子だし」
「私、まだ声変わり来てないんですよねー」
 
「でも、女子チームに入っているのに」
「女子バスケ部に入ってしまったのは、色々な偶然や巡り合わせの産物なんです。でも医学的に女子ではないので、公式試合には出場しません」
 
「監督という名目でベンチに座っているだけだよな」
「うん。それで練習試合とか、元々男女混合の大会とかだけに出ているんです」
「でも監督しても千里、かなり良い指示を出している。相手チームの弱点とかすぐ見抜く」
 
「うーん。。。。」
と宇田先生は絶句している。
 
「こいつ、基礎体力が無くて、100m走は18秒くらいだし、腕立て伏せは10回もできないし、鉄棒の逆上がりもできないし。反復横跳びとかも女子並みの数値だし。だから、うちの中学の男子バスケ部に入ろうとしても、入部試験で落とされるレベルなんですよ。でも、シュートやパスが物凄く正確で、ロングパスも味方が居る所にジャスト飛んで行くし、ゴール下からのレイアップはやや苦手だけど、3ポイントシュートはまず外さないし。ちょっと異色のバスケットプレイヤーですね」
 
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