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そのまま恐らくは30分近く流れを見ていたのではなかろうか。
千里は突然の車のクラクションに、そちらを見る。正確にはクラクションは何度か鳴らされたみたいで、千里は《りくちゃん》から「おーい、千里、意識戻せ」という声が掛けられて、やっとそちらを見た。
「君、確か村山君だったね?」
と車の窓から乗り出して笑顔で訊いたのは、先日のバスケの試合の時に千里に声を掛けてきた、N高校の宇田先生だった。
「もしよかったら、お茶でも飲みながら話さない?」
と言われて、千里は先生の車に乗り、近くの洋食屋さんに入る。
「僕はまだ朝御飯食べてなくて、モーニングセット頼んじゃうけど、村山君はどうする?」
「あ、じゃ私もそれで」
ということでモーニングセットのハンバーグとスパゲティにサラダ、コーヒーか紅茶というセットを2つ頼む。先生はコーヒーを頼んで砂糖とミルクをたっぷり入れるが、千里は紅茶を頼んで砂糖は入れずに飲む。
「いや、中学の有力な子はだいたいマークしていたつもりだったんだけど、君はこれまでノーマークだったんだよ」
と先生は言う。
「そうですね。うちは弱小だったから、これまで北北海道大会とか出て行ったことなかったから」
と千里。
「私が入った年は部員が6人しか居なかったんですよ。今年やっと12人です。うち男子の方は強いんですが、女子は人数確保が大変で」
「6人だと交替もままならないよね」
「ええ。女子はやはりスタミナの無い子も多くて、前半は良いゲームしてても後半で大差付けられるケースがよくあったんです」
「ああ、そうだよね。32分間走り回るのは凄いハードだもん」
「ええ」
しばらくバスケに関して色々話をした所で、先生が言う。
「まあ、それで本題なんだけどさ。ズバリ、村山君、うちの高校に来る気ない?」
と先生は言った。
きゃー、本当にスカウトされちゃったよ。どうしよう?
「N高校は友だちのお姉さんが以前在学していたから、結構親近感はあったんですけどね」
「おお、だったら是非」
「私もその頃、N高校に行けたらいいな、なんて言ってたら、そのお姉さんが卒業する時に、制服まで譲って頂いたんですよ」
「それはちょうどいい。ぜひ、うちに来てバスケ部に入ってよ」
と宇田先生はニコニコとした顔で言う。
「でもうち貧乏だから、やはり私立にやるお金無いと言われて」
と千里は言う。
本当は私立どころか公立にもやれないなんて話になってるんだけどね。
「そうだなあ。確かに公立よりは授業料高いけど、うちはOG会がしっかりしてるから、どうかした私立みたいに寄付金だのなんだで生徒から大量にお金巻き上げたりはしないよ」
確かにそういう二言目には金、金、と言う私立も結構ある。でもOG会か。N高校は10年ほど前までは女子高だったのでOBよりOGの方が遥かに多い。卒業生の中に割と売れてる女性歌手や女性漫画家、女性実業家などもいる。そういう人たちが母校に寄付してくれているのだろう。
「でも最近、お魚の水揚げが減っているみたいで」
「ああ、君、漁師の娘さん?」
「はい。お前が男だったら、跡を継いでもらうんだが、とよく言われてました」
「まあ、さすがに女に漁師を継げとは言わないだろうね」
と先生はにこやかである。
「君、勉強の方の成績はどのくらい? 夏の模試受けた?」
「はい。8月末の模試は偏差値68でした」
「優秀じゃん!」
自分が旭川市内に住んでいればA高校にだって充分通る成績だと千里は思っていた。しかし学区外からの受験者のレベルは高い。正直合格はかなり微妙だと思っていた。
「でも旭川の公立に入るには各教科もうあと5点くらいずつ点数を積み上げないときついんですよ」
「いや、それだけの成績があるなら、君、うちの特待生になれると思う」
と先生が言った。
「特待生?」
「うん。特待生なら授業料は要らないよ」
「え?でも特待生って偏差値72くらいは越えてないといけないのでは?」
「うん。それは学力特待生だね。でもスポーツ特待生というのもあるんだよ」
「あぁ!」
「むろんスポーツ特待生でもある程度の成績は求められるし、良い成績を維持してないと在学中に特待生の資格を失うけどね」
「それは頑張ります」
「教材費とか生徒会費とかで若干払うことにはなるけど、公立に行くよりずっと安く済む。君、制服をお友だちから譲ってもらっているのなら制服代も要らないしね」
「わぁ・・・」
「純粋な学力枠では、東大に行けそうなくらいに優秀な子を入れるんだけど、その他に、芸術枠と言って音楽の才能のある子とか、スポーツ枠と言ってスポーツに優秀な子で、成績もそこそこに良い子とかを入れるんだよ。バスケ部は、この枠を男女2人ずつ持っているんだ」
N高バスケ部は男女ともいつも地区大会上位の成績である。男子は道大会まで数回行った程度だが、女子は更に道大会を通過してインターハイやウィンターカップにも出場している。それでそんなに枠を持っているのだろう。
「その枠の1つを私にですか?」
「うんうん」
と先生はニコニコ顔で言う。
「実際問題としてバスケが出来て成績も優秀な子というのはそうそう居ないけど枠を使わなかったら減らされるから毎年実は苦労している」
「へー」
「どうかした学校なら道外とかからもスカウトしてくるんだけど、うちは道内の中学出身者しか特待生にはしないポリシーだから結構大変でね。君の御両親とも一度お話ししたいなあ。僕、今日は深川で用事があるんだけど、明日か明後日の夕方とか時間が取れないかな」
と先生。
わぁ、でも私、その男2・女2の、どちらの枠なのかしら? でも明日は父は船が出ていて夕方は居ない。どうせなら母だけと話す方がまだマシだよな、と千里は思った。
「私も今日は午後からバイトに行くので時間取れませんが、明日の夕方、18時以降なら大丈夫だと思います。父は船が出ているので母しか居ませんが」
「うんうん。最初はそれでもいいよ。お父さんの方にはまた改めて挨拶するということで。でもバイトって何してるの?」
「あ、神社の巫女さんです」
「へー!」
「それで髪も長くしてるんですよ」
「なるほど!」
「ついでに占いとかもしてます。失せ物とかよく占ってます」
「おお、凄い」
と言ってから先生は
「ね、僕、朝から名刺入れが見つからなくて困っていたんだけど、その場所とか見つけられる?」
「占ってみます」
と言って千里はバッグの中から愛用のバーバラウォーカーのタロットを取り出す。手の中でシャッフルしてから1枚引いた。聖杯の王女(エレーヌ)が出た。アーサー王伝説でランスロットと一夜を過ごしガラハッドを産んだ女性である。カードの中のエレーヌは赤い杯を手にしている。
「何か入れ物の中ですね」
と言って、更に1枚カードを引くとペンタクルの4が出る。絵としては城塞が描かれているのだが、千里には4つのペンタクルが自動車の四輪のように思えた。
「車の中です」
と言った時、そのカードの中に描かれている城塞が小物入れか何かのようにも思えてきた。
「あれ、何と言いますかね。運転席と助手席の間というか、前座席と後座席の間のふたが開く小物入れ」
「コンソールボックスかな?」
「それの上段トレイ」
「あ、探してる時、下段しか開けてない!」
それでお店を出て車に戻ってみてから、そこを開けてみると、本当にそこに名刺入れはあった。
「凄いね!君」
「偶然です」
と言って千里はニコッとした。
「ね、僕気が変わった。今日ならお父さんも居るんだよね?」
「はい」
「深川の用事を早めに切り上げて今日の夕方そちらに行くよ」
「え!?」
「君、巫女さんのバイトは何時に終わるの?」
「えっと4時までなので4時半には上がれます」
「じゃさ、その時刻に神社に迎えに行くよ」
「あ、私、その後、晩御飯の買物して自宅に戻るので」
「ああ。御飯なら、どこかで一緒に食事でもしながら話さない? むろん僕のおごりで」
「きゃあ、済みません」
しかし、いきなり両親に合わせるのは・・・・色々問題があるぞ。
「あの、私自身、もう少し色々お話を聞きたいし、良かったらバイトが終わってから、少しお話しして、そのあと両親と会うというのでは」
「うん。それがいいかもね。じゃ、神社のバイトの後、どこかケンタッキーかどこかででも君と話して、その後、適当な料理店で御両親も交えて話すというのはどうだろう?」
「あ、はい、それなら」
神社でバイトをしていたら、途中でボーイフレンドの貴司がやってきた。彼は千里の上司の細川さんの息子でS高校に通っている。1年生ながらバスケ部のレギュラーである。
「あれ? もう練習終わったの?」
と千里が言うと
「うん。今日は体育館が電気系統の工事するとかで、使えなくて」
「へー。あと1時間半くらいだから、その辺で適当にしてて」
「うん。適当にしてる」
と言って、貴司は千里の机のそばの床に座り込んで持参の漫画を読み始めた。
「貴司、勉強している所を見たことない」
「まあ、僕は大学に行くつもりはないから」
「ふーん。将来何になるの?」
「なんだろうなあ。やはり旭川か札幌に出て会社勤めかな」
「へー。貴司はその気になったら集中力あるし、スポーツやってたというと企業とかの人事担当には受けが良いかもね」
「千里は高校は旭川に出たいと言ってたよな」
「うん。それなんだけど・・・・」
と千里が話しかけた時、祈祷のお客さんが来たので神職さんと一緒に神殿に行く。
神殿に上がる前のお客さんに大麻(おおぬさ)を振り、清める。神殿に昇り、神職さんが祝詞をあげる間、別の神職さんが太鼓を叩き、千里は龍笛を吹く。また玉串奉納の時にお客さんに榊を渡す。その後、鈴を振って、鈴祓いをする。最後はお守りや御神酒などの入っている袋を渡す。
一連のお仕事が終わって事務室に戻る。
「千里、仕事する時に雰囲気変わるよね」
と貴司が言う。
「そうかな?」
と千里は言ったが
「うん、そうそう。パッと変わる」
と貴司のお母さんも言う。
「千里、1on1やる時に、凄い気合いだからさ、しばしば相手は気合い負けして抜かれてしまう。まあ、僕は負けないけどね。でも普段の千里ってむしろ透明なんだ。そこに居ることに気付かないくらいに気配が無い」
と貴司。
「うん。だから、私はこの子、巫女の素質があると思うんだよね」
と貴司のお母さん。