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決勝戦はそのままプールサイドで行われることになった。
千里は水中に落下していないので身体は乾いたままである。水着の上にすぐ服を着てくださいと言われたので、愛子が寄って来て渡してくれたワンピースを着る。他の2人は既に服を着ている。
「決勝戦はダーツを投げて当たった所に書いてあった楽器を使って演奏をしてもらいます」
と言われる。二次審査で最初に勝ち抜けた24番の番号札の人が最初にダーツを投げる。
大正琴と書かれた所に当たった。大正琴が持ち込まれてくるが、
「えー?私、こんな楽器触ったこと無ーい」
などと言い出す。
「触ったこと無くても何か弾きなさい」
と進行役さん。
それで椅子に座って大正琴を弾こうとするが、どこを触ったらどんな音が出るか見当もつかないようで、何だか子供が悪戯しているかのようなめちゃくちゃな音の羅列になってしまう。そして彼女はとうとう泣きだしてしまった。
「はい、君そのまま退場。その大正琴あげるから練習して出直しなさい」
と言われて、
「済みませんでした」
と言ってお辞儀をして、本当に大正琴を持って退場した。
千里は最悪の対応だなと思った。弾けないなら弾けないなりに見せ方がある。そして進行役の大正琴あげるから云々という言葉は、彼女がその状況から何か気の利いたセリフを言って笑いを取るなどの挽回のチャンスを与えたものだ。しかしそのことに気付かないまま、何もせずに退場した。
2番目に勝ち抜けた3番の番号札の人がダーツを投げる。フルートと書かれた所に当たった。
フルートが持ち込まれてくる。
「私フルート得意なんです」
と言って笑顔で彼女はその楽器を受け取った。へー。それは凄いと思って見ていると彼女はそのフルートを構えて唄口の所に唇を置き、
「ターラララ、ターラ、ターラララ、ランララ」
とモー娘。の『恋のダンスサイト』の節を歌い出した。
千里は思わず笑顔になった。そうそう。1番目の人もこれをすれば良かったのよ!
彼女はまるで本当にフルートを吹いてるかのように指を盛んに動かしている。千里はその指使いを見ていたが、でたらめである。そしてラララで曲を歌い続ける。進行役の人も審査員の人たちも笑顔でお互い顔を見合わせながら、頷いて聴いている。彼女のパフォーマンスは堂々とした感じで続く。だいたいラララで歌っていたが『セクシービーム!』だけはフルートを胸の所から前に突き出すようにして、セリフをしゃべった。
2分ほどでまとめて終らせる。客席から大きな拍手が起きた。
「ご静聴ありがとうございました」
と言ってお辞儀をして、自分の席に戻った。
3番目。千里がダーツを投げる。ヴァイオリンと書かれた所に当たった。やれやれ。
それでヴァイオリンを渡された。これもプラスチック製のヴァイオリンだ。電気式のものである。共鳴胴は無く、ピックアップで音を拾って電気で増幅して鳴らすタイプだ。
千里は調律が合っているっぽいことを確認した上でカメラの方に向き、弾き始める。
タータラータラ、ターラタ、タララララー
とメンデルスゾーンのヴァイオリンコンチェルトである。
さっきの人が笑いに徹した。だったら自分は逆に超まじめにやった方が笑いが取れると千里は考えた。
いきなりマジなクラシック曲の演奏が始まったので会場はざわめきが起きる。しかし千里はそのざわめきを黙殺して演奏を続ける。そして1分ほど弾いたところで、進行役さんが合図をするので演奏を終了した。
「なんか凄い曲を弾いたね」
「はい。ドリームボーイズの『あこがれのおっぱい』でした」
と千里が言うと、爆笑が起きる。
「曲が違う気がするけど」
「あれ?そうでした? ベートーヴェンの『白鳥の湖』でしたっけ?曲が似てるから」
と答えると、進行役さんが千里の背中を叩きながら笑っていた。
その後、審査に入ったようで、ゲストでアイドルっぽい女の子歌手が歌ったが、アイドルにしては上手いなと思いながら、千里は聞いていた。
その歌手の歌が終わると結果発表である。
「今回の優勝は3番****さん」
千里は笑顔で拍手をする。彼女は千里と握手をした上で、嬉しそうに進行役さんの前に進んだ。
「そして準優勝、18番大中愛子さん」
と言われて千里もそちらへ行く。
「優勝者には賞金30万円と副賞として◎◎レコードからCDを1枚リリースする権利が与えられます」
と進行役さん。
へー、と思って千里は話を聞いている。賞品目録?を彼女が受け取る。
「準優勝者には特に何も表彰はありません」
と進行役さん。
それで千里は笑顔で手を振った。
そして千里はその進行役さんに訊いてしまった。
「ところで、これ何のオーディションだったんですか?」
「はあ!?」
と司会者さんが呆れるように言った所で
「お疲れ様でしたー、放映終了です」
という声が掛かった。
「へ?放映って、これ放送してたんですか?」
「君ね・・・・、ちょっと面白すぎるよ。クイズで毎回のように2番目にボタン押してたのも美味しいと思ったし。ハッタリも凄いしさ。君が男の子だったらデートに誘いたいくらいだよ」
と司会者さんは千里の肩を数回叩いてから笑いながら手を振って去って行った。
放送局の人?が寄って来て
「これ今日の参加御礼と交通費です」
と言って封筒を渡してくれた。
「あなた結構楽しませてくれたし準優勝だったから少し色付けてますから」
などとも言われた。
愛子が寄ってきた。
「ありがとう。千里、度胸あるね」
と言って笑っている。
「えー?ただの気合いとハッタリだよ。でも、マジこれ何のオーディション?」
と千里が訊くと、愛子は
「これ『ザッツ・ビッグ・オーディション』という番組なんだけど」
「番組〜!? じゃ、これ放送されるの?」
「生放送だけど」
「うっそー!?」
「一次審査は編集して審査通過した人の分だけダイジェストで流す。でも二次審査からは生放送」
「えーーー!?」
「いや、私、書類審査通ったけど、本番に出る自信がなくてさ。代わってもらってよかったぁ」
千里は急に心配になって訊いた。
「ね、ね、これの放送って札幌市内だけ?」
「全国放送だよ」
「きゃー」
と千里は悲鳴をあげる。
「もしかして・・・・私の友だちとか、お父ちゃんとかも見たかな?」
「かもね。でも千里のお父ちゃんは、名前を大中愛子にしてたから、私が出たと思ったかもね」
「はははははは」
千里は父がそう思ってくれたことを祈っていた。
封筒を開けてみたら(函館からの)交通費2万円・謝礼5万円の7万円が入っていたので、交通費を愛子が取り、謝礼は山分けすることにした。千里は留萌から札幌までの往復交通費分ということで愛子から11000円もらっていたので、愛子の実質取り分は14000円ということになる。
「でも司会の蔵田孝治さん、軽妙だったね」
と愛子が言う。
「蔵田孝治? なんかどこかで聞いたような名前ね」
「ドリームボーイズのリーダーじゃん。千里、だからメンコン弾いた後でわざとドリームボーイズの曲名を言ったんじゃなかったの?」
「えーーー!? あの人、放送局のADさんか何かかと思ってた」
愛子は悩むようにおでこに手を当てた。
「でもあの人、私が男の子だったらデートに誘いたいとか言ってたけど」
「知らないの? あの人ホモだってので有名だよ」
「あはははは」
私の性別バレてないよね?
その日の夕方、千里が帰宅すると父が言った。
「おい、優芽子伯母さんとこの愛子ちゃんがテレビに出てたぞ」
「へー、そうなんだ?」
父にはそもそも今日札幌に行ったことを言っていない。単に友だちと遊ぶと言って朝、千里は出かけたのである。
「なかなか面白い子だな。あの子。でもあの子も髪長くしてるんだな」
「可愛いから似合うよね」
「歌も上手かったし、ヴァイオリンも上手かったし。やはり女の子はそういうお稽古事とかさせるといいのかも知れないな」
などと父は言うが、玲羅は
「私、歌は好きだけど、楽器は苦手〜。ピアノ教室は1日で挫折したし」
などと言っていた。実際には月謝を払えなくて1ヶ月で退会になったものである。そして苦手とは言っているが、最近、千里がバイト代で買ったカシオトーンを時々弾いているようなので、本当は好きなのだろう。千里は音楽の成績が2とか3だが、玲羅はいつも5である。
「でも女の子の髪の長いのはいいが、男の髪が長いのは気持ち悪いぞ。千里、その髪切らないか?バリカンで切ってやるぞ」
「遠慮しとく」
月曜日に学校に出て行くと、クラスメイトたちから追求された。
「ね、ね。土曜日の『ザッツ・ビッグ・オーディション』に出てた子が千里に凄く似てたんだけど」
「へー。そうなんだ? その番組見てないから知らないや」
「あんなに髪の長い子、めったに居ないからさ」
「ふーん。その子も髪が長かったの?」
「あ、でも千里じゃないのかなあ。だって水着姿になってたけど、結構おっぱい大きかったし、お股も女の子みたいだったし」
と尚子が言う。
「私はペチャパイだからね」
すると尚子は千里の胸を触る。
「確かに絶壁に近いよなあ。あれ?でも少し胸ある?」
「AAAAAくらいのサイズかな」
「ああ。その程度かもね」
それで大半の子は納得したようであったが、蓮菜や佳美はニヤニヤしていた。留実子はポーカーフェイスであった。
部活に行ったら、貴司が寄って来た。部活中に貴司が千里に声を掛けるのは珍しい。
「土曜日の番組見たよ」
「あはは」
「マイケル・ジョーダンの質問、千里が取れなかったらバスケ部をクビにしてた所だな」
「貴司の恋人をクビじゃなくて、バスケ部の方をクビなんだ?」
「僕の恋人の方はまだしばらくクビにしない」
「ふーん」
「でもあらためて千里のおっぱい見てたけど、かなりサイズあるね。こないだ見た時は場所が場所だったから、あまりじっくり見なかったけど。Cカップあると思った。やはり豊胸手術したの?」
「何なら確かめてみる?」
「うーん。そうだなあ。取り敢えず秋の大会が終わってから考える」
「そうだね。練習頑張ろう」
「うん。頑張ろう」