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2学期が始まって最初の週末。8月28日。千里は従姉の愛子に呼び出されて札幌に出て来た。愛子は千里より3つ上の高校2年生。函館に住んでいるのだが、今日はその函館ではなく、札幌で会いたいということだったのである。交通費も愛子が送金してくれた。
「千里ちゃん、やはり普段はそんな格好なのね?」
と楽しそうに愛子は言った。
千里はごく普通の!?セーターとスカート姿である。
「うーん。私はまあ、こんなものだよ」
「あ、このスカート、私のお下がり?」
「そうそう。愛子さんのお下がりは先に玲羅が着るんだけど、あの子、私よりウェスト大きいから、玲羅が穿けなくなったスカートを私がもらってる」
「玲羅ちゃんの方が大きいんだ!」
と愛子はほんとに楽しそうである。
「ウェストはね。でも今日はどうしたの? 何かの悩み? 出て来たら話すということだったから、何だろう?と思って来たんだけど」
と千里は愛子に尋ねる。
「千里ちゃんさ。私の代わりにオーディションに出てみない?」
「へ?」
そういう訳で、千里は愛子に連れられて、札幌のある放送局にやってきた。受付の所で名前を言って番号札を受け取る。「Eスタジオに入ってください」と言われたので、館内の案内を見ながら、そちらに行く。本物の愛子はサングラスをして観客席の方に座った。
オーディションを受ける女の子は全部で50人くらいという感じである。みんな美人だ! だいたい中高生世代という雰囲気。
やがて第一次審査を始めますという案内がある。
1人ずつ出て、審査員の前で歌を歌う。カメラが撮しているが記録して後で参考にするためだろうか?
歌う曲目は事前に申請している。愛子は松原珠妃の『夏少女』という曲を指定していた。千里がその曲知らない!というと、愛子はウォークマンでその歌を聴かせてくれた。それを泥縄で覚えてこの会場に入ったのである。
オーディションなんて言うから凄く歌とかも上手い子がいるんだろうと思って緊張していたのだが、出て行く子、出て行く子、下手である! なーんだ、これなら別に自分の歌でもいいかと思う。ほとんどの子は歌ったらそのまま退場していたが、何人か進行役のスタッフさん?という感じの30歳前後の男性から声を掛けられて言葉を交わしている。放送局のADさんかアナウンサーだろうか?と千里は思った。
「その髪飾り可愛いね」
「はい。ミニーマウスです」
「なーんだ。ドラえもんかと思った」
「ドラえもんには耳は無いです!」
あるいはこんな子もいた。
「声がいいねぇ」
「はい。よく褒められます」
「それで歌も上手ければいいのに、下手だったね」
「よく言われます」
千里はノリの良い子だなあと思った。ここでショックを受けるような子は歌手などになる素質は無い。
ひとり前の人もその進行役さんと軽妙なやりとりを交わしたので、千里は気分良く、マイクの前に出て行った。
「18番、函館から来ました、大中愛子です。『夏少女』を歌います」
と言うと、伴奏が始まる。さっき覚えたての歌詞を笑顔で歌う。
千里の前に歌った子たちは、みなだいたい1分程度歌うか、あるいは1番を歌った所で停められていた。それで自分もその程度歌えばいいんだろうと思っていたのだが・・・・。
停められない!
えー!?私、2番の歌詞、覚えてないよぉと思うが、ここは度胸と愛嬌で勝負である。千里は笑顔で2番の歌詞を勝手に作詞しながら歌っちゃう。客席で愛子が頭を抱えている。あはは。ごめんねー。
結局3番までフルコーラス歌って終了した。2番も3番も勝手に千里が即興で作詞した歌詞である。
「ねぇ、君、この歌、よく歌ってるの?」
と進行役さんから尋ねられた。
「いえ。実は会場に入る直前に覚えました」
と千里は正直に答える。
「なんかオリジナリティあふれる歌詞だったね?」
「はい、私、しばしば友だちから発想が独創的だと言われます」
進行役さんがお腹を抱えて笑っている。ああ、これは落とされたよな、と思う。
「でも君、髪が長いね」
「はい。テレビから這い出す山村貞子を演じるために髪を伸ばしました」
千里はもうやけくそで答えたのだが、進行役さんはまた笑っていた。「はい、いいですよ」ということだったので、笑顔で「よろしくお願いします」と挨拶して下がった。
50人の応募者が全員歌う。その後、休憩となり審査が行われているようであった。
「第二次審査に進出する10名を発表します」
と若いスタッフさんが言う。
「3番****さん。5番****さん、17番****さん、18番大中愛子さん」
うっそー!? 何で私、通っちゃう訳?
千里はさっぱり理解できなかったが、とにかく第一次審査を通過して、第二次審査を受けるということになってしまった。
第二次審査は水着を着てプールでやりますということであった。愛子が寄って来て水着を渡す。
「これ私の水着だけど、多分千里ちゃん入るよね?」
「多分」
「こないだ触った感じだと、既に女の子の身体になってる雰囲気だから女の子水着行けるでしょ?」
「去年は泳ぎに行ってないけど、6年生の時はビキニの水着を着てプールに行ったよ」
「おぉ」
と愛子は面白そうに反応した。
更衣室に行き、服を全部脱いで愛子から渡された水着を着る。胸が少しきついかなという気がした。この胸は6月に札幌に来た時に、敏美に唆されて買ったブレストフォームだが、お店の人にBカップになるサイズと頼んだはずが、どうもBカップより大きい気がしていた。実際、千里はC70のブラを数枚買ってこのところ使用していた。
水泳帽は長髪用のを愛子が用意してくれていたので、髪をまとめてかぶってみたら何とか収納できた。
水着の上にガウンを着てバスに乗せられ、市内のプールに移動する。このオーディションをする間は貸し切りになっているようである。
第二次審査はプールの上に浮かべられた板の上に水着のまま並んで立ち、手にボタンを持って、クイズに早押しで答えるというものであった。うーん、私、常識無いし、これは厳しいなと千里は思う。
「トルコの首都はどこですか?」
あれ?イスタンブールだっけ?と思ってボタンを押すが、一瞬速く別の人が押したようで、そちらの子のランプが点く。
「アンカラ」
「正解」
えー!?イスタンブールじゃなかったのか。良かったぁ、と安堵する。すると進行役さんが「俺、アンマンかニクマンかと思った」と言う。すると正解を読み上げたナレーターの女性が「アンマンはヨルダンの首都です。ニクマンなんて都市はありません」と言う。
「韓国の大統領は?」
あ、確かキン・ダイチュウとかじゃなかったっけ?と思ってボタンを押すが、またもや遅れる。うーん。私って反射神経悪いのかなあ。
「ノムヒョン」
「正解」
あれー。何か全然違う名前だ。でも間違わなくて良かったあ。と思っていたら進行役さんが「ブッシュじゃなかったの?」と言う。ナレーターさんが「それはアメリカ大統領」と言う。その時、偶然千里は進行役さんと目が合った。
「18番の貞子みたいな髪の子、君2回続けてボタン押したの2番だった。答えは何だと思った?」
などと訊かれるので
「キン・ダイチュウと思いました」
と正直に答える。
「キン・ダイチュウというのは日本語読みで本当はキム・デジュンですが、それは前の大統領です」とナレーターさん。
ああ、交替してたのか、と思う。
「お前遅れてよかったな」
と進行役さん。
「はい。生理が遅れたらやばいですけど」
と言ったら、何だか受けてた。
そんな感じで千里は毎回ボタンは押すのだが、なかなか1番になれずランプがつかない。それで全然回答できないままオーディションは進行する。そして、1問ごとに進行役さんか何かボケて、笑いを取っていた。また途中で正解者が出た後で、2番目に押した人に思っていた答えを言わせるというのを進行役さんが何度かした。ひとりの子は
「JR最西端の駅の名前は?」(正解は佐世保駅)
に対して
「田平駅と思っていました」
とマジな回答をした(田平駅は国鉄時代の最西端駅)が
別の子は
「サッカーチーム・ベガルタの本拠地は何県?」(正解は宮城県)
に対して
「仙台県と思ってました」
とボケる回答をした後、
「じゃ、グランパスは何県?」
と訊かれて
「尾張県?」
と答えて、
「お前、地理の勉強しなおせ」
と言われたら
「レッド・ホット・チリ・ペッパーズ大好きです」
と返していた。
どうも進行役さんは受け答えのできる子には少し突っ込んでくれている感じであった。それで千里も再度正解の後で当てられた時に
「『恋のバカンス』をヒットさせた双子歌手は?」(正解はザ・ピーナッツ)に対して
「ダブルユー」(ダブルユーもカバーしている)
と答え
「双子じゃないだろ?」
と言われたら
「あ、四つ子でしたっけ?」
と答えて
「せめて三つ子と発想しろ」
と言われた。
その内2問間違った人が出る。
「2問間違った人は残念ながら退場です。さよならー」
と言われて、上から凄い水鉄砲が浴びせられる。
「きゃー」と悲鳴をあげて、その人が水中に落ちる。なるほどー。このために水着だったのかと水着の目的を理解する。これって、いわゆる水着審査じゃなかったんだ!
ところがその人が落ちた時、板が揺れて、あおりをくらっていちばん端に立っていた回答者まで落下した。プールの上に浮かんだ板の上に立っているという状態はそもそも不安定なのである。
「はい。そこ、落ちた人も一緒に失格」
と進行役さんが言う。
うそー!? そんなのあり〜?
その後クイズは進む。千里はかろうじて1問。
「伊勢神宮があるのは何県?」
というのに
「三重県」
と答えることができた。去年の夏、巫女研修で行ってきたからね〜。
やがて3問正解して勝ち抜けしていく回答者が現れる。24番の人と3番の人が勝ち抜け、3人落とされ、あおりをくらって水中落下した人も2人いて、残りは3人になっている。ここで
「これが最後の問題になります」
と進行役が言った。
「アメリカのプロスポーツ選手でマイケル・ジョーダンと言えば何の選手?」
千里は質問を聞き終わるのと同時に押したが、また遅れた。
隣の女の子が回答する。
「アメリカン・フットボール」
「不正解」
いきなり上から水鉄砲が落ちてくる。悲鳴を上げて水中に落ちる。千里はすぐ隣で水しぶきがあがるので、ひゃーっと思ったものの何とかバランスを保って落ちるのを免れた。
「えっと2番目に押した人、四つ子の貞子の18番さん」
と千里が指名されたので答える。
「バスケットボール」
「正解」
やったね。
「えー、2人残っていますが、18番の子は2問正解、32番の子は1問正解。ということで18番が決勝進出!」
きゃー、ラッキー!と千里は思ったが、だいたいこのオーディション、何のオーディションなんだ?と疑問を感じた。