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(C)Eriko Kawaguchi 2014-03-23
「とうとう明日、おちんちん切るのね。どんな気分?」
そう留実子から聞かれて鞠古君は
「それ愚問」
と答える。
「嬉しいとか?」
「なんでだよー!?」
「じゃ、やはり嫌なんだ」
「まあね。でも全部切る訳じゃ無いから」
鞠古君はおちんちんに腫瘍ができる病気にかかり、最初に掛かった病院では、おちんちんもタマタマも全部取らないといけないと診断されたものの、別の病院でも診てもらったら、最近開発されてまだ治験中の新しい薬を使って腫瘍を縮小し、その上で腫瘍のできている部分だけを切って、その前後をつなぎ合わせるという手術を受けることになったのである。
むろん単純に縫い付ければいいというものではなく、大きな血管の通っている器官だし、性感を損なわないようにしなければならないので、血管や神経を顕微鏡で見ながらきれいに繋いでいくという結構大変な手術のようである。
鞠古君のおちんちんは引き延ばして14cmくらいあるという。腫瘍自体はその新薬の効果もあり、5mmサイズに縮んでいるが、念のため前後1cmずつくらいを切るらしい。それでつなぎ合わせるから12cmくらいのサイズに短くなることになるが、鞠古君は最初全部切ると言われたのからすると随分マシなので、その手術に同意している。
「昔なら、マイクロサージャリーでつなぎ合わせる技術が無いから下手すると腫瘍のある所より先を全部諦めないといけなかったんですけどね」
と医師は言っていた。腫瘍のある場所は根元から5cmの場所なので、その先を全部諦めるのなら、鞠古君のおちんちんは3-4cm程度のサイズになってしまうところであった。これだと縮んでいる時は1cm以下なので立っておしっこするのも困難だったろう。12cmもサイズがあれば「普通の使い方」をする限り全然問題無い。また亀頭を失えばかなり性感が損なわれる所だったであろう。今日の手術ではむろん亀頭も無事のはずである。
それでも、凄く嫌な気分のようである。
「傷が癒えるまでどうしても2ヶ月くらい掛かるみたいでさ。その間絶対に勃起しちゃいけないというので、再発防止の目的も兼ねて大量に女性ホルモンを投与されるんだよね。ってか入院した週末から既に毎日ホルモンの注射を打たれてるんだけどね。男性ホルモン優位の状態を女性ホルモン優位に切り替える必要があると言われて。これで一時的にはバストも大きくなるし、チンコも更に縮むだろうとは言われた。傷が治ったらホルモン減らすからバストは小さくなる可能性あるらしいけど」
と鞠古君。
「妊娠中におっぱいが大きくなるけど、産んで授乳も終わると縮んじゃうのと多分同じ」
などと付き添っている鞠古君のお姉さん(花江さん)は言う。
「まあ、これ男特有の病気だから、一時的に女にしてしまって、それで治ってから、男に戻すという治療法だよね」
と鞠古君のガールフレンドの留実子。
「まあ一時的に女になるかも知れないけど女装はしなくていいみたいだから」
と鞠古君。
「女装するというなら今度こそ振る」
と留実子。
「そこまで言わなくても。俺、るーが男装するのは認めてやってるのに」
と鞠古君。
「花和の男装は凜々しくて格好良いけど、鞠古の女装はきもかった」
などと古くからの鞠古君の親友、田代君が言った。
千里たち3人(千里・留実子・田代)はその日朝から留萌を出て、お昼前に病院に入り、鞠古君のお見舞いをしていた。同級生を代表してのお見舞いという名目で学校も公休にしてもらっている。
しばらく話している内にお姉さんが
「あ、お茶が切れちゃった。君たちまだ居るよね?」
などという。
「いますよー」
と言うと、
「ちょっと買ってくるから、知佐(ともすけ)を見張っててね」
と言って出かけようとする。
「何を見張ってるんですか?」
「逃亡しないようにだよ。おちんちん切られるの嫌みたいだからさ」
「ああ、それは逃げたくなるかもね」
と田代君が言う。
お姉さんは手を振って、大きなスヌーピー柄の布製トートバッグを持ち出かけた。
4人で話している内に、田代君が「ちょっとトイレ」と言って席を外した。
その後、鞠古君が
「あ、ちょっと、るーと2人で話したいことがあるんだけど」
と言うので千里が
「あ、じゃ、しばらく売店にでも行ってるよ」
と言ったのだが
「いや。他の患者さんも居るから、るー、ちょっと外に出ない?」
と言う。
ここは6人部屋である。鞠古君はその窓側のベッドを使っている。
「うん。いいよ」
と言って、鞠古君は留実子と2人で病室の外に出て行った。
という訳で、結果的に千里が1人で取り残された。
ふう、と何となく溜息を付いて、窓の外を眺める。道路を車が行き交うのが見える。でも鞠古君の手術、うまく行くといいなと思って眺めていた時、若い看護婦さんが入って来た。研修中という札を付けている。新人さんかな?と思っていたら、何か伝票のようなものを見て
「えっと・・・ちささん?」
と言った。
千里は「ちさとさん?」と言われたような気がして、うっかり「はい」と言ってしまった。
「エストロゲンの注射をします。そこ、ベッドに座ればいいかな?」
「え?」
と言いつつも千里はベッドに座る。
「右手がいい?左手がいい?」
と訊かれるので、
「じゃ、左手で」
と言ったら、看護婦さんは千里のポロシャツの腕をめくり、アルコールで消毒する。
え?え?え? なんで私が注射されるの? と思ったが、窓の外を眺めながらボーっとしていた余波で頭が働いていない。
それで看護婦さんは薬剤を注射器に取り、少し針の先から出して空気を抜いた上で千里の腕に刺した。「へー。けっこう上手いな、この人」などと思う。刺し方が上手で、ほとんど痛くない。
ところが、その注射を打たれている間に、トイレに行っていた田代君が戻ってきた。それで千里の方を見て言う。
「村山、なんでお前が注射してんの?」
「へ?」
と言ったのは、看護婦さんである。
「あのぉ、あなた、ここの患者さんですよね?」
「いいえ、私、お見舞いです」
「えーーーー!?」
と看護婦さんは絶句する。
取り敢えず注射針を抜き(薬剤は7割ほど注入していた)、刺した所をブラッドバンで留めた上で
「でも、ちささんって・・・」
と言う。
「私、ちさとです。済みません。ちさとって呼ばれたような気がしたので、うっかり返事してしまいました」
と千里。
「看護婦さん、ここの患者は《ちさ》じゃなくて《ともすけ》(知佐)だよ」
と田代君。
「済みません、患者は今ちょっと部屋の外で友人と話しています」
と千里。
「村山、だいたい注射される前に気づけよ。見舞いに注射する病院なんて聞いたことないぞ」
と田代君。
「ごめーん。今ちょっと、ボーっとしてたもんだから、頭が働かなくて」
と千里。
「ちょっと取り敢えず婦長さん呼んできます」
看護婦が婦長を呼んできて、事情を聞き、難しい顔をする。すぐに医師が呼ばれて、やってくる。
そこに、鞠古君本人と留実子、それに買物に出ていたお姉さんも戻ってきた。
「私の本人確認が曖昧でした。大変申し訳ありません」
と新人看護婦さんは消え入りそうな声で謝る。
鞠古君、それにお姉さんは事情を聞いて、こう言った。
「先生、これ無かったことにしません?」
と鞠古君。
「うん?」
「女性ホルモン注射はあらためて僕に打ってもらえばいいです。心情的にはあまり打たれたくないけど。村山は女性ホルモン注射を打たれても全然平気だよな?」
「うん。私は、むしろ打ってもらいたいくらい」
と千里。
「君、ごめん。男の子だっけ?女の子だっけ?」
と医師が尋ねた。
「この子は女の子になりたい男の子です」
と留実子が言った。
「なるほど」
と言って医師が頷く。
「だいたい、フルネームで本人確認すべきでしょ?」
と婦長が言う。
「すみません。苗字が読めなかったので、つい下の名前だけで呼んでしまいました」
と看護婦。鞠古という苗字は《まりこ》以外の読み方は無いとは思うが、珍しい苗字ではあるので、見たことが無いと悩むかも知れない。
「そんな時は伝票の文字を本人に示して確認すればいいんだよ」
と婦長。
「伝票にふりがなをプリントすべきだな。これ改善要望にあげておくよ」
と医師は言う。
「それで先生、こちらは再度打ってもらえれば全然問題無いですよ」
と鞠古君のお姉さんは言う。
「打たれちゃった本人は打ってもらったのはむしろ歓迎。何なら千里のお母さんに電話して確認してください。お母さんもきっと笑って、もっと打ってあげてくらい言うと思います」
と留実子が言う。
それで医師はその場で、千里の母の職場に電話を掛けた。本人確認ミスがあり、鞠古君に打つべき女性ホルモンの注射を誤って千里に打ってしまったことを告げる。
すると千里の母は本当に笑って
「ああ、それなら、もっと打ってもらってもいいです。何でしたら、鞠古君の代わりに、その子のおちんちんを切ってあげてください。ついでにタマタマも取っちゃって下さい」
などと言った。
そんなことを言われて、千里はドキっとする。本当に切って欲しいよぉ。
「いや、さすがにそういう訳にはいきませんが、それではこの件はこのままで構いませんね?」
「ええ。全然構いません。だいたいぼんやりしてて黙って注射されたうちの子が悪い。私見舞客ですと言えば良いのに。だから無かったことにしましょうよ」
と母。
「女性ホルモンなので、女性の生理前症候群のように頭痛などの症状が出たり、また勃起不全になったりする可能性もありますが」
と医師。
「頭痛くらいは平気ですよ。勃起はそもそも、その子、立たなくなったらよけい喜ぶはず」
と母。
それでこの件は本当に無かったことにすることになった。むろん看護婦さんは厳重注意を受けたようではあったが。
鞠古君のお姉さんは
「これ、看護婦さんには物凄い勉強になったと思うんです。きっと今後は凄く慎重になるだろうから、首にしないでやってください」
と言い添えた。
千里まで
「私、さっき注射された時、すごく注射の上手な人だと思いました。この後も頑張って、いい看護婦さんになってください」
と言う。
医師も婦長も
「うん。大丈夫だよ。首にはしないから」
と笑顔で答えた。
そういうちょっと誤注射騒動はあったものの、よけい盛り上がった感もあり、鞠古君のお姉さんも含めて5人の会話は楽しく続き、あっという間に夕方になる。そこに鞠古君のお母さんがやってきた。お父さんは明日来るという。お母さんは誤注射の件を聞いてびっくりしていたが
「千里ちゃんで良かったね。田代君だったら大変だったね」
などと言った。
「るみちゃんでも大変だったね。女の子の場合もそんな注射したら生理が乱れたりするよ」
とお姉さんは言う。
「つまり、一番打たれて問題無い人に打たれた訳だ」
というので、みんな改めて納得した。
お姉さんが、今日は札幌市内の友人宅に泊めてもらうと言って離脱した。そして18時半頃、今日はいったん引き上げようというので、病院を出る。
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女の子たちの間違い続き(1)