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千里と鞠古君が顔を見合わせたら
「まあ、その件は僕も知らなかったことにしよう」
などと医師は言っていた。
「でも女性ホルモンの注射をサボっていても、腫瘍が大きくならなかったということ自体が、この腫瘍が良性である証拠でもあるね」
と医師は更に言った。
鞠古君は6月11日に札幌の病院を訪れ、セカンドオピニオンをもらって、こちらの病院に移ることを鞠古君のお父さんが決断し、それで6月の下旬にはその旨を前の病院に告げたのだが、千里はその直前、6月20日にも女性ホルモンの注射をちゃっかり打ってもらっている。
千里は4月の入学式直前、突然倒れて病院に運び込まれた時に、女子と思われて血液検査してみたらエストロゲンの数値が異様に低かったと言われて女性ホルモンを補充する注射を打たれている。その上で鞠古君の代わりに5〜6月に計4回女性ホルモン注射を打ってもらい、7月は何もしていないものの8月にも、春に掛かった病院で再度女性ホルモンの注射をしてもらい、更に今日誤注射された。
元々千里は中1になっても、まだ精通が来ていなかったのだが、この7回連続の女性ホルモン注射の影響で、千里は胸も微かに膨らんだし、おちんちんは全く立たなくなってしまった。
実際後に大学生になって、桃香と一緒に暮らすようになってから、数回強引に桃香から仕掛けたセックスでも、千里のおちんちんがまともに立たない(桃香は「コンニャク並み」と表現した)ので桃香は結合するのに物凄く苦労したのであった。
またその頃に千里はヒアルロン酸注射でバストのプチ豊胸をしているが、元々少し胸があったし乳首や乳輪も発達していたからこそ、ヒアルロン酸注射で女の子のバストに見える程度の胸にすることができたのである。
食事の後、コンビニに寄って少しおやつなど買ってからホテルに入る。先程話したように、鞠古君のお母さんと田代君、留実子と千里の組合せで部屋に入った。
「取り敢えずお風呂入ろうよ。千里先に入らない?」
と言うので
「じゃ、そうする」
と言って、先に千里がお風呂を使わせてもらった。
お風呂の中であの付近を洗っていたら、昼間お医者さんと母との会話で母が、おちんちん切ってあげてください、なんて言ってたのを思い出し、はあ、と溜息を付く。ほんとに切って欲しいよぉ。
女性ホルモンを打たれた影響でだいたい精神的には安定しているのだが、それでも、自分が鞠古君の立場だったら温存しなくていいから、きれいに切って欲しい。明日、手術の始まる前に鞠古君の代わりにベッドに寝ていたら代わりに手術してくれないだろうか、なんてのまで妄想したりする。
考え事をしていたら、随分時間が経ってしまった気がした。
「ごめーん。長湯しちゃった」
と言ってあがるが、
「あ、時間忘れてた。トモとチャットしてたから」
などと言って、携帯に「お風呂入るからまた後で」と打ち込んでから閉じて、留実子はお風呂に入っていった。
ああ。携帯あると便利だよな。今神社のバイトで毎月1万円以上もらってるし、それで料金払うから携帯買ってとお母さんに言ってみようかな、などとも思う。神社からもらったバイト代については母に渡そうとしたら、貯金してなさいと言って通帳とカードを作ってくれたので、そこに入金して、通帳・カードも自分で管理している。
窓の外を眺めていたのだが、いつの間にか眠ってしまったようで
「こんな所で寝ると風邪引くよ」
と言って留実子に揺り起こされる。
「ありがとう」
と言って目を覚ます。
「また、鞠古君とチャットする?」
「ううん。また明日話せばいいしね」
「まあ、そうだけどね。私も携帯あったらいいなあとか思って」
「多分、細川君は、千里とチャットする時間を惜しんでバスケの練習すると思う」
と留実子が言うので
「そうかも!」
と千里は気付いたように答えた。
「そうだ。私が誤注射された時は、鞠古君とどんなこと話してたの?」
と千里は何気なく訊いたが、留実子はただ微笑んでいる。
「あ、ごめん。立ち入ったこと聞いちゃって」
「ううん。いいんだよ。話すというかさ。このおちんちんも今日までの命だから、触ってと言うから、触ってあげてたんだよ」
「へー!」
「新薬の投与を始める前も、このおちんちん立つのはもう最後だから触ってと言われて触ったけどね。確かに今日はもう、ボクに触られていても柔らかいままだったよ」
「ああ、それは6月に初めてこの病院に来た時?」
「そうそう。同じ部屋に泊まったからね」
その時、千里は唐突にそのことに思い至った。
「もしかして、あの日、・・・・した?」
と千里が訊くと留実子は微笑んで
「したよ」
と答えた。
「わぁ」
考えてみたら、自分と晋治だって、3月には、する直前まで行ったんだもん。留実子だって鞠古君としてもおかしくないよなと思う。
「いけなかったかな?」
「ううん。いいと思うよ。私も貴司とはまだキスまでだけど、晋治とは実は寸前まではしたんだ」
留実子は頷いている。
「トモとボクの場合、あれが最初で最後のになる可能性があったから」
と留実子は微笑んで言うが
千里は真剣な顔で
「そうだよね」
と答えた。
「でもきっと、高校を卒業する頃にはまたできるようになってるよ」
と千里が言うと
「それまでボクたちが恋人でいたらね」
と留実子は答える。
うーん。。。それはそちらの方が、鞠古君の男性能力回復より難しいかも!?と千里は思ってしまった。恋愛を長期間維持するのは、物凄く大変である。
「それにその頃まで、ボク女の子で居れるかどうか自信無い」
「やはり男の子になりたいの?」
留実子はすぐには答えずに、コーラを1口飲んだ。
「トモとしちゃって。自分の女としての機能を使ったことでね。ああ、女でもいいかなあという気持ちが強くなった」
「そっかぁ」
と千里は留実子をいたわるかのように声を出した。
「ボクはそもそも恋愛対象が男の子だから、そこに自分の性別認識との矛盾点を抱えているんだよね」
「難しいね」
「千里は、恋愛対象が男の子だから、その点ではあまり悩まなくてもいいはず」
「そうなのかな」
「だから、まっしぐらに女の子になっちゃう道を選べばいいんだよ」
「ああ」
と言って千里は溜息を付いた。
翌日、朝から鞠古君のお父さんが来る。手術は午後からということで、午前中は見舞い組の3人と、鞠古君の両親、お姉さん、とで楽しくお話しをした。
「まあ、でも手術失敗して、チンコ無くなっちまったら、村山のチンコを取ってくっつけちゃえばいいよ」
などと田代君が言う。
「それはひとつの手だけど、村山のチンコは果たして男として使える状況なのか怪しいな」
と鞠古君は言う。
「ああ。2-3cmしか無かったりして?」
「村山が立って小便しないのは短くて立ってできないからかも、という説は昔からあった」
「ああ、あった、あった」
「それ以前に存在するかという問題もあるかもよ」
と留実子まで言う。
「うーむ」
と言って、田代君と鞠古君が顔を見合わせている。
「花和も見たことないの?」
「そんなの、多分誰にも見せてないと思うよ。もし存在したとしても、女の子の友だちには絶対見られたくないだろうからね。みんな、千里はもしかしたら本当に女の子なのかも、という想像ができるから、友だちで居られる」
と留実子は言う。
それは問題だよなと千里も思う。自分の身体が男性化してしまったら、やはりたくさんの友人を失ってしまうのだろうか。それが千里には不安だった。貴司とは自分が男っぽくなってしまったら恋人関係を解消することにしている。それは彼自身も男の子には恋せないと思うことと、千里自身も男の自分を好きな人に見せたくないという思いとがある。
「5年生の宿泊体験で女風呂に強制連行された時も見なかったの?」
「あれは必死でお股を隠してたからね。結局付いているのかどうかというのは判断保留になった」
留実子とは実はこの7月に一緒にお風呂に入っているのだが、留実子は必要無いことは口にしない性格である。
「つまり隠しているというのは、付いているのを隠しているのか、付いてないのを隠しているのか、判断できないということか」
「まあ、シュレディンガーの猫みたいなもんだね」
「なるほどねー」
「シュレディンガーの猫って何だったっけ?」
「不確定性原理が実はマクロの世界でも働いているという思考実験だよ。原子核の崩壊というのは本質的に確率でしか記述できない事象で、当初はそういうのはミクロの世界だけの話と思われていた。ところがこういうことを考えてみる」
と花江さんが説明する。
「麻酔を掛けた雄猫のおちんちんをギロチンの所に固定して、外からは見えない箱の中に入れる。この箱の中に放射性物質があるけど、放射性物質の原子核崩壊は確率でしか記述できない。でも放射線の検出装置が箱の中にあり、原子核が崩壊して放射線が発生すると、この検出装置が作動し、電流が流れてギロチンの刃が落ち、雄猫のおちんちんは切断される。但しこのギロチンは作動しても音はしないから箱の外からは分からない」
「チンコ切る話だったっけ?」
「首を切られるよりはマシじゃない?」
「どっちも嫌だなあ」
「それで箱の外にいる観察者には、原子核が崩壊しているかどうかは分からないし、それは確率でしか記述できない。よって雄猫にまだおちんちんがあるか切断されて男の子ではなくなってしまったかも本質的に確率でしか記述できない事象ということになる」
と花江さん。
「要するに、村山にチンコがあるのかどうかも確率でしか記述出来ないことなんだ!?」
そんな話をしている内に手術の時間となる。手術着に着替えるのに裸にされるので見舞い組は部屋の外に出た。手術着を着て、ストレッチャーに乗せられ、鞠古君は手を振って手術室のあるフロアへ運ばれていった。千里は留実子が不安そうな顔をしているのに気付き、手を握ってやった。それに反応して留実子は微笑んだ。
鞠古君の両親は手術室の外で待機するようだったが、見舞い組3人は鞠古君のお姉さんと一緒に、病院内の食堂に行き、コーヒーやお茶などを頼んで座り、話をする。2時間近く話していた時、留実子の携帯に着信がある。
「ああ。午後1番に手術室に行ったよ。3時間くらい掛かると言ってたから、終わるのは4時頃かな」
と留実子。
「あ、来るの? うん。食堂で待ってるから」
電話を切ってから田代君が尋ねる。
「誰?」
「ああ、うちの兄貴・・・と言ってもいいのかな?」
「いいのかな? って兄ちゃんじゃないの?」
「そうだなあ。兄ちゃんであって、兄ちゃんでないような」
「はあ?」
田代君だけでなく千里も首をひねったが、鞠古君のお姉さん(花江さん)は笑っている。
「ああ、花江さん、同学年でしたっけ?」
と留実子。
「うんうん。何度か同級生になったから、知ってる」
と花江さん。
「でも、るみちゃん、お兄さんじゃなくて、お姉さんと言ってあげなよ」
と更に花江さんが言うと
「へ!?」
と千里と田代君は声を上げた。
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女の子たちの間違い続き(3)