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その後は
「千里が女子であることはほぼ確定したから、ふつうにおしゃべりしようよ」
などと言われ、さっき部屋の中でしていたような話の続きが始まる。
千里もそういう話には普通に参加した。
「○○君ってさ、《要するに》という言葉をよく使うけど、全然要約されてないよね」
「ああ、《要するに》とか《つまり》を多用する人にはそういう人多い」
「**君、しゃべってる時に音を立てて息を吸い込む癖あるね」
「あれ、みっともよくないと思うけど、誰か注意してあげないのかなあ」
「女の子から指摘されたら嫌だろうしね。誰か男の子が注意してあげればいいのに」
「△△君のお母さん、家を出て行っちゃったらしいよ」
「じゃ、お父さんと子供3人で暮らしてるの?」
「何か、最近、お父さんのお友だちっていう若い男の人がよく来て、晩御飯作ってくれるらしい」
「それお友だちじゃなくて愛人では?」
「きゃー、もしかしてホモ?」
「ホモって言ったら差別用語らしい。ゲイと言った方がいいんだって」
「ああ、レズと言うのもよくないらしいね」
「レズは何て言うの?」
「ビアン」
「へー。レスビアンのどこを略すかの問題か」
「オカマというのもいけないんでしょ?」
「じゃ何て言うの?」
「オナベ?」
「それは別の意味!」
話はどんどん横道にそれ、脱線し、変な方向へと発展していく。
あまりにも話が盛り上がり、長時間経ってしまったようで、その内、御住職の奥さんがお風呂場に顔を出して
「あんたたち、もう御飯始めちゃったよ」
と言ったので
「はーい、あがります」
と言って、やっとあがった。
それでお風呂から上がり、身体を拭いて服を着るが
「なんか千里、こういう状況にも場慣れしている気がする」
という声が出る。
「うーん。脱衣場は更衣室と大差無いかな」
と千里本人。
「まあ確かに普段でも、私たちけっこう千里の前でおっぱい露出して汗掻いた下着の交換とかもしてるかもね」
「千里がそういう場に居るのは私も全然気にならないよ」
「じゃ千里、明日は最初から私たちと一緒にお風呂入ろう」
と房江さん。
「えー。恥ずかしいです」
と千里は言うが
「全然恥ずかしがってないじゃん!」
と全員から突っ込まれる。
「でもさ、千里がずっとお風呂入っていたんだったら、さっき私たちの部屋の前を通った女の人は誰?」
「うーん・・・・」
「御住職の奥さんは髪は短かったね」
「娘さんとかはいなかったはず。息子ばかり3人とか言ってたし」
「その息子の女装とか」
「ほほぉ」
「幽霊という可能性は?」
「まあ、お寺だし、幽霊くらい普通にいるかもね」
「ふむふむ」
その日の晩御飯は焼肉であった。例によって千里は「最低このくらいは食べる」
と言われて、隣に座っている久子からお皿にどんどんお肉を盛られていた。
夕食が終わった後、肝試しするよー、などと言われる。
「組合せはくじ引きですか?」
「いや、くじ引きしようにも、女子が6人しかいないからさ」
「まあ大半は男同士のカップルになるよな」
「それで女子がお風呂入っている間にバスケットのゴール対決で指名順を決めた」
「ちょっと待って。それ男子が指名するの?」
「そそ」
「女子には選択権無いんですか?」
「じゃ、明日は女子が選択してもいいよ」
「明日もやるの〜?」
何でも目隠しして3回ぐるぐると回ってから、投げるというので5本ずつ撃ったらしい。1位は田臥君だった。5本とも入れたらしい。さすが男子のレギュラーシューティングガードである。
「じゃ松村」
と友子を指名する。
「おお。シューターカップルだ」
「この2人に子供が生まれたら、スーパーシューターになるかも」
2位は4本入れた佐々木君・水流部長に貴司で、じゃんけんして、佐々木→貴司→水流の順になったらしい。
佐々木君は久子を指名して、貴司はむろん千里を指名する。
「なんか細川さんと村山って仲が怪しいという噂があるんですけど」
などという声が1年男子から出たので、貴司が
「ああ。千里は僕の女だから」
と堂々と恋人宣言する。
「おお!」
という声があちこちから上がる。千里は恥ずかしがって顔を真っ赤にした。
水流部長は節子を指名した。部長同士のペアだ。そして3本入れた6人はじゃんけんで田代君が1位になったものの、田代君は意外にも女子を指名せず、男子の戸川君を指名した。
「そこはホモカップルですか?」
という声があがるが
「俺、彼女がいるから女の子と肝試ししたなんて知られると蹴りを食らう」
と田代君が説明する。
田代君の彼女は千里の親友でもある蓮菜である。変なことを言わなくても田代君は日に数回、蓮菜から蹴られている感じでもある。あんなに蹴られて田代君のおちんちん大丈夫かな?などと佳美が変な心配をしていた。
そのあと2位・3位になった人が、残る房江と数子を指名して、残りの男子は全員男同士のペアになった。
肝試しのコースは本堂前から出発して、お寺の裏手に広がる墓地のいちばん奥にある無縁仏慰霊塔の所まで行き、そこに置いてあるカードを持ち帰るということになっている。行きと帰りは別コースになるので、追いついたりしない限り複数のペアが途中で会うことはない。
「2分単位で出発するぞ。最初は田臥・松村」
と言われて、田臥君と友子のペアが出発する。その後、佐々木君と久子のペアが出発し後、貴司と千里のペアが出発する。
出発時点では並んで歩いていたが、角を曲がった所で貴司は千里の手を握った。千里も握り返す。恋人たちに言葉は要らない。その握った感触でお互いに愛を感じることができる。
「まあ今日は結構頑張ってたじゃん」
と貴司は言った。
「えへへ。そうかな」
と千里は少し照れて言う。好きな人に褒められるのは嬉しい。
「だいたい千里、練習嫌いだからなあ。ちゃんと練習してれば、もう少し筋肉も付くし、体力も付くよ」
「あんまり筋肉つけたくなーい」
「もしかして、それで練習さぼってんの?」
「そういう訳じゃないけどねー」
「大丈夫だよ。筋肉ついたって、千里は魅力的だから」
「ほんと?」
「まあ、筋骨隆々になったら僕の恋人からは卒業してもらうだろうけど」
「やだよー」
「私たち、いつまで恋人でいられるのかなあ」
と千里は自分の不安を正直に貴司にぶつけてみた。
「そうだなあ。僕も考えてみたけど、結婚できる年齢まではさすがにもたないだろうね」
「うん、そうだと思う」
千里自身もそこまでは無理だろうと考えていた。
「でもだいたいさあ。中学生の恋愛なんて、交際していてもセックスとかまでは考えられないじゃん」
「まあ、そこまでやる子は少ないよね」
「セックスしないんなら、普通の女の子でも千里みたいな子でも差が無いという気がするんだよ」
「ああ、確かに」
「セックスしないんなら、見た目が可愛くて、話してて楽しければ、それで充分と思うんだよね」
「合理的だね」
「今、千里は僕の好みの外見だし、しゃべっていて楽しい。だから、その状態が続く限りは、僕は千里を恋人にしておきたい」
「だったら、やはり私が筋骨隆々になったらクビだね」
「うん。僕はホモじゃないから。女の子の千里が好きなんだよ」
「ヒゲぼうぼうになったり」
「それもクビだな。でも千里ってヒゲ生えてる所見たことない。生えないの?」
「生えて来たら抜く」
「なるほどー」
「闇から闇へと葬る」
「まあいいんじゃない」
「髪切ったりしてもアウトだよね?」
「普通の女の子のショートカットくらいまでならいいよ。でもスポーツ刈りとか丸刈りだと、千里のことを女の子とは思えないだろうね」
「やはりねー。声変わりしたら?」
「それもクビだね。男の声でしゃべられたら、さすがに女の子と話している気分にはなれない。まあ、千里は練習さぼってるから筋肉はあまり付きそうにはないし、髪の毛のことは誤魔化しぎみに学校の許可取っちゃったし、声変わりが僕たちの交際のエンドラインかもね」
「そうだね。じゃ、私が声変わりするまで、貴司の恋人にしておいてよ」
「いいよ」
「じゃ、指切り」
「よし」
それで千里と貴司は、千里の声変わりが来るまで恋人でいることを約束したのである。その時点ではふたりとも、その時期は1年後くらいかな、というのを漠然と考えていた。
「あ、カードがたくさん並んでるね。これ持って帰ればいいのね?」
「そうそう。偽造防止に、水流部長と山根副部長がサインしている」
「へー」
というので千里が懐中電灯の灯りを当てる。
「《水流》という文字は分かるけど、このごちゃっとしたサインは?」
「それが山根さんのサインだよ。山根さん、字が下手な上に雑に書くから、日誌なんかも、山根さんが書いた所は全然読めない」
「あぁ。でも貴司もあまり字はきれいじゃないよね」
「ほっといてくれ」
カードを貴司が持ち、本堂への帰り道を歩く。
「でも千里の字はきれいだよ」
「ありがとう」
「女の子っぽい字だよね」
「まあ、女らしい字の書き方は、友だち同士で結構研究したよ」
「ああ、そうやってるのか」
「習字の時間に書く字と、友だち同士で使う字は違うよ」
「僕はとてもそんな使い分けできない!」
「ね、ね、19日に合宿が終わって、21日から2学期だからさ、20日にデートしない?」
と貴司が言う。
「へー。珍しい。練習しないの?」
「合宿で3日鍛えた後は休んでもいいかなと思ってさ」
「いいよ。デートしよ」
「だったらさ、千里セーラー服を着てこいよ」
「いいけど」
「僕は学生服着てくるから」
「まじめな中学生男子と中学生女子のデートだね」
「そうそう。千里は女の子の服を着ると完璧に女の子にしか見えないから」
「女の子の服を着ている時は本来の自分になっている気がするんだよ」
「やはり千里は女の子が基本だもんな」
「そのつもり」
「しばしば思うんだよね。男の子っていうのが実は嘘で、本当はホントに女の子なんじゃないかって」
「ふふふ」
「もう裸にして確かめてみたくなるよ」
「確かめてみる?」
と千里は言った。
「え?」
と貴司は半分戸惑うように反応する。
「ほんとに女の子なの?」
「どうだろうね」
「ああ。でも裸にしてみて、チンコ付いてたら、幻滅して千里のこと恋人にしておけなくなったりすると嫌だから、やめとくよ」
「そうだね。今すぐ貴司の恋人をクビになるのは私も嫌だな」
「本当は女の子なのかも知れない、と思うことで僕は千里のことを好きでいられる」
「私は、貴司のこと、ずっと好きだよ」
貴司がドキっとしたような気がした。
「僕も千里のこと好きだよ」
と貴司は言った。
ふたりは歩みを停めた。
そして向き合った。
自然に、ごく自然にふたりは身体を寄せ合う。千里がたまらず目を瞑る。
そして貴司は自分の唇を千里の唇に重ねた。
一瞬千里は地面に自分が立っている確信が持てなくなった。
身体が揺れる。その揺れる身体を貴司が抱きしめてくれた。そして千里も自分の居場所を確認するかのように貴司に抱きついた。
このまま時間が止まってしまってもいいのにと千里は思った。
そして本当に時間が止まってしまったかも知れないと思った。どのくらい時間が経ったのか自分でも分からない。
ふたりの接触は、近くで聞いたコトっという小さな音で中断した。
ふたりはさっと身体を離すが、千里はまだその余韻に酔っていた。
「あ、どうも」
と貴司が言うので千里もそちらを見る。水流部長と節子部長が困ったような顔でこちらを見ていた。
「あ、いや、何か声掛けたら悪いような気がして」と水流部長。
「でもここ通路が狭いから、通過していけないし」と節子部長。
「すみません。つい盛り上がっちゃって」
と貴司。
「他の子もいるから、夜這いはやめとけよ」
と水流部長が笑いながら言う。
「あ、大丈夫です。合宿終わった翌日にデートしますから」
と貴司。
「デートの時は、ちゃんと避妊具用意してね」
と節子部長も笑いながら、ふたりに言った。