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■女の子たちのチョコレート大作戦(8)

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6時間目の授業が終わり、帰ろうとしていた蓮菜に、留実子が声を掛けた。
 
「ね、蓮菜、結局誰かにチョコ渡した?」
「ううん。考えてみたけど、渡せそうな相手が居ないんだよなあ」
 
しかし「相手が居ない」という時の言い方に、留実子もそばにいる千里も微妙なニュアンスを感じる。ふたりで頷く。
 
「今日、持って来てる?」
「誰か渡す相手思いついたら渡してもいいかなと思って一応持って来た」
 
「じゃ、ちょっとボクたちに付き合わない?」
と留実子は言う。
「ん?」
 
それで千里と留実子で蓮菜を連れて体育館に行った。この日は体育館の半分を女子のバトミントン部、半分を男子のミニバスケット部が使用している。部活は正式には5年生からになっているのだが、3−4年生でも任意参加で参加できるので、入っている子もいる。飛鳥がバドミントン部でウォーミングアップをしているのを見た。ミニバスの方は、まだ人数が揃わないのか、準備もせずに何だかボールを抱えて座ったまま雑談している雰囲気。
 
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そしてそこに田代君と鞠古君の姿もあった。
 
「ここに来て何するの?」
と蓮菜が言う。
 
「蓮菜、田代君にチョコ渡しちゃいなよ」
と留実子。
「えーーー!?」
「勇気無いなら、ボクたちも傍に行く所までは付き合ってあげるからさ」
と留実子。
 
「田代君に渡すっての、考えたりしなかった?」
と千里。
 
蓮菜はしばらく考えているようだったが、やがて小さく頷く。
 
「じゃ、行こう行こう」
と行って留実子と千里は蓮菜を両側から挟むようにして、まるで連行するかのように田代君たちの傍に行った。
 
「ん?どうしたの?」
と田代君。
 
「ほら、頑張れ」
と留実子が蓮菜の背中を叩く。
 
それで蓮菜が手提げバッグの中から可愛くラッピングしたチョコの包みを取り出す。ちゃんとメッセージカードまである!
 
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「ああ、田代、あんたチョコくれる女子とか居ないだろうからさ。私が余ったのあげるから感謝しな」
などと言って、ぞんざいな感じで田代君に差し出す。
 
田代君はびっくりしたような顔をしたが
「琴尾、チンコ生えて来て男になっちまったら、バレンタインにチョコ渡すとかもできないだろうから、まだ女の内にチョコ受け取ってやるよ」
などと言って受け取る。
 
どちらも素直じゃない!
 
鞠古君が「へー!」という感じの顔をしている。
 
ふたりが見つめ合っているので、留実子が
「ほら、握手、握手」
と言う。
 
「キスしてもいいぞ。みんな余所向いてるから」
と鞠古君。
 
「琴尾が男になったらキスしてもいいかな」と田代君。
「じゃ、田代がおちんちん無くして女になったらキスしてもいいかな」と蓮菜。
 
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でもふたりは何となく手を出して、握手をした。
 
「じゃ、留実子も渡しなよ」
と千里は言った。
 
「あ・・・・」
留実子はドキっとしたような顔をする。
 
「仕方無いなあ。じゃ、これやるよ」
と言って留実子は鞠古君にチョコを差し出す。
 
「え?俺に?」
と鞠古君はびっくりしている。
 
「まあ、デートに誘ってくれたら考えてもいいよ」
と留実子は言う。
 
「ありがとう。ありがたくもらうよ。デートについてはまた後で」
「うん、後で」
と言って留実子は微笑んでいた。
 
「はい、握手、握手」
と千里が言って、鞠古君と留実子も握手をした。
 

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体育館を出て、留実子と千里のふたりで帰り道を歩く。
 
「私も渡せたし、るみちゃんも渡せて良かったね」
と千里。
 
「最後まで迷ったんだけどね。結局ボクも渡しちゃったな。ボクも取り敢えず今の所は女だし」
と留実子。
 
留実子は学校でみんなの前では「私」という自称を使っているが、ごく親しい友人の前では結構「ボク」を使う。千里が学校で「ボク」を使っているのが、気心の知れた友人だけしかいない時など、けっこう「私」を使っているのとはちょうど逆だ。
 
「私はいつか女の子になりたい」
と千里。
 
「うん、千里はきっと可愛い女の子になれるよ」
と留実子も微笑んで言った。
 

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「るみちゃんは男の子になりたいの?」
 
留実子は少し考えているようだった。
 
「自分でもよく分からない。女の子でいるのも、そう悪くはない気もするけど、おちんちんが欲しいなというのは実際問題として時々思う。でもおっぱいが大きくなる自分は受け入れられる気がするんだよ」
 
「るみちゃん、生理来てたよね?」
「うん。生理が来たことで逆に女である自分を受け入れられるようになったのかも。ボクたちって、けっこうホルモンの奴隷なのかも知れないよ」
 
「私、男の子になってもいいと思うようになるんだろうか・・・・」
と千里は自問するかのように言った。
 

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「千里さ、キャンプの時って、実は一般客の女子入浴時間帯に入ったのでは?」
「あ・・・・」
 
当時、千里たちのN小学校の4年生以外に一般のキャンプ客も居た。入浴客の入れ替えは、一般の男性客→N小男子→N小女子→一般の女性客 の順に行われている。一般客の中にも小中学生などの子供は居た。
 
「あの日、2時間炎天下で歩いて汗掻いてるから、お風呂には入らないといけない。でも、千里は女の子なんだから、男子と一緒にはお風呂に入れない。かといって、N小女子と一緒に入ったら、みんな千里のこと知ってるから騒ぎになる。だったら、一般女子に紛れて入るしか道は無い」
 
「るみちゃん、名探偵コナンみたい!」
「ふふ。ボク割と推理小説好き。江戸川乱歩の少年探偵シリーズも読破してるよ」
「へー!」
 
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「あのソフトボール大会さ。うちのチームに男子が混じっているという情報はやはり千里を見た誰かが言ったんだろうね」
と留実子は言った。
 
「うん、そうかも」
と千里。
 
「でもどの子かまでは聞いてなかった。男子が混じってたらいくらなんでも見て分かるだろうと思ってやって来たものの、結局、顔を見回して、男子が居るとしたらボクかなと思ったのかもね」
と留実子が言う。
 
「まあ、るみちゃん男装したら男に見えるかもね」
「あ、男装した時は男で通ってるよ。そういう時はトイレも男子トイレ使うしね」
 
「ふふふ。千里は女装しなくても女に見えるね」
 
千里と留実子はちょっと見つめ合って微笑んだ。
 
「私とるみちゃんが並んで歩いてたら、男女のカップルと思われるかも」
「それって、ボクが彼氏で千里が彼女って構図だよね」
「そうそう」
 
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と言ってふたりは笑った。
 
「あ、そうだ。こないだまた服を少しもらったから、スカートは千里にあげるね」
「ありがとう」
 
留実子はスカートを全然穿かないので最近は親もスカートは買って来ないらしいが、親戚の子からお下がりでもらったスカートがあるので、それをそのまま千里にしばしばくれるのである。この件は留実子の母も承知の上である。但し留実子の母は千里のことを女の子と思い込んでいる。
 
子供の服は一般にすぐ着られなくなるので、お互いに譲り合うのは庶民の生活での助け合いだ。特に、留実子は千里より背が高いので、留実子が着れなくなった服を千里が着ることができる。但し留実子はけっこう荒っぽいので、実際に留実子が着ていた服は痛んでいたりもするのだが、千里はそんなの全然気にせずに着ているし、穴が開いたりしたらアップリケを付けたりして穴を塞いで着ている。
 
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しばらくふたりで話ながら歩いていた時、公園の入口の所に青沼君が立っているのを見た。
 
「やあ」
と青沼君が声を掛ける。
 
「こんにちは」
と留実子が挨拶するが、千里は俯いて、留実子の陰に隠れるようにする。
 
「おい、千里、キャッチボールするぞ」
「え?」
 
自分の後ろに隠れている千里を留実子がグイと押し出す。
 
「今日は練習の日だぞ」
「・・・私の性別を知っても誘ってくれるの?」
 
「千里は女の子だろ?」
そう言って、青沼君が千里を見詰める。
 
千里がこくりと頷く。
 
「じゃ、問題無し。今日も少し頑張るぞ」
 
それでも千里が悩んでいるようなので、留実子が背中を押して、青沼君の前に出す。
 
「うん」
と千里も笑顔で答えて、ふたりで公園に入っていく。それを留実子は楽しそうに見送った。
 
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