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「でも村山、そもそもチンコ付いてるんだっけ?」
と田代君。
「よく分かんない」
と千里は答えた。
クラスメイトたちが顔を見合わせていた。
「誰かトイレで、小便する時に村山のチンコ見てる?」
「村山はいつも大の方に入ってるよ」
「村山が立って小便してるの見たことない」
「そういえば、そんな気がする」
「あれ? 夏のキャンプ体験の時、誰かお風呂で村山のチンコ見た?」
と鞠古君が言い出す。
男子のクラスメイトが顔を見合わせる。
「俺、村山をお風呂では見てないけど」
と元島君。
「俺も見てないな」
と田代君。
「村山、男の入浴時間にお風呂入った?」
と鞠古君。
「入ったけど・・・」
「誰かあの時、村山見た奴手を挙げろよ」
と田代君。
誰も手を挙げない。
「よし、私が判定してやるよ」
と言って蓮菜が席を立って千里の席まで来た。
「これ百発百中の占いでタウジングとか言うんだよ」
と言って、蓮菜は金色のチェーンに紫色の石が付いたものを取り出す。
「これ、本当のことを言えば石は縦に動く。嘘を言えば石は横に動く」
千里は何だかきれいな石だなと思ってそれを見ていた。
「君の名前は村山千里ですか?」
「うん」
石は縦に動いた。YESのサインだ。
「千里は女の子になりたいんだよね」
「うん」
石は縦に動く。やはりYESのサイン。
「夏のキャンプ体験の時、男子の入浴時間にお風呂に入りましたか?」
「うん」
石が横に動く。NOのサインだ。
「嘘だね。男子の時間には入ってない。では女子の入浴時間にお風呂に入りましたか?」
「入ってないよー」
石が横に動く。NOのサインだ。
「嘘だ。千里は女子の入浴時間帯にお風呂に入っている」
すると教室内で「やはり」という声が数人の女子からあがる。
「私、あの時、お風呂の中で千里とおしゃべりしたような気がしてたのよ」
「あ、私もー」
「何か嵐の誰がいいかとか話さなかった?」
「そうそう。確か千里はニノ押しとか言ってた気がする」
千里は頭を掻く。うーん。今何か言っても信用してもらえなさそー。
「でも女子の時間帯にお風呂入っていて、おちんちん付いてたら目立つよね」
「そりゃ目立つはず」
「質問の核心です。千里、おちんちん付いてる?」
「えっと、一応付いてるかな」
石はまた横に動いた!
「嘘決定。千里、おちんちんは付いてないね」
と蓮菜は断定した。
「おぉ!」
と教室の中で大きな声が上がった。
千里はまた恥ずかしそうに顔を真っ赤にしていた。
「千里、もしかして既に性転換しているとか」
「いや、女の子になりたいということだから、まだ女じゃないということだろ?」
「取り敢えずチンコとキンタマだけ切っちゃったのでは?」
「ああ、それで女の子の器官が欲しいのね」
「なるほどー」
何だかみんな勝手に納得している。
「村山、チンコ付いてないなら女子便使えよ」
などと男子から声が上がる。
でも当時千里はまだ学校内では女子トイレに入る勇気は無かった。
その日の放課後、千里は校庭に面した草むらの斜面で数人の(女子の)友人とおしゃべりを楽しんでいたのだが、その時、野球の練習をしていた子たちのボールがこちらに飛んできた。
「ごめーん。そのボール取ってくれる?」
と声を掛けたのは、先日の網の手入れの時に見た、青沼君だ!
千里は立ち上がって転がっていたボールを取ると、彼の方に投げた。ボールは大きな弧を描いたが、ピタリと青沼君のグラブの中に収まった。
「おっ、サンキュー」
と彼は言ったが、何だかそのボールが収まったグラブをじっと見詰めていた。
その日の夕方。学校の帰りにスーパーに寄って晩御飯の買物をする。そしてバスに乗って自宅の集落まで戻る。
自分の集落にはまともなお店が無いので、千里が学校帰りに買物をしてくるというのが、この家でのパターンになっている。
ただいまを言って、母と一緒に晩御飯の支度をする。この日はおでんである。スーパーで買ってきた素材(厚揚げ・半ペン・竹輪・ゴボ天など)に、ご近所からお裾分けしてもらった大根を半分にやはりお裾分けしてもらったタコの足を1本分入れる。
父は沖合まで行く船に乗っているので、だいたい月曜日の早朝に船を出し、平日は海に出たままである。北海道の西沖合にある良質な漁場・武蔵堆の付近で主として操業している。帰港するのは金曜日だ。
母とふたりで材料を切って鍋に放り込み、IHヒーターのタイマーを1時間にセットする。父が居ないので、母と千里と玲羅の「女3人」だから、小さな鍋で充分である。父が居る時は大きな鍋を使用する。
「何かいい匂いがするね」
と漫画を読んでいる小2の玲羅が言う。
「1時間くらい煮込むよ。玲羅、宿題終わったの?」
「後でするよ」
「今しなさい」
「はーい」
そんなことを言いながら千里は近くにあったティッシュを取って鼻をかむと、そのティッシュをポイと居間の端にあるゴミ箱に向けて投げる。きれいに入る。
「お兄ちゃん、それいつも思うけど、外すことないよね」
と渋々赤いランドセルから宿題を取り出しながら玲羅が言う。
その赤いランドセルを見るだけで千里は心が痛む。ああ、自分も赤いランドセル欲しかったな。千里は近所のお兄ちゃんが使っていた青いランドセルのお下がりを使っている。でもまあ黒じゃなくて良かったよなという気もする。青いランドセルは女の子でも使う子がいる。
「ああ、私これ得意」
と言って、千里は近くにあったペーパータオルの汚れたのを丸めてゴミ箱に投げる。やはりきれいに入る。
「けっこう遠くからでも、ピタリと入るもんね」
「毎日練習してるからね」
「役に立たない才能ってやつ?」
「まあ、確かに何かに役立つことはないかもね。でも布団に入ったままゴミを捨てられるから便利だよ」
「ああ、確かに今の時期の朝は便利かも」
「ところで、お兄ちゃん、今着てるトレーナー、女の子っぽいね」
「うん。これは美輪子おばちゃんからもらった服」
と千里は答える。
「美輪子の服は派手なのが多いからね。私はとても着れないから。でも千里が着るというから、まあトレーナーだし、いいかなと思って」
と母が言う。
美輪子は母の妹で旭川に住んでいるが、母より12歳も年下で、まだ独身である。しばしば流行遅れの服などを送ってきてくれる。おとなしめの物は母が着ているが、派手な物やこれはさすがに30代の母には着られないという感じのものを千里がもらって着ているのである。
「そのジーンズも美輪子おばちゃんの?」
「そそ」
「美輪子はウェストが細すぎる。私にはとても入らない」
と母。
「お兄ちゃん、たまにスカートも穿いてるよね」
「ああ、あれも美輪子おばちゃんの。最近は男の子でもスカート穿いたりするよ」
と千里は開き直って言っておく。
「さて、おでんが出来上がるまでに洗濯でもしとこうかね」
と言って母は洗濯機の所に行ったが
「あ、洗剤切れてた!」
と声を上げる。
「あ、じゃ私買ってくるよ」
と千里が言い、防寒具を着込み、毛糸の帽子に手袋をして自転車に飛び乗る。雪道を自転車で走るのは、なかなか大変だ。ちょっと路面を見誤ると転倒するが、千里はこれには慣れているので、軽快に町まで走っていく。
ドラッグストアで母の好みのニュービーズを買い、リュックに入れて自転車に乗ろうとした時。
「やあ」
と声を掛ける人がいる。振り替えると、野球部の青沼君だった。
「あ、こんにちは、青沼さん」
と千里は笑顔で答える。
「あ、僕の名前知ってた?」
「ええ。だって女子の間では凄い人気ですよ」
「はは。それはありがたいけどね。君は千里ちゃんだったっけ? こないだそう呼ばれていたような気がした」
「はい。覚えていてくれてありがとうございます」
「何年生だっけ?」
「4年生です」
「なるほどねぇ」
と彼は頷いている。
「ね、千里ちゃん、ちょっと僕とキャッチボールしない?」
「今ですか?」
「うん」
それでドラッグストアの裏手の空地(当然雪が大量に積もっている)に行く。
青沼君がグラブをひとつ貸してくれたので、それを左手に填めた。
「行くよ」
と言って青沼君が結構なスピードボールを投げてくる。それを千里はグラブでキャッチする。
「何か結構重いんですね」
と言って千里はグラブからボールを取ると、大きく振りかぶって青沼君の方に投げる。ボールは弓なりの軌道を描き、ピタリと青沼君のグラブに収まる。
青沼君が何だかニコリとした。千里はその笑顔を見てドキッとする。
また青沼君が投げる。千里がキャッチする。千里が投げる。青沼君がキャッチする。このやりとりが10分くらい続いた。
「ありがとう。千里ちゃん、ソフトボールか何かするんだっけ?」
「しませーん。私、運動は苦手です」
「そう? だって、君の投げたボールは全部ストライクで僕のグラブに収まった。僕はグラブを全く動かさずにキャッチできたよ」
「えっと、何か変なことなんでしょうか?」
「変じゃない。凄い天才」
「えーーー!?」
「千里ちゃん、女子は野球はしないだろうから、ソフトボールやる時はピッチャーやらせてもらいなよ」
「えー? 私、三振ばかりだし」
「打てなくてもこれだけ投げられたらピッチャーとしてかなり上のレベルだと思うなあ。ウィンドミルできる?」
「何ですか?それ」
千里が全然知らないようなので、青沼君は、ソフトボールでピッチャーがボールを投げる時はこうするんだよ、と言ってウィンドミルのお手本を見せてくれた。
「何だか面白ーい! 風車(かざぐるま)みたい」
「そうそう。ウィンドミルって、風車(ふうしゃ)のことだから」
「へー!」
それで腕をぐるりと回して投げてみると、さすがにボールが変な方向に飛んで行く。
「きゃっ」
「最初はそんなもの。慣れたらすぐコントロールできるようになる」
それで青沼君は千里にウィンドミル投法を丁寧に教えてくれたのである。すると10回も投げる内に次第に自分の思っている方向に行くようになる。そしてもう30回くらい投げたかなという感じの頃には、青沼君の構えているグラブ付近にだいたい行くようになった。
「山なりに投げるのほど正確じゃないけど、やってればもっと精度は上がるよ。こんなに簡単にマスターしちゃうって、ほんとに天才的。5年生からはクラブ活動あるでしょ? ソフトボール部に入りなよ」
「そうだなあ。考えてみようかなあ」
「うん。じゃ、また遊ぼ」
「はい!」
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女の子たちのチョコレート大作戦(3)