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(C)Eriko Kawaguchi 2014-02-28
千里が小学4年生の3学期。
同級生の女の子たちは1月の中旬くらいから、バレンタインの件で騒ぎ始める。
「やはり心のこもったチョコレートをあげるんなら、ちゃんと手作りした方がいいのよ」
と、この手のイベントには異様に燃える蓮菜(れんな)が手作りチョコの本を広げている。
千里は彼女たちが近くで騒いでいるので、ついその本の写真も覗き込むような形になった。それに気付いた佳美が
「千里も近くに来て見るといいよ」
と言うので、微笑んで彼女たちのそばに寄る。
普通女の子たちは男の子を苗字で「○○君」と呼ぶのだが、千里だけは例外的に1年生の頃から名前の呼び捨て(あるいはちゃん付け)で呼ばれていた。千里も彼女たちを同様に名前の呼び捨て(又はちゃん付け)で呼ぶ。
「わあ、可愛い!」
と留実子が声をあげたのは、大きめのイチゴくらいのサイズで、ブルボンのセピアートみたいな感じで、上が渦巻き状になっている、カラフルなチョコである。表面には銀色のアラザンが散らしてある。
「でもさすがにここまで作り込むのは難しそう」
「私はトリュフ作ってみようかなあ」
「丸めるのも結構難しそう」
「石畳チョコも説得力あるよね」
「ああ。大人のチョコって感じだよね」
「ハート型のチョコとかも良くない?」
「それ誰にあげるの?」
「それが問題よ!」
「ね、ね、千里。男の子としては可愛いハート型と大人っぽい石畳とどちらがグッと来る?」
「うーん。ボク男の子の気持ちは良く分からない」
「そうか」
「これは千里に訊くのが無理があった気がする」
「でもハート型は気持ちがストレートに分かっていいかもよ」
と千里は言った。
「だよねー」
「よし、ハート型チョコに挑戦してみよう」
ちょっと集まって練習にいくつか作ってみようよという話になり、結局千里もそれに付き合うことになってしまった。翌20日土曜日の午後、授業が終わって一度帰宅しお昼を食べた後、みんなで待ち合わせて町に出る。
(2001年の時点で学校は第2・第4土曜が休日である。20日は第3土曜)
「千里は、誰かにあげたりしないの?」
「うーん。好きな人というか憧れている人はいるけど、ちょっと恥ずかしい」
「まあみんなそんなものだよね」
「作っている時に渡す所を想像するだけでも楽しいんだよ」
「実際はなかなか渡せないよね」
「去年も私結局全部自分で食べたよ」
「ちなみに、千里、その好きな人って、男の子?女の子?」
「え?男の子だけど、なんで?」
「ああ、やはりそうだよね」
と何だかみんな納得している。
100円ショップに行き、ハート型や星形の口金、アルミカップ、クッキングシート、アラザン、など小道具や付加的な素材を買い、ドラッグストアで植物性の生クリームと明治ミルクチョコにホワイトチョコを大量に買う。
「なんで板チョコ買うの?」
という質問をする子がいる。
「なんでって、手作りチョコの素材」
「え? 板チョコを素材にするの?」
「板チョコを素材にするのでなければ何を素材にする?」
「手作りというから、カカオ豆から作るのかと」
「そこからする人は滅多に居ないと思う」
「ってか、カカオ豆からチョコレート作るのは人間の手作業では無理」
「24時間撹拌し続けるとかの工程があるもんね」
「ひゃー」
「まあ製菓用チョコレートを買ってきてそれを使ってもよい」
「それ、どう違うの?」
「難易度が上がるらしいよ、姉ちゃんから聞いた話。うちの姉ちゃんも以前は製菓用チョコ使ってたけど、普通の板チョコにしてから、かえって美味しくなったと言ってた」
「まあ板チョコはそもそも美味しく味付けされてるからね。製菓用チョコならその部分を自分でやる必要がある」
「ああ、なるほどー」
みんなで手分けして板チョコを細かく刻む。
一方で生クリームを鍋に掛け、沸騰したところで刻んだ板チョコの上に掛け、素早く掻き混ぜる。この掻き混ぜるのが大変なので交替で頑張った。千里も「もしかしたら男の子かも知れないから腕力ないか?」と言われて、この掻き混ぜる係をしたが「他の女の子と変わらんな」「むしろ女の子としても非力な部類」と評価された。
「千里さ、お父さん漁師でしょ? 跡継ぎにとか言われない?」
「言われるけど、私には無理だよー」
「確かに無理っぽい」
「網の修理とかは今でも手伝ってるけど、網引くのとかは無理だし、そもそもボク船酔いするし」
「船酔いするのは漁師としては致命的だな」
「千里の腕力では、船の上ではむしろ邪魔になりそう」
「この腕の細さだもんね」
「私より細い」
「私より白い」
「千里、全体的に色白だよね」
「私、日焼けしない体質みたい」
「ああ、それは羨ましいかも」
だいたい掻き混ぜたかなというところでバットに流し込む。
「あ、バットにクッキングシードが敷いてない。誰か敷いて〜」
「バット?」
「そこの棚にある金属製の四角い容器!」
「あ、これね、OK、OK」
ひとりの子がさっとクッキングシートを引き出し、敷き詰める。そこに融けたガナッシュを流し込む。
「あとはこれが冷えるまで待てば生チョコのできあがりね」
「質問。ガナッシュと生チョコの違いは?」
「ガナッシュが固まったものが生チョコ」
「まあ、日本ではそんな感じね」
「生チョコは日本で生まれたお菓子だし」
「チョコと生クリームを混ぜたものが、フランスのガナッシュというお菓子と似ているから言葉を混用していると私は聞いた」
「ガナッシュというのは元々間抜けって意味らしい」
「パティシエの弟子が生クリームを間違ってチョコの中に放り込んでしまって、親方から間抜け!と叱られたけど、食べてみたら美味しかったというのでレシピとして定着したらしい」
「その手の話は食べ物の起源としてよくある」
「あられは煎餅の失敗作」
「カンテンはトコロテンが凍ってしまったもの」
「チーズは牛乳が熱い気候で革袋の中で変質したもの」
「バタークリームもババロアの中にうっかりバターを落としてしまったもの」
「だけどバットというと野球で使う棒の方をつい連想するよね」
「まあ b と v の違いだね。野球のバットは bat、器のバットは vat」
「棒と器って、何か想像しない?」
「ちょっと、ちょっと」
その手の話に興味津々のお年頃である。
「あれって器なのかなあ」
「まあ物を入れる所だよね」
と1人少しませた子が言う。
「え?何を入れるの?」
と全然そのあたりの知識の無い子が言う。
「気にしない!」
「だけど私、男の子のってあまりよく観察したことないや」
「まあ、弟とか居ないと、そうそう生では見ないよね」
「うちの弟はいつもぶらぶらさせて歩いてるから、いやでも見てる」
「うちはお父さんがお風呂あがり裸で歩き回ってるから結構見てる」
「うちは女ばかりだから全然見る機会が無いなあ」
「千里を解剖して観察してみる?」
などという過激な意見が出る。
「うーん。千里に付いているかどうか、やや疑問だ」
「千里、男の子だよね?」
「うーん。一応男の子かも」
「なんか自信が無い言い方だ」
1時間ほど冷やした所でだいたい固まったので、切り分けてみんなで試食する。おしゃべりはその間もひたすら続く。
「でもさ、千里ってホントに男の子なの?」
と突然、ひとりの子が言った。
「そうだけど」
と千里は答える。
何だか顔を見合わせている。
「私、女の子に見える?」
と千里は訊いてみる。
「見える」
「ってかあまり男の子に見えないよねー」
「だいたい、その長い髪だけで、女の子にしか見えない」
当時千里は肩に付くくらいの長い髪であった(これがその後エスカレートして小学校を卒業する頃は、胸くらいまでの長さにしていた)。
「千里、女の子に間違えられることない?」
「うーん。それはごく普通の出来事かな」
「やはり」
「うちのお風呂が壊れた時に銭湯に行って『小学生が混浴しては駄目』と注意されたことある」
「・・・・」
また何だか顔を見合わせている。
「それって、千里が女湯に入ろうとして、小学生男子は女湯に入れませんと言われたのかな? それとも千里が男湯に入ろうとして、小学生女子は男湯に入れませんと言われたのかな?」
「えー、私が女湯に入ったら痴漢だよ」
「じゃ、男湯で注意されたの?」
「うん」
「じゃ、注意されたからちゃんと女湯に行った?」
「まさか。おちんちん付いてるし、男湯にしか入れないよー」
「ほんとに、おちんちん付いてるんだっけ?」
「付いてるけど」
「あれ?千里、夏のキャンプ体験の時はお風呂、男子と一緒に入ったんだっけ?」
「もちろん」
「千里、女子の入浴時間帯に居なかったっけ?」
「まさか」
「あれぇ、私、夏のキャンプ体験の時、お風呂で千里とおしゃべりしたような記憶がある」
と恵香が言った。
「気のせいでは? でも恵香とは私がお風呂からあがってバンガローに戻る途中、ちょうどお風呂に行く所の恵香と会って立ち話というか、少し歩きながら話したかもよ」
北海道なので夏といっても夜は寒いのでテントではなくバンガローに泊まり込んだのだが、お風呂は1つしかないのを男女入れ替え式で使用したのである。
「あ、それで記憶が混乱しているのだろうか」
「おちんちん付いてるのに女湯に居たら大騒ぎになるよ」と千里。
「ほんとに付いてるんだっけ?」と恵香。
「付いてるよー」と千里。
「取っちゃう気は?」
と美那が訊く。
「ああ、最近取っちゃう人って多いみたいね」
と佳美も言う。
「そんなに多い? でもまあ取れるものなら取っちゃいたいかも」
と千里。
「だよねー」
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女の子たちのチョコレート大作戦(1)