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■女の子たちの二次試験(1)

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(C)Eriko Kawaguchi 2015-09-12
 
2009年1月13日、久しぶりに男の子の身体に戻っていた千里は唐突に声変わりが起きて男の子の声になってしまい、大いに戸惑う。受験シーズンをいいことに学校に出て行く頻度を下げ《ささやき声》で当面を乗り切りながら、留実子の姉の敏美さんや雨宮先生に教えてもらって自主的にボイトレをしていたが、なかなか『女の子の声』を見つけ出すことができなかった。
 
しかし2月1日、KARIONの大阪公演にピアノの代理伴奏者として出ていた千里は客席に貴司が女連れで来ているのを見て頭に血が上り、そのショックで(?)唐突に『女性の声』が出るようになり、その声で『優視線』の蘭子パートを歌って公演に協力することもできた。このあと今回のKARIONツアーでは毎回この曲は千里が歌うことになり、結果的にKARIONのライブCD, ライブDVDにも千里の声が残ることになる。
 
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公演の後、千里は共演者でやはり男の娘であり、千里同様に雨宮先生の「男の娘コレクション」の一人らしい、泰華さんに車で羽田まで送ってもらった。実際には車は泰華さんと千里が交代で運転したので、朝6時前には羽田に到着。千里は、羽田650(SKY)825旭川の便で帰還し、学校の授業は1時間目を欠席しただけで済んだ。もっとも出欠も取られていないので欠席も記録されなかったのだが!?
 

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千里はこの日の授業で当てられた時などは、これまで同様の《ささやき声》で答えた。この《ささやき声》もここ1ヶ月ほどかなり鍛えたおかげで結構な響きを持つようになっており、既に《ささやき》の範疇を超えつつあった。これはこれで、中性的な声に発展するかもという気もした。
 
しかしその日の放課後の《シューター教室》では、千里は2月1日に見付けた『新しい女声』で話した。正直、体育館のような広くて響く場所ではさすがに《ささやき声》では生徒さんたちにも聞き取りにくかったのである。
 
「あれ、千里さん、風邪治ったんですか?」
と結里から言われる。
 
「うん。この週末ひたすら寝ていたら、調子良くなったみたい」
と千里は答える。
 
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「でもまだふだんの声とは違いますね」
「あの声は可愛すぎたから、これでもいいのかもね」
「あ、確かにお姫様のような声ってよく思ってたけど、この声も優しいお姉さんのような声で素敵ですよ」
「結里ちゃんって、人を褒めるのがうまいね〜」
 

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この日智加たちと一緒に練習していたら、宇田先生から、先日の健康診断(?)の結果が来ているよと言われ診断表と、バスケット協会からの「確認書」を受け取った。
 
『村山千里(平成3年3月3日生)は確かに女性であり、女子バスケット選手として国内外の大会に出場可能であることを確認しました』
 
などと書かれている。私ってバスケット続ける限り、こういう書類を毎年もらうことになるんだろうなと千里は思った。その度に尿検査や血液検査などをされるのはまあいいとしても毎回内診までされるのはちょっと憂鬱だ。いったいそれまでに何人の医師に自分はヴァギナを見せ続けなければならないのだろう・・・・と考えてから、あれ〜?私バスケ辞めるんだったっけ?と思い直す。でも今私バッシュ履いてボールをドリブルしたりシュートしたりしてるし!?
 
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宇田先生はそんな千里の表情を見透かすように言う。
 
「男の僕がこんなこと言うのはセクハラかも知れないけど、診察の中にはあまり気の進まない検査項目もあるかも知れない。でも定期的に検査受けていることで君は何か病気があったら、すぐ発見してもらえると思うんだ。しかも検診はタダだし。それはありがたいことかも知れないよ」
 
「そうですね。私、それで長生きすることになるかも」
「うん。君は長生きだと思うよ。100歳まで生きるかもね」
「そうだなあ。100歳でどこかの高校生チームを率いてインターハイで優勝したりしたら、新聞に載るでしょうね」
「80年後にはさすがに新聞は無いかも」
「あ、そうかも! でも一度先生とインターハイ頂上決戦・師弟対決なんて、やってみたいですね」
「それは楽しみだけど、僕は120歳まで生きる自信は無いなあ」
 
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シューター教室を終えて帰宅するとこの日は美輪子が先に帰っていた。
 
「ただいまあ」
「お帰り。東京大阪往復、お疲れ様」
 
などと声を交わしたのだが
 
「千里、また声が変わった?」
と言われる。
 
千里はここ半月ほど美輪子とは主として《ささやき声》を使い、疲れると身内の気安さで、声変わりしてしまった男声も使って話していた。美輪子は「まるで男と話しているみたい」などと言いながらも、千里を優しく見守ってくれていたし、千里も安心して無警戒に男の子みたいな声をさらしていた。
 
「この声を見付けた」
と千里は笑顔で言う。
 
「良かったね!これでまた女の子になれたね」
「うん。声の問題って凄く大きい。日本人って寛容だから、女の格好している人が男の声で話していても、まあ女に準じる人として扱ってはくれるけどどうしても身構えられるんだよね。だけど女の声で話していると、多少外見に破綻があっても、相手は最初から性別に疑惑を抱かないんだ。性別判定で声って物凄く大きな要素なんだよ」
 
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「多分性別判定の基準は、1.雰囲気、2.背の高さ、3.声、かな。服装とか髪の長さとかは、そういうのからはかなり重要度が落ちると思う」
 
「だよねー。ということで取り敢えず家の中ではこっち使うね」
と言って千里は男声に切り替えて言う。
 
「なんで〜?」
「まだ新しい女声の出し方に慣れてないから、最初はあまり無理するなと先輩の男の娘さんから言われた。だからさっきの女声はとりあえず性別に疑惑をもたれたくない場で使って、おうちではこちらを使う。ごめんねー」
 
「ううん。たとえ男の声であっても千里は女の子だよ」
と美輪子は笑顔で言う。
 
「そのことばを貴司からも聞きたかったなあ」
「貴司君はノーマルな男の子なんだから仕方ないよ」
「そうだねー」
「大阪まで行って貴司君には会わなかったの?」
 
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「バレンタインのチョコを部屋のドアノブに掛けてきただけ」
「ふーん」
「まあ爆弾投下かな」
 
「ああ、何となく分かる」
「うふふふふ」
と千里は悪女っぽく笑う。
 
「今すぐは私、貴司の恋人になってあげられないけど、だからと言って他の子と深い仲になるのは許さない」
 
「まあ頑張りなさい」
「うん。叔母ちゃんも賢二さんと結婚しちゃいなよ」
「うーん。。。。私たちも迷走してるなあ」
 
と美輪子は悩むような顔をした。
 

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その後、千里が大阪の例のショップでお土産用に買って来た6個入りのトリュフを、お茶を入れて食べたが
 
「美味しい〜!」
と千里も美輪子も言った。
 
「さすが1個300円だなあ」
「きゃー。これ300円もするの?」
「これ1個でガーナチョコが3個買えるね」
 
その時、家電に電話が掛かってくる。千里が出て女声で
「はい、奥沼です」
と言ったのだが、どうも向こうは不動産の勧誘っぽい。すると千里は男声に切り替えて
 
「うち要らないから。切るよ」
と言って電話を切った。
 
「おお、凄い凄い」
と言って美輪子が拍手をしてくれたので千里はVサインを出した。
 

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その週は朝と放課後のシューター教室をし、学校の授業は受験科目のみを受講していた。千里の受験科目は、C大学の二次試験が数学と英語、□□大学の一次試験は数学・物理・化学・英語である。
 
また自宅では夕食の間、30分間だけ美輪子と女声で会話し、その後は男声で会話していたが「男と女で声が変わると、物凄い落差がある」と言っていた。まあ、そうだろうね〜。
 
2月7日は札幌でKARIONの公演に出た。
 
この日から蘭子はフルタイムで入った。何でもローズ+リリーの契約が白紙になったことで、プロダクションの連盟の会議で、ローズ+リリーはフリーのアーティストだから、どこの事務所も自由に獲得を目指してよい、という指針が決められたらしい。その交渉解禁日が2月2日だったので、当日は冬子と政子の自宅に合計80社ものプロダクションのスカウトが詰めかけたらしい。
 
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「きゃー。整理券配らなくちゃ」
と美空が言うが
「うん。整理券配った」
と蘭子(冬子)は本当に言っている。
 
「とにかく一晩掛けて全ての事務所とお話をして、80社の内65社にはお断りの手紙を手書きして発送した。いや大変だった」
 
「印刷じゃなくて手書きした訳?」
と和泉が驚いて言う。
 
「だってどこの事務所とも、今後あれこれ共同作業することあるかも知れないじゃん。それなのに印刷では失礼だよ。文面も全部違う文章を書いたよ」
 
「冬はマジメすぎる」
と和泉。
 
「私なら連絡しなかった所は全てお断りですと宣言だけするな」
と小風。
 
「宛名書きと投函は、うちの姉にやってもらった」
「お姉さんもお疲れ様でしただな」
「政子には署名だけさせた」
「署名だけでも65通は大変そう」
 
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「残りの15社とは交渉するわけ?」
「交渉するつもりは無い。現時点で断る理由を見付けられなかっただけ」
「だよねー」
 
「ちなみにその15社に、ここ(KARIONの事務所・∴∴ミュージック)、丸花さんとこ(○○プロ)、△△社、∞∞プロ、§§プロ、ζζプロとかは入ってないから」
 
「そのあたりこそ本命でしょ?」
「ζζプロは私の先輩が在籍しててさ。私とは競争したいからうちには来るなと言っているんだよ。§§プロは夏風ロビン騒動でそれどころではないみたい。$$アーツはAYA, &&エージェンシーはXANFUS, ここはKARION, ∞∞プロは大西典香と、似たような年代の女性歌手がいて競合するからNG」
 
と冬子が言うと畠山さんは
「ローズ+リリーのプロジェクトは子会社に分離してもいいけど」
などと言っている。冬子は畠山さんに一礼だけする。
 
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「でも§§プロはそもそも女の子専門でしょ?いいの?」
「男の娘のタレントを売り出す場合、過去の多くの事務所は性別が曖昧なことを魅力として売り出す戦略を採るケースが多かった。でもそれは間違っていると紅川さんは言うんだよね」
 
「へー」
「外見が男っぽい子はまあ仕方ない。それと声の問題も大きいんだよね。男の声しか出ない子、性別の曖昧な声しか出ない子の場合も、やはりニューハーフ・タレントとして売るしか選択肢が無いと思うんだけど、私みたいにちゃんと女声が出る子の場合は、最初から女の子タレントとして売った方がいいと言うんだ」
 
「ほほお」
「ファンの大半が性別問題をうっかり忘れてしまうくらい、ふつうに女の子として売る。それでもキャラ自体が魅力的なら売れると言うんだよね」
 
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「それは言えるかも」
 
千里はそういう冬子たちの会話を聞いていて、確かに声の問題って本当に大きいんだろうなと改めて思った。
 

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この日は冬子はほとんどの曲を自分で歌唱した。実際にはトラベリングベルズと並ぶように、冬子専用のキーボード(YAMAHA MM8 - 冬子の私物らしい)を置いて、その前で伴奏者のような顔をして、実際にはキーボードはほとんど弾かずに歌を歌っていたのである。ヴェネツィアン・マスクで顔を隠していることで、このような大胆な演奏が可能になった。実際のキーボードは千里が弾いていたのだが、『優視線』だけは、冬子がグランドピアノに行って超絶演奏をし、代わりに千里が歌を歌った。コーラス隊のアユは本来のコーラスパートを歌った(先週の公演ではそれを省いていた)。
 
今回のツアーはこのあと全部このパターンになった。
 
冬子は今回のツアーではヴェネツィアン・マスクで顔だけ隠していたが、その後のツアーでは、この「隠れて演奏する」というのは、エスカレートして、ホリゾント幕の後ろで演奏したり、スターウォールのダークベイダーのコスプレをしたり、更には舞台セットの樹木の中に隠れたり、などということをしていた。その「隠れて演奏」というのは、2013年まで5年間も続くことになる。それは実はマリが精神的に回復するのを待つための時間であった。冬子がKARIONもしていることを政子が知った場合、引退と復帰の間でずっと心を揺らしていた政子が自分はやはり不要なのではないかと思ってしまうのを恐れていたのである。
 
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