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翌日2月8日は福島であったので、その日は札幌に泊まり、翌朝新千歳830-950福島の飛行機で移動した。千里は飛行機で泰華と並んで座った。
「そういえば泰華さんは下の名前は本名?」
と千里は彼女に訊いた。彼女はちゃんと TAIKA NAGAO 20(F)という搭乗券を持っている。
「私ね、本名は虎雄なのよ」
「それはまた雄々しい名前ですね」
「苗字が長尾だし、上杉謙信のイメージであのくらいたくましい男に育って欲しいという願いを込めて付けたらしい」
「ああ」
「私も親不孝だとは思うんだけどね」
「でも上杉謙信って女性説もありますよ」
「ね?」
と彼女。そのことは結構意識しているようである。
「それで虎からタイガーになって、タイカになったんだよ」
「へー!」
「小学校の時の友だちが考えてくれた。何となく女の子名前みたいだから、それで定着していて。泰華という漢字は高校生の頃に決めた」
「なるほどー」
「私、いつ性転換手術受けられるか分からないしさ。取り敢えず名前だけでも改名しちゃおうかとも思っているのよね」
「虎雄で女性の姿していたら、本人確認でトラブらない?」
「うん。たまに揉める」
「千里ちゃんは本名?」
「そう。私の名前、もともと男女どちらでも行けるんだよね」
「確かに」
「千里を駆ける馬のようにたくましく育って欲しいということだったらしいけど」
「なるほどー」
「私も親不孝してるけど、仕方ないと思ってる。自分に嘘ついては生きていけないもん」
「だよねー」
千里の搭乗券は CHISATO MURAYAMA 17(F)である。
「あれ?17歳だっけ?」
「うん。私誕生日は3月だから」
「車の免許って16歳からだったっけ?」
「原付とかは16歳で取れるけど車は18歳からだと思うけど」
「あんた、まさか無免許?」
「ごめんなさーい」
「呆れた。しかし運転上手かった」
「まだまだ不慣れなんだけどねー」
「そりゃ慣れるほど運転していたら、絶対その内捕まるよ」
「あはは。誕生日過ぎたらすぐ免許取りに行く」
「それまでに逮捕されなきゃいいね」
「えへへ」
「でもMTFさんが自分の女の子名前を考える場合もいくつかのパターンがあるみたいね」
「うんうん」
「まず初心者にありがちなのは、すっごく可愛い名前つけるケース。アリスとかローラとか」
「ああ。横文字名前の人っているね」
「自分の好きな漫画や小説の登場人物の名前を借りるのも多い」
「まあアリスとかもその例かもね」
「それから本名を少し変形するパターン」
「止め字を変える人も多いよね」
「そうそう。芳雄から芳子や芳美に、貴弘から貴子や貴絵に」
「取っちゃう人もいるし」
「うん。春男から春(はる)へ。幸一から幸(みゆき)へ」
「『男』を外すのは男の部分を取っちゃう、『一』を外すのは棒を取っちゃうんだって」
「うんうん。それ他の男の娘さんとも話したことある」
「逆に明(あきら)から明子みたいなパターンは『子』を付けるから子宮を付けるんだと言ってた」
「私子宮欲しい〜」
「卵巣もね」
「そうそう」
「だけど生理は憂鬱みたいよ」
「そのくらい我慢する」
その日は少し時間があったので、千里がヴァイオリンも「一応弾く」というと彼女は千里の演奏を見てくれた。
「下手ね」
と彼女は言う。
「すみませーん」
「だけど千里ちゃん、音感はいいみたい。ひとつの弦を弾いている限り、音程の狂いは0.2Hzも無い。こんなに正確に弾ける人はプロでもかなり上のクラス」
「でも移弦すると破綻するんです」
「そうそう。それが大問題」
「なかなかそれが改善されないんですよね」
「でもそれって基本的には練習不足だと思うなあ」
「よく言われます」
「あんたのピアノもフィーリングプレイだもんね」
「勝手に作曲するなと叱られることあります」
「和音が正しいから伴奏としては全く問題が無いんだよ。時には譜面よりかえってそちらの方がいいんじゃないかと思うこともある」
「でもプロ演奏者としては失格なんでしょうけどね。今回は雨宮先生から強引に押しつけられたので」
「いや、正確じゃ無いといえば黒木さんのサックスなんて最初からほとんど譜面無視してるし」
「しっ。声が大きいですよ」
ふたりは、くすくすと笑った。
この日は新幹線で東京に移動して1泊し、翌朝の羽田からの飛行機で帰還した。先週と同じパターンで、1時間目だけを欠席する。朝のシューター教室にも顔を出さなかったものの、結里やソフィアが花夜には色々指導してくれていたようである。
この日、センター試験の結果によるC大学の第1次選抜(いわゆる足切り)の結果が発表された。千里は取り敢えずパスしていた。
また、この日から3日間、バスケットの全道新人大会が行われたが、会場として旭川地区の高校が使用された。女子の1回戦・2回戦はN高校とL女子高の体育館が会場となり、1つの時間帯に4試合ずつ実施される。千里たちは一応引退している身でもあり受験生なので基本的にはタッチしていないのだが、それでも偶然遭遇したバスケ関係者とは挨拶して立ち話などもした。
札幌P高校の高田コーチにも遭遇した。
「村山、行き先は決まった?」
「まだです。国立の入試は2月25日です」
「あれ? なんか声が変わった?」
「声変わりしたみたい」
「なるほどー。君の場合は少女の声から女性の声に変わったんだ」
などと高田さんは笑顔で言っている。
「国立受けるんだ?でも国立も推薦は12月に終わったんじゃなかったっけ?」
「私、一般入試受けるので」
「なんで? お前を欲しがってる大学は山ほどあるだろ? どこも事実上無試験で通してくれるぞ」
「面倒な世間の義理で一般入試を選択せざるを得なかったんですよ」
「ふーん。まあ一般入試でもし落ちたら、そちらからもルートあるだろうけど、適当な行き先見付からなかったら俺にも声を掛けてくれたら、どこか有力校に押し込んでやるから」
「すみませーん」
と言ってから千里は玲央美のことが心配になり尋ねる。
「佐藤さんはどこに行くんですか?」
「ああ、お前もあいつの動向は気になるよな。実はあいつまだ行き先を決めてないんだよ」
「え〜〜!?」
「推薦入試の書類渡していたのに、出さなかった」
「うーん・・・結局大学に行くんですか?」
「あいつが行きたいと言ったら、今からでも何とかしてくれる所はあると思うんだけどなあ」
「じゃWリーグ?」
「欲しがってる球団はある。でもそれにも消極的みたいで」
「何があったんですか?」
「あいつウィンターカップで燃え尽きてしまったと言っているんだよ」
千里は心配が的中したことを憂えた。
「あ、そうそう。佐藤にしても、お前にしても予定通りU19世界選手権の代表に招集するつもりだから、公式に代表を発表する6月まで受験の合間にも身体鍛えておけよ」
「私こそウィンターカップで燃え尽きてしまって、もう高校でバスケやめようかと思っていたのですが」
「あ、それは世間が許さん。佐藤もだけどな」
と高田コーチは笑いながら言った。
「ふたりとも縄付けてでもU19代表の合宿に引っ張っていくから覚悟しとけ」
「ひぇーっ」
今回の新人戦道大会に旭川N高校の男子は出場していない。それで女子たちが唆して、昭ちゃんを女子チームのマネージャーとしてベンチに座らせた。例によって水巻君たちが渋い顔をしていたが、先生たちは男子の中心選手である昭子に強いチームとの試合をベンチで体験させるのも良いかと考えたようである。
しかし昭子は完璧に女子マネとしてハマってしまう。普段の男子の試合でもよく女子マネと間違われて色々伝達されたり用事を頼まれたりしているので今回の大会でもマネージャーの仕事をとってもしっかりやりとげた。
なお試合の方は、N高校女子は初戦は警戒して全力で行ったこともあり函館の高校にクアドゥルプル・スコアで大勝、2回戦は北広島市の高校にまた大差で勝ち、準々決勝は札幌G高校に12点差勝ち、準決勝は同じく札幌のD学園と当たった。準々決勝で旭川M高校を倒して上がってきたのだが、須和・熊谷という強力な攻撃陣は手強かった。しかしこちらも絵津子・不二子・ソフィアの新鋭トリオがフル回転で、紅鹿も途中交代で出た耶麻都も頑張ってリバウンドを取り、何とか6点差で逃げ切った。
なお、絵津子はこの週末だけこちらに戻って来ている。
そして決勝は札幌P高校である。準決勝で旭川L女子高を倒して勝ち上がってきた。
どちらも午前中の準決勝が激しい戦いだったので疲れているが、気合いで頑張る。結果、非常に厳しい戦い(観戦している人に言わせれば「好ゲーム」あるいは「熱戦」)となった。向こうは先日の「北海道氷雪杯」(J学園・F女子高迎撃戦)でこちらに負けているので、2度続けて負けてなるものかと渡辺や猪瀬が最初から全力投球である。さすがに途中でへばったものの、彼女らが休んでいる間に並木や工藤たちが何とかN高校の猛反撃を凌ぎきる。そして第4ピリオドは双方とももう試合が終わったら倒れてもいいくらいの感じで激しい攻防が行われ、最後は伊香のスリーがブザービーターで飛び込んでP高校が1点差で辛勝した。
試合後、ほんとにみんな床に倒れていて整列を促されても「ちょっと待って」と言う子が大量に居た。
この新人戦の決勝戦が行われていた2月11日(祝)は、千里はKARION名古屋公演に出た。
朝の内に札幌に移動して新千歳からセントレアに飛ぶ。旭川→中部は1515-1715なので公演に間に合わないので新千歳を使ったのである。この日も先日の札幌・福島公演と同様の進行で演奏し、終了後はまた例によって東京に移動して1泊。翌12日朝1番の便で旭川に帰還した。
14日(土)は岡山公演である。ここは旭川からはとっても行きにくい場所である。一応事務所側からは
(行き)旭川905-1050羽田1320-1440岡山
(帰り)岡山715-825羽田1035-1215旭川
という案が提示されていた。岡山公演が終わった後新幹線に飛び乗っても大阪までしか到達することができないので、羽田の朝一番の便(6:50)には乗られないのである。
千里は行きはそれで行くことにし、帰りはこういうルートにすることにした。
岡山2233(サンライズ瀬戸)708東京 羽田1035-1215旭川
到着時刻は同じなのだが、寝台列車の中でたくさん勉強ができるのがいい所である。費用もホテル代が要らない分安くなる。また飛行機を使うとどうしても「何もできない時間」が多く発生するので寝台のほうが助かる。ちなみに、岡山から旭川に最も早く帰る連絡はこれである。
岡山2215-2339小倉 北九州空港530-655羽田730-910旭川
体力を使う割に費用も掛かるので使わないがこんなルートもあると言ってチケットの手配をしてくれる望月さんに教えてあげたら
「北海道に帰るのにいったん九州に行くなんて発想はありませんでした!」
と驚いていた。
「北九州空港からの朝5:30のスターフライヤーって、旅行マニアの間ではわりと有名なんですよ」
「すごーい」
「旭川から山形に行くのに羽田を経由するなんてのも、よくやりますし」
「え〜〜!?」
「取り敢えず今回の帰りはサンライズでお願いします」
「了解でーす」