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■女の子たちの宴の後(8)

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1月13日。成人の日明けの火曜日。
 
千里は朝起きた時、何か喉の調子がおかしい気がした。どうしたのかなあ、風邪でも引きかけているのかな、などと思いながら、うがいをした後、のど飴を舐めながら、朝御飯を作る。
 
やがて美輪子が起きてくるので
「おばちゃん、おはよう」
 
と言ったのだが・・・・
 
「千里、その声、どうしたの?」
と美輪子が言う。
 
「私、あれ? なんか声が変だ」
「うん。まるで男みたいな声じゃん」
 
「ほんとにこれ男の子みたいな声だね」
と言って千里は焦る。なんでこんな声が出るの〜?
 
美輪子は少し考えるようにしてから言った。
 
「あんた、まさか声変わりした?」
「え〜〜〜〜!?」
 

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その日、補習に出て行った千里は他の子から
「おはよう」
と言われても、会釈だけして声では答えなかった。
 
「どうかしたの?」
「風邪気味かも」
と千里は無声音を使って答えた。
 
無声音は響きが無い分、声の性別をごまかしやすい。今まともに自分の声を他人には聞かせられない、と千里は思った。
 
「ああ。体調崩しやすいよね。でも今週末はもうセンター試験だよ。気をつけなきゃ」
「うん、ありがとう」
 

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その日、1時間目の補習が終わった後、千里は職員室に宇田先生の所に呼ばれた。
 
「村山君、ご苦労様だけど、また健康診断に行ってきてくれないかな。バスケ協会の方から、診断を受けてくれないかと言われていて」
 
ああ。要するに私の性別の経過観察なんだろうなと千里は思った。千里の性別に関しては、最初に1年生の11月に検査されて、この時、千里はまだ男性器があったはずなのに、なぜか肉体的に女性という判定が出て、それで女子チームに移動されることになった。
 
その後、2年生の7月・インターハイの直前に1度、インターハイの後で8月にも1度、3年生の7月・インターハイの直前に1度、そして12月にウィンターカップの直前にも1度検診を受けさせられ、毎回MRIを取られ、内診までされている。その他、数ヶ月に1度、札幌の病院に行って簡単な経過観察もされている。
 
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恐らくは今回ウィンターカップで準優勝、BEST5、スリーポイント女王という成績を収めたので、念のため身体が男性化していないか確認しようというのであろう。
 
「先生すみません。今日私風邪気味なので、来週くらいという訳にはいかないでしょうか?」
と千里は例によって無声音で先生に言う。
 
「おや?声も変だね。うーん。でもこの検査は実は抜き打ちですることが大切らしいんだよ。ホルモンの量のチェックもするみたいだからさ。それで風邪引いているなら、それ先方に言うから。それで風邪によって血液中の様々な成分か少し変動していても、ドーピングとかではないと判断してもらうことにする。葛根湯とか飲んだ?」
 
「いえ、風邪薬は飲んでないです」
「じゃ申し訳ないけど、そのまま病院に行ってよ。風邪がこじれないように、充分暖かい部屋で検査してもらうようにするから」
 
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「分かりました」
 

とは言って学校を出たものの、千里は大いにパニックである。今のこの身体を見られたら、まさに大騒動になってしまう。マジで全世界に報道されちゃうよ。
 
それで千里は「正確に」出羽の方向を向いて、美鳳さんを捉えると、お願いする。
 
「済みません、美鳳さん。緊急事態なんです。数時間でいいので女の身体に戻してもらえませんか?」
 
「うーん。確かに今千里が男だとバレちゃったらやばいだろうね」
「私が世界に恥をさらすだけでは済まなくて、たぶん引責辞任に追い込まれる人があちこちに大量に出ます」
 
「だろうね。じゃこれで始末して」
と言って、美鳳さんは千里にナタを渡した。
 
「あのぉ、これでどうしろと?」
「うん。それで切り落とせばいいんじゃない?」
 
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「切り落とすだけじゃ女の形になりませんよ!」
「冗談冗談。4時間くらいでいい?」
「はい。それだけあれば何とかなると思います」
 
「上手い具合にさ、大学2年の時に4時間ほど男の身体に戻したいタイミングがあるんだよね」
「へー」
 
「あんたがsub-qのプチ豊胸を受ける時だよ」
「あぁ・・・」
 
「その時は、まだそんなに胸が大きくない時の身体を使わないといけないからさ。だからそこの4時間と交換するから」
 
「済みません。よろしくお願いします」
「今、9:40か。じゃ10時から14時までの時間だけ女の子になるから」
「ありがとうございます!」
 

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それで千里は安心してバスに乗って病院に行く。受付でバスケ協会から指定された検診であることを告げると、取り敢えずおしっこを取ってきてと言われて紙コップを渡された。
 
今9:57だ。それで千里は紙コップを持って女子トイレの個室に入り、時計が10時を示すのを待った。
 
身体の感覚が変わる!
 
おそるおそるパンティを下げてみる。
 
やった!
 
おちんちん、無くなってる!嬉しい!!!
 
それで千里は楽しい気分になっておしっこを取る。おしっこを出す時の感覚がおちんちんがあるのと無いのとでは全然違う。やはりこれだよ。この感覚でないと変だよね。男の子って面倒くさい出し方をしてるよな、などと千里は思った。
 
紙コップをトイレの端の棚に置いて外に出る。
 
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その後、血液を採られ、MRI室に行かされてMRI撮影をされた。どうも腰の付近をしっかり撮影しているような雰囲気だ。むろんタックなどしていてもMRIで見えてしまうし、睾丸を体内に埋め込んで外見だけ女のようにしていたとしても、埋め込まれた睾丸がMRIで発見されてしまう。
 
MRIを撮るのは、ひとつには睾丸が存在しないことを確認すること、もうひとつは子宮や卵巣が無いことを確認することである。子宮や卵巣があったら、それは千里本人ではなく、別の女子が身代わり受診していることを疑われる。
 
1時間ほどその手の検査を受けてから診察室に入った。
 

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「あなた、性転換手術済みの女子高生なんだって?」
と先生が尋ねる。
 
しばしば先生が検査の目的を誤解していることもあるのだが、今回はちゃんと把握されているようだ。
 
「はい、そうです」
と千里はわざと声変わりした声で答えた。でもやだなー、この声。
 
「ああ、声が男の子だね」
「憂鬱なんですけどね」
「その声を聞かなかったら、誰か他の女の子が身代わり受診に来たんじゃないかと思いたくなるくらい、あなたは女らしいですよ」
 
「女らしいと言ってもらえるのは嬉しいです」
 
「血液検査とかしても、ホルモン値はちゃんと女性の正常値になってますね」
「そうですね。ちゃんと女性ホルモン剤を飲んでいますから」
「ホルモン剤の調達はどうしているんですか?」
「札幌の**病院の**先生に年に3回診てもらって、その時処方箋を頂くので、それで購入しています」
 
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「なるほどね。ちょっと内診させてもらっていい」
「はい。それも憂鬱ですけど、どうぞ」
「まあ恥ずかしいよね。これ、自分が検査される時もけっこう憂鬱なのよ」
と先生は言っている。
 

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それで千里がパンティを脱いで内診台に乗ると、下半身が持ち上げられて股は大きく開かれてしまう。ほんっとにこれ恥ずかしいなあ。
 
「クスコ入れていいですか?」
「はい、どうぞ」
 
それで先生は中にクスコを入れて観察している。
 
「これ凄くよくできてますね。まるで本物みたい」
「よく言われます」
「これS字結腸法?」
「私も詳しい術式はよく分からないんですけど」
「ああ、いいですよ」
 
この頃、千里はこのヴァギナって実は本当に『本物』なのでは、という疑いを持っていた。どうもそのあたりの話は《いんちゃん》や《びゃくちゃん》たちも誰か(誰だ?)に口止めされているようで、正直に話してくれないのである。
 
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先生は千里を内診台に乗せたままMRI写真も確認している。
 
「MRI写真を見ないと、これが人工的に作られた女性器というのが信じられない感じ。MRI写真見ると、子宮・卵巣は無いし、前立腺はあるし」
 
「そうですね。前立腺なんて無くてもいいのに」
「除去する必要もないからそのままにするんだけどね。それに前立腺があると男の人とセックスした時に、相手のペニスで前立腺が刺激されて気持ちよくなれるのよ」
 
「へー。前立腺で気持ち良くなるんですか?」
「そうそう。前立腺って女性のGスポットと同じものだから」
「そうだったんですか!」
 

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先生は千里を内診台から降ろした後も、いろいろ女性器に関してトラブルが起きてないか、炎症が起きたり排尿で痛むようなことはないか、また人工的に作られたクリトリスは性的な快感があるか、などといったことを尋ねた。
 
「あなたその女性器で男性とセックス経験した?」
「はい。彼氏に入れてもらいました」
「どのくらいセックスしてます?」
 
「彼が今大阪なんですよ。遠距離恋愛になっちゃっているので、なかなかできないんですけど、最近は11月にしました」
「気持ちいいですか?」
「はい、とても気持ちいいです」
「そう。それは良かった」
 
と言って先生は微笑む。
 
「ダイレーションはちゃんとしてますか?」
「はい。してます。普段は留め置き式のを入れているのですが、それ以外でも週に1度数時間掛けてきちんと小さいのから大きいのまで入れて拡張作業しています」
 
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「留め置き式のって今持ってます?」
「はい」
 
と言って千里はバッグから出して見せる。
 
「これ微妙なカーブが付いてるね」
「オーダーメイドなんですよ。私の身体に合わせて作ってもらったんです」
「へー、凄い。そういうことしている所があるんだ」
 

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実際の性別検査はそのあたりで実質終了したようで、その後はいろいろ日常的な生活面での問題、交友関係でトラブルが起きてないかなどを先生は尋ね、千里もその質問に答えていった。
 
「あなた女の子として凄くよく適応しているみたいね」
「私、そもそも自分が男だなんて思ったこと、生まれてこの方、一度も無かったから」
「ああ、そうなんだろうね」
 
結局先生との、半ばセッション、半ばおしゃべりのような会話を30分ほどして、この日の診察は終了した。千里が病院を出たのは13時すぎであった。
 
けっこう危ないなあと思いながらバスに乗って学校に戻る。そして学校に戻った頃、千里はまた身体の感触が変わるのを感じた。
 
う・・・。
 
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トイレに入って確認する。
 
やだぁ! またお股に要らないものが付いちゃってるよ。
 
そんなことを思ったら《すーちゃん》が
『千里、ナタ要る?』
などと訊く。
 
『あまり唆さないで。我慢できなくなって、ほんとにナタで切り落としたくなるかもだよ』
と千里は答えた。
 

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千里はその後、午後の補習を受けていたのだが、補習を7時間目まで終えて、ああ疲れた、疲れたと思っていたら、蓮菜と鮎奈が
 
「千里、ちょっと」
と言って千里を教室の外に連れ出す。
 
「ね、他の子には言わないからさ。教えてよ」
と蓮菜が言う。
 
「何?」
と千里は無声音で答えた。
 
「まさかとは思うけど、もしかして千里、声変わりした?」
 
千里はどっと疲れが出るような気分だった。苦笑いしてから、さっき病院の先生との会話で使った男声で答えた。
 
「うん、とうとう私声変わりしちゃったみたい」
 
「嘘!?」
「ほんとに男の子の声みたい」
 
「千里、女の子の声は出ないの?」
「何とか頑張って出せるように練習するよ」
「うん、それがいい」
 
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「それまでは当面、風邪気味ということで誤魔化しておこうかな」
「だけどなんで今更声変わりなんてくるんだろう? 千里睾丸を取ったのって小学生の時だよね?」
 
「小学生の時ではないけど、まあ随分前だよ。でも中世ヨーロッパではカストラートになるのに去勢した人が、去勢後に声変わりが来ちゃう例ってあったらしいから。私のもそれと似たケースじゃないかなあ」
 
「うーん。遅れて男性ホルモンが効いてくるのか」
「というより、たぶん私が去勢するより前に変声は始まっていたんだと思う。それが女性ホルモンの影響で、ものすごく遅い進行になっていたんじゃないかな。それが長い時間かけて、とうとう明確に分かるような声変わりになっちゃったんだよ、たぶん」
 
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「ああ、それなら考えられるかも」
「私、頑張ってまた女の子の声が出せるように練習するけど、しばらくの間は適当に誤魔化すしかないかなという気がする」
 
「うーん。頑張ってね」
 

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その日千里は貴司にメールをした。
 
《私、とうとう声変わりが来ちゃった。貴司の恋人の座を降りる時が来てしまったみたい》
 
貴司は驚いたようで電話を掛けてきたが千里は取らなかった。再度メールを送信する。
 
《お願い。武士の情けでまるで男みたいになってしまった私の声は聞かないで》
 
メールを送信した後、千里は涙があふれてきて、停まらなかった。
 
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女の子たちの宴の後(8)

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