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「だけど、食欲が無くなるくらい悩んでいるんだったら千里占ってあげたら?」
「占いができるの?」
「この子、巫女さんなんですよ」
「へー。じゃ、占ってもらえません。見料払いますから」
「いいですよ。じゃ高校生割引の1000円で」
と言って千里はバッグの中から筮竹を取り出した。
「そんなのいつも持ち歩いているんですか?」
「私、その日に必要になるものが分かるんですよ」
「すごーい」
略筮で卦を立てる。
「艮為山(ごんいさん)の3爻変」
と言って千里は厳しい顔をする。
「純卦(じゅんか:上下の八卦が等しいもの)は厳しいて言ってましたね?」
とソフィアが言う。
「そうそう。バンカーに入ったみたいに脱出口が無いのが純卦なんだよ。これ解決にはかなり時間が掛かると思う」
「そうかぁ」
と政子は悩むように言う。
「艮はその背にありて、その身を獲えず。生きてその庭にその人を見ず。咎無し。山ってのは越えるべきものを表すんですよ。今は何かが悪い訳ではないけど、今のままでは何も解決しない。自ら山を登って峠を越えなければならない」
「課題があるということですね」
「爻辞は其の限(こし=腰)に艮(とど)む。其のイン(背)を裂く。氏i=厳)きこと心を薫ぶ。変爻が3番目に出ていて、ここはちょうど人間で言うと腰の付近なんです。一般に変爻の位置は解決までに掛かる時間を表すんですよね。まだ解決には3−4年掛かるということ」
「そんなに掛かるんだ!」
「無理に解決させようとすれば、半身を裂かれるようなことになる」
「あ、それ何となく分かります」
と政子が言ったので千里は特にコメントしなかったが、ここで背を裂かれるというのはケイと無理矢理引き裂かれるという意味だろうなと思った。
「今は苦しさで心が燻製にでもされるかのような状態。悪い状態なんだから、そのこと自体では悩んでも仕方ない」
「開き直れということかな」
「ある意味そうだと思いますよ。之卦が山地剥だからまだ何か失うものがある」
「うーん」
「ただね」
「はい」
「これ凄く深い意味がありそうなんだけど、腰の付近で身を裂かれると出ていて、しかも之卦(しか)が剥ですからね。腰の付近に付いているものを取っちゃうと解決するのかもね」
「ほほお」
「ちょっと心あたりあります?」
「私の相棒さんが腰のあたりにちょっと余計なものができているのよね」
などと政子が言うので
「できものかイボみたいなのですか?」
とソフィアが訊く。
「そうそう。あれは一種のイボだよね」
と政子。
「それをちゃんと手術して取ればかなり問題は解決するみたい」
と千里は笑顔で言う。
「よしよし。彼女にはぜひ手術を勧めよう」
と政子も初めて笑顔になって言った。
その後しばらく政子は自分の心の中の混沌を吐き出すかのように色々なことを話したが、千里は筮竹をしたり、あるいはタロットを引いたりして答えてあげた。
政子は千里に千円札を渡して帰って行ったが、帰り際、何かを探しているかのようであった。
「何か落とし物ですか?」
とソフィアが尋ねると
「ええ。さっき買ったものが。おかしいな。まあいいか」
などと政子は言っていた。
彼女の背中を見送ってから揚羽が千里に尋ねる。
「ね。千里さん、もしかしてあの人・・・」
揚羽はどうも政子の正体に気づいた雰囲気である。
「お互い通りがかりの女子高生同士ということでいいんじゃない?」
と千里は笑顔で揚羽に言う。
「そうですよね! やはりあれだけの事件があると悩んじゃうんだろうな」
と揚羽。
「大変だろうけど、あの子は乗り越えていくよ」
と千里は言った。
『千里、彼女のバッグから取りあげたこの包丁、どうすればいい?』
と《りくちゃん》が千里に訊いた。
『あの子の自宅の台所にでも置いておいて。そしたらお母さんが鍵のかかった引き出しに収納すると思う』
『了解。じゃあの子に付いていって自宅に入ったら台所に置くよ』
『うん。そうしてあげて。ついでにあの子がフラフラと歩道橋とかから飛び降りたりしないようにと、記者とかが寄ってきたら適当に排除するのお願いできる?』
『OKOK』
それで《りくちゃん》は政子をガードして付いていった。
政子と千里の再会はしばらく後になるが、その時政子は千里のことを覚えていなかったようであった。冬子は千里と同様に人の顔をすぐ覚えるが、政子は全く顔を覚えきれないタイプのようである。
『だけどこうちゃんたち、傷の治療に時間が掛かっているのかなあ』
などと千里が心の中でつぶやくと、何だか《たいちゃん》が可笑しそうにしていた。何なんだ?
ところで28日の午後、自動車屋さんを出た後、貴司から試乗に出かけたあと丸一日経っていることを打ち明けられた芦耶は驚愕した。
「うっそー!」
と言って携帯を開けてみて、日付を確認するとともに大量のメールが溜まっていることにも気づいて「きゃー!」と言っている。
「でも東京に行ってたんなら、私、もんじゃ焼き食べたかったなあ」
「うーん。ふつうのお好み焼きでも良ければおごるけど」
「取り敢えずそれでもいいかな」
「お腹空いたでしょ?」
「丸一日経っていると聞いたらお腹空いてきた」
「何か食べて行こう」
「うん」
と言ってから、芦耶は何か考えるようにして貴司を見ている。
「あ、君が寝ている間、僕は決して君の身体には触ってないから。起こすのに揺すった時だけ」
と貴司が言うと、芦耶は吹き出した。
「貴司って、ほんっとに紳士的というか。別に性欲が無い訳じゃないんでしょ?」
「うん、まあ」
「あの子とはしてるんだよね?」
「いや、その別にいいじゃん」
「ふーん」
「で、何食べる?」
「ファミレスで思いっきり色々なメニュー食べたい」
「うん、いいよ」
ファミレスでお好み焼き、シーフードドリア、イクラ鮭丼に、フライドチキン2皿をペロリと食べて結構満足した芦耶は、ふと貴司がバッシュを入れた袋を持っていることに気づく。
「あれ?練習に行くのに用意していたの?」
「あ、いや。自分のはマンションにあるから練習に行く前に取りに戻らないといけないけど、これは実は・・・その・・・あの子のバッシュで」
「え?」
「実は聖道さんが寝ている間に彼女の友だちがこれを持って来て」
「へ?」
「これ僕が彼女にあげた贈り物だったんだけど、返すと言われた」
「ん?」
「ついでに女連れで自分に会いに来るなんて最低。絶交だと言われて一応振られた状態かな」
「女連れって、もしかして私のこと?」
「うんまあ」
「じゃ、別れちゃったの?」
「電話してみたら、着信拒否設定されているみたい」
「あらあら。どうすんの?」
「いや、どうしようかと今悩んでいる所で」
「取り敢えず少し冷却期間をおいてから考えたら?」
「そうだなあ・・・」
芦耶は何だか嬉しそうな顔をしていたものの、貴司は手紙でも書いてみようかなどと考えていた。
千里たちは焼肉屋さんで遅い夕食を取った後、その日はいったんV高校に戻って1泊し、翌日お昼の男子の決勝戦を見たあとで帰途に就いた。午前中少し時間があったので、一部の子たちはまた練習をしていたようだったが、絵津子の姿が見当たらなかった。
「どこかで寝ているのでは?」
などと不二子が言っていたのだが、そろそろ東京体育館に行くよ、という時間になって姿を現す。
「えっちゃん!?」
「また丸刈りにしたの?」
「試合に負けたから丸刈りにしました」
「うーん。えっちゃんのその頭もだいぶ見慣れてきた気はするが」
「頭痛い」
と南野コーチが言っていた。
試合と表彰式を見た後は、29日の夕方の飛行機(Air Do 1735-1915)で旭川に帰還して解散する。なお応援に来てくれていた人たちの大半は昨日28日に
東京1756(はやて29)2059八戸2118(つがる29)2218青森2242(はまなす)607札幌
という連絡で札幌まで行き、そのあと学校が用意したバスで旭川に帰還したようである。
30日は冬休み中ではあるが全員また朝から学校の南体育館に集合して、お留守番していた女子部員(今年いっぱいで退部する子を含む)や男子部員たちに報告をした。その後、ベンチメンバーで理事長室に行き、出てきてくれていた理事長と校長、他数名の理事さんなどにもあらためて報告をした。
「優勝できなくて申し訳ありませんでした」
と部長の揚羽は謝ったが
「いや、僕はテレビで見ていたけど凄い試合だったね。全国のたくさんの人があの試合に感動したと思う」
と理事長さんは言っていた。
反理事長派の中心で次期校長の座を狙っていると噂されている**先生(前の理事長の従弟か何からしい)なども
「僕も感動した。君たちはほんとに凄い!」
と純粋にみんなを褒めてくれた。
「あれ?今気づいたけど、その丸刈りの子は渡辺君?」
と**先生が言う。
「すみませーん。試合に負けたので丸刈りにしました」
「女子の丸刈りは校則違反なんだけど」
「済みません。登校する時はウィッグをつけさせますので」
と隣からソフィアが言う。
「まあいいか。君もベスト5に選ばれたし。凄いね」
「ありがとうございます」
「いや、女子チームのはずなのに男子が混じってたっけ?と一瞬悩んじゃったよ」
「あ、レストランのトイレと羽田空港のトイレで通報されました」
「気をつけてね!」
一方優勝した札幌P高校は28日に都内で祝勝会を開いた後、やはり翌日の男子決勝戦・表彰式を見た後で、最終の飛行機(Air Do 2055-2230)で札幌に帰還した。そしてあらためて翌30日、朝から学校に集まったのだが・・・
「じゅんちゃん!?」
「丸刈りにしちゃったの!?」
「得点数で湧見に負けたので丸刈りにしました」
「きゃー」
決勝戦で渡辺純子が25点取ったのに対して、湧見絵津子は26点取ったのである。
「でも、あんたその頭で女子トイレに入って痴漢と間違われないように気をつけなよ」
「大丈夫です。朝から早速駅で悲鳴上げられて警備員さんにつかまりました」
「ああ・・・」
渡辺純子は身長も178cmあるので、頭を丸刈りにしていると充分男に見える。
札幌P高校のメンバーは午前中札幌市長などにも優勝の報告をした後、市内のフランス料理店で祝勝会を兼ねた食事会をした。
一方、旭川N高校のメンバーも30日午前中に旭川市長などに準優勝の報告をしてから、30日のお昼はみんなで一緒にジンギスカンを食べに行った。
「正式の報告会は1月5日の登校日に全体集会でするから」
と宇田先生は言っている。
「なんか賞とかもらえるんですか?」
などと絵津子は尋ねている。
「まあ、もらえたらいいね」
「やっぱり夏に理事長さんがおっしゃってた優秀賞ですかね?」
「さあ、僕は何とも聞いてないから」
と宇田先生も今の段階では何も言えないようである。
「来年の有望な新入生って、います?」
「今特待生で入学内定しているのが、スモールフォワード型の子がひとりと、シューター型の子がひとり」
「え〜!?」
と声を挙げたのは結里である。智加の成長を脅威に感じているのにこれ以上ライバルが増えたら。。。という感じであろう。
「まだ筋力が無いから6mの距離からはそんなに入れきれないんだけどね。4-5mからは高い精度で放り込むんだよ」
「へー」
「だから筋力トレーニングや下半身を鍛えたりして、来年のウィンターカップあたりからの戦力かな」
と宇田先生が言うと
「安心した」
などと結里は言っている。彼女にとっては来年のインターハイが全国大会でのベンチ枠獲得の最初で最後のチャンスと思っているだろう。
「実は村山君のプレイを見て憧れてうちの高校を志望したんだよ」
と先生は言う。
「でも私、もう引退してしまいますが」
「それなんだけどね。ここ1ヶ月ほどやってたシューター教室、3月中旬くらいまで続けられないかなと思っているんだけどね」
「私、受験があります」
「でもC大学理学部なんて、君の成績なら寝てても合格するでしょ」
「えっと、□□大学医学部は?」
「若生君・花和君・歌子君が既に条件クリアしているから放置しておけばいいよ」
「いいんですか〜?」
「まあ取り敢えず受けて、もし合格したらそれでもいいかという程度でいいと思う」
「うーん・・・」