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■女の子たちの宴の後(1)

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(C)Eriko Kawaguchi 2015-08-29
 
2008年のウィンターカップ、旭川N高校は札幌P高校との延長5回までもつれる大激戦の末に敗れ、準優勝に終わった。
 
表彰式の後控室に戻って荷物を片付けるが、どうしても全体的に沈んだ雰囲気である。また泣いている子も居る。
 
「あれ?千里、バッシュが違う」
と千里は暢子から指摘された。
 
「うん。試合が終わってから表彰式が始まる前に履き換えたんだよ」
と千里。
「それ、以前使ってたバッシュだね」
と留実子が指摘する。
「うん。高校1年の春から、この夏の国体まで使っていたバッシュ」
と千里は答える。
 
「予備に持って来てたの?」
「そう。それで国体の後から今日の試合まで使っていたバッシュは返した」
「ああ、彼氏からもらったんだったよね?」
「うん。彼とは一応この春に別れたんだよ」
「ふーん」
「一応友だちとして付き合っていたんだけどね」
「友だちねぇ」
「今日は女連れでこの会場に来てたから、信じられない、最低、絶交と伝えてもらった。それでバッシュも返したんだよ」
 
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「だけど、そのバッシュはかなり傷んでるぞ」
と暢子が言う。
「うん。でも私、今日でバスケ辞めるし」
 
「千里、1年後のウィンターカップの時に、千里がほんとにバスケを辞めていたら、千里に100万円払ってもいい」
と暢子は言った。
 
「うーん。じゃ、もしバスケやってたらN高校女子バスケ部に1000万円寄付するよ」
「ほほぉ!」
 
「1000万円予算があったら、豪華ホテルでステーキパーティーできたりして」
などと絵津子が言い出す。
 
「いや今回の遠征だけでも応援の生徒の運賃まで入れると1500万円掛かっているらしいから」
「そんなに掛かったんですか!」
「バスケ部の分だけでも500万円」
 
「まあみんな良く食ってたからなあ」
と薫が笑いながら言っていた。
 
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南野コーチが千里に言う。
「千里ちゃん、関東方面の大学に入るつもりだったよね?」
「はい。千葉市のC大学を受けるつもりです」
 
「だったら、来年も私たちこのウィンターカップに参加するつもりだからさ。その時、今回靖子ちゃんたちがしてくれたような、合宿のお手伝いお願いできない?」
 
「はい。そのくらいはいいですよ」
「お料理係兼練習相手で」
「1年ブランクがあったら、練習相手としては御役に立てないかも」
「大丈夫、千里ちゃんは絶対1年後もバリバリの現役だと私確信してるから」
 
「みんな私の言うこと信じてくれない」
と千里は言うが
「だいたい千里は普段から嘘が多い」
と暢子が言う。
 
「高校1年で性転換したなんてのも絶対嘘だ」
と暢子。
「えーっと」
 
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「千里は多分小学3年生くらいで性転換していたと思う」
と留実子が言い、雪子も頷いていた。
 

貴司は東京体育館の玄関付近で《蓮菜》から千里のバッシュを渡され、一応受け取ってから駐車場の自分の車に戻った。芦耶はまだ寝ているようだ。取り敢えず寝せていてもいいかなと思い、車のエンジンを掛ける。それで出ようとしたのだが、女子の決勝戦が終わった直後で出ようとする車が大量にあるのでなかなか発進できない。初心者ゆえにこういう所で割り込ませてもらうのもへたくそである。
 
それでエンジンを掛けたままずっと出られるタイミングを待っている内に一瞬意識が飛んだ気がした。
 
れれれ?と思い、周囲を見回す。
 
ここはどこ???
 
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貴司はエンジンを停めて、外に出て見た。
 
うっそー!?
 
そこは貴司が昨日訪れたアウディのショップであった。腕に付けているG-SHOCKの腕時計で日時を確認する。
 
12月28日の14:35!?
 
嘘!?だって僕、14:10頃まで東京体育館で千里の試合を見ていたのに〜?
 
「聖道さん、聖道さん」
と言って貴司が助手席で寝ている芦耶を揺り動かすと
「うーん」
と言って伸びをして彼女は目を覚ました。
 
「あれ〜。私寝てたみたい。ここどこ?」
「僕もよく分からないんだけど、アウディのショップに戻って来ているみたい」
「ああ、戻って来れたのね。お疲れ様〜。この車どうする?」
「うん。買うことにした」
「良かった良かった」
 
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と彼女は笑顔である。それで芦耶と一緒に事務所に入っていくと、店長さんがびっくりしたような顔をしている。
 
「随分早かったですね!」
「そ、そうだね」
 
貴司がショップに電話を入れたのから2時間も経っていない。普通に考えてこの時間で東京から大阪まで戻るのは不可能である。ほんとに到達したのなら平均速度250km/hほど出したことになる(一応A4 Avantはそのくらいの速度が出ることは出る)。
 
「売買契約書、作成しましたよ」
「ありがとう」
「オプションの再確認をしたいのですが」
「はいはい」
 
それで店長はふたりを店内奥の豪華な応接セットの所に案内し、極上のブルーマウンテンコーヒーに、美味しいショートケーキまで出てきて契約の打ち合わせをした。芦耶はコーヒーもケーキも美味しいので満足気な顔だが、彼女は自分が意識を失ってから丸一日経過していることに、この時点では気づいていない。
 
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貴司たちが帰って行った後、店長はスタッフと一緒に貴司が試乗した車のチェックをしていた。するとスタッフがふとメーターの数字に気づく。
 
「あれ?オドメーターはまだ28kmですよ」
「ん? それトリップメーターじゃないの?」
と店長。
スタッフは念のためボタンを押して操作してみる。
「いや、これ間違い無くオドメーターです」
「でもあのお客さん、東京まで行ってきたと言ってたよ」
「それ、東京都(とうきょうと)じゃなくて、東京都(ひがしきょうと)だったりして」
「いや、京都まで往復したって100km行くよ」
 
「うーん・・・・」
 
ふたりはしばし悩んだ。
 
「まあいいや。買ってくれるんだし」
「そうですね〜。気にしないことにしましょう」
 
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千里たちN高校のメンバーが控室を出て玄関の方に向かっていたら、ロビーに多数のN高生徒・OGなどが居て、拍手で迎えてくれる。
 
暢子がバスケ部員を代表して挨拶する。
 
「みんな応援してもらったのに、優勝できなくて本当に申し訳ありません。自分の力不足を痛感しております」
 
それに対して旭川市長がパチパチと拍手をしながら出てきて言う。
 
「いや、君たちは頑張った。そして全国の高校生、全ての北海道民に感動を与えてくれた。それは称賛に値すると思う」
 
「いや、勝者と敗者の差は歴然としています。どんなに頑張っても結果が出なかったら、負けです。でも今日負けても明日は勝つかも知れません。そのために私たちはまた頑張ります」
 
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宇田先生はそう市長に言った。
 

絵津子は表彰式が終わった後、試合中に頭を打ったのが本当に問題無いかどうか診察を受けるため、山本先生と一緒に都内の病院に行き、MRI撮影など精密検査を受けた。それ以外のベンチメンバーは試合の疲れを癒やすため、南野コーチと一緒に都内のSPAに行って温浴し、付属のマッサージルームでマッサージをしてもらった。ベンチ外の子たちはいったんV高校に戻って、宿舎や体育館・校庭などの清掃作業をしてくれたようである。また、薫は実家に顔を出してきたいということで1人離脱した。
 
試合が終わったのが14時過ぎ、表彰式が終わったのが15時過ぎで、千里たちがSPAを出たのが18時すぎである。掃除をしてくれていたベンチ外の子たちと20時にK市内の焼肉店で合流して夕食を取ることにする。薫もそのくらいにそちらに行くという話だった。
 
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千里たちがK市に到着したのが19時すぎで、お店の予約時間までまだ40分以上あったので、近くのショッピングモールで「遠くに行かないこと」という条件で束の間のフリータイムとなった。
 
千里は暢子・揚羽と3人でフードコートでコーヒーやジュースなどを飲みながらおしゃべりしていた。近くのテーブルで不二子・ソフィア・紅鹿がラーメンを食べているので
 
「君たち、夕食前にそんなの食べてどうする?」
と暢子が訊くと
「ラーメンは飲み物だよ、とえっちゃんが言ってました」
などと不二子は言っていた。
 
久美子も誘ったらしいが、久美子はラーメンを食べた後で焼肉まで食べる自信が無いと言って断ったらしい。久美子は本屋さんに行ったようである。
 
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その時、フードコートに入ってきた女子高生っぽい女の子がいた。千里たちが彼女に注目したのは、彼女がラーメン屋さんで「モンスターラーメンの大盛」を注文したからである。
 
フードコートなので普通なら注文した人が自分で席まで運ぶのだが、このラーメンはひじょうに巨大で重たいので、スタッフの男性が運んできてくれた。そして彼女はラーメンを食べ出したのだが、10分ほどで完食してしまう。
 
それを見て揚羽が「凄いですね」と、むろん向こうは見ずに言ったのだが、揚羽はすぐ絶句してしまう。
 
ラーメン屋さんのスタッフが更にもう1杯、モンスターラーメンの大盛を持ってきたからである。そもそも2杯注文していたようだ。
 
ところが彼女はその2杯目を途中まで食べた所で中断してしまう。
 
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「さすがに入らないよね」
などと言っていたのだが、千里は彼女のテーブルまで歩いて行くと向かい側に座った。
 

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「こんにちは」
と千里は笑顔で言った。
 
「えっと、どなたでしたっけ?」
と政子は訊いた。
 
「雨宮先生の弟子なんですよ」
「わあ、じゃけっこう関係者ですね」
 
「でもどうしたのかな?食欲無いみたい」
と千里は言う。
 
「うん。ちょっと気分転換に家を抜け出してきたんだけど、なんか頭の中に激流が流れているみたいで」
と政子が言ってハッとした顔をしているので、千里はさっと紙とボールペンを渡した。
 
「わ、ありがとうございます」
と言って政子はその紙に詩を書き始める。
 
美しい字だなと千里は思う。ケイの字がきれいというのは美空から聞いていたのだが、政子の字も本当にきれいだ。そしてその美しい字でかなり高速に詩を書いている。これは詩を「作って」いるのではなく、降りてきた詩を「書き留めている」んだと千里は感じた。
 
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その詩が書き終わった頃に千里は言った。
「私の友人なんか、このくらいのラーメンを平気で5杯くらい食べちゃいますよ」
すると政子も答える。
「あ、そうですよね。そのくらい普通だよね。私もちょっと食欲落ちているから5杯は無理としても4杯は行けるだろうと思って頼んじゃったんだけど、2杯目の途中で入らなくなっちゃった」
 
そんなことを言っていたら、近くのテーブルに居たソフィアと不二子が寄ってくる。
 
「良かったら、その3杯目のラーメン、私たちが引き受けましょうか?」
と不二子。
「わあ、助かるかも」
と政子は言っている。
 
「でもみなさん、背が高い。バレーの選手か何か?」
「バスケットなんですよ」
「わあ、すごーい。私、バスケットはいつも最初にぶつけられてアウトになってたから」
「ん?」
「それはドッヂボールでは?」
「あれ〜〜〜?」
 
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そんなことをしている内に、病院に行っていた絵津子が山本先生と一緒に戻ってくる。それで結局、3杯目のモンスターラーメンは不二子とソフィアが半分ずつ食べて4杯目は絵津子が食べた。
 
「助かりましたぁ!御飯をムダにしてはいけないからどうしようかと思った」
と政子が言う。
 
「もし良かったら、その半分残してるのも私が食べていい?」
などと絵津子が言うので、政子は
「どうぞ、どうぞ」
と言う。
 
それで結局絵津子はモンスターラーメンの大盛を1杯半食べることとなった。
 
「えっちゃん、そんなに食べたらさすがに焼き肉は入らないのでは?」
「大丈夫です。ショッピングモールの周囲を3周走ってからお店に入ります」
 
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「すごーい。みんなスポーツウーマンなんですね」
と政子は感心しているようである。
 
「あなたはスポーツしてないの?」
と絵津子が政子に尋ねる。
 
「うん。私はスポーツは苦手〜」
「それにしてはモンスターラーメン大盛4杯は大胆だね」
 
「この子はスポーツではないけど、凄いエネルギー使う活動をしてるんだよ」
と千里が言う。
 
「あ、千里さんの知り合い?」
「私の先生の弟子のお友達かな」
「へー」
「この子と似た雰囲気の子で、やはりこのくらいのラーメン5杯平気で食べちゃう子も知ってるし」
 
「凄いなあ。その人もやはり凄いエネルギー使う活動してるんですか?」
「ううん。あの子はそうでもないな。でもこちらの子と同じジャンルで活動してるんだよ」
「なるほどー」
 
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「私、お父ちゃんに凄く叱られて。でもそれをきっかけにここ数ヶ月忙しかったのの疲れが一気にどっと出てきてしまったみたいで。ふらふらと出てきてしまったんだけど、皆さんと少しお話してたら、少し気が晴れた気がします」
と政子は言った。
 
「お父ちゃんに叱られるのは私は普通だな」
と不二子。
「私はふつうに殴られるな」
と絵津子。
 
「女の子を殴るってひどい」
と政子は言うが
 
「私、娘と思ってもらってない感じだし」
「ああ、息子扱いでしょ?」
 
「そうだなあ。小学生の頃、女湯に入ってたら『あんた小学生じゃないの?小学生の男の子は男湯に入らなきゃ』と言われたことなら何度も」
と絵津子が言うと
 
「同じく」
「同じく」
と暢子・揚羽・ソフィア・不二子からも声が出る。
 
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「私、その逆を言われてたかもって子知ってる」
と政子。
 
「こちらの千里の場合がまさにそれだな」
と暢子が言う。
 
「そうだね。男湯に入ろうとしたら『小学生の女の子は女湯へ』と言われたことあるよ」
と千里が言うと
 
「いや、それはまさにそうですよ。なんで男湯に入ろうとしたの?男の子になりたかった?」
 
「この子の場合は、女の子になりたい女の子だと言われていたなあ」
「意味が分からん」
「よく言われる」
「あ、でも私の友だちも女の子になりたい女の子なんだよねぇ」
と政子が言う。
 
「あ、たまにそういう子はいるみたいね」
と千里も笑顔で言った。
 

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