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(C)Eriko Kawaguchi 2015-08-07
2008年12月15日(月)。千里がいつものように朝練に出かけてやがて久美子・ソフィアが来たので一緒に練習していたら、珍しい顔が来る。
「おはようございます」
「えっちゃん?」
「めずらしー」
「朝練でえっちゃんを見るなんて天変地異の前触れかも」
「うーん。確かに出席率が悪かったから。でも岐阜では毎朝6時に強制的に起こされて朝練に行ってましたよ。食事係の日は5時起きだったし」
F女子高の寮では朝食・夕食は寮生が自分達で作ることになっていたらしい。
「5時とか6時って普通じゃん」
「えー? 私いつも8時頃に起きていたのに」
「それはあまりにも遅すぎる」
「それで帰ってくる日にこれ買ったんですよ。みんなで見ようと思って」
と言って絵津子は雑誌を見せる。
「おお。月刊バスケファンじゃん!」
「もう出てたんだ!?」
「岐阜市内の某書店だけ3日早く出るんですよ。ミネちゃん(中尾美稔子)に教えてもらったんです」
「ああ、たまにそういう本屋さんってあるんだよね」
「昨日は荷物の奥に入ってしまって出てこなくて」
「えっちゃん、だいたい整理が悪いもん」
「うん。私けっこう生理不順」
「なんか今話が噛み合わなかった気がする」
「オールジャパン特集、ウィンターカップ特集、インカレ特集か」
「バスケの大きな大会が集中してますよね」
「まあバスケって基本は冬のスポーツみたいだから」
「アメリカの男子選手とか、夏は野球やって冬はバスケって人もいるみたいですね」
「ああ、夏と冬で別のスポーツをやる選手はわりと良く居る」
「スピードスケートの選手が夏は自転車をしたりとかですね」
「女子のバスケ選手は夏には何をするんだろう? 野球は男だけだし」
「うーん。テニスとかするんじゃない?」
「夏は男になって野球するとか」
「性転換?」
「冬は女でバスケして夏は男で野球ってのも悪くないかな」
「いや、それならずっと男のままでいい。バスケは男でもできる」
「でも時々、夏は女、冬は男だといいのにと思うことありますよ」
「へー」
「夏はスカートの方が涼しくていいけど、冬にスカートは寒いじゃないですか」
「それは単に女でもズボンを穿けばよいだけという気がする」
「実際、北海道・東北じゃ女子の制服で冬はズボン穿いていい学校もありますよね」
「サーヤ先輩、だいたいズボン穿いてますね」
「うん。本当はうちは女子制服にズボンは無いんだけど、あの子は特に容認してもらっているんだよ」
「なるほどー」
「ウィンターカップは出場校全部の写真と選手名簿が載ってますよ。うちの写真も出ていた」
と言って絵津子はそのページを開く。
「おお、えっちゃんの丸刈り頭はインパクトある」
「えへへ」
「丸刈りした直後にこの写真撮ったもんね〜」
「お母さんには見せたの?」
「丸刈りしたことは言ったけど写真とかは見せてない」
「これ見たらショック受けるかも」
「うん。これ月刊バスケファンのサイトにもあとで掲載されるはず」
「あはは」
「でもこのチーム、なんで男が混じってるんだろうと思う人もあるかも」
「いやかなりの読者がそれ思うよ」
「でもこの世界、男に見える女子選手って結構いるから」
「まあそれはあるけどね」
「ウィンターカップ優勝チーム大予想なんてのもある」
「優勝候補男女各10校かぁ」
「10も書けばその中のどれかが優勝しそうだけど」
「インターハイの時も10校書かれていたけど、準優勝した静岡L学園はその中には無かったんですよね」
「まあ優勝じゃないから」
「でもあそこは急成長したからね」
「今回の予想はこれか」
そこには有力校10校の名前と、一昨年・昨年・今年のインターハイ・国体・ウィンターカップの成績、及び今回の地区大会の評点がまとめられている。(◎Best4 ○Best8 △Best16 −Best32以下 ×欠場)
______ 一昨年 昨年_ 今年 地区
1.札幌P高校 −−◎ ×−○ 優× 80
2.愛知J学園 優優◎ 優優優 ◎◎ 90
3.静岡L学園 △△○ ○×△ 準× −
4.東京T高校 ◎◎△ ◎準準 ○◎ 80
5.倉敷K高校 ○−優 ○−○ △× 95
6.愛媛Q女子 △−△ ○×◎ △準 90
7.岐阜F女子 −◎○ 準×− ○× 80
8.福岡C学園 準○△ △◎△ ○○ 70
9.山形Y実業 −−− △○◎ ○− 70
10.旭川N高校 ××× ◎×× ◎優 70
眺めている内に不二子と永子・雪子も朝練に出てきたので一緒に見て行く。
「うちは10番手の評価かぁ」
「まあこんなところに名前が載るようになっただけでも大したもんだよ」
「それは言えるね」
『インターハイ優勝の札幌P高校を一番手にあげる記者が最も多かった。国体は欠場しているものの地区予選でP高校を破った旭川選抜(旭川N高校主体)が優勝していることから見てもP高校の実力は現在ひじょうに充実していると考えられる。ユーティリティ・センター佐藤玲央美を中心とする陣容はパワフルである』
「まあ確かに佐藤さんは敵に回すと怖い」
「私ビデオ見て佐藤さんのこと随分研究したんですけどね」
と不二子が言う。
「うん」
「それで、佐藤さんの動きはだいぶわかったんです」
「お、すごい!」
「あれは止めようがないということも良く分かりました」
「むむむ」
「だってNBAとかでもレブロン・ジェームスとか少し前だとシャキール・オニールとかを誰か止められます?分析できることと実際に止められることは違うんですよ」
「うん。玲央美はまさにそういう選手だよ」
と千里も言う。
『2番手は愛知J学園。高校三冠を取った昨年よりは落ちるといってもその実力が国内最高であることは誰もが認めるところ。U18代表センターの中丸華香はゴール周辺で絶対的な力を持つ』
「記者さんは加藤さんを見てないのかなあ」
と千里は言う。
「誰ですか?」
「来年のインターハイでは、えっちゃんや鈴木志麻子(岐阜F女子高)・渡辺純子(札幌P高校)などと競い合うことになる選手だよ」
と千里が言うと絵津子の顔が引き締まる。
「そんな話、鈴木さんとかから聞かなかった?」
「いや、向こうではひたすら練習につぐ練習ばかりだったから。シマちゃんとは『私たち言葉で会話する必要無いよね。ボールが全てを語る』と言って毎日30本勝負やってましたよ」
「おお、漢(おとこ)だ」
『3番手には静岡L学園という意見になった。未だ成長中のチームでインターハイでは準優勝だったものの、ますます強くなっていく可能性がある。ただ戦力的に不安定なのが欠点』
「うん。確かに成長中のチームというのは大勝ちもするけど大負けもする」
『4番手は東京T高校。ここ数年の実績では愛知J学園に次ぐものがあり、そろそろ優勝杯を獲得してもおかしくないチームである。U18代表センターの森下誠美は有力校の日本人センターでは最も背が高く手堅いチームである』
「まあ確かにT高校は守備が固いイメージはあるね」
『5番手は東京T高校と僅差で倉敷K高校。一昨年のウィンターカップ優勝校でその時のメンバーもまだ残っている。昨年はインターハイ・ウィンターカップともにBEST8、今年のインターハイはBEST16ではあるが、地区大会決勝でひとりで96点を取った1年生フォワード高梁王子(たかはし・きみこ)の存在が大きく、優勝候補として急浮上している』
「決勝で96点は凄いなあ。相手も強い所だろうに」
「その試合のチーム得点は158対62」
「トリプルスコアに近いですね」
「相手高校の監督さんが進退伺いを書いたという噂がある。慰留されたらしいけど」
「ひぇー」
「でもこの人の名前、振り仮名付いてるけど、苗字より下の名前を誤読してしまう」
「おうじと読んじゃうよね」
「ついでに性別を誤解するな」
「この人、地元の新聞のインタビュー記事がネットに載っていたの見たけど、両親は『子』が付いているから女の子の名前に見えるだろうと思ったらしい。『おうじ』と読めることには全然気づかなかったと」
「でも王子にふさわしい人だよ。182cm,85kgの体格だから。実際この体格でよく男と間違えられるらしい」
「ああ」
「温泉で、女湯に男が入って来たと思われて何度か通報されたと」
「あ、私も道後温泉で通報されました」
と絵津子が手を挙げて自己申告する。
「私も実は1度通報されたことある」
などとソフィアも言っている。
「紅鹿や耶麻都もそれ経験しているみたい」
「まあ耶麻都も体格いいからなあ」
「ここってインターハイの時はどこに負けたんでしたっけ?」
「静岡L学園だよ」
「なるほどー」
「試合のビデオ見たけど、177cmの舞田さんが高梁さんにピタリと付いて何も仕事をさせなかった」
「やはりこういう卓越した選手がいるチームとの戦い方はそれですよね」
「うん。でもこの子高校に入ってからバスケ始めたらしいんだよ」
「え〜?」
「だからU18,U16にも招集されなかった。多分今はインターハイの時より数倍手強くなっているよ」
「きゃー」
「それで県大会決勝で96点も取った訳か」
なお絵津子が朝練に出てきたのは結局この日だけであった。
12月15日、東京&&エージェンシー。
「売れてないなあ」
と渋い顔で斉藤社長は言った。
「売れてませんね」
と困った顔で白浜さんも言った。
ふたりが言っているのは今年10月4日にデビューしたXANFUSのことである。
デビュー曲『さよなら、あなた/アロン、リセエンヌ』は名のある作曲家に依頼し結構な宣伝をしたし、キャンペーンで全国回らせた(予算の都合でボーカルの2人だけで行かせた)ものの、手応えがひじょうに良くない。
「レコード会社の担当さんがなんか冷たいんだよ。あまりにも売れてないので、見捨てられてしまったみたい」
「向こうはどうも最終的にParking Serviceのミッキーが参加したのでそこそこ売れると思ったみたい。10万枚プレスしていたらしいんだよね。それを廃棄すべきかどうか問い合わせてきたんで、保証金払うから在庫しておいて欲しいと申しいれた」
「じゃ社長はこのプロジェクト続けられるんですね?」
「もちろん。ただ麻生杏華さんは自分の責任だと思うと言って辞意を表明している」
「杏華さんはうまく彼女たちの魅力を引き出したと思うんですけどね」
「うん。それでも売れるか売れないかでこの世界は評価されちゃうから」
「厳しいなあ」
「だから、杏華さんが辞めるなら、誰にプロデュースしてもらうべきかその人選からやり直す必要がある」
「誰かいい人いますかね・・・」
同日。卍卍プロダクション。
「売れてないなあ」
と渋い顔で三ノ輪社長は言った。
「売れてませんね」
と困った顔で遠藤製作部長も言った。
ふたりが言っているのは今年9月27日にデビューしたドッグス×キャッツのことである。
そもそもデビューから躓いた。9月10日にデビューする予定が直前になって提携していたティーンズ向け化粧品に日本では使用できない成分が含まれていたことが判明し回収騒ぎになった。コンビニなどに貼られていたポスターも全て撤去され、できあがって全国のCDショップに配送していたCDも回収するので多大な損害が出た。27日に歌詞の一部を修正・録り直したものを発売にこぎつけたものの、キャンペーンもできないし、PVさえも予算の都合で作れず、人知れず発売されたような形になった。
「デビューCDを発売したのがちょうどローズ+リリーと同じ日だったのも不運でした」
「向こうも女子高生2人組だからなあ」
「どうもリサーチしてみると、コンビニに貼られていたポスターを見たのでそれを買いに来て、間違ってローズ+リリーを買っていった人たちがかなりあるみたいですよ」
「しかしあんなペアがデビューするなんて全然情報が無かったのに」
「ええ。知っていれば日付をずらしていました」
「あちらはインディーズで人気だったので急遽メジャーでも出すことにしたらしいんだよね。それで日程決めるのに似たアーティストのデビューは無いか向こうのレコード会社でも事前に確認はしたらしいんだけど、ドッグス×キャッツは9月10日にデビュー済みだったものと思ってました。すみません、と言ってたらしい。こちらが日付を変更しているから文句もいえない」
「このあとどう展開しますかね」
「レコード会社からは大量にプレスした在庫をどうするか尋ねてきた」
「何枚プレスしたんです?」
「5万枚プレスしていたんだよ」
「きゃー」
「化粧品会社とのキャンペーンでプレスして結果的に廃棄になったものが10万枚。この廃棄に関しては不可抗力ということでレコード会社が費用をもってくれた。しかしあまり宣伝できない状態で発売するにしても、一度コンビニとかに大量にポスターが貼られていたから、まあ5万枚は売れるだろうと見てプレスしたらしいんだよね」
「でもその客がローズ+リリーに流れちゃったんですね?」
「そうなんだよ。向こうは全国キャンペーンやってるし、スポットも打ってるし、youtubeにもちょっと素人っぽいPVが流れてる」
「あれ凄く素人っぽいので、彼女たちが自分で作ったのではと噂になってそれで好感度があがっているらしいですよ」
「あんなもんでもよければうちでも作れば良かったなあ。でもだぶついているCDに関しては在庫しておくためには費用が掛かるから仕方ないので廃棄してもらうことにした。うちも廃棄費用の半額を負担する。大損害だよ」
「わあ・・・」
「当然次のCD製作の話とかも出しにくい」
「困りましたね」
「何か起死回生の手段は無いもんかなあ」
と三ノ輪はつぶやいた。
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女の子たちのウィンターカップ・激戦前夜(1)