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「今あの外人の子とお互い頑張ろうとか言ってたの?」
とベンチに戻ると薫が訊く。
「うん。お互いもっと強くなろうよと言った」
と千里は答える。
「つまり、千里はやはり今大会でバスケをやめたりはせずに、もっともっと頑張るんだ?」
「あ・・・・」
暢子が隣で息を殺して苦しそうに笑っていた。
控室で着替えた後、帰ろうとしていたらロビーでバッタリとP高校の佐藤玲央美伊香秋子に会う。
「勝利おめでとう」
「そちらも勝利おめでとう」
P高校はN高校と同じ時間帯に隣のコートで試合をしていたのである。
「わあっと隣のコートで声が上がるからと思ってチラっとそちら見ると秋子ちゃんがスリーを入れた所だった」
「私も同様ですけど、たぶん私がN高校側を見た回数の方が千里さんが私の方を見た回数の倍くらいあります」
と伊香は言う。
そこでこちらの千里・暢子・絵津子、向こうの玲央美・秋子に途中で寄ってきた渡辺純子の6人でしばし立ち話をした。
「湧見さん、少し髪伸びたね」
と渡辺が言う。
「丸刈りしちゃったらさぁ、なんか割と便利なんだよね。頭も簡単に洗えるしさ」
と絵津子。
「それでまた丸刈りしようかと思ったら停められた。女子の丸刈りは校則違反だとも言われたし」
「まあ女って面倒くさいよね」
渡辺淳子と絵津子はこの日言葉を交わしたことで、結構意気投合したような感じもあった。
「決勝で当たるまでもっともっと強くなるから」
「うん。こちらも頑張って強くなる」
そう言ってふたりは固い握手をしていた。
「握手したし、お互い名前呼び・ため口にしようか」
「うん。そうしよう」
「じゃ、絵津子準決勝までに負けるなよ」
「そちらこそ、純子、ちゃんと決勝戦まで上がって来いよ」
それでまたふたりが握手するのを他の4人は微笑んで見ていた。
その時、会場の入口の方からひとりの女性(?)が入ってくるのを千里は目の端で認めた。彼女はこちらに気づいたようで、近寄ってくる。逃げようかと思ったものの諦めた。
「あら、千里奇遇ね」
とその人物は千里に声を掛ける。
「おはようございます、雨宮先生」
千里は開き直って笑顔で挨拶する。
「あんた携帯切ってたでしょ?それであんたの伯母を名乗って学校に電話したらこちらに居るって言うからさ」
「詐称ですか?」
「緊急だからよ」
「あれ?もしかして元ワンティスの雨宮三森さんですか?」
と渡辺が訊いた。
「あんた、体育館の周り10周」
「え〜〜〜!?」
「純子ちゃん、ワンティスは解散していないから『元ワンティス』と言ってはいけない。ふつうに『ワンティス』と言わなきゃ」
「ごめんなさい。でも10周走ってきます」
それで渡辺淳子が走りに行くが
「あ、私も付き合う」
と言って絵津子も一緒に走りに行く。
千里はいいライバルだなと思って微笑んでふたりの背中を見送った。
「ところでそのワンティスの雨宮三森先生がどういうご用件でしょう?」
「ローズ+リリーの騒動の件は聞いているよね?」
「テレビとかで報道される範囲では」
「まあそれで今日発売予定の『甘い蜜/涙の影』は発売中止になった」
「やむを得ないでしょうね」
「それでこのプレスしていたCDをどうするかで今揉めているのよ」
「どうしてです? ほとぼりが冷めてからあらためて発売するんでしょ?」
「ふたりの契約が白紙になったことは聞いてない?」
「そうだったんですか?すみません。それまでは知りませんでした。どうしてですか?」
「白紙になったというより、実はそもそもふたりは契約をしていなかった」
「なんでです?」
「プロダクションの担当者がどうもいい加減な人だったみたいでさ。親と何も交渉しないままふたりを活動させていたんだよ」
「それはひどい」
「一応本人たち自身の署名のある契約書は存在したけど、保護者の署名捺印が無かった」
「それは無効ですね」
「そうなる。双方の親はその契約書への署名を拒否したんで、結果的に契約は最初から存在しなかったことになる」
「どうするんです?」
「今町添さんが双方の親に謝罪して、レコード会社主導で新たな契約を結ぶべく交渉をしている。どちらもプロダクションとは交渉したくないようだし」
「そりゃそうでしょうね」
「今の所レコード会社が双方の親と妥結して契約を結べるかどうかは半々だと思う。最初かなり怒っていたのが、やっと交渉のテーブルに就いてくれたんだよ」
「町添さんはやり手だから、何とか契約にこぎつけるでしょ」
「私もそうだとは思うんだけどね。問題はプレスしたCDの処置なのよ」
「うーんと・・・」
「このCDを2ヶ月後くらいにでもそのまま再発売できるなら、保管料はかかるけど倉庫にストックしておけばいい」
「ええ」
「しかし契約が結べなかった場合、結べたとしても大幅な修正などを要求された場合は、廃棄しなければならない」
「何となく事情は分かりました」
「廃棄するのなら今月中に廃棄を完了したいのよ。四半期単位の損益の問題があるからさ」
「何枚プレスしたんです?」
「60万枚らしい」
「それはまた頑張りましたね」
「町添さんは契約に成功するか、CDは保管しておくべきか廃棄すべきか、あんた占ってよ」
「私の占いでいいんですか?」
「あんたの占いの的中率が高いことは、春風アルトの問題、ラッキーブロッサムの問題で確認済み」
それで千里はバッグの中からタロットを取り出した。
「千里、そんなもの持ち歩いているんだ?」
と暢子が驚いたように言う。
「パソコンも持っているよね?」
と雨宮先生が言うので
「もちろん」
と言って千里はバッグの中から取りだしてみせる。
「よしよし」
千里はタロットを5枚、ギリシャ十字の形に並べた。
「過去:太陽−踊るふたりの子供、現在:金貨9−妊娠した摩耶夫人、未来:金貨の王子−塔に閉じ込められたマーリン、潜在:聖杯の4−ヘロデ王の前で踊るサロメ、顕在:棒の5−犠牲の儀式」
「なんか物語の世界みたいな絵柄ですね」
と伊香が言う。
「これバーバラ・ウォーカーのタロット」
と千里は説明する。
「過去はまさに2人がペアで歌っていた状況を表します。現在は摩耶夫人。これは産みの苦しみを表します。子供は産まれるけど母は死ぬかもしれない。つまりローズ+リリーは生き残るけど、誰かがたぶん犠牲になる」
というところで千里は言葉を切る。
「聖書のサロメの話はご存じですか?」
「ヘロデ王の前でサロメが踊り、踊りを褒められたサロメは洗礼者ヨハネ(キリストの師)の首を所望する。それでヨハネは捕らえられて処刑される」
「要するにこれは誰かが悪意をもって仕掛けた事件なんですよ」
「やはりそうか。ちょっと怪しい所があるんだよな。犯人分かる?」
と雨宮先生が言うので千里は補助カードを開く。
「運命の輪。これってケイかマリかの関係者ですよ」
「嘘!?」
「彼女たちの成功に嫉妬したんじゃないですか?あるいは恋敵か」
「よし。そのあたりは調べさせよう」
「顕在は犠牲の儀式。これは白い服を着た5人の人物に中央の人身御供に捧げられる人が取り囲まれていますが、この人物は儀式でいったん殺された後、黄金の霜を掛けられることで蘇生するんですよ」
「へー!」
「つまり今ローズ+リリーは殺され掛けているけど、いったん死んだ後再生するということです」
「なるほどね」
「そして未来がマーリン。これはマーリンが若い頃、塔に幽閉されていた時代のことなのですが、マーリンは閉じ込められていてもこの絵に描かれているように精霊を呼び出して、自由に動き回っていたんです。ローズ+リリーはやはりしばらくの間封印されることになるかも知れませんね。でも必ず解放される時が来ます。もしかしたらライブ活動の前にCDリリースの形での活動を再開するかも知れない」
「どのくらい封印される?」
「補助カードを引いてみます」
千里がカードを6枚展開すると、審判・力・聖杯8・剣王子・剣A・聖杯3である。
「1ヶ月でCD制作には復帰しますよ」
「ほほぉ!」
「そのあと活動はしばらく限定的になりますが、半年後にはかなり復活ですね」
「だったらプレスしたCDはそのまま発売できるね?」
千里は再度カードを1枚引いた。
「カップの5です。ダメです」
「え〜〜〜〜!?」
「そのままだとダメということです。何か変えなければならない」
「何を変える?」
千里はもう1枚カードを引く。
「聖杯の女王。彼女たちの写真か何かを添付できませんか?」
「そのくらいは対応できると思う。ありがとう。それで町添さんと話してみる」
それで雨宮先生は行こうとしたが、ふと思い出したように
「あの体育館のまわり走ってる子たちに、頑張ったお駄賃でこれでも渡して」
と言って何かクーポンのようなものをくれる。
「わあ、ケンタッキーの株主優待券ですか」
「5000円分ある!」
「まああの子たちなら一瞬で食べてしまうな」
それで雨宮先生は手を振って去って行った。
「だけど千里さん、占いができるんですね?」
と秋子が感心したように言う。
「まあ余技だけどね」
と千里。
「千里は巫女さんなんだよ」
と玲央美が言う。
「じゃ私の運勢とか占えます?」
「何の運勢?恋愛運とか?」
「恋愛には今のところ興味無いなあ。そうだ。明日活躍できるか」
千里は黙ってカードを1枚引いた。
内心ギョッとした。
剣の王−閻魔。
この子・・・・。
千里は平然とした顔で答える。
「剣の王が出ているからね。めっちゃ相手をたたきのめせると思うよ」
「やった!明日も頑張りますね」
「うん」
喜ぶ秋子だったが、玲央美は考えるようにその千里が出したカードを見つめていた。
千里は帰りの電車の中で考えていた。そして《りくちゃん》に言う。
『お願いがあるんだけど』
『あの子を守ってあげてとか?』
『悪いけど頼める?』
『まあ千里はそう言い出すだろうと思ってたからね』
と《りくちゃん》は言うが、《こうちゃん》などは
『あの子が消えたら、勝利間違い無いんじゃないの?』
などと言う。
『あの子は私がコート上で倒すから』
と千里は答えた。
それで《りくちゃん》は伊香秋子の所に飛んで行ってくれた。
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女の子たちのウィンターカップ・激戦前夜(7)