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23日(火)から試合が始まる。女子は1回戦の18試合が行われるが旭川N高校はシードされていて1回戦は不戦勝である。
ウィンターカップのシード枠はその年のインターハイの成績を元に決められる。インターハイのBEST8が札幌P高校・静岡L学園、旭川N高校・愛知J学園、岐阜F女子高・山形Y実業・福岡C学園・東京T高校で、この8校は全部今回のウィンターカップにも出場しているので、その8校がそのままシードされている。それ以外にも6校が(抽選により)不戦勝になっている。
昨年札幌P高校が2回戦で岐阜F女子高と当たり、F女子高が2回戦で消える羽目になったのは、札幌P高校が昨年はインターハイに出場しておらずシード枠をもらえなかったためである。
今年シードされなかった中で有力校は、愛媛Q女子高・大阪E女学院・倉敷K高校・長崎T女子高・秋田N高校・福井W高校などだが、いづれも順当に1回戦を勝ち進んだ。特に今大会の注目株・倉敷K高校は1回戦を86対39のダブルスコアで勝利。高梁王子はひとりでウィンターカップ記録に迫る48点をあげる活躍であった。
高岡C高校は強豪の宮城N高校と当たったのだが、接戦の末、最後はブザービーターで勝利を収めた。撮影隊で行っていた1年生の胡蝶がロビーでちょうど高岡C高校のメンバーと遭遇したので
「勝利、おめでとうございます」
と言うと向こうのキャプテンさんが疲れ切った表情の中笑顔を作って
「いや昨日そちらと対戦して凄く鍛えられたおかげです」
と言っていたという。
一方旭川N高校のメンバーで撮影隊以外の子はこの日は宿舎から出ずにずっとV高校の体育館で明日の初戦に向けて調整を続けた。
24日(水)。
旭川N高校はウィンターカップ初戦を迎える。この日の相手は岩手D高校である。千里は懐かしい思いを持った。1年生の3学期にゾーンディフェンスの上手い男子の秋田R工業の試合を見学に、新人戦東北大会を見に行った時、岩手D高校は中折渚紗を擁する秋田N高校と決勝戦を戦った。
その時D高校のセネガル人留学生が階段で手帳を落としたのを千里は教えてあげたのである。二言三言会話しただけであるが、その時の留学生も今回のメンバーに入っている。9番の背番号を付けていて、名簿によるとナミナタさんというらしい。身長は190cmと書いてある!
「なぎなた?」
「ナミナタ」
「なぜ、なぎなたと聞こえる?」
「自分の知っている単語に吸着しちゃうんだな」
「だけど彼女、2年前に見た時から身長が伸びている気がする」
「彼女のお姉さんはフランスでプロになっていて身長196cmらしいよ」
「ひぇー!」
「日本なんかにいたらしょっちゅう性別誤解されてそう」
前夜D高校の1回戦(相手は奈良県の高校)を分析していたのだが、ナミナタさんはゴール周辺を完全に支配していた。リバウンドはオフェンスリバウンドもディフェンスリバウンドも全部取ってしまう。彼女の前でシュートしても全部叩き落とされてしまう。
「この人、物凄く動体視力がいいね」
「相手フォワードがダブルクラッチで空中で体勢変えても、そこに手を伸ばして即応している」
「千里、例の梵字を描いてくれ」
とこの日の朝、暢子は千里に言った。
「OKOK」
と言って千里は暢子の掌に梵字を書いてあげる。
「千里はもう描いているんだな」
「うん。私の場合、これは必須」
でないと突然パワーを奪われたりしかねないからね〜。
「あれ?千里の掌に書いてあるのと少し違う気がするが」
「ふつうの人の場合はこちらが効果あるんだよ」
「ほほお」
千里の掌に書いている梵字は自分のパワーを天津子に勝手に使われないようにするための梵字なのだが(実は又貸しで青葉にも使われているのだが、その事をこの当時まだ千里は知らない)、暢子に書いてあげたのは、本人が自分の力をよりよく引き出せるようにする梵字である。但しその分疲れるだろうけどね〜。
千里が暢子の掌に梵字を書いていたら、絵津子たちが寄ってくる。
「あ、それで力が出るんなら、私にも描いてください」
「いいけど、パワーが出る分たくさん疲れるよ?」
「大丈夫です。その分食べれば元気が出ます」
「えっちゃんは、そうかもね〜」
ということで、結局、絵津子・ソフィア・不二子・紅鹿・久美子にも暢子と同じ梵字を書いてあげた。
「千里、これ消えかけたらまた描くということにしていたら忘れるかも知れないから、本戦中毎朝描いてくれないか?」
と暢子が言う。
「うん、それでもいいよ」
試合は14:30からの第4試合なので、午前中は疲れない程度に基礎的な練習で汗を流し、少し早めに昼食を取ってから13:30頃会場に入った。愛媛Q女子高、山形Y実業がそれぞれほどほどの強さの所と試合をしていたが、Q女子高にしてもY実業にしてもあまり本気ではない感じだった。それで千里たちは見る必要も無さそうということで控室で身体を休めたり精神集中したりしていた。寝ている子もいた。
14時すぎに簡単なミーティングをしてからフロアの方に行く。少ししてまずはQ女子高のメンバー、そのあとY実業のメンバーがいづれも勝って外に出てきた。千里は彼女たちに手を振っておいた。
そしてN高校のメンバーはフロアに出ると、コート上で軽いウォーミングアップを兼ねた練習をした。
この日、N高校は永子/千里/絵津子/志緒/留実子というオーダーで出て行った。190cmのセンターが居るといっても全くビビらず、ごく普通のオーダーである。
最初に整列した時、千里はナミナタさんと目が合ったので笑顔で会釈した。すると彼女は会釈を返した後、首をかしげていた。彼女もこちらとどこかで会った気はするものの、思い出せないという雰囲気だ。
ティップオフは190cmのナミナタさんと184cmの留実子で争うが、6cmの身長差(手を伸ばすと8cmくらいの差)があるにも関わらず留実子はナミナタさんを越える跳躍を見せてボールをこちらにタップした。
それで絵津子がボールを確保して速攻で攻め上がる。行く手を阻まれると全く振り返らずに後ろにポンとボールをトスする。それを志緒が取ると、相手ディフェンダーを華麗に交わしてゴール下まで行きシュート。
センターサークルでジャンプポールをしたナミナタさんがゴール近くまで戻りきる前に2点先取した。
この試合で志緒を使ったのは彼女がフィジカルに強いからである。身長体重こそ168cm,64kgと千里とほぼ同じ背丈体重でバスケット選手としてはそんなに大きな方ではないが彼女は筋力が強く春の体力測定では握力70kg背筋180kgを出したと言っていた。彼女はまた男子チームのマネージャーとしてよく練習試合や大会にも同行したりしていて、練習試合ではしばしば氷山君や水巻君などから「ちょっと出てみ」などと言われてコートに立ったりしていて、男子との対戦を日常的に経験しており、体格のいい選手との戦いに慣れている。
留実子も身長184cm,78kgで握力80kg背筋200kgあり、実はこの組合せはN高校でも最強の筋力ペアなのである。
永子はどんな相手にも基本に忠実なプレイをするし、絵津子は本能で攻撃し勘でディフェンスして、どんどん点を取るし、千里もどんどん遠くからスリーを撃つ。どんなに背の高いセンターが居ても、落ち始めたボールには触れないからスリーには無力である。
そういう訳で第1ピリオドで点数は12対28とダブルスコアになった。
第2ピリオドでは絵津子・志緒を下げて、久美子・蘭を出す。第1ピリオドで点差が付いてしまったので、後はそんなに無理をせず点差を維持する作戦である。ただ、千里と留実子はこのチーム相手には簡単に下げる訳にはいかない。留実子以外のセンターではナミナタさんと対抗できないし、高確率で入るスリーは相手ディフェンスを無力化するのに必須である。
このピリオドは16対22で終えて、前半28対50である。
第3ピリオドでは不二子/ソフィア/海音/揚羽/リリカというオーダーで行く。今日は雪子は温存したいということで、そもそもポイントガードは前半・永子、後半・不二子で行くつもりであったし、向こうがナミナタさんを休ませる様子であったのを見てのラインナップである。
前半こちらは基本に忠実な永子がゲームメイクをしていたのだが、突然変幻自在な不二子が司令塔となると、相手はこちらの攻撃パターンを全く読めずに混乱の極致となる。不二子の所でもソフィアの所でも様々なバリエーションがあるのでむしろ味方の揚羽やリリカも「え?」という顔をして必死でフォローしていた。
このピリオドはまた14対32とダブルスコア以上になり、ここまで42対82である。
最終ピリオドでは向こうがナミナタさんを戻すがこちらは紅鹿を出してみた。不二子/千里/久美子/暢子/紅鹿 というオーダーにする。すると身長や跳躍では紅鹿は全くナミナタさんに対抗できないのだが、紅鹿は揚羽などと同様にポジション取りが上手いので3割くらいはボールを確保することができた。
紅鹿はだいたいボールが落ちてくる付近に居るし、177cm,72kgの体格は少々のぶつかり合いではびくともしない。元々がバレー選手だったので留実子には負けるものの結構な跳躍力はある。
ディフェンス・リバウンドを紅鹿が取ると、久美子がだいたい良いところにいるので、紅鹿→久美子→千里→不二子あるいは暢子と高速にパスが通って、速攻になることが多かった。
このピリオドでは一応数的には相手側がより多くリバウンドを取ったのではあるが、一方的なほどではないので向こうの必死の反撃も勢いが弱い。更に千里はリバウンドとは全く関係無い世界でスリーを放り込む。
それで結局22対18で終えることができた。
試合終了のブザーが鳴り、整列する。
「100対64で旭川N高校の勝ち」
「ありがとうございました」
お互い握手をするが、ナミナタさんが千里の傍に来て握手をしてから訊いた。
「ドコカデ・オアイマシタ?」
彼女の日本語はイントネーションが変だ。ついでに文法も変だ!日本に来て3年くらい経っても日本語の習得には苦労しているのだろう。特に敬語は難しい。日本人だって敬語が怪しい人は多い。
「Nous avons rencontre en fevrier l'an dernier, sur le site Tohoku jeunes joueurs reunion」
新人大会がjeunes joueurs reunionでいいかどうかはちょっと自信が無かったが、意味は通じたようである。そして千里がフランス語で答えたことで彼女の記憶が蘇ったようである。
「Ah! Vous m'avez dit que j'avais tombe le carnet!」(手帳を落としたと教えてくれた人だ)
「Oui Oui」
それで私たちは再度笑顔で握手した。
「Mais, Vous etes tres forts」(あなたはとても強い)
「Soyons plus forts!」(お互い強くなりましょう)
それで彼女とは再度握手して別れた。
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女の子たちのウィンターカップ・激戦前夜(6)