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(C)Eriko Kawaguchi 2015-08-08
21日(日)はこの日福岡から新幹線でやってきたばかりという福岡C学園のチームと練習試合をした。福岡C学園とは別の山になっていて決勝戦まで当たらないのでお互いに練習相手にしやすい。どちらもハイレベルな相手との実戦経験を積んでおきたいのである。Aチーム戦・Bチーム戦をしたが、向こうのコーチはBチームに入っている結里や愛実・耶麻都などを見て
「なんでこの子たちBチームなの?」
などと言っていた。
「すみませーん。道大会までは枠に入っていたんですけど、こぼれてしまいました」
と耶麻都が自分で言っていた。
「この耶麻都ちゃんとBチームのポイントガードしてる愛実ちゃんは旭川C学園が予定通り開校していたらそちらに入るはずだったんですよ」
と南野コーチが言う。
「おお!」
「いや、でも旭川C学園だとさすがに最初の年からインターハイやウィンターカップには来られなかったろうから、N高校に入って良かったと思っているんですけどね」
と耶麻都。
「まあ選手枠に入れたらもっと良かったけどね」
と南野コーチ。
「また頑張ります」
「うんうん」
21日。&&エージェンシー、
斉藤社長はお昼過ぎ、とんでもない人の突然の来訪に戸惑った。
「たいへんお世話になります。呼んで頂ければ参りましたのに」
「いや、緊急事態で、少し無理をお願いしたい義があったので参りました」
と★★レコードの町添取締役(制作部長)は言った。
取り敢えず応接室に通し、コーヒーを出す。白浜さんが佐鳴さんに極上のショートケーキを買ってくるようお使いに出した。
コーヒーを飲みながら斉藤は考えていた。ここ数年★★レコードが新興勢力としては異例ともいうべき大きなセールスをあげるに至ったのはこの人の力が大きいと聞く。しかし若い、何歳くらいだろう? まだ30歳そこそこに見える。
実際にはこの年、町添は38歳、一方の斉藤社長も52歳で、斉藤も随分若い経営者である。
「緊急事態と申しますと」
「ご存じかも知れませんが、ローズ+リリーでちょっとトラブルがありまして」
「ええ。大騒ぎでしたね!」
「まあケイちゃんの性別はささいなことなのですが、それより問題だったのが、プロダクション側がご両親と全く話をせずに芸能活動をさせていたことなのですよ」
「そうだったんですか!?」
「そもそもあのふたりはあのブロダクションの設営とかをするバイトだったんですよ。それがちょっとステージで歌わせてみたら、あの通り上手いものですから人気が出てしまって。デビューさせようということになったものの、その時、ちゃんと親御さんを入れて話し合うべきところを、あまりにも唐突にデビューが決まったもので、作業が後先になってしまっていて、このあたりで制作側でもお互いに思い違いがあって、私などもてっきり芸能契約は結ばれているものと思っていたのですが、実はきちんとした契約書を全く交わしていなかったことが分かりまして」
「あらら」
「当然ふたりの親御さんは激怒しています」
「当然でしょう」
「それで明日にも公表しなければなりませんが、ローズ+リリーの活動は契約問題がクリアになるまで停止せざるを得ません」
「仕方ないでしょうね」
「それで実はローズ+リリーが出演する予定だったイベントとかに大量に穴が空いてしまうんですよ」
「ああ・・・」
「何しろ9月にデビュー以来、人気急上昇で、先月の全国ツアーも全てソールドアウト。年明けにも再度ツアーをやる予定でしたし、あちこちのイベントとかテレビ番組にも多数出演が決まっていたんですよ」
「それは調整が大変でしょうね」
ここで佐鳴さんが入って来て、美味しそうなケーキを出す。コーヒーのお代わりを注ぐ。町添取締役は一口食べて
「これ美味しいですね!どこのケーキですか」
と言った。
「**堂というところです。**町の」
と佐鳴さんが答える。
「へー。メモしておこう」
「あ、ケーキの箱に貼ってある紙でもよければお渡しします」
「うん、よろしく」
それで佐鳴さんがその紙を持って来て、町添取締役がそれをしまってから話は続く。
「それで実はお願いがあってきたのは、そのローズ+リリーが出演するはずであったイベントやテレビ番組に、代わりにそちらのXANFUSを出演させて頂けないでしょうか? 確か女子高生2人組の歌手でしたよね?」
と町添さんは言った。
XANFUSは本来6人組のバンドである。しかし先日のデビューキャンペーンでは費用が掛かることから、ボーカルの2人だけ全国飛び回らせ、演奏はマイナスワン音源を使用した。それで逆に2人組のユニットと思い込んでしまった人もあるにはあったようである。CDジャケットも、光帆と音羽を中心に並べ、残りの三毛・騎士・黒羽・白雪はふたりを取り囲むように配置したデザインになっている。
しかし斉藤はこんなことを町添から言われた瞬間、この際XANFUSは光帆と音羽2人のユニットということにしておいてもいいと思った。
「ええ、そうなんです。女子高生2人組で。そのお話、ぜひやらせて下さい。至急スケジュールを調整しますので、ローズ+リリーの方のスケジュールを教えて下さい」
と斉藤は笑顔で答えた。
22日(月)はウィンターカップの開会式が行われた。
参加する男女50校ずつの選手が東京体育館に並ぶ。47都道府県の代表+開催地(東京)1校、それに今年からインターハイの優勝校・準優勝校が加わって50校である。つまり今年は女子では東京・北海道・静岡が2校出場している。
全員で「君が代」を斉唱する中「日の丸」が掲揚されていくのを見て感無量の思いになった。千里はインターハイの開会式は2度経験したものの、ウィンターカップは自分がフロアに立って開会式を迎えるのは初めてである。むろん今年度で卒業してしまうからこれが最初で最後のウィンターカップだ。最終日にもまた君が代を歌いたいなと思った。できたら自分たちの校歌もね!
昨年優勝した男子・京都S高校、女子・愛知J学園から優勝杯が返還される。J学園は副主将の中丸華香が前に出て返還をした。
大会長挨拶に立った高体連バスケット部の会長さんが「全国8000校から選ばれた君たち」などと言っていた。8000校の中から参加できるのは男女100校だけ。確率80分の1ってなんか凄いところに自分って居るんだなというのを感じる。
その後、優勝杯を返した両校のキャプテン(J学園は大秋メイ)が前に出て一緒に選手宣誓をする。
J学園はオールジャパンにも出る(中部地区予選でF女子高に勝って出場を決めた)ので、オールジャパンが終わってから受験勉強するなどと華香は言っていたものの、実際には私立大学の入試は早いので、受験勉強の時間はほとんど無いだろう。
選手宣誓の後は、いったん開会式終了の辞があった後、女性歌手デュオのメインクーンがステージ上に上がり、今年のウィンターカップのテーマ曲『君のハートにドリブル』(ヨーコージ作詞作曲)を歌った。
千里は曲を聴いていた時「あれ?」と思った。
この曲は昨年松原珠妃がRC大賞を取った『ゴツィック・ロリータ』と似た波動を持っている。それは同じヨーコージ(ドリームボーイズの蔵田孝治)作詞作曲なのだから当然なのだが、どこかでこれに近い波動の曲を聴いたような気がしたのである。
どこだっけ・・・
と考えている内に、唐突に先週末大騒ぎになっていたローズ+リリーのケイのことを思い出す。
そうだ!この曲の波動はケイが書いてローズ+リリーが歌った『遙かな夢』の波動と似ているんだ。つまり蔵田孝治が書いたことにはなっているものの実際には(恐らく大半を)ケイが書いたのだろう。
ケイ=水沢歌月というのは千里は当然知っているのだが、水沢歌月が書いた『水色のラブレター』とは少し距離がある。恐らくKARIONの楽曲製作では、水沢歌月(らんこ)より森之和泉(いづみ)の影響力の方が大きいのだろう。
へー。らんこ=ケイって蔵田さんとも関わりがあったのか、などと思う。らんこは以前雨宮先生に頼まれて雑用をしているのを見たことがある。そしてメジャーデビュー曲は上島雷太さんからもらっている。上島雷太と蔵田孝治ってライバル同士っぽいのにその両方と関わる人物というのは不思議だ。
千里はちょっと面白い発見をした気分だった。
「だけどメインクーンって、しばしばメイクイーンと誤記されてるよね」
「メインクーンと書いてあってもメイクイーンと読んじゃう人も多い」
「猫の名前と知っていれば読めるんだけど、人間の視覚って、自分の馴染んでいる言葉に吸着しちゃうんだよ」
「視覚だけじゃなくて聴覚もそうだよね」
「そうそう。みんな同じ事を聞いてもそれぞれ別の聞き方をしている」
「それでプロコルハルム(Procol Harum)の『青い影』(A Whiter shade of Pale)の冒頭は『空きっ腹にパン団子』と聞こえてしまう」
「あれ、その話を1度聞いてしまうと、もうそうとしか聞こえなくなってしまう」
「ほんとの歌詞は何だっけ?」
「We skipped the light fandango」
「やはり団子(だんご)なのか」
「いや、ファンダンゴというのは踊りの名前」
「へー」
「やはりその名前を知らないから、自分が親しんでいるものに吸着させちゃう」
「なるほどねー」
この日は開会式の後、さいたま市に移動して、富山県代表の高岡C高校と練習試合をした。今年のインターハイ2回戦で当たった相手であるが、こことも別の山になっていて決勝戦まで当たらないのである。
そこそこに強いチームではあるが、あまり本気になる必要もないので千里や雪子たち中核メンバーは最初の方で少し出ただけで、後は元気いっぱいの《新鋭3人組》を中心に運用した。試合としては60対98の大差で勝ったが、永子や久美子たちもたっぷりと出場機会をもらって、気持ち良さそうにしていた。
同じ22日の午後。
ローズ+リリーが所属(?)している△△社の津田邦弘社長は記者会見を開き、ローズ+リリーと同社の芸能契約が白紙となり、ローズ+リリーの活動再開については同社では何も言明できなくなったことを発表した。
「マリさん・ケイさん側が契約を破棄したんですか?」
「いえ、実はこの契約はそもそも保護者の承諾を得ていなかったのです」
と津田社長は難しい顔で回答する。
「じゃ、そもそも契約が成立していないまま活動していたんですか?」
と記者たちは追及し、津田さんは頭を下げて陳謝した。
その記者会見を見ていた卍卍プロの三ノ輪社長は、遠藤制作部長を社長室に呼んだ。
「今の記者会見見てた?」
「ええ。大部屋でもみんなテレビのまわりに集まって。まさかこういう展開になるとは思いもよりませんでした」
「これはチャンスだよ」
「へ?」
「ローズ+リリーが活動停止になった今こそドッグス×キャッツを売り出すチャンスじゃないか」
「そうですか?」
「だってローズ+リリーのライブに行きたいのに、向こうは活動していない。そのファンがこちらのライブに流れて来るに決まってるじゃん」
「じゃどこかのホールでドッグス×キャッツのライブでもやりますか?」
「そりゃやるなら関東ドームだよ」
「え〜〜〜〜!?」
「だって関東ドームでやると言ったら、それ自体が物凄い宣伝になる」
「宣伝にはなるかも知れませんが、お客さんが来ます?」
「大丈夫。ローズ+リリーのファンがみんなこちらに来るから」
「それはちょっと・・・」
「関東ドーム、1月か2月に空いてないか確認してよ」
それで遠藤は気が進まないものの確認する。
「1月26日・月曜日が空いてます」
「それはいい。こういうのは鉄は熱い内に打てだよ。すぐ仮押さえして」
「仮押さえするのにも予約金を1000万円払わないといけませんけど」
「うん。すぐ払って」
「え〜〜〜!?」
「それに合わせてCDも出そう」
「レコード会社がうんと言いますかね?」
「うちで全部費用出すといえば作らせてくれるだろう」
「だってCD作るのにも500-600万円は掛かりますよ」
「うん。先行投資だよ」
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女の子たちのウィンターカップ・激戦前夜(5)