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■女の子たちの秋の風(8)

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「峠」を瀬高さんに任せた方がいいだろうということで、寒河江SAから月山の麓のビジターセンターまでを雨宮先生が運転してくれた(その間は瀬高さんは寝ていた)。ビジターセンターから先については千里が「みんな寝ておいたほうがいい」とアドバイスしたので全員疲れもありぐっすり寝ていた。八合目に着いた時、瀬高さんはとても満足そうな顔をしていた!到着したのは深夜1時すぎで、かなり飛ばしたことをうかがわせる時刻である。
 
「じゃ私はここで寝てますから」
と瀬高さんが言うのに
「ありがとうね」
と雨宮先生が答える。千里たちも充分お礼を言った。
 
それで全員トレッキングシューズに履き替え、防寒用の服を着て、荷物は飲み物と杖だけにして出発する。道を知っている千里が先頭を歩き、最後尾を雨宮先生が歩く。全員ヘッドライトを装着しているが万が一にもはぐれると大変なので、列が10m程度以上に伸びないよう時々雨宮先生が千里に声を掛けて速度調整することにした。しかし、さすがスポーツ少女たちである。千里が結構な速度を出してもみんなちゃんと付いてきてくれる。他の子に比べると体力があまり無い江美子もこの日は「きついー」などと言いながらも頑張った。
 
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2時間ほどで山頂に到達する。
 
昨日閉山祭をしているし夜中で誰も居ないだろうと思ったのだが『女性神職』さんが居て
 
「あなたたち何ですか?」
と訊く。
 
「閉山祭が過ぎているのに申し訳ないのですが、お参りさせて頂けないでしょうか?」
と雨宮先生が言う。
 
「ほんとはお帰り頂く所だけど、まあ頑張ってここまで登ってきたことに敬意を表して特にお参りさせてあげますよ。お祓いしないと、そちらの神域には入れないから、みんなそこに並んで」
 
と言って女性神職さんは6人全員にお祓いをしてくれた。
 
お参りをする。
 
「お賽銭は100円でいいんだろうか?」
などと言っていたら、雨宮先生が
 
「日本代表の必勝祈願だろ? 千里、あんたが代表して適当な金額を入れなさい」
と言う。
 
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「分かりました。じゃ代表して」
と言って千里は1万円札を10枚入れた。
 
「今の1万円札に見えたけど」
と早苗。
「10枚入れた気がしたけど」
と渚紗。
 
「まあ代表ということで」
と千里。
 
「私も1万円くらい入れておくか」
と言って雨宮先生も1万円札を1枚入れる。
 
「私たちも100円ずつ入れようかな」
「うん。いいんじゃない?」
 
と言っていたのだが、最初に玲央美が1000円札を入れてしまったので、渚紗と早苗は結局500円ずつ入れた。するとそれを見て少し考えていた江美子は小銭を出して 956円を入れた。
 
「合計で112,956円になる。『いい福ゴール』だよ」
「おお!」
 
「エミちゃん、『良い福』にする気は?」
「さすがに勘弁して」
 
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「でも閉山したあとだけど、このお賽銭、春までこのままじゃないよね?」
という声が出るが
 
「私が回収しますよ」
と女性神職さんが言うので安心した。
 

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バスケ選手の間で話題になっていた、神社裏手のバスケットゴールの所に行く。
 
「なんでこういう所にバスケのゴールがあるんですか?」
と女性神職さんに尋ねると
 
「ここで昨年の冬ずっと修行していた人がシュートの練習をしたいということで設置したんですよ」
と説明してくれた。千里は心が暖かくなり融けるような思いだったが、取り敢えずポーカーフェイスだ。しかしその千里の表情を見て、玲央美は千里の心を見透かすような目をしていた。
 
「冬にこんな所で修行するんですか?」
と一応地元の早苗が尋ねる。
 
「一般には公開していませんけどね」
と女性神職さん。
 
それで5人で20本ずつゴールを決めようという話になる。玲央美がゴール下で妨害する状態で、早苗と江美子が20本ずつレイアップシュートを決める。そのあと、その江美子がゴール下にいる状態で玲央美が20本決める。その後渚紗がスリーを20本入れ、最後に千里がやはりスリーを20本入れた。この夜、渚紗も千里も1本も外さなかった。
 
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「ふたりともすげー!」
と江美子が言っている。
 
「だってフリーなら入るよね?」
と千里。
 
「うん。外すのはブロックを避けて無理な体勢とかから撃つからだよ」
と渚紗。
 

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シュート練習が終わると
 
「それではみなさん、湯殿山の方に降りて行ってください」
と女性神職さんが言う。
 
「それが標準ルートだよね?」
「ええ」
「やはり日本代表の祈願だし、みんな頑張ろう」
と雨宮先生が言う。
 
「えーー!?」
と若干、江美子と早苗から声が出るものの
 
「ここまで来たらそこまでやった方がいい気がする。それに下りだし」
と渚紗が言うので6人全員で湯殿山の方に下りることにした。
 
「じゃ瀬高さんに湯殿山の方にまわってもらおう。ここ携帯通じるかしら?」
「通じますよ」
 
ということで雨宮先生が瀬高さんに連絡した。
 

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また千里を先頭に、雨宮先生を最後尾にして降りて行く。
 
「千里、夜中なのに登ってくる時もスイスイ歩いて来たよね。ここ以前にも登ったことあるの?」
と江美子から質問が出る。
 
「うん。実はこのルートは10回以上歩いているんだよ」
と千里は答える。
 
「それはすごい」
 
本当は100回以上だけどね。
 
すると玲央美が言う。
「あのゴール、千里が言って設置してもらったものでしょ?」
 
「うん。実はね。一昨年、ここに一週間ほど籠もった時、元日本代表のシューターの藍川さんとふたりでずっと練習していたんだよ」
 
「千里、一昨年の秋頃ってあまり活動していなかったよね。その時期?」
と玲央美から尋ねられる。
 
「うん。男子チームから女子チームに移動される少し前の時期。あの時期はいろいろ悩みもあったんだよ」
と千里。
 
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「その修行で開眼したわけか」
 
「でも藍川さんって、もしかして藍川真璃子さん?」
「うん」
「伝説のシューターだね」
 
「ただあの人の時代はスリーポイントってルールが無かったから遠くから入れても2点にしかならなかった。それで精度はどうしても近くから入れるのより悪いから、あの人は当時はあまり評価されなかったらしい」
と千里は言う。
 
「あの人、今どこにいるの?」
「知らない。でも出羽の裏修行のメンバーなんだ」
 
生きているのかどうかも分からないよなあと千里は思う。あのメンバーには生きている人、既に死んでいる人、更に神様やそれに近い存在(?)など色々なタイプの人(?)が混じっている。
 
「私のドリブルも実は当時、この出羽の山の中をドリブルしながら歩いて鍛えたんだ」
「すごーい」
 
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月山頂上から湯殿山奥の院までの「標準時間」は3時間で、これは充分山歩きに慣れている人の時間なのだが、一行はこれを2時間半で歩ききった。湯殿山に到着したのが朝6時半頃であった。道の途中(5:22)で日出になったが、その美しさにみんな見とれていた。
 
「だけど私たちはみんなバスケガールで身体を鍛えているけど、雨宮さんは何かスポーツなさっているんですか? 私たちけっこうハイペースで歩いている気がするのに」
 
と渚紗が尋ねた。
 
「だいたい毎日1時間くらいジョギングしてるわよ」
と雨宮先生。
 
「すごーい」
「やはり音楽家は身体が資本だし、サックス吹くのにも体力と肺活量が必要だから。私はタバコも吸わないしね」
 
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「ああ、音楽する人ってタバコ吸う人多いですよね」
「歌を歌うのにも、管楽器を演奏するのにもタバコは敵よ」
 
「女性ミュージシャンは人前では吸わないけど、楽屋ではスパスパ吸う人ってのも結構いるみたいですよね」
「まあ、私は男だけどね」
 
すると渚紗は少し考えているようだった。
 
「なんかその冗談、昨夜も言っておられましたが、雨宮さん、女性ですよね?」
「私男だってのに。女に見える?」
 
「見えます!」
「ほんとに男性なんですか?」
 
と江美子も驚いたように言う。
 
「うん。本当に雨宮さんは男性なんだよ。女性に見えるけどね」
とワンティス・ファンを自称した早苗が言った。
 
「いわゆるニューハーフってのですか?」
「あら、私は普通の男だけど」
「普通の男性には見えません!」
 
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湯殿山奥の院に着くと、早朝というのにこちらにも『女性神職』さんがいて、一行のお祓いをしてくれた。そして全員でご神体に登拝する。
 
「なんかここ気持ちいいー」
「湯殿山ってこうなっていたのか」
「語るなかれ・聞くなかれってのだよね」
「最近は口で言わなきゃいいんだろってんでブログとかに書く人もいるけどよくないと思う」
 
ここに来たことがあるのは、千里・早苗だけで、渚紗も来たことがなかったらしく、みんなこのご神体をとても面白がっていた。
 
そのあと、温泉に浸かる。
 
「疲れが癒える〜」
「山駆けの後は、いつもこの温泉に浸かって筋肉をもみほぐすんだよ」
と千里が言う。
 
「あれ〜。なんか浸かっているうちに気持ち良くて眠くなってきた」
という声があがる。
「私も〜。湯船につかりながら寝ちゃったらやばいかな」
などと言っている子もいる。
 
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そして雨宮先生も含めて千里以外の5人の姿が温泉の中からスッと消えた。
 

「ありがとうございます」
と千里は恵姫さんに言った。
 
「アジア選手権頑張ってね。私たちは応援することしかできない。夢は自分たちの力でもぎ取るもの」
と恵姫さん。
 
「だけどこの日の登攀でこの5人は凄く潜在能力が活性化されたと思います」
 
「じゃ千里ちゃんはもう少し頑張ってあと50kmくらい歩こうか」
「はい。今日が山駆けの1日目ですね」
「うん。今年は受験があるから50日でいいから」
「分かりました」
 

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千里がそのあと半日山駆けをし、再度湯殿山の温泉に浸かってから大鳥居の所まで降りて行くと、売店の中に江美子と早苗が居た。時計を見ると時刻は朝の6時半である。
 
「あれ?どこ行ってたの?」
「千里がいつの間にかいなくなってたから、奥の院の人に言伝てしてみんなで先に降りてきたんだよ」
「トイレか何か?」
 
「ごめーん。少し奥の院の付近を散策してた」
「みんな朝ご飯食べちゃったけど」
「私は上でおにぎりもらっちゃったからいいかな」
 
千里が見当たらなかったので少し待っていてくれたようである。お互いに声を掛け合って集合し、瀬高さんの車に乗り込んだ。
 
「どういうルートでみんな帰ります?」
「山形で私以外を降ろしてから、鶴岡に戻ってもらえば、鶴岡から秋田へはJRで帰ります」
と渚紗が言うので、そういうことにした。
 
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少し仮眠していたという雨宮先生の運転で国道112号と山形自動車道を使って山形空港まで行き、ここで江美子・千里・玲央美の3人を降ろし雨宮先生は山形駅で降りる。そのあと瀬高さんが運転して、山形市内の早苗の自宅近くで早苗を降ろし、瀬高さんと渚紗は鶴岡まで戻って渚紗はJRに乗る・・・・と言っていたのだが、実際には瀬高さんは鶴岡から先は自分のRX-7に乗り換えて渚紗を秋田市まで送ってくれた(個人的にドライブをしたかったようである)。
 

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山形空港では、江美子は9:05の伊丹行きに乗り松山空港行きに乗り継ぐことにし(山形9:05→10:25伊丹11:20→12:10松山)、千里と玲央美は11:45の新千歳行きに乗ることにした。千里と玲央美は時間があるので空港内の食堂で休憩することにし、江美子だけチケットカウンターの方に行く。
 
それで江美子は航空券を買うのに列に並んでいたのだが、ふと気付くと松山のQ女子高生徒寮そばに立っていた。
 
「へ?」
 
と思って周りを見て自分の居る場所を確認する。合宿に持っていった荷物もそばに置いてある。時計を見ると朝7時である。日付を確認すると9月16日。その時刻は確か湯殿山の大鳥居そばに居たはずなのに!?
 
そこに早朝から朝練に行く2年生のバスケ部員が出てきて
「江美子先輩、おはようございます!日本代表の合宿お疲れ様でした!」
と挨拶して小走りで学校の方に向かった。
 
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江美子は5秒ほど首をかしげて考えたものの「ま、いっか」と言って、荷物を部屋に置くと自分も朝練に行くために出かけた。
 

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玲央美は千里とおしゃべりしながら食堂で時間調整していた。その内千里がトイレに立つので、玲央美はぼんやりと空港から見える景色を見ていた。そして、ふと気付くと玲央美は札幌P高校の体育館に居た。
 
「え!?」
 
玲央美はその場所を確認すると時計を見る。9月16日の朝7時である。
 
「うーん・・・」
としばし考えたが
 
「やはりそうだったのね」
 
と独り言を言ってから微笑む。そして荷物を自分のロッカーに入れたあと、ボールを出してきてひとりでシュート練習を始めた。
 
そういう訳で結局本当に山形から公共交通機関で帰ったのは山形駅から新幹線に乗った雨宮先生だけである。
 
「千里、あれを毎日やってたら、そりゃ鍛えられるだろうね。だけど私も負けないよ。私は山は走らないけど、その分、コートを走るから」
 
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そんな独り言を言いながら、玲央美は黙々とレイアップシュートの練習をしていた。そこに1年生の伊香さんが顔を出す。
 
「先輩、早いですね!」
「秋子ちゃん、ちょうど良かった。1on1やろうよ」
「はい!」
 
伊香さんは元気に答えて玲央美のそばに走り寄った。
 
 
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女の子たちの秋の風(8)

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