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昭ちゃんは一応クロールの息継ぎはできるもののターンがうまくできないので25mに出ようとしたのだが、うまくみんなに唆されて結局50mに出ることになった。一応ターンができない人はいったん向こうの端で立ち上がってから再度泳いでもいいことになっている。
女子用スクール水着は着ているものの登録上男子なので他の男子と一緒にプールの端に立った。左右が水泳パンツを穿いた男子が並んでいて、ひとりだけ女子用スクール水着を着た昭ちゃんが立っているので、見ていた生徒たちがざわめく。「用意」という体育の先生の声の後、合図の電子音が流れる。
昭ちゃんは飛び込んでまずはその勢いを利用して、手足を伸ばした姿勢で5mくらい進み、そのあとクロールで泳ぎ始めた。
1年生の水泳の授業の時はけっこうきつかった25mが、今回はそんなにきつくない気がした(2年生の水泳の授業は水着の問題があり見学で押し通したが、個人的に市民プールに通って練習していた)。やはり夏休みの間のバスケで自分も体力が付いたのかなあ、などと思いながら泳ぐ。やがて端まで到達するが、何となくターンできるような気がしたので、端が目の前にあるのを確認してくるっと前転するかのように潜り、身体を回転させながらプールの端をキックする。
するとキックした勢いでまた結構進む。その勢いが弱まりかけた所でまた泳ぎ出す。4回に一回、右側で息継ぎするサイクルで泳いでいく。こんなに楽に泳げるなら100m泳いでも良かったかなあ、などと昭ちゃんは思い始めていた。
やがて端までたどり着く。ゴールだ。
それで立ち上がると、なんだか左右の子が少し遅れてゴールする。あれ〜、ボクわりと速かった?
そんなことを思いながら水から上がると
「ただいまのレース、1位2年5組・湧見君」
とアナウンス。
うっそー!?ボク1番だったの?
それで少し照れながら1位賞品の入ったビニール袋を受け取り、同じクラスの子たちがいる付近に行くと拍手で迎えられる。
「さすがバスケットのスリーポイント王」
「あんな遠距離からボールをゴールに放り込めるんだもん、腕力も凄いよね」
などと褒められると悪い気はしない。
(実際問題として泳ぎの得意な子は25mや50mに出ていない)
「でもボク、3年の村山先輩には全然かなわないから」
「だって村山先輩は全国のスリーポイント女王だもん」
「いや、というか昭ちゃんもスリーポイント王じゃなくて、スリーポイント女王になりたいとか」
「ああ、なるほどー」
などと言っていたら、聖夜が昭ちゃんの所に寄ってくる。
「昭ちゃん、落とし物」
と言って渡されるのを見たら胸の所に入れていたパッドだ。
「きゃっ、ありがとう」
と言って受け取る。
「ターンした時に外れたみたい。浮いてきたから即回収したよ」
「ごめーん。ありがとう」
しかし、周囲の女子は昭ちゃんがパッドを落としたということより別の問題に注目して隣同士ささやき合っていた。
「ね、昭ちゃん」
とひとりの子から言われる。
「昭ちゃん、パッド入れなくても胸が充分あるじゃん」
「あっ・・・」
2008年9月13-14日(土日)。ウィンターカップのまずは地区予選が男子はB高校体育館、女子はN高校南体育館で開催された。これに千里たち3年生は参加しない。N高校はこのようなオーダーで臨んだ。
PG 雪子(5) 永子(13) 愛実(16) SG 結里(8) ソフィア(9)
SF 絵津子(7) 海音(17) PF 志緒(10) 蘭(11) 来未(12) 不二子(14)
C 揚羽(4) リリカ(6) 耶麻都(15) 紅鹿(18)
以前はセンターで登録していた蘭・来未を今回はパワーフォワード登録とした。暢子・睦子・川南が抜けてパワーフォワードの人材が不足するが、留実子が抜けた中で揚羽・リリカをインサイドから外す訳にはいかないので、蘭と来未をアウトサイドに持って行ったのである。
「でもこの中から3人は道大会以降に出られないんですよね?」
と不安そうに志緒が言う。
「3年生との対決に勝てば、3年生を蹴落として枠に入れる」
と南野コーチは冷静に答える。
「でも暢子先輩や留実子先輩には勝てないですよー」
「だから勝てるように頑張ろう。道大会のエントリーは10月14日の予定だから。それにそもそも3年生に負けてるようじゃ、そのメンツで道大会を勝ち進めないよ」
「確かにそうですよね!」
N高校が3年生を外した「新体制」のオーダーで参加したのに対して、例年ならN高校と同様に夏までで3年生が引退するL女子高はこの大会で3年生を入れたオーダーで参加していた。ただしキャプテンは代替わりしていて背番号4は2年の(大波)布留子が付けており、(溝口)麻依子や(登山)宏美など3年生の5人は14-18の背番号を付けていた。
地区予選に参加している女子チームは12校である。N高校・L女子高・M高校・A商業の4校がシードされて分散されている。N高校は初日午後からの2回戦は順当に快勝。2日目もM高校に勝って決勝戦に進出した。M高校は公立なのでN高校やL女子高のように融通が利かず、橘花たち3年生は規定通り引退して向こうも2年生以下のチームで参加したのだが、駒不足の感が否めなかった。
そしてN高校の決勝戦の相手はA商業を準決勝で破ったL女子高である。この試合、インターハイを経験して物凄く大きく成長した1年生の絵津子が実質的にN高校のエースとして君臨した試合となった。
雪子から揚羽・絵津子・ソフィアあるいは不二子の中でいちばん攻撃しやすい位置に居る子にボールを供給して得点を重ねる試合運びはL女子高を翻弄した。むろんこの4人に警戒しすぎると結里の遠距離射撃が待っている。L女子高としてもシューターが千里なら専任マーカーを付けるのだが、千里ほどの精密さがない結里なので、ディフェンスが中途半端になってしまったのも否めなかった。
またこの試合では薫から南野コーチへの提案で、第3ピリオドのポイントガードを不二子にやらせてみた(永子や愛実ではL女子高の控えポイントガードとも対抗できない)。これが結構うまく行き、メグミ・敦子不在の新体制の中で心強い存在だとコーチから言われて不二子は嬉しそうだった。
「だけど不二子ちゃん、ドリブルが下手」
「すみませーん」
「1日ドリブル練習3000回だな」
との南野コーチの言葉に
「ひぇー!」
と本人は言っていたが、そばから雪子に言われる。
「やはり千里先輩がやっていたように毎日5km雪道ドリブルする?」
「取り敢えず1日3000回がんばります」
と不二子は答えた。
最終的にはL女子高が麻依子や布留子の頑張りで82対80で勝ち、N高校は準優勝に終わったものの、この試合のN高校の得点の実に26点を絵津子ひとりで稼いだ。またソフィアも16点、不二子も14点稼いで、10点に留まった揚羽が「負けた〜」と言っていた。
そういう訳で旭川地区からはL女子高とN高校が道大会に進出した。
なおN高校男子も昭ちゃんのスリーが冴えて旭川地区大会2位で道大会に進んだ(1位はB高校)。
「昭ちゃん、何だかマッチングが凄くうまくなってる」
「今まで強い人にマークされたら何もできなかったのが随分相手のマークを外してフリーになれるようになったね」
と水巻君から言われると
「ちょっと心境の変化があったんです」
と本人は言っていた。
「ね、あの子ひょっとして性転換手術受けたのでは?」
と志緒が昭子のプレイを見て言った。
「それはあり得ない。そんな大手術を受けてすぐにあんなに動ける訳ないもん」
と蘭。
「だったら去勢くらい」
「うーん。それはあり得るかもね」
「あの子、先月まではまだ《女装している男の子》だったけど、もう今の昭子って、純粋に《女の子》でしかない気がするのよ」
「あ、それは私も感じた」
旭川でウィンターカップの地区予選が行われていたこの週末、千里は13日(土)から15日(月)まで3日間の予定で愛知県安城市を訪れた。U18代表候補の第四次合宿が行われるのである。春に第一次合宿をやった時は、花園さんも所属している刈谷市のエレクトロ・ウィッカ(帝国電子)の体育館を使用したのだが、今回は同じWリーグでもステラ・ストラダ(愛知自動車)の体育館を使用する。
12日に学校が終わった後で旭川空港に向かい、17:05→1850の羽田便に乗って、品川19:57の新幹線で名古屋までたどり着き(21:34着)、その日は名古屋市内の用意されているホテルに入った。ホテルは、いつもは選手間の連帯感を高める目的もありツインの部屋なのに、今回は全員シングルの部屋になっている。千里はそのシングルの部屋になっている意味を再認識して気が引き締まった。
翌日、朝食を食べにホテルのロビーに行くと玲央美が居たので、手を振り合って同じ席に座る。
「昨夜は江美子(愛媛Q女子高)と桂華(福岡C学園)に会ったけど、みんなやはりピリピリしてるね」
と玲央美は言った。
「ほんとに誰が落とされるか分からなくなって来ていると思う」
と千里も答える。
この合宿の最終日、月曜にU18代表が発表されるのである。現在U18代表候補は15人いるのだが、U18代表は12名で、3名がここから落とされることになる。
朝食後、玲央美と一緒に名駅から名鉄特急で桜井まで行き、普通電車に乗り継いで次の南桜井駅まで行く。ステラ・ストラダの体育館はここから歩いてすぐである。
南桜井駅はこの6月に開業したばかりの駅で、桜井駅もそれまで碧海桜井駅と言っていたのだが、南桜井駅の開業と同時に改名した。碧海の名前はこの付近が碧海郡(へきかいぐん)と呼ばれていたことによる。安城・刈谷・高浜・知立・碧南の5市を「碧海5市」と言う。
体育館に入っていくと、もう先に入っているメンバーがウォーミングアップをしているので、千里たちもそれに加わる。軽くパス練習などもする。やがて合宿開始時刻の8時になるが、千里はあれ?と思った。顔ぶれが足りないのである。全員それを認識して顔を見合わせたりしていたが、やがてU18チーム代表の高居さんとコーチ陣が、東京T高校の誠美と一緒に、難しい顔をして入って来た。集合が掛かるので、全員まわりに集まって座る。高居さんが説明した。
「実は東京T高校の竹宮星乃君が骨折してしまったのです」
「えーーー!?」
「私から説明させて頂いていいですか?」
と高居さんたちと一緒に入って来た誠美が言う。
「竹宮は昨日学校で練習していた時にアウトオブバウンズになりそうなボールに飛びついて取ろうとして勢いが余って壁に激突して、その時、左手の腕の骨にひびが入ってしまいまして」
「わぁ・・・・」
「とにかくその場で動くなと監督が厳命して、保健室の先生が駆けつけて来てくれてしっかりと固定してから病院に運んだこともあり、単純にひびが入っただけで、骨はずれていないため全治1ヶ月ということです。ほんとに丈夫な子なので、ウィンターカップには復活すると思いますが、アジア選手権は無理ということになりました。皆さん申し訳ありません。竹宮に代わってお詫びします」
と誠美は述べた。
「そういう訳で竹宮君は参加できないけど、他のみんなは怪我に気をつけて頑張って欲しい」
「アウトオブバウンズのボールを追うのは、ついやっちゃうけど確かに危険なんだよなあ」
とF女子高の彰恵が言う。
「うちの体育館は今年建て替えたんで壁に全面ラバーを貼ったんだよ」
と千里が言う。
「ああ、それうちも欲しいかも」
「基本的にはそういう危険なプレイはするなと言ってあるんだけどね」
「でも終盤のここぞという時は、つい無理しちゃうよね」
「ステラちゃんはステラ・ストラダ体育館に行けなくなりましたと本人は言ってました」
と誠美が言うと
「この場でダジャレ?」
という声。
更に誠美が
「ステラちゃんは、運から見すてられてました、とも言ってました」
と誠美が言うと
「ステラちゃんらしい寒いギャグだ」
「骨折したにしては余裕あるじゃん」
といった声も出る。
「インドネシア土産はジャワカレーがいいと言ってました」
「ほんとうにジャワにジャワカレーがあるのだろうか?」
「ハウスのでいいんじゃない?」
「だいたい行くのはジャワ島じゃなくてスマトラ島だし」
「北海道に行く人に明太子のお土産を頼むようなもの」
「いや、タラコはそもそも北海道の名産」