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■女の子たちの開幕前夜(1)

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(C)Eriko Kawaguchi 2015-02-20
 
バスケットのインターハイ道予選が終わった後、表彰式が終わったのがもう17時くらいだったので「軽食」を食べてから帰りたいという声が男女部員の間であり、バスで旭川に戻る途中、ショッピングモールに寄って1時間ほど自由時間を取った。
 
牛丼やハンバーガーを食べる子もいるが、何だかハンバーグ定食とか、釜飯とうどんのセットとか、ほとんど晩御飯になっている子もいるようであった。千里はフライドチキンとサラダ・ウーロン茶を頼んで、暢子や夏恋などとおしゃべりに興じていた。
 
昭ちゃんは、お腹は空いていたものの、もう少し後で食べたかったのでサンドイッチを買った後、休憩ついでにモールの中を少し散歩していた。ファンシーショップがあったので、ちょっと左右を見て知った顔が無さそうというのを確認してから中に入る。昭ちゃんはこの手の店にまだ慣れていないので結構ドキドキする。
 
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思えば小さい頃からこの手の店って入ってみたかったけど、入る勇気が無かった。それがここ1年ほどで川南たちや蘭たちに唆されて随分入って結構場慣れはした。あ、これ可愛いななどと思いながらボールペンを物色する。結局フェミニンな感じの花柄ボールペンと、同じ模様のミニ手帳を買った。しゃれたデザインの小さな紐付き紙袋に入れてくれた。
 
それを持ってまたモール内を散歩していたら、
 
「ねぇ、君」
と声を掛ける男性がいる。
 
「はい?」
と言って振り返る。20歳前後くらいの感じだ。大学生だろうか。
 
「君、どこから来たの?」
「旭川ですけど」
「ユニフォーム着てるね。テニスか何かの選手?」
「あ、バスケットです」
「なるほどー、君割と背があるもんね」
「そうでもないですけど」
「ああ、バスケット選手には背の高い子多いから、君くらいでは目立たないかも知れないね」
 
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昭ちゃんは身長165cmである。男子としてはそう背が高い方ではないものの、普通の女子からすると充分背の高い部類に入る。この時点で昭ちゃんは自分が女子と誤認(正認?)されていることに気付いていない。
 
「でも君バスケ強いの?」
「そんなでもないです。今日も負けちゃったし」
「そう。残念だったね。でも頑張ってたら、いつか勝てるよ」
「ありがとうございます」
 
昭ちゃんはその男性と2−3分話していたが、その内
 
「ね、ね、立ち話もなんだから、そのあたりでお茶でも飲まない? おごってあげるよ」
「わあ、いいんですか」
 
それで近くの喫茶店に入る。ちょっと値段が高そうだけどいいのかな?などと思う。何でも好きなの頼むといいよと言われたので、モンブランとミルクティーのセットを頼む。彼はハワイコナ・コーヒーとクラブハウス・サンドイッチを頼んだ。
 
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「クラブハウスって蟹か何か入っているんですか?」
と昭ちゃんが訊くと、彼は一瞬、へ?と言って考えたものの
 
「違う違う、蟹のクラブ(crab)じゃなくて、ゴルフ場のクラブハウス(clubhouse)とかで食べられるサンドイッチだよ」
 
(カジノのクラブハウス、軍の将校クラブで生まれたという説もある)
 
「へー。ゴルフのクラブも何だか色々ありますよね。パターとかドライバーとかスプーンとか」
 
それで彼はまた少し考える。
 
「いや、振り回すクラブじゃなくて、サークルとかグループとかのクラブだよ」
「ああ、そっちのほうですか!」
 
昭ちゃんはあまり同世代の人以外と話した経験が無いこともあり、結果的には昭ちゃんの無知に彼が虚を突かれた感じになりながらも丁寧に説明してあげるという感じで、楽しく会話は進んでいった。
 
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それで30分近く話していた時、喫茶店の窓をトントンとする音がある。そちらを見ると蘭だ。蘭は店内に入ってくる。
 
「昭ちゃん、集合時間だよ」
「あ、ごめーん」
 
それで
 
「今日はおごちそうさまでした。ありがとうございました」
と彼にお礼を言って席を立つ。
 
「あ、君、良かったら携帯のアドレス交換しない?」
「ごめんなさーい。ぼく、携帯持ってなくて」
「じゃせめて名前だけでも教えて。いま、しょうちゃんって言ってた?」
 
「あ、えっと湧見です、旭川の高校2年生」
と昭ちゃんは苗字を名乗る。
 
「僕は田村、岩見沢の大学2年生」
と彼は名乗った。
 
「それじゃ」
「うん。縁があったらまた」
「はい」
 
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それで昭ちゃんは彼と握手して別れた。
 

蘭と一緒に集合場所に向かうが、蘭から言われる。
 
「昭ちゃん、わりと大胆だね。大学生とデートなんて」
「デート?」
「名前を訊いてたから、ここで知り合ったの?」
「なんか呼び止められて、それでお茶でも飲みながら話そうと言われて」
「すごーい。私、ナンパなんてされたことないよ」
「ナンパって、男の人が女の子をデートに誘うことじゃないの?」
 
蘭は悩む。
 
「話していたのは男の人だよね?」
「男の人に見えたけど」
「昭ちゃん、女の子だよね?」
「あれ〜。そういえばぼく女の子だっけ?」
「だから男の人が女の子を誘ったんじゃない」
 
「え〜〜!? ぼくってナンパされたの?」
と昭ちゃんは驚いたように言った。
 
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「今気付いたのか!」
と蘭は呆れたように言った。
 

女(?)はふらふらとした感じで入って来た。それを見た男性社員・田中は応対に出ようとした女性社員を制して自分で入口の所に行く。
 
「お客様、アポイントがございましたでしょうか?」
と田中はその女(?)に尋ねる。
 
女(?)はいきなり刃渡り30cmくらいありそうな大きな包丁を取り出した。悲鳴を挙げる女子社員がいる。
 
「か、かねを100万くらいください」
とその人物は低い声で言った。
 
田中は女との距離を取りつつ、飛びかかって来られた時のシミュレーションを頭の中でする。彼は中学時代に柔道部に所属していた。しかし刃物を持った相手と対峙するのは初めてだ。腕さえつかめたら後はどうにでもなる気がするのだが。
 
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その時、女の後ろでドアが開いた。
 
驚いたように女は振り向く。
 
昼休みの練習から戻った貴司はオフィスに入ると目の前に包丁を持った性別不詳の人物がいるのでびっくりする。その人物が包丁を振り上げた。がその時、貴司が持っていたボールがその人物の顔に命中していた。
 
向こう側に居た田中がその人物の右手首に飛びつき力を入れる。包丁が床に落ちる。貴司がその包丁を蹴って部屋の奥に飛ばす。それを見て田中は暴漢を鮮やかに背負い投げした。その人物は床に叩き付けられて戦意を消失した。
 
窓際の席に居た50代の課長が110番通報をした。
 

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「お疲れ様〜。よく無事だったね」
と電話で千里は言った。
「まあボールを顔にぶつけるのは反則なんだけどね」
と貴司。
 
「一発退場だよね」
「追加で協会から処分されそうだ」
 
「で、結局その人、男だったの?女だったの?」
 
「田中さんは女みたいに見えるけど確信が持てなかったと言った。僕は見た瞬間、男だと思った。あまり女装しなれていない人」
 
その人物は女物のブラウスにロングスカートを穿き、頭にはセミロングのヘアピースを付けていた。すね毛や髭は剃っていたものの眉毛は太いままであった。
 
「そもそも女装するのに眉毛がそのままってあり得ない」
と貴司は言う。
 
「ふーん。貴司は女装する時はちゃんと眉毛を細くするのね?」
「女装しないよ!」
 
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「してみればいいのに。3月にそちらに行った時に私が置いてった服もあるし」
「う・・・」
 
と一瞬貴司が返事に詰まったのを聞いて、ああ着てみたなと千里は思った。
 
「私と貴司の仲だし、パンティーを顔にかぶるくらいはしてもいいよ」
「そういう変態な趣味はさすがに無い」
「ああ、普通に穿いてみたのね」
「いや、その・・・」
 
「で、結局犯人は男だったわけ?」
 
と千里は話題を変えてあげた。あまり追及するのも可哀想だし。でも貴司の生活実態が少し分かったな。穿いたのでなければ頬ずりでもしたのか?それともパンティであれを掴んだのか?
 
「うん。でも自宅には大量の女物の服があったって。全部あちこちの民家で干してあったのを盗んだものらしい」
 
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「盗みはいけないなあ。女物の服を着るのは自由だけどさ。盗むのは犯罪」
「で、そいつゴールデンウィーク前に会社クビになって、貯金は無いし食糧も尽きて、強盗しようと思ったらしい。強盗するのに女の格好の方が警戒されないかなと思って女物の服を着てみたんだって」
 
「ますます許せん動機だ」
「全く全く」
 
「でもふつう強盗ならもっとお金のありそうな所に行かない?」
「コンビニとか郵便局は非常警報装置とか防犯カメラとかありそうだから一般の事務所を狙ったんだって。確かにオフィスには小口現金として結構な現金があるけどさ。もしかしたらコンビニより多いかも」
 
「コンビニはATM置いてるから現金はあまりレジに残さないもんね。でも貴司お手柄だったじゃん」
「僕はボールをぶつけただけだから。取り押さえた田中さんの方がずっと勇気ある」
 
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「ところでテンガどうだった?もう使ってみた?」
「すごく気持ち良かった」
 
「良かった良かった」
「あれ千里自分で買ったの?」
「通販で買ったよ」
「勇気あるなあと思って」
「気に入ったのなら、あと10個くらい送ってあげようか」
「欲しい!」
「じゃ送ってあげるよ。そしたら1年くらい持つよね」
 
「え?1ヶ月に1個なの?」
と貴司は情けなさそうな声を挙げる。
「オナニーって月に1度くらいはするんでしょ?」
と千里。
「もっとするよー!」
と貴司。
 
「そうだったのか」
「毎日するって奴が多いよ」
 
千里はどうもこのあたりの知識が乏しい傾向にある。
 
「そんなにしてて、よく飽きないね」
「いや、我慢しようと思ってもしちゃうんだよ」
「男の子って大変そうね」
 
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「でもひとりでするより、千里とする方が気持ちいいけどね」
「ふーん。テンガより私の方が気持ちいい?」
「うん」
「よしよし。でも私に飢えて性犯罪とか起こされちゃ困るからホントに彼女作っていいからね」
 
「それ作ろうとしても作れないような気がしてきた」
「ふーん」
 
千里はどうもこの子たち「何か」してるっぽいなと思って後ろで忍び笑いをしている《きーちゃん》や《こうちゃん》を見た。
 

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インターハイ道予選が終わった4日後、6月26日。旭川L女子高の体育館に13人の女子が集まった。
 
PG.森田雪子(N2), 藤崎矢世依(L3)
SG.村山千里(N3), 登山宏美(L3)
SF.中嶋橘花(M3), 歌子薫(N3), 大波布留子(L2), 石丸宮子(M2)
PF.若生暢子(N3), 溝口麻依子(L3), 日枝容子(R3)
C.鳥嶋明里(L2), 花和留実子(N3)
 
N高校の宇田監督とL女子高の瑞穂監督が彼女たちの前に立っている。
 
「君たちを国体の旭川選抜に招集する予定なので、正式発表はまだだけど、先行してチームを結成して一緒に練習しようと思うのだよ」
と宇田先生は言った。
 
「なんか13人いるんですけど、13人エントリーできるんですか?」
「実はうちの歌子(薫)君が、出場制限が掛かっていて、道大会までしか出場できないんだ。全国大会に出られない。それで道大会では歌子君を使い、本戦では石丸(宮子)君を使う」
 
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この話は宮子と橘花に予め通しておいた。
 
「じゃもし全国大会に行けなかったら宮子ちゃんは出場できないんですか?」
「うん。だから行けるように頑張ろう」
と瑞穂先生。
「今回、とにかく全国に行けるメンツということで学校間のバランスを無視してポジションごとに旭川で最強のメンバーを選ばせてもらった」
と宇田先生は言う。
 
「敵は札幌代表ですよね?」
「まあ実質札幌P高校だね」
 
「頑張れば勝てると思う。だってP高校に2度も勝ったN高校のメンバーと1度勝ったM高校のメンバーが入っているんだから」
「去年の国体予選もけっこう惜しかったんだよねー」
 
「でも道大会に出ていなかった選手を本戦に出せるんでしたっけ?」
と質問がある。
「予備登録しておいて入れ替えることは可能だから」
「ああ、なるほど」
 
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「ちなみに、ここにいるメンツのレベルに充分達しているA商業の三笠君(PF)やM高校の田宮君(伶子,PG)も予備登録はさせてもらうことにしている」
と宇田先生は補足する。そのあたりは実力は充分だが、ポジション・バランスの問題で今回のメンツから漏れたのだろう。
 
「通常は病気や怪我などの場合だけ入れ替えが認められるんだけど、歌子君の場合も入れ替えは認めるということで、確認をもらっている」
 
「お股のところに異常があるんだな」
と暢子が言うと、笑いが起きる。本人も笑っている。
 
「じゃ、宮子ちゃん、申し訳ないけど全国に行ってからお願いします」
と薫が言う。
 
「それはいいですけど、ちゃんと全国に行けるようにしてくださいね」
と宮子。
 
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「そのための練習だよ」
と宇田先生。
 
「練習は毎週木曜日に。一応練習の指導は私がするから。宇田先生はインターハイの方で忙しいだろうし」
と瑞穂先生。
 
「来年は瑞穂先生がインターハイで忙しいといいですね」
と溝口さん。
 
「私も後輩たちに期待しよう」
と橘花が言うと
 
「私も同じくだな」
と日枝さんも言った。
 

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