[*
前頁][0
目次][#
次頁]
準々決勝の相手は何と旭川のA大学である。久井奈さん、麻樹さん、蒔枝さんもベンチに入っている。麻樹さんは11月の総合ではN高校のメンバーとして戦ってくれたのだが、今回は敵にまわすことになる。
向こうはその3人を最初からコートに入れてきた。蒔枝さんが暢子、麻樹さんが千里、久井奈さんが雪子をマークする。
千里は対戦していて、OG3人が各々進化していることを感じた。麻樹さんは実は受験勉強中もずっと練習していたので充分スキルアップしているのだが、練習から遠ざかっていた久井奈さんも3月以降かなり練習したのだろう。勘を取り戻している。蒔枝さんは最後に一緒に練習した2年前からすると、かなりの進化だ。
それでも3人は千里・暢子・雪子の敵ではなかった。
向こうも進化しているだろうが、最近のN高校の進化ぷりは大きい。千里と暢子はトップエンデバー、雪子もブロックエンデバー、そして千里はU18の合宿まで経験して、更に最近強豪との試合もやっているしA大学の男子チームとの練習試合も経験して、本当に強くなっている。
5分で向こうはその3人を下げて、強そうな人たちが出てくる。
しかし千里も暢子も雪子も、その人たちに負けない戦いをした。加えて薫が女性ホルモンの影響でどうしても男性時代よりは衰えてしまった筋肉を何とか再構築して鍛え直しているので、瞬発力やスピードで女子大生選手たちを圧倒する。
「薫、去年の秋頃からすると体型が変わってる」
「触った時の感触も女の子だよね、完全に」
「まあそれで苦労してるんだけどね」
どんどん点差が開き、前半だけで32対44と10点以上の差ができる。こんなに点差が開いてしまうのは、N高校の千里にしても暢子にしても薫にしても、シュートの精度が良いのに対してA大学側はけっこう外しているというのが大きい。その後のリバウンド勝負は留実子と相手センターとで半々くらいに取っているのだが、そもそものシュートの確率が違うとどうしてもそれが点差に表れることになる。
第3ピリオドでは午前中に気合いが入りまくっていた絵津子・ソフィアを出す。すると絵津子はこの10分の間にひとりで10点も取り、ソフィアも6点取る。寿絵が外したシュートまでソフィアがリバウンドを取って自分で放り込む活躍を見せる。この1年生コンビの活躍で点差は更に広がる。
第4ピリオドでは夏恋・睦子・敦子といった面々を出したが、1年生の活躍に刺激を受けて3年生の彼女たちも負けじと頑張る。
最終的には58対102という、まさかのダブルスコアでの勝利となった。
「うちの男子チームといい勝負したと聞いてたから、女子高生相手に遊んであげてるのかと思ったら、それってマジ勝負だったみたいね」
と相手のキャプテンの人がほんとに感心するように言っていた。
「あんたら強ぇ〜。インターハイ優勝しなよ」
と蒔枝さんはむしろ嬉しそうに暢子たちに声を掛けた。
一方のP高校もやはり根室の女子大生チームに圧勝して準決勝に駒を進めた。
その日の夕方、千里と暢子は夕食前に宇田先生から呼ばれた。
「実は主催者から明日の準決勝は辞退してくれないかという打診があった」
と宇田先生は難しそうな顔で言った。
「え〜〜!?」
「どうしてですか?」
「本来は高校生はこの大会の参加資格が無いのをゲスト参加ということで認めたので、さすがに準決勝・決勝とかまで出られるのはちょっと、という話なんだよ」
暢子と千里は少し顔を見合わせる。
「私は構わないと思います。私たちは充分強い所と戦わせてもらいました。インハイ前の強化という目的も、薫に出場機会を与えるという目的も達したと思います。明日はL女子高・Z高校との練習試合をしましょう」
と千里は言った。
暢子はも
「まあ、充分楽しみましたしね。主催者さんがそう言うなら、ここで撤退してもいいんじゃないですか? その代わり来年も参加させて欲しいですね」
「うん。その点は僕も頼んだ。ここまで強いチームなら、来年も準々決勝までの限定で参加してもらうと盛り上がるのではと向こうも言ってくれた」
と宇田先生。
「ちょっとみんなには言いづらいけど」
と暢子が言うが
「もちろんそれは僕がみんなに言うよ」
と宇田先生は言った。
それで夕食の席で、宇田先生がみんなに明日の試合を辞退するということを話すと、一瞬重苦しいムードが流れる。特に1〜2年生は明日も勝つぞ!などと気勢を挙げていたので、不満そうな顔である。
しかし寿絵が
「戦わずして撤退ってのも、まるで最強みたいで格好いいんじゃない?」
というと
「それもひとつの美しい戦い方かも知れないですね」
と揚羽が言い、その後は
「Z高校との戦いもあの人たち凄い燃えるから楽しいしね」
「P高校と戦えるのも美味しい」
ということで、何とかみんなその方針を受け入れる雰囲気になってくれた。
「よし。今日は残念会で食べるぞ!」
とメグミが言うと
「明日本戦じゃなかったら、動けないくらい食べてもいいですよね?」
などという声もあがり、この後はけっこうみんなやけ食いで盛り上がった。
翌朝。
多くの子が「昨日さすがに食べ過ぎた」などと言い、朝ご飯はパスして早朝から登別総合体育館に出かける。練習試合は10時からの予定なのだが、N高校も他の3高校も登別に泊まっているし体育館自体は9時から使えるので、その9時にはみんな体育館に集まり、軽く練習をしていた。
ところがそこに主催者の人が焦ったような顔をして駆け込んできた。
「済みません。突然話が変わって申し訳ないのですが、やはりN高校さん、P高校さん、準決勝に出ていただけませんか?」
と言うのである。
「は?」
取り敢えず試合開始の時刻が迫っているので、主催者側が用意したバスに両校のメンバーが乗り込んだ。それから主催者さんの弁明を聞く。
昨日の夕方主催者としてはN高校・P高校に準決勝辞退のお願いをした。それで今日の午前中の女子の準決勝は2試合とも行わず、相手チームの不戦勝として処理することを決めて、今朝各々のチームに連絡した。
ところがそれを相手チームが両方とも拒否したらしい。
女子高生チームに辞退させるのであれば自分たちも準決勝を辞退すると通告したのである。そうなると、女子は準決勝に進出したBEST4のチームが全部辞退という異例の事態になる。それはさすがに大問題になり、主催者が処分を受けかねないということで、急遽トップの決断で女子高生チームにも準決勝に出場して欲しいという話になったのであった。
「みんな、やるよな?」
と暢子が言うと
「おぉ!」
という声が帰ってくる。P高校も佐藤さんが
「気合い入れ直して戦おう!」
と声を掛け
「頑張りましょう!」
という声があちこちからあがった。
なお突然対戦相手が居なくなったL女子高とZ高校であるが、取り敢えず千里が麻樹さんに連絡をしたところ、A大学チームが急遽代わりに登別での練習試合に出てくれることになった。A大学は昨日の試合が遅い時間帯だったので一泊した上で今日の午前中の便で帰るつもりでいたのである。
またA大学のキャプテンさんが連絡を取ってくれて、地元室蘭市内のクラブ・チーム《えーとも》が、この練習試合に参加してくれることになり、今日の登別での練習試合はL女子高・Z高校・えーとも・A大学の4者で行うことになった。
「ノノちゃんが夕方からでもいいから対戦しようと言ってる」
と千里が電話しながら暢子に言うと
「おお、やろうやろう」
と暢子も言うのでN高校は室蘭の試合が終わった後、また登別に行くことにする。そんな話をしていたらP高校の佐藤さんも
「その話、うちも乗った」
というので、この日は結局、登別では夕方から4高校のリーグ戦をするというハードなスケジュールが組まれることとなった。
試合開始は本当は9時半からの予定だったのだが、このごたごたの影響で女子の準決勝2試合は9:50スタートになった。
N高校の相手は12月の総合の決勝で当たった札幌の《ノース・ポプラーズ》である。何度もオールジャパンに出場している無茶苦茶強い所だ。12月に勝てたのは半分奇蹟のような面もある。しかも前回は向こうはこちらのことを全然知らなかったが、今度は相当の警戒心を持って当たってくるだろうし、千里のスリーにはしっかり対処してくるだろう。
しかしこちらは奇策を採ることなく、堂々と雪子/千里/薫/暢子/留実子というメンツで出て行った。
試合開始早々激しい戦いとなる。
前回は雪子が体格の良い相手選手に吹き飛ばされたりしていたのだが、今回はぶつかっても全然平気である。相手が強いチェックを掛けて来ても気合い負けせずに突っ込んで行くので、一度は雪子にしては珍しくチャージングを取られたりもしたが、それでも臆することなく対決していく。
千里には相手のエースの人がマークに付いたがU18合宿でF女子高の前田さんやQ女子高の鞠原さんにも決してひけを取らなかったことが千里の自信になっている。相手のマークを意識の隙や瞬発力を使って外しては、雪子や薫からボールをもらい、どんどんスリーを撃つ。
暢子も薫も相手の強いディフェンスにめげずに中に進入していく。
正直、対戦している感触はP高校やJ学園よりも上という感じもあるものの、それでもなぜか負ける気がしなかった。
前半終わって36対34と2点差である。
第3ピリオドでは、雪子・千里・暢子を休ませ、夏恋をポイントガードにしてソフィア・絵津子の1年生コンビを出す。夏恋を使うのは相手が体格の良い選手ばかりなので当たりの強さを取るからであるが、このピリオドでは怖い物知らずの1年生2人が若さでベテラン選手たちに対抗し、ふつう思いつかないような攻撃パターンで相手を翻弄する。それを見ていた雪子が「なるほどー!」と声を挙げたりする場面もあった。結果的にこのピリオドでこちらが逆転して52対54となる。
第4ピリオド、雪子・千里・暢子を戻し、ここまで頑張った薫は下げて寿絵で行く。逆転されて燃えた相手が激しい攻撃を仕掛けてくるものの、こういう展開になると、結局シュート精度の差が効いてくる。
千里・暢子がひじょうに高い確率でシュートを決めるのに対して、向こうのフォワードもシューターも、どうしても外すシュートが結構ある。その後のリバウンドでは留実子が体格では向こうのセンターより上回っていることもあり7割をこちらが取る感覚がある。
結果的にはそのあたりの差が出て、最終的には70対76でこちらが勝利した。
「リベンジに燃えたんだけどなあ」
「一度練習試合とかもしようよ」
と向こうは試合終了後、話していた。
同時刻に行われていたP高校と札幌の企業チームとの戦いも激戦であった。序盤企業チームがリードを奪ったものの、ハーフタイムにN高校がかなり良い勝負をしているのを見て、向こうの闘争心に火が点く。佐藤さんが、宮野さんが、猪瀬さんが、そして最後はたまらずとうとう投入した《最終兵器》伊香さんが頑張り、最後はその伊香さんのスリーが決まって1点差で辛勝した。
「今回この大会への参加は突然決めたからね。他都府県の偵察隊はきっと居ないという線に賭けることにした」
と佐藤さんは言っていた。
「でも伊香さんにも、インハイに向けて強い敵との勝負で凄くいい経験になったでしょ?」
と千里は言う。
「うん。それを(宮野)聖子が主張したから出すことにしたんだよ」
と佐藤さんも答えた。
そういう訳で、今年の道民大会女子の決勝は居並ぶ社会人チーム・大学生チームを倒したP高校とN高校という女子高生チーム同士で争われることになったのである。
男子の準決勝を経て13:00から女子の決勝が始まる。
この試合、P高校はその伊香さんを最初からコートに入れた。但し彼女には《スリーを撃たせない》という方針を採った。あくまで強い相手とのマッチングに慣らそうという魂胆である。シュートを撃つのもスリーポイントラインより内側から撃たせるようにした。
それでも彼女の存在はなかなか強烈である。
千里は佐藤さんとマッチアップするので、伊香さんのマッチアップは夏恋にさせたが、向こうとしてもマークの上手い夏恋と対峙させることで伊香さんには良い経験になっているようである。
第2ピリオド、こちらも午前中の準決勝で活躍した1年生2人を投入する。絵津子に伊香さんとのマッチアップをさせたのだが、伊香さんは先のピリオドで対決した夏恋とは全く違うタイプのマークのされ方に戸惑っている。夏恋がハードタイプなら絵津子はソフトタイプなので、抜けそうと思って突っ込んではボールを盗られるというのを、最初かなりやられる。しかしそれで慎重さが増したようでピリオド後半には、抜けなくても盗られはしないプレイができるようになる。本当は彼女の場合、抜けなかったらシュートを撃つという選択肢があるので、こちらとしては8月以降は怖い存在だ。相手の強化に協力しつつこちらも伊香さんへの対処法をいろいろ考える。
第3ピリオドでは敦子・睦子・蘭といった付近を出す。向こうも1.5軍付近の子たちを出して来て、各々スターター枠を目指してアピールしようと頑張り、試合は熱くなっていく。
最終ピリオドではどちらもベストメンバーに戻して、激しい戦いが更に続く。両校の対決に、ここまで敗れた社会人チームや大学生チームの人たちの熱い視線が降り注ぐ。試合はずっとシーソーゲームが続いたが、残り2分になってから、P高校が最後の力を振り絞って猛攻・猛プレスを掛け、一度6点差にまで開く。しかしその後N高校も必死の反撃をして千里のスリーで何とか逆転したものの、残り5秒から速攻で佐藤さんがブザービーターを決め再逆転に成功。
結局88対87でP高校が勝利した。
試合が終わった後、客席から思わず拍手の嵐が起きたほど熱い試合であった。どちらも体力・気力を使い果たし、挨拶を交わした後、ベンチから立ち上がれない選手が両軍ともかなり居た。