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■女の子たちの開幕前夜(2)

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6月29日(日)。光帆(美来)はその日スタジオで困ったような顔で彼女を見つめていた。
 
XANFASの最初のCD(インディーズ)制作のため、その日朝からスタジオに入っていたのだが、いきなりパート割りで揉めているのである。プロデューサーの麻生杏華さん(ピアニストでParking Serviceの初代プロデューサー)は、S1(ソプラノ・メロディ担当).逢鈴、S2(ソプラノ・カウンター担当).黒羽、MS(メゾソプラノ).碧空、A(アルト).光帆というパート割を決めた。ところがMS(メゾソプラノ)に指名された碧空が異論を唱えたのである。
 
「私、この4人の中でいちばん高い声が出ます。なぜメゾなんですか?」
と碧空は言う。
 
「確かに音域チェックでは君がいちばん高い音まで出ていた。しかしソプラノ、メゾソプラノというのは声の高さだけで決めるものではないのよ。声質の方が重要で、ソプラノというのは倍音の少ないクリアな声、メゾソプラノは響きが豊かで情緒的な声。だからマリア・カラスは声質的にはメゾソプラノだと言われていたよね」
と麻生。

「誰ですかか?その何とかカラスって?」
 
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という碧空の返事に麻生は困ったような顔をする。
 
うーん、クラシックに弱い私でもマリア・カラスくらいは知ってるぞ、と光帆は内心思った。
 
「とにかく、私がそう決めたんだから、この制作ではそれに従いなさい」
と麻生は言ったが
 
「納得行きません。私は音域もこの4人の中でいちばん広いし、歌唱力も一番あると思います。私をリードボーカルにした方が絶対いい曲になります。それとも賄賂でももらってるんですか?」
と碧空。
 
「根拠も無い邪推をするのはやめなさい。それに自己主張するのはいいけど、集団で物事を進める時はちゃんと指示に従ってくれないと困るんだけどね」
と麻生はあくまでも冷静に言う。
 
歌唱力ね・・・。確かに碧空さんの歌は「聞かせる」歌ではあるけど、音程や拍を変えすぎるんだよなと光帆は思っていた。恐らく彼女はいわゆる個性派歌手のコピーをしてきている。自己流の歌い方で売れてしまった歌手にはしばしばそういうわざと譜面と違う歌い方をする人が居る。ソロならいいけど重唱・合唱向きではない歌い方だ。
 
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それに対して逢鈴さんはParking Serviceの後ろでバックコーラスとかもしていたし、黒羽さんにしてもリュークガールズで大勢での斉唱をしていたからであろうが、譜面に正確な歌い方をしていた。まあ多少の音程のずれは愛嬌ということにして。
 
音程について言えば、逢鈴の歌は「音程が合ってない」のに対して碧空の歌は「音程を合わせてない」のである。ユニットを組む場合は後者の方が深刻だ。個性的と言えば、黒羽さんもちょっと個性的な声の出し方をする。ただし彼女はちゃんと音程・拍はみんなと合わせているので、こういう重唱ユニットでは問題が無い。特に彼女の担当はカウンター・メロディ(オブリガート)なので他の子とハモらなくても問題無い。
 
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碧空と麻生さんの議論は30分ほどに及ぶ。逢鈴が
「制作する曲の中でリードボーカルを曲毎に変えてみるのはどうでしょうか?」
と妥協案を提示したが、麻生は一蹴する。
 
「リートボーカルがコロコロ変わるユニットは、要するに誰もリードボーカルになる能力が無いと言っているようなもの」
と麻生さん。
 
「ですから私がリートボーカルに最適です」
と碧空は主張する。
 
そしてとうとう碧空は決定的なことを言ってしまった。
 
「こんな制作者の下ではお仕事できません。辞めます」
 
「それは契約違反なんだけど」
と麻生さんはクールに言う。
 
「違約金払えばいいんでしょ?失礼します」
 
そう言って碧空は帰ってしまった。
 
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何ともしらけたムードが流れる。1分くらい誰も発言しなかった。これちょっと気まずすぎるなあと思った光帆は言った。
 
「あのお、お腹空いたんで、おやつ頂いていいですか? さっきからあそこに置いてある『花千鳥』が気になってて」
 
「そうだね。ちょっとブレイク入れてからリスタートしようか」
と麻生も言い、少しホッとしたような空気になる。
 
どうしよう?という感じで立ち尽くしていた事務所の若い子・佐鳴ツグミがお茶を入れて、光帆もお茶を配るのを手伝い、みんなで花千鳥を食べる。この時、光帆だけがツグミを手伝ったのを麻生は頷きながら見ていた。
 
「これどなたのお土産なんですか?」
と光帆が訊くと
「私」
と黒羽が手を挙げる。
「リュークガールズで一緒だった子が博多で結婚式挙げたんで、出席してきたのよ。昨日は大安吉日で。これは実は引き出物の一部」
 
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「へー。でも何歳なんですか?」
「その子は18歳。彼氏は21歳。実はできちゃった婚」
「あらあら」
 
「でも、博多までたいへんですね」
「交通費は出してくれたしね。実はその子と一時バンドも組んでたのよ。アマチュアだけど」
「すごーい」
「パートは?」
「その子がベース、もうひとり由妃ちゃんって子がドラムスで私がキーボード」
「あれ?ギターがいないんですか?」
「うん。ベースとドラムスは無いと困るけど、キーボードとギターはどちらか片方居れば他方は居なくてもバンドとして成立するんだよね」
「確かにそうかも」
 
「バンド名とかは?」
「Black Cats」
「かっこいー」
「でもありがちな名前なんだよ」
「確かに」
「軽音の大会に出たら同名バンドが他に2つあったことある」
「なるほどー」
「私が黒美で、由妃ちゃんの苗字が黒井で、メンバーの2人が黒のついた名前なんで付けたんだけどね」
 
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「くろいゆき、って矛盾を含んだ名前ですね」
「ああ、あの子は色々自己矛盾を抱えているんだよねー」
「へー」
「フライト・アテンダント志望なんだけど英語がまるでダメだし」
「それは厳しすぎる」
 

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「でも済みません。私リーダーなのに何もできなくて。あの子ちょっと自分を見失ったんだと思います。あとで電話して再度話してみますから」
と逢鈴が言ったが
 
「いいよ。放っときなさい」
と麻生は言う。
 
「違約金って高いんですか?」
と光帆が心配そうに訊いたが
 
「よほど悪質な契約違反しない限りは取らないよ。うちの場合はね」
と麻生は言う。
 
「このままもし碧空ちゃん辞めた場合、悪質じゃないですよね?」
「悪質ってのはテスレコみたいなのを言うんだよ」
「あれちょっと酷いですね」
「H出版と★★レコードは5億円の損害賠償を求めて提訴したね」
「いや実際あれ億単位の損害を与えてるでしょ?」
「CDの廃棄・再プレスの費用、ポスターの作り直し・配布し直し、回収費用、雑誌の刷り直し、わざわざグアムまで行って撮影して編集中だった写真集の頓挫とかの直接的な損害だけでも2億近いと言ってたよ」
 
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何だか恐ろしい世界だなあと光帆は思いながら花千鳥の4個目を手に取っていた。麻生は2個食べているが、逢鈴は1個、黒羽も2個である。麻生も平静は装っているものの内心かなりムカついていた。しかし各々の前にある包み紙の数を目で数えて、麻生は少し楽しい気分になり、気持ちを切り替えることができつつあった。
 

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時を戻して6月27日(金)、昼休み。
 
「それではインターハイの登録メンバーを発表します」
と宇田先生は言った。
 
南体育館(朱雀)に集まった女子バスケ部員の間に緊張が走る。
 
「4番主将パワーフォワード若生暢子、5番副主将シューティングガード村山千里、6番センター花和留実子、7番ポイントガード森田雪子、8番センター原口揚羽、9番スモールフォワード根岸寿絵、10番シューティングガード白浜夏恋、11番パワーフォワード瀬戸睦子」
 
とまで読み上げた所で宇田先生はいったん止める。
 
「ここまでは昨年のインターハイも経験しているね。その後、それぞれレベルアップしているし、大会でもしっかり活躍しているので期待している」
と先生は言う。
 
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「昨年はマネージャー登録だったので選手になれて嬉しいです」
と睦子が言う。先生も頷く。
 
「12番ポイントガード広中メグミ。最近の急成長が著しいので森田君とふたりで本戦での司令塔役、期待している」
と先生は言う。この瞬間、他のPGの子は落選確定だが、実際現在のN高校のPGではこの2人は突出している。
 
「まだまだ勉強します。頑張ります」
とメグミ。
 
「13番スモールフォワード海原敦子。阿寒カップで佐々木君から提案された成績争いでトップだったし、予選でも活躍したのでそのまま確定。一応スモールフォワード登録だけど試合の流れ次第では一時的にポイントガードの位置に入ってもらうこともあるかも知れない」
 
「はい。その時に求められる役割を実行していきます」
と敦子。
 
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残りは2人である。先生は一気に読み上げた。
 
「14番センター常磐リリカ、15番スモールフォワード湧見絵津子。そしてマネージャー登録で佐々木川南」
 
ため息がいくつか漏れる。
 
「えーん。私マネージャーですか〜?」
と川南が抗議する。
 
「佐々木君のこの数ヶ月の成長は素晴らしいものがあった。本当はマネージャーには来年のことを考えて2年生を入れたいところだけど、その頑張りに敬意を表するとともに、佐々木君が大学に進学した後、より成長できるようにインハイのベンチを経験してもらいたいと思って選んだ」
 
と宇田先生は言う。
 
宇田先生から実は昨日千里と暢子が呼ばれ、マネージャーには薫と蘭のどちらがいいかと尋ねられた。参謀として期待できるのは薫、ウィンターカップや来年を見越したら蘭だ。それに対して暢子は川南を入れてあげて欲しいと言った。それで宇田先生もそれを認めてくれたのである。「川南は凄く頑張った。そして彼女の頑張りに刺激されて夏恋と睦子が更に頑張った。川南の頑張りがうちのチームの底上げをしたんです」と暢子はその時先生に言ったのであった。
 
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「川南、試合には出ずに優勝できたらメダルもらえるのは美味しいぞ」
と暢子が川南に声を掛ける言う。
 
「私は川南が羨ましいよ。私は3年生でひとりだけベンチ外だもん」
と葉月が言う。
 
「葉月、私も忘れないでー」
と薫。
 
「そうですね。私スコア付けと応援とで頑張ります」
と川南も気持ちを切り替えて言う。
 
「よし頑張れ頑張れ」
 
つまりポジション別の陣容はこうなった。
 
PG 雪子(7) メグミ(12) SG 千里(5) 夏恋(10) SF 寿絵(9) 敦子(13) 絵津子(15) PF 暢子(4) 睦子(11) C 留実子(6) 揚羽(8) リリカ(14)
 
学年別では3年生8人, 2年生3人, 1年生1人である。昨年は3年5人,2年5人,1年2人であった。3年生が多いのはやはりこの学年の実力が突出している現れでもあるし全体のレベルが上がっていて新入部員との実力差ができてしまっていることも表している。
 
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宇田先生は昨年同様、インターハイには女子部員48名全員を連れて行くと言い(6月までに1年生が4名辞めている)、南野コーチが薫と永子・愛実をスコア分析係、葉月を撮影隊長、蘭を応援隊長に任命すると言った。
 
「葉月、また試合に夢中になって撮影を忘れないように」
と寿絵。
「大丈夫。その時は志緒ちゃんにカメラ渡してから観戦する」
 
「あと保健係で来未ちゃん、物資調達係で昭ちゃんね」
と南野コーチ。
 
むろん宇田先生が言った「48人」には昭ちゃんも入っているのである。
 
「ボク、要するに力仕事係ですね」
と昭ちゃん。
 
「可愛い服着せてあげるよ」
と川南が言うと
 
「いいなあ、それ」
などと言っている。
 
「昭ちゃん、ちゃんと女子制服持って行きなよ」
「持っていきます!」
 
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