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月曜日。昼休みにメールチェックしたら、∞∞プロダクションの谷津さんからメールが来ていて、葵照子・醍醐春海のペアでKARIONのアルバムに入れる曲を書いてくれないかという依頼が来ていた。
前回は緊急だったので∴∴ミュージックの畠山社長から直接依頼があったのだが、今回は「正式ルート」の∞∞プロダクション経由で来たようである。ところが蓮菜に話したら、先日の中間試験の成績が悪かったので勉強に集中していたいから過去のストックを適当に使ってと言われた。
「蓮菜、成績そんなに悪かったっけ?」
「学年5位だったんだよ。信じられない」
「あ、そう」
どうも頭のいい人には頭のいい人の悩みがあるようだと千里は思った。確かに蓮菜はいつも浜中君・鮎奈と3人で1〜3位の順番だけ争っている。BEST3から落ちるというのは彼女にとってはショックだったのだろう。
それで千里は過去のストックの中でKARIONに合いそうな曲を考えていて『君に続く道』という曲を選んだ。1年生の時にウィンターカップを見に行っていて、東京のホテルで蓮菜が書いた詩に千里が曲を付けたものである。蓮菜に尋ねたら「適当によろしくー」と言い、念のため美空に電話して聞かせたら「あ、わりと好み〜」と言っていたので、それをきちんと編曲して送ることにした。
「ボーカルは4声でいいんだよね?」
と美空に確認する。
「うんうん。昨日幕張でアイドルフェスタというイベントに出たんだけど、蘭子来られないと言っていたのに、当日ちゃんと来ているんだよね。ヴァイオリンも弾きながら歌も歌ったんだよ」
(美空的見解)
千里はヴァイオリン弾きながら歌を歌うのは不可能だと思うけどと思ったものの、とりあえずその件は置いておいて尋ねる。
「じゃ、やはり蘭子ちゃん、KARION続けていくつもりなのね?」
「だと思うよー。随分体調いいみたいな感じだから、性転換手術の傷もだいぶ癒えてるんじゃないかな」
「結局、あの子、性転換手術したんだっけ?」
と千里は訊く。
「え?12月にしたんだと思ったけど」
と美空。
「すごいねー。高校生で性転換しちゃうなんて」
「千里さんは中学生の時に性転換したんだっけ?」
「うーん。そのあたりが最近自分でもよく分からなくなって来た」
2008年6月25日(水)。
大阪の豊中市に住む貴司はその日、女の子とカフェで待ち合わせていた。
彼は社員選手なので昼間は普通の仕事をしている。その日は朝から交渉事(というよりほとんどお使い)で外に出ていて、12時半すぎにその折衝が終わったので会社に連絡を入れた上で、途中梅田で食事をしてから会社に戻ることにした。小さな食堂で定食を頼んでカウンター席に座って待っていたら、隣にOL風の女性が座った。
「あら、もしかしてサウザンド・ケミストラーズの細川選手ですか?」
「はい、そうですよ」
「今日、確かお誕生日ですよね?」
「よく知ってますね!」
チームの選手のプロフはホームページに掲載されている。熱心なファンなら見ているだろうが、覚えているのは凄い。
それで食事をしながら結構盛り上がってしまったが、13時近くになる。
「もっとお話したいけど、そろそろ会社に戻らなくちゃ」
「何ならまた仕事が終わってから話します?」
などと、どちらから誘ったとも曖昧な感じのまま、夕方再度会うことを約束してしまったのである。
それで会社が終わってからこのカフェにやってきた。
やがて彼女が来たので、一緒にコーヒーを飲みながら楽しくお話する。更に盛り上がってしまったが
「でも少しお腹空いてきましたね」
「御飯でも食べながらもう少し話しましょうか」
ということになる。
「何か食べたいものあります?」
と貴司が言うと
「一度フレンチとか食べてみたかったの」
と彼女は言う。
「どこか行きたい店ある?」
と訊くと
「じゃアズナブールというお店なんですけど、いいですか?少し高いけど」
「いいよ、いいよ」
と言って貴司はその店に電話で予約を入れた上で、彼女と一緒にそちらの方に行く。
大阪駅の近くなので会っていたカフェから歩いて5分くらいである。
楽しくおしゃべりしながら向かい、お店に着いてから
「細川と申します。さきほど予約を入れたのですが」
と言うと、お店のスタッフは
「はい。承っております。もうお連れ様もいらっしゃっています」
と言う。
お連れ様???
「誰か呼んだんですか?」
と彼女が訊く。
「いや、誰も呼んだ覚えはないけど」
と貴司。
取り敢えずボーイに案内されて「連れが来ている」というテーブル
の方に行く。
貴司はぽかーんとした。
「ああ、貴司、こっちこっち」
と手を挙げて呼んでいるのは、可愛いドレスを着た千里である。
「どなた?」
と彼女が訊く。
「いや、その・・・」
と貴司はどう答えていいか戸惑っている。
「こんばんは。ファンの方ですか?お世話になってます。私、細川の妻です」
と千里はにこやかに彼女の方に向かって言った。
「奥さん居たんですか!?」
と彼女は驚く。
「あ、座って、座って、コース料理3人分、頼んでおいたから」
と千里。
それで彼女も「どうしよう?」という顔をしたものの、すぐ「まあいいか」という感じの顔になり、千里の向かいに座る。貴司は焦ったものの、千里の隣に座った。
「ここ、ボルドー産赤ワインが美味しいのよ。あ、あなた何歳だっけ?」
「21歳です」
「だったら頼みましょうか」
「はい」
「貴司は未成年だからぶどうジュースね」
そのやりとりで彼女は吹き出してしまう。それですっかりなごんでしまい、取り敢えずこの日の食事を楽しもうというモードになった。
会話は盛り上がった。ワインも美味しくて、彼女はとても満足していた。
「私、細川選手のことますます好きになりました」
などと彼女は言っている。
「でも結婚なさっているって全然知らなかった」
「まだプロ1年目だし未成年だから、公表してないんですよ」
と千里は説明する。
「なるほどですねー。いつ結婚なさったんですか?」
「1年前、貴司が18歳になるのと同時に籍を入れたんですよ。実質
結婚したのは去年の1月だから1年半なんですけどね」
「すごーい。高校生で結婚したんだ」
彼女は「少し高い」店と言ってはいたのだが、伝票を見た貴司は目の玉が飛び出る思いをする。しかし千里はその伝票をさっと貴司の手から取ると自分で支払いを済ませる。そして彼女をタクシーに乗せ、貴司が持っているカード会社のタクシーチケットを1枚運転手に渡し、送り出した。
彼女のタクシーが夜の町の、光の洪水の中に消えていく。それを見送ってから貴司は千里に尋ねた。
「千里、いつこちらに来たの?」
ところが返事が無い。
「千里!?」
貴司は振り向くがそのあたりに千里の姿は無い。
貴司はきょろきょろする。そのあたりにそれらしき影も無い。トイレにでも行ったのだろうかと思い、貴司は結局その場で15分くらい待っていた。しかし千里が現れないので貴司は電話を掛けた。
「あ、貴司お久〜」
と電話の向こうの千里は言った。
お久???
「千里、今どこに居るの?」
「え?おばちゃんちだけど」
「それって旭川??」
「そうだよ。なんで?」
「だって今、千里ここに居なかった?」
「ここってどこ?」
「梅田だけど」
「梅田って大阪?」
「うん」
「私が大阪に居る訳ないじゃない。あ、それより今日はお誕生日おめでとう」
「ありがとう」
「今梅田なら、まだ自宅に戻ってないのかな? 私、日曜日までバスケの道大会やってからさ、月曜日の夕方になって慌てて貴司のプレゼント選んでそちらに送ったから。今日くらいに届くといいんだけど」
貴司はじわっと心が痛む気がした。ごめーん。千里、浮気しようとしてごめんね。もうできるだけ浮気しないようにするから、などと思う。
「そのあと私、ちょっと音楽の方の仕事しててさ。実はさっき仕上げてメールで納品したところなのよ。こちらから電話掛けられなくてごめんね」
「うん。いいよ。ありがとう。あ、それでさ」
「なあに?」
「千里、好きだよ」
と貴司。
「私も貴司のこと好きだよ」
と千里。
貴司はまた心にジーンと来た。
「でも何で私が今居なかった?とか訊いたの?何か私と似た人でも見かけたの?」
「いや、実は・・・」
それで貴司が今日のできごとを話すと千里は大笑いする。
「それって夢でも見たんじゃないの? 私は旭川に居るんだから、貴司と大阪で食事ができるわけ無いじゃん」
「夢だったのかなあ」
「でもやはり貴司は浮気性だ」
「ほんとにごめん」
「でも私たち一応自由だから、ほんとに恋人作ってもいいんだよ」
「いや、やめとく。また女の子デートに誘ったら、誰かさんに邪魔されそうな気がする」
「それきっと邪魔したのは貴司の良心なんだよ」
「うむむ」
そのあと2人は2時間ほどおしゃべりした後「リモートキス」をしてから「おやすみ」を言って電話を切った。
千里との電話を切ってから、貴司はもう終電が出ているのに気付いた。
「仕方ないタクシーで帰ろう」
と思い、流しのタクシーを呼び止め、行き先を告げる。それでタクシーチケットを渡そうと思い、バッグからチケットを取り出す。1枚ちぎろうとしてふと気付いた。既に使用されている??
このタクシーチケットは先週末に新しいのを発行してもらってまだ1枚も使用していなかった。しかし1枚目と表紙の間のノリが外れている。念のため枚数を数えてみると20枚つづりのはずが19枚しか無い。
貴司は少し考えた。
やはりさっき彼女をタクシーに乗せて送り出したのは現実だ。
だったら千里に会ったのも現実なのでは?
でも千里が大阪に本当に来たのなら、来てないという嘘をつく必要はない。むしろ一晩自分と過ごしてから帰ってくれるのではないかという気がする。
そんなことを考えていたら、突然千里とセックスしたい気分になった。
千里〜、夜が寂しいよぉ。
ため息をつきながら自宅に戻る。マンション1階の宅配ボックスに荷物が入っていたので、笑顔でそれを取り出す。
エレベータで上って、3331という自分の部屋の数字を見ると少しだけ元気になる。この部屋に住むことが自分にとっては千里と一緒に居ることでもある。千里は平成3年3月3日0時1分生れである。本当は33301号室なんてのがあったらそこに住みたかった。しかし部屋を探していた時にこのマンションを下見させてもらい、空いている部屋が3331号室であったのを知り、場所も千里(せんり)であることから、貴司は部屋の中も見ずに「ここ借ります」と不動産屋さんに言ったのである。
中に入って背広を脱ぎ、そのままシャツまで脱いで裸になってしまう。それから浴室に行ってシャワーを浴びる。このあたりはひとり暮らしの気楽さだ。留萌の実家では、妹が2人いるので、さすがにこんな真似はできなかった。
そしてわくわくしながら千里から送られて来た誕生日プレゼントを開ける。宅配便の箱の中に千里自身でラッピングした感じの箱が入っている。そのリボンに赤いハート型の紙が付けられているのを見て、貴司はあそこが立ってしまう。このあたりは女性には理解しがたい男性の自然な反応である。
破らないようにセロテープを剥がして丁寧に開ける。中には更に2つ箱が入っていた。しかしそれを見て、貴司は首をひねった。
ひとつはお菓子である。旭川のお菓子屋さん・ロバ菓子司の《たいせつ》だ。柔らかいカスタードケーキで以前にも一度千里が留萌の実家に来た時、持って来てくれたこともあり、好評だった。『あなたをたいせつに思っています』という千里の自筆メッセージカードが添えられていて貴司はじわっと来た。
そしてもうひとつが何だか巨大な玉子が3つ入っているパッケージである。玉子は直径5cmくらい、高さは7cmほどある。何だろう?これ?これもお菓子かな?と思ってwavyと書かれた玉子を開封する。開け口があるのでそこを指でつまんでチョコレートとかCDを開けるかのようにシールを外した。ケース内の柔らかい玉子状のものを触り悩む。
そして1分くらい考えてから、貴司はやっとその正体が分かった。
千里〜。察しが良すぎるぞ!?
でも貴司はそれをありがたく使わせてもらうことにすると、寝室に行き、玉子にジェルを満たした上で、ベッドに寝転がり、毛布をかぶってから、あそこの先にそっと当てた。
すげー!これ、こんなに伸びるのか!?
その日貴司は千里と熱い夜を過ごす夢を見た。
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女の子たちのBoost Up(8)