広告:彼が彼女になったわけ-角川文庫-デイヴィッド-トーマス
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■女の子たちの出会いと別れ(8)

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ボールはバックボードの中央向こうよりに当たったもののバックスピンでゴールに飛び込んだ。
 
審判がゴールを認めるジェスチャーをしている。
 
千里はホッとしたように大きく息をついた。
 
整列する。
 
「90対68で旭川N高校の勝ち」
「ありがとうございました!」
 
あちこちで握手したりハグしたりしている。揚羽は鶴山さんとハグしている。ウィンターカップ予選の件はお互いわだかまりが取れたようである。松前さんは雪子、暢子、千里とハグした後、薫ともハグしていた。そして何か言っている。薫が頭を掻いていた。
 
「何言われたの?」
と暢子が訊く。
「いや、女の子ならちゃんと生理用品は常備しとけって」
と薫。
「薫、実はナプキンくらい持ってない?」
「うん。実はいつも生理用品入れに入れて持ち歩いている。使ったことはないけど」
「やはりね〜」
 
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そういう訳でこの大会の賞品、釧路産牛肉6kgはN高校が無事持ち帰ることができた(バスで持ち帰ると途中で解凍されてしまうので、追ってクール便で送ってもらうことにした)。
 
表彰式が終わった後で、松前さんたちが声を掛けてきた。
 
「歌子さん、4月からは女子チームに正式に合流することになったんだって?」
と松前さんが訊く。
「ええ。でも道大会には7月7日以降しか出られないんですよ」
「インターハイの道予選終わってるじゃん!」
「そうなんですよねー」
 
「薫が出られるように、5月にうちの高校が主宰して新しく嵐山カップというの創設したから」
と暢子が言う。
「よし、それ参加」
と松前さん。
「7月の道民バスケット大会にも出るよ」
「よし、それも参加」
 
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「部長〜、遠征費用きついっすよ」
という声が出る。最近釧路Z高校は合宿もかなりやっているようだ。個人負担もけっこう来ているだろう。
 
「嵐山カップは招待しようか?」
と宇田先生が言う。
「あ、それお願いします」
と松前さん。
「ちょっとちょっと」
と向こうの尾白監督が慌てるが
「今年新たに創設した記念ということで」
と言うと
「ではお言葉に甘えて」
と尾白さんも容認する。
 
「道民大会って、いつどこでやるんだっけ?」
と松前さん。
「7月19-21日、室蘭・登別」
と暢子。
 
「それ修学旅行とぶつかってない?」
と福島さんが言う。
 
「じゃバスケ部は室蘭・登別へ修学旅行。費用振り替え」
「え〜〜!?」
 
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ところで川南が提案したボーダー組の今回の成績1番の子はインハイの枠に入れるという件であるが、2日間の合計は、1位敦子48 2位睦子39 3位川南38 4位結里27 5位永子22 6位蘭16 7位葉月14 という成績であった。
 
「ということで敦子ちゃんはインハイ枠当確」
と南野コーチから言われる。
 
「ありがとうございます。頑張ります」
と敦子。
 
「ただし道予選でもそれなりの働きを見せたらという条件付きだからね」
「はい」
 
「でも川南も頑張ったよ」
と寿絵から言われる。
 
「残り2枠の争いだけど1年生に負けないように頑張れ」
と暢子。
 
「うん。頑張る」
と川南。
 
「私ちょっとやばいな」
などと睦子が言っている。
「2年連続マネージャーでの参加にならないようちょっと気合い入れて練習する」
 
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「インハイに出られた前提で言うと、メンバー表を提出するのはたぶん6月25日くらいだから。あと3ヶ月弱で今ほぼ確定している子だって分からないよ」
と南野コーチは言っていた。
 

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阿寒カップが終わった翌日、3月31日月曜日。千里は旭川空港を14:20の羽田行きに乗った。伊丹行きに乗り継いで18:40に伊丹(大阪空港)に到着する。そこからモノレールで千里中央(せんりちゅうおう)駅まで行く。そのあと地図を頼りに、そのマンションにたどり着いた。
 
エントランスの所で3331号室のインターホンのボタンを押す。
 
「はい」
という貴司の声があるので
「強盗です」
と千里は言う。
 
「僕の何を盗っていくんだろう?」
「とんでもないものを盗んでいくんだよ」
「こわいなあ。まあ入って」
 
ロックが解除されるのでマンションの建物の中に入り、33階までエレベータを昇る。そして3331号室に行くと、貴司はこちらがボタンを押す前にドアを開けてくれた。
 
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「確認する前にドア開けていいの?強盗だったらどうする?」
「強盗なんだろ?」
「そうだよ」
 
と言って千里は中に入る。
 

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ドアを閉めるのと同時に、玄関でふたりはきつく抱き合いキスをした。
 
5分くらい続いたキスの末、やっと離れる。
 
「あ、そうそう。これ遅ればせながらホワイトデー」
と言って貴司がモロゾフのクッキーセットを渡す。
 
「ありがとう」
と言って受け取る。電話では、サザエぼんでいいよ、などと言っておいたのだが、さすがに考え直したようである。まあ貴司にしては上出来だな。
 
「ねぇ、別れるのやめようよ」
と貴司が言う。
 
「今日の運賃は片道57,890円だからね。さすがにこれ毎月とかは払えないよ」
と千里。
 
「運賃は僕が出すよ」
「安月給の会社員さんにはとても負担させられないなあ。それに妹さんたちの学資を貯めないといけないんでしょ?」
「うん。実はそうなんだけどね」
 
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取り敢えず寝室に行くが、千里は眉をひそめる。
 
「何よこれ?」
「ごめーん。千里が来る前までに何とかしようと思ったんだけど、ひとりではこれ組み立てるの大変で」
 
ベッドが「組み立て中」なのである。
 
結局、ふたりで協力して組み立てて、疲れたので何もしないまま居間に戻ってお茶を飲む。これもヤカンが見当たらないので、鍋でお湯を沸かして煎れた。さっき貴司がくれたモロゾフのクッキーの箱を開けてふたりで一緒に食べる。
 
「でもこれ片付けるまでに1年かかったりして」
「かも知れないという気はする」
「お嫁さんをもらおう」
「千里がお嫁さんになってよ」
「私はバスケがあるからね」
 
「エンデバーに招集されたんだろ? 日本代表になる可能性もあるんだよね?」
 
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「エンデバーはあくまで強化目的だから、代表選考とは無関係とは言ってたけどね」
「でも強化したいような選手と、代表に入れたい選手はとうぜんダブる」
「まあ、あの中から代表選手がけっこう出るだろうね」
 

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「御飯は食べたんだっけ?」
「まだ」
「食材とかある?」
「全然買物とか行ってない」
「じゃ一緒に買物に行こうよ」
「うん」
 
それでふたりは一緒にマンションを出て、近くのピーコックまで行く。
 
「こないだ次会った時は酢豚にしてよと言ってたけど、酢豚にする?」
と千里は訊くが
「それやっちゃうと、その次が無さそうな気がするから、今回はパス」
と貴司は答える。
 
「ふーん」
 
取り敢えず、お肉をたくさんと野菜、パン、ウィンナー、卵などを買った。
 
「このお店ってオイルショックの時のトイレットペーパー騒動、発祥の地らしい」
「そんな古い時代からあったのか」
「人間のデマって怖いね」
「うちのおばあちゃんとかも、押し入れがあふれるくらいトイレットペーパー買ったらしいよ」
「みんながそんなに買ったら、そりゃ足りなくなるに決まってる」
「銀行の取り付け騒ぎなんかもそうだよね。全員が預金を引き出したら危なくなくても破綻しちゃう」
「ネット時代だからデマが伝わるのも早い。気をつけないとね」
 
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マンションに備え付けの電磁調理器に何とか荷物の中から発掘したフライパンを乗せてお肉と野菜を焼く。
 
「いい匂いだ〜」
「4日に大阪に来てから、何食べてたの?」
「社員寮に入っている間は、寮の食堂があるから、そこで食べてた。先週ここに引っ越してきてからは、外食したり、ホカ弁食べたり、コンビニでパンとか買ったり」
 
「それではとてもバスケ選手の身体を作れないよ」
「うん。自炊頑張らなくちゃとは思うんだけどね」
 
御飯を食べた後はお風呂(シャンプーが無かったが千里は念のため旅行用のシャンプー・リンスセットを持ってきていた)に入り、そのあと再度寝室に行って、3週間ぶりの愛の儀式をした。
 
この日は貴司が「寂しかったよぉ」と言って、何度も何度もしたので千里は最後の方は半分眠りながらされていた。
 
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「3月3日をラストナイトにするつもりだったんだけどな」
「3月31日までは夫婦でいる約束だったし」
「もう4月1日になっちゃったけど」
「イギリス時間ではまだ3月31日だよ」
「いつからイギリス人になったの?」
「なんならハワイ人になってもいい」
 
「でもこれが本当のラストナイトだね」
「ゴールデンウィークはふさがってたんだっけ?」
「うちの高校が主宰してカップ戦やるから」
「へー!」
「夏休みはインターハイに国体予選に。その後は受験一色になると思う」
「じゃ次はいつ会える?」
 
「貴司、彼女作りなよ」
「僕はずっと千里のことを思っている」
 
「そんな貴司のことば信じて、裏切られたらショックだから、私としてはやはり自由に彼女作ってと言っておく」
「うーん・・・」
 
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「浮気しない自信無いでしょ?」
「それを言われると辛い」
 
「まあ貴司は浮気者だけど、私は好きだよ」
「僕も千里のこと好きだよ」
 

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そのあと再度1回したが、貴司は明日会社あるから寝なきゃダメだよと言って2時半頃に眠った。千里も一緒に寝て5時頃起きる。
 
御飯を炊こうとしたが、炊飯器が見付からない! そもそもお米が無い!?
 
それで千里は自分のパソコンでお米の通販をしているサイトに接続して、ここの住所にコシヒカリ20kgを送ってくれるよう注文を入れた。ついでにらでぃっしゅぼーやにも貴司の名前で勝手に会員登録して野菜の詰め合わせセットを毎週送ってくれるように手配した。どちらも貴司のカードで決済した!
 
しかし取り敢えず御飯がないので、朝ご飯はパンにすることにし、昨夜買物に行った時に買っておいたウィンナーをボイルする。それと並行してオムレツを作っていたら、貴司が起きてきた。パンを昨夜発掘しておいたオーブントースターで焼く。
 
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「なんかいい匂いがする」
「朝ご飯取り敢えず作ってみた。一緒に食べよう」
「うん」
 
それで貴司のカードを勝手に使って、お米と野菜を注文したことを言う。
 
「ああ、いいよいいよ。でも野菜の宅配サービスなんてあるんだ?」
「うん。特に独身男性には便利だと思うよ」
「だよねー」
 

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ふたりで会話しながら朝ご飯を食べていて、千里は幸せな気分になった。私ってやはり貴司の妻なんだなあというのを再度認識する。
 
御飯が終わった後、貴司が着替えている間に食器を洗う。
 
「これ食器乾燥機とか買うと良いよ」
「あると便利だよね」
 
実際には貴司はその手のものを全くそろえず、食器乾燥機は1年後に千里が買ってこのマンションに持ち込むことになる。
 
7時。貴司が出かけなければいけない時刻である。
 
再度深くキスする。
 
「ねえ、もう一度セックスしない?」
「遅刻するよ。新しい彼女作ってから、その子としなよ」
「千里としたい」
「新入社員が遅刻したらクビになるよ。まだ試用期間なんでしょ?」
「うん」
「さ、一緒に出かけよう」
「そうだね」
 
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貴司は名残惜しそうにして、千里と一緒にマンションを出た。地下鉄の駅まで行き、一緒に電車に乗り込む。やがて貴司の会社の最寄り駅に着く。
 
ふたりはホームに降りて見つめ合った。
 
「じゃ貴司、元気で」
「千里も元気で。バスケ頑張れよ」
「貴司もバスケ頑張ってね」
「インターハイ優勝」
「近畿リーグ2部優勝」
 
「ねぇ。昨夜言うつもりだったんだけど、まだ交換日記続けない?」
と貴司は提案した。
 
本当は3月31日で終了させるつもりだった。でも千里も終わらせたくない気分になりつつあった。
 
「いいよ。続けよう」
と千里は笑顔で言った。
 
「実はミニレター、こないだ100枚買った」
「ふふふ。実は私も200枚買った」
 
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ふたりはミニレターによる交換日記をもう2年続けているのである。
 
ふたりは笑顔で握手し、それから柱の陰ですばやくキスをした。
 
その場で別れるつもりだったのだが、結局出札口の所まで一緒に行き、そこで再度握手して別れた。
 
次貴司と会えるのはいつだろう? いや、そもそも会えるのかな。私、貴司に彼女作りなよと言っちゃったけど、本当に作られたら、もう私、貴司と会うことないのかも知れない。
 
町並みに消えていく貴司の後ろ姿を見ながら、そんなことを思っていたら、《いんちゃん》が教えてくれた。
 
『千里、来年の春にまた貴司君に会えるよ』
 
『やはり来年の春か・・・』
 
貴司と1年も会えないなんて辛いな、と千里は思った。
 
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『今年は千里自身が忙しすぎるから』
『そうかもね〜』
『千里いろいろやりすぎだもん。勉強も頑張ってるし、バスケも頑張ってるし、ずいぶんたくさん作曲もしてるし、巫女さんやって、雅楽合奏団やって市民オーケストラもやって』
 
『そんなに私やってるんだ!?』
『千里ってものごと断るの下手だから』
『うーむ・・・・』
 
『それと貴司君、彼女作るよ』
 
その言葉は千里にはちょっとショックだった。
 
『でも貴司君の奥さんは千里なんだから気持ちをしっかり持っていればいいよ。貴司君って、浮気はたくさんするけど、結局千里が好きなんだから』
 
『それって、やはり私、都合の良い女なの?』
 
と《いんちゃん》に答えて千里は顔をしかめる。
 
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『でも好きなんでしょ?』
『そうなのよねー』
と千里は更に困った顔をした。
 
 
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女の子たちの出会いと別れ(8)

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