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「まさかAチームが初日で消えるとは」
「ごめんなさい。明日はTO(テーブル・オフィシャル)で頑張ります」
この大会も他の多くの大会と同様、負けオフィシャル制(負けたチームのメンバーが次の試合の審判やテーブル・オフィシャルをする)の方式である。
「Bチーム頑張ってるね」
「L女子校強かったです」
「でも何とか勝てました」
「最後はどちらに転んでもおかしくない感じだったね」
2日目は会場がN高校のみになった。8:00から行われた女子の準々決勝では、N高BチームはR高校(のマジ)チームに大敗して消えた。9:30からの男子の準々決勝ではN高男子は留萌S高校に大敗した。
S高校は貴司たちが抜けてパワーダウンはしているものの、N高校の控え組では歯が立たなかったようである。
11:00からは女子の準決勝が行われ、わざわざ釧路から遠征してきた釧路Z高校がA商業を倒し、R高校がL女子校Aチームを倒した。R高校は2軍・3軍とはいえ、N高校・L女子校を連破してけっこう気分が良いようであった。
12:30からの男子の準決勝は留萌S高校が旭川T高校に勝ち、旭川B高校が旭川D実業に勝った。S高校には千里の中学の時の同輩である戸川君たちがいるし、B高校にはやはり中学の同輩であり、また留実子の彼氏である鞠古君がいる。
14:00からの女子決勝はR高校にとっては貴重な、道大会上位常連チームとの対戦となった。実力的には釧路Z高校が圧倒的で、キャプテンの松前さんも決して手を緩めなかったので試合としては104対48というダブルスコアでの決着になった。しかしR高校の面々にとっては、ものすごく良い経験になったようであった。(準々決勝でZ高校と当たったA商業も同様)
15:30からの男子決勝は結構な接戦となった。S高校は貴司や佐々木君たちが抜けてさすがにレベルは落ちているものの、全国大会を経験したメンバーが何人も残っているので、元々素質の高い選手を集めているB高校にもそう簡単には負けない。試合はシーソーゲームとなり、逆転また逆転が相次ぐ。
最後は戸川君の決勝ゴールで留萌S高校が勝利した。
17:00から表彰式が行われたが、1位賞品のフルーツケーキ1年分を獲得した釧路Z高校は異様に盛り上がっていた。毎月届けてもいいし一度に渡してもいいと言われ、一度にくださいと言って大量のフルーツケーキ(賞味期限は2ヶ月)を送ってもらったものの、わずか2週間ですべて無くなってしまったらしい。どこもバスケガールたちの食欲は旺盛である:もらったのは選手15人×366日=5490個で、これを40人の部員で14日で食べたとして1人1日10個弱食べた計算になる。
2008年2月29日(金)。
薫は昼休みに宇田先生に呼ばれて職員室に行った。保健室の山本先生と一緒に3人で面談室に入る。
「歌子君の先日の診察の結果とそれを受けての協会の見解が届いたので」
と宇田先生は難しい表情で言う。
「この内容は僕と山本先生の胸の内だけにしまっておいて決して他の人には言わないので、君の率直な気持ちを聞かせて欲しい」
「はあ」
薫は何がどうなっているやら分からないまま返事する。
「医師の診断では、歌子君は肉体的にも、精神的にも、ホルモン的にも女性であると結論づけている」
と宇田先生。
「あれぇ〜、そういう話になったんでしたっけ?」
と薫は少し悩んでいる。
「男性特有の器官が一部残存しているものの、スポーツ選手としての性別判定で最重要な睾丸が無いこと。バストも女性的に発達していて、筋肉や脂肪の付き方が女性のものであるということから、医師としては肉体的にも女性であると認めるということなんだよ」
「ああ、なるほど」
じゃ正月に豊胸したのは意味があったんだな、と薫は考えた。
「それを受けての協会の見解としては、女性であるならば、女子チームの方に参加してもらいたいということなんだよね」
「ほんとに!?」
「ただ条件があってだね」
と宇田先生はひじょうに難しい顔をする。
「これに関しては歌子君の希望を優先すると協会は言っている」
と言って宇田先生は《条件》の内容を説明する。
「国際的なルールでは、男性から女性に性転換した選手については去勢から2年経過した場合は女子選手として扱うことになっている。それで医師が確かに歌子君に睾丸が無いのを確認したのが2008年の2月20日なので、2010年2月20日以降は、完全に女子選手として扱う」
「それは性転換手術してなくてもいいんですか?」
「国際大会に出る場合はやはり完全に性転換していることが条件らしい。国内の大会の場合は、もう少し緩くなるという話」
と言って宇田先生は協会から示された条件というのを書類で示した。コピー不可・3月3日までに要返送と書かれている。
注意
・女子選手として扱われる場合ドーピング検査のホルモン値も女子選手の基準で検査されるので注意すること。
特例
・第二次性徴が発現する前に去勢し、現在性転換手術も完了していて、戸籍上の性別が女性であるか、20歳以下で女生徒または女子学生として通学している場合は、国内外の大会に女子選手として出場できる。
それ以外の場合は下記の条件を《目安》として審査する。
地区大会参加許可の目安
・現に睾丸が無いこと(要MRI検査)。
・陰茎が現に存在しないか、機能が失われていること。
・ホルモン的に女性であること。
・女性的な肉体上の外見であること。
・精神科医により心理的に女性と診断されていること。
・身長185cm体重85kg未満。
・女子チームの正式部員であり、男子チームの部員ではないこと。
・女子生徒として学校生活をしていること。
・物理的または化学的去勢から半年以上経過していること。
都道府県大会参加許可の目安
・身長180cm体重80kg未満。
・物理的または化学的去勢から1年以上経過していること。
全国大会参加許可の目安
・陰部の外観が女性の陰部と類似していること。
・物理的去勢から2年以上経過していること。
「大雑把に言うと、去勢から半年で地区大会、1年で都道府県大会、2年で全国大会までの参加を認めるということ。村山君の場合は骨格が女性型の発達をしていることから、第二次性徴発現前に物理的または化学的に去勢したことが明かであると診断されたので特例扱いになったんだけど、その後同じ特例適用で女子選手として認められた中学生がいたらしい」
「へー! 村山以外にも居たんですか。でも村山って、中学1年の時から女性ホルモンの注射打ってたらしいですからね」
「うん。彼女は小学生の頃から女性ホルモンを飲んでいたらしいしね」
「すると私は今年の8月20日以降地区大会まで、来年の2月20日以降道大会まで参加できるということですか?」
と言いながら、薫は結局高校卒業した後ということかなどと考える。
「その基準点なんだけどね。君が医師の診察で確かに睾丸がないことを確認されたのは2月20日なんだけど、実際の去勢手術は昨年7月7日にしているということだよね」
「はい」
「女性ホルモンを飲み始めたのは11月なんだね?」
「ええ」
「それで、協会の委員会で検討した所、全国大会については厳密に2月20日基準を適用するけど、都道府県大会までについては7月7日基準を適用するということになったんだ」
「ということは?」
「つまり半年経過した今年1月7日以降なら地区大会、1年経過した7月7日以降であれば道大会までは参加できる」
薫は考えた。
「済みません。手帳見ていいですか?」
「うん」
薫は手帳のカレンダーを見て「ひっどーい!」と言った。
「それって、もうインターハイの道予選は終わっているじゃないですか!」
「うん。そうなんだよ」
「それでインターハイ本戦はまだだけど、そこまでは出られないんでしょ?」
「全国大会に出られるのは2010年2月20日以降」
「でも私って3年生になるから部活はインターハイまでですよね?」
「国体予選までは出られる」
「あっ・・・」
「君が女子チームに入るのであれば、国体の旭川代表には絶対招集されるよ」
「ただし道予選で優勝しても国体の本戦には行けないんですよね?」
「うん。それは仕方ない」
「私が男子チームで活動した場合はインターハイの道予選は出られるんでしょ?」
「出られる」
「それで2位以内に入れば、全国行けますよね?」
「行ける。それはこちらから協会に質問して確約してもらった」
「その場合、国体はどうなるんでしょうか?」
「厳しいことを言うけど、176cmのフォワードは女子としてなら貴重なんだけど、男子の場合は180cm台の子が優先されると思う」
「身長優先なんですか〜?」
「よほどの実績を出している子であれば別だけどね」
「僕の個人的な見解なんだけどね」
と宇田先生は言う。
「はい」
「まさに君の気持ち次第だと思うんだよ。君が女子バスケット選手でありたいのか、男子バスケット選手でありたいのか。その気持ちを優先しないと、君はきっと後悔すると思う」
薫は少し考えた。
「これって、女子に出るか男子に出るか択一ですよね?」
「うん。男子にも出て女子にも出てという訳にはいかない。昨年の村山君の男子から女子への移動は、登録ミスに準じるものとして扱った大特例。彼女は元々中学時代も女子チームに登録されていたこともあった。歌子君の場合は先に診断結果が出ているので、途中で移動するというのは認められない。また今年男子選手として活動してしまった場合、来年以降の性別変更もやりにくくなると思う。他の競技の例を見てもいったん男子としてある程度活躍した人の性別変更は困難だししばしば揉めている。君は東京では地区大会までしか出てなくて都大会には出てないから、今ならまだ女子選手として認められやすい状態にある」
薫は悩んだ。
「千里って、中学の時も3年間女子選手してたんでしたね」
「そうなんだよ。その間、今の君と同じ、公式戦に出られない状態にずっと耐えていた。彼女の場合も早く診断を受けていればもっと早く公式戦に女子として出られた可能性もあるよね。IOCの基準が出たのは2003年だから」
「私が女子選手としての登録を希望する場合、IDカードは女子の方のみになるんですか?」
「それなんだけど、正式に君を女子選手として認めることができるのは2010年2月20日以降なので、正式なIDカードはその時点で発行するということらしい。それまでは今所有している男子選手としての登録カードが一応有効。但し、女子選手としての活動を希望する場合は、男子のカードの公使はできるだけ遠慮して欲しいということ。それまでは暫定の女子選手の登録証を発行するということなんだよ。有効期限は半年。つまり半年に1度診断を受けて経過観察させて欲しいということなんだけどね」
「結局、去勢から2年経つまでは私は中途半端なんですね」
「うん。そうなる。早い時期に去勢しているという診断書だけでも取っていれば、もう少し移行期間を短くできたんだけどね」
それ、千里にも留実子にも言われたよなと薫は今更ながら思った。
しかし宇田先生は言った。自分が女子選手になりたいのか男子選手になりたいのかという気持ちの問題だと。
それなら結論は最初から分かっている。
「私は女子選手になりたいです」
と薫は言った。
「分かった。ではそういうことにしよう。君の所属は男子バスケ部の方からは外して、女子バスケ部のみということでいいね?」
「はい、お願いします」
と言って薫は思った。
結局自分が高校時代に出られる公式戦は、国体予選だけ?
くっそー。それなら絶対札幌P高校ぶっ倒して旭川選抜を国体に送り込んでやる。本戦は千里たちに任せるしかないけど。
薫はめらめらと心の中で炎が燃え上がるのを感じた。
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女の子たちのGoodbye Boy(8)