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■女の子たちのGoodbye Boy(7)

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エンデバーの練習が終わって17日の夜旭川に戻ると、貴司が来ていた。貴司は背広姿である。
 
「あ、お帰り〜貴司」
「ただいま、千里、そしてお帰り」
などと言い合っていると、美輪子が
 
「ここ、もしかしてあんたたちの新居?」
などと訊かれる。
 
「私の家は貴司の家でもあります」
「庇を貸して母屋を取られそうだ」
 
「でも私たち3月までなんですよ」
と千里は言う。
「なんで?」
と美輪子。
「大阪、決まったんだよね?」
と千里。
 
「うん。誓約書とかを提出してきた」
と貴司。
 
「貴司君、大阪に行くの?」
「はい。実業団の近畿リーグ3部だったチームなんですが、今シーズン優勝して2部に上がりました」
「ああ。伸び盛りのチームなんだ?」
「半ばレクリエーション的に運用されていたんですが、昨年新しい社長が来てから、実力あるチームに変身したんです。今はまだチーム作りの最中なんですよね。それで高卒の私でも採ってくれるんです」
 
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「そうか。貴司君、お父さんがあと2年で定年だって言ってたね」
「ええ。僕は大学行ってもどうせバスケしかしてないから。勉強しないなら、いっそバスケしながら給料ももらえる所に行きたかったんです」
 
「でも大阪かあ」
「さすがに旭川と大阪で夫婦関係は維持できないからいったん夫婦関係解消の方向で」
と千里。
 
「あんたたちそれでいいの?」
と美輪子は訊く。
 
「僕は気持ちの上で夫婦のままでいるつもりです」
と貴司。
 
「それ無理だから、自由に恋愛していいよと貴司に言ってます」
と千里。
「だって貴司、夫婦関係続けてもどうせ浮気するだろうし」
と千里が言うと
「う・・・」
と貴司は返す言葉が無い。
 
「なるほどね〜」
と美輪子は半ば呆れるように笑っていた。
 
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「でもかえってお互い恋愛自由ということにしておけば、私たち縁があるならまた結ばれることもあると思うんだよね」
と千里は言う。
「うん。それは僕もそうだとは思う。でも僕はずっと千里のこと思っているから」
と貴司。
「私は都合のいい女になるつもりはないからね。私は貴司の妻だから。愛人になるつもりはないから、会った時だけセックスするなんて関係は拒否するからね」
「うん。分かった」
 
美輪子もそういうふたりの会話に頷いていた。
 
しかし実際には千里と貴司は「会った時だけセックスする」関係をこのあと千里が信次と婚約するまで10年近く続けることになってしまう。
 

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「いつ大阪に行くの?」
と千里は訊く。
「3月3日の卒業式が終わったらすぐ。3月31日まではバイト扱いで4月1日に入社」
「じゃ3月3日の夜はエンドレスにしよう」
「千里翌日学校だろ?」
「休む」
「いいの〜?」
 
「あんた期末テストあるんじゃないの?」
と美輪子が訊く。
「3月5−6日だから」
「なるほど」
 
「じゃ3月3日、千里の17歳の誕生日に僕たちの記念の夜ということで」
と貴司。
「私の誕生日兼、私たちのラストナイトね?」
と千里。
 
「僕はラストとは思わないから」
「それはそう思っていてもいいよ。でも4月1日以降はお互い恋愛自由ということで」
「分かった」
「金色リングのストラップは3月31日の24時に外そうかな」
「捨てないよね?」
 
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「内緒。でも今夜は泊まってってよ」
と千里が言うと、貴司は嬉しそうに
「うん」
と言った。こういう素直な貴司、好き!
 

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薫は宇田先生から正式の「受診要請」をもらい、その日は朝から授業を休んで指定された病院に行った。
 
最初に診察してくれた婦人科の女医さんは
「性別検査なんて、不安だろうけど、変な結果が出ることはめったにないから落ち着いて受けてね。あなた身長があるもんね〜。そういう子とか筋肉をよく鍛えている子とかは、しばしば性別を疑われちゃうのよ」
 
などと言っている。
 
あれ〜。何か最初から話が変だぞと思う。
 
採尿・採血してからレントゲン・CTスキャンに心電図とかまでとられる。ついでに健康状態のチェックとかもするのかしらん?? 更に心理療法士さんから何やら心理テストのような感じの質問攻めにあう。内科医から聴診器を当てられて、心音などをチェックされた感じであった。
 
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朝から出てきたのに、そういう検査で結局お昼まで掛かってしまう。午後から婦人科医の診察を受けてもらいますので、お昼は食べないでいてくださいと言われた。
 
それで病院近くの本屋さんで少し時間を潰してから病院に戻り、トイレに行って念のためあの付近をシャワー洗浄しておく(朝一度お風呂場で洗ってはおいた)。
 

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「検査結果見た感じは特に健康上の問題とか無いみたいね」
と最初にお話しした女医さんが言う。
 
「そうですか。ありがとうございます」
と薫は私、何してんだろ?と思いながら答える。
 
「ホルモンの量も正常値だしね。生理乱れたりする?」
「え?それは無いですけど」
「だったらいいね。じゃ、念のため婦人科検査するから、恥ずかしいだろうけど内診台に乗ってくれる?」
 
やはり乗るのか。千里や留実子から乗せられるよ、とは聞いていたが。
 
「えーっと、何を見るのでしょうか?」
「うん。膣の中を見せて欲しいの。クスコという器具を入れるけど処女には傷が付かないようにするから心配しないで」
 
「えーっと、私、膣とか無いですけど」
「は?」
「だって私、男ですから」
「えーーーー!?」
 
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それで薫は、自分は戸籍上は男性だが、性同一性障害で、自分としては女と思って生きているということ。学校にも認めてもらい、女生徒として通学しているし、バスケット部は今のところ、男子バスケ部と女子バスケ部の兼部という扱いになっているものの、女子と一緒に練習している時間の方が長いし、親善試合・練習試合の類いではしばしば女子チームに参加して出場しているということを説明した。
 
「私、転校生なのでどっちみち3月いっぱいまで公式戦に出られないんですよ。それで4月から男子チームに合流するつもりでいたのですが、協会の方から、むしろ女子チームに参加してもらった方がいいのでは、と言われたので私の性別について、よく検査してもらってと言われて今日はここに来たのですが」
 
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「そうだったんだ! いやごめん。女子選手の性別確認の診察って割とよくあるものだから、その手の検査と思い込んでいたよ。じゃ、君、まだ男性器あるの?」
 
「えっと、睾丸はもう取っています」
「それはいつ去勢した?」
 
「高校生だと言ってしまうと手術してくれないので、そのあたりをあまり深く追求しない病院で、年齢を誤魔化して手術してもらったんです。それで診断書の類いが無いのですが、チームメイトから何でもいいからその日付を確認できるものを探せと言われて、これをやっと見付けたんです」
 
と言って薫は病院のレシートを見せる。
 
2007.7.7という日付、そして100,000円という金額が確認できるが、病院名は印字がかすれていて判読できない。かろうじて「クリニック」という文字だけが何とか読み取れる。
 
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「この日に去勢手術を受けた訳ね? でもこの病院に照会したらカルテとかで確認できないかしら」
「何か適当そうな病院だったからたぶん残ってないかも。それに私自身、偽名で掛かったから本人確認不能ですし」
 
「ああ、それなら難しいか」
「それからこちらは豊胸なんですけど、これはきちんとした明細をもらったんですよね」
と言って、年末にやったヒアルロン酸によるプチ豊胸の治療明細書を見せる。
 
「これはきちんとしてるね」
「母に付いてきてもらったので」
「去勢はひとりで受けたの?」
「そうです。20歳だと言って」
「親には言わなかったの?」
「はい」
「叱られたでしょ?」
「殺され掛けました」
「あぁぁ。取り敢えず無事で良かったね」
「何とか」
 
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「じゃ、取り敢えずお股の付近を見せてもらえる?」
「はい」
 
結局、内診台には乗ることになるのか。
 
薫は諦めて素直にそこに座る。ぐいっと足が持ち上げられて広げられてしまう。ひぇー。これは恥ずかしすぎる!!
 
しかし女医さんは困惑するような声をあげた。
 
「あなた、おちんちん無いじゃん。もう割れ目ちゃんまで作ってるのね」
 

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検察官は東京の大学病院の医師を証人として法廷に立たせた。
 
「あなたは被告人の治療をしましたか?」
「はい。しました」
「治療の内容を説明してください」
「患者****さんは左側の卵巣に腫瘍ができておりまして、そこからドレヌムス症候群と呼ばれる神経性の病気を発症しておりました。腫瘍は小さい段階でしたし、未婚女性ということも考慮して、卵巣本体は温存して、腫瘍部分のみを摘出する手術を行いました」
 
「その病気の特徴を教えてください」
「これは昨年初めてアメリカで報告されたひじょうに珍しい病気です。脳神経に作用して、幻覚・幻聴などの症状を引き起こします。患者はこの事件の取調べ課程で薬物の使用を疑われたそうですが、実はLSDなどの薬物を使用した場合と似た症状が発生することがあります」
 
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3人の裁判官が顔を見合わせている。傍聴席もざわめく。
 
「患者の経過についてのご見解をお願いします」
「病気の原因は取り除きましたので、現在神経性の症状が消失したかどうかの経過観察を行っております。そちらは当病院の精神科医が担当しております」
「どのくらいで経過は判断できますか?」
「手術をした後で最低3〜4ヶ月。完全に確認するには半年程度。今年の6月くらいまでの経過観察が必要と考えています」
 
「これは最近発生した病気なのですか?」
「昨年この病気が報告された後で、過去の事例を調べた所、かなり昔から存在している病気であることが分かりました。これがきっかけで、それまで精神科の治療を受けていた患者さんで、卵巣腫瘍が見付かり、そちらの治療の結果、精神疾患的な症状も消滅した事例も報告されています」
 
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「病院関係者でこれを知っている人はどのくらいいますか?」
「広報には務めているのですが、現状はまだまだ医療関係者の間でもほとんど知られていないと言わざるを得ません」
 
「先生の個人的な見解で構わないのですが、この病気にかかっていた場合、誰かから『放火しろ』などと言われたような気になることがあると思いますか?」
 
「あると思います。実際アメリカで『人を刺し殺せ』と言われた気がして、本当に人を刺してしまった患者がありました」
 
「そういう幻聴というのはあらがうことのできないほどのものなのでしょうか?」
 
「本人が健全な精神状態にあれば拒否することは可能です。責任能力の有無について訊かれたら、私は責任能力ありと判定します。しかし強度のストレスやショックなどで精神的に弱っている時などは、ついその声に従ってしまうこともあり得ます。お酒好きだけど禁酒をしている人が目の前に銘酒の熱燗を置かれたような状態を想像して頂ければ近いかと思います」
 
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傍聴席がどよめく感じであった。
 
「以上で質問を終わります」
と言って検察官はいったん座った。
 
その後、思わぬ展開に驚いている弁護士からいくつか質問があり、医師は丁寧に答えた。医師が「責任能力はある」という点は譲らないので弁護側は別の医師にも診察させて欲しいと要望し、その点は別途協議することになる。
 
傍聴席がざわめいている。裁判官は静粛を求めた上で宣言した。
 
「協議のため一時休廷します」
 
そして10分後再開された法廷で裁判官は言った。
 
「被告人の治療経過を見るため、6月いっぱいまで公判手続きを停止します」
 

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2008年2月23日(土)。
 
この日は旭川の製菓会社が主催する大雪カップというバスケットのオープン戦が開催された。今年創設されたカップ戦である。道内の高校生のチームなら自由に参加できるということになっていて、ひとつの高校から3チームまで出ることもできるし、高校の部活ではないクラブチームが出場することも可能である。
 
N高校では次のようなチームで出ることにした。
 
男子チーム
室田・中西・伊藤・浦島・二本柳・服部・道原兄弟、および3月で引退する5人。
 
女子A
メグミ・睦子・敦子・川南・葉月・蘭・来未・結里・萌夏・明菜
 
女子B
永子・志緒・瞳美・聖夜・安奈・葦帆・司紗・雅美・夜梨子
および3月で引退する1年生2人
 
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永子はレベル的にはAチームに入れてもいいのだが、「補欠5人組」をまとめることにして、Bチームのキャプテンに任命した。Aチームはメグミがキャプテンで睦子を副キャプテンにした。睦子はAチーム唯一の昨年インターハイ経験組である(マネージャー登録だけど)。
 
旭川を含む上川支庁および隣の留萌支庁には合計40校近い高校がある。また交通の便で空知支庁の北部も旭川にはすぐの感覚である。空知支庁の高校は22校である。オープン大会なので、部員数の少ない所でも助っ人を頼んで参加することができる。そういう訳で、この大会に参加したのは男子で50校62チーム(クラブチーム4を含む)、女子で34校40チーム(クラブチーム2を含む)であった。
 
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会場はこの大会に協力する旭川市内の4つの私立高校N高校、L女子高、B高校、T高校の4校で、それぞれバスケットのコートを4面確保。ひとつの時間帯で16のゲームを一気にできる体制を作った。これで初日に1回戦から3回戦までを一気に実施した。
 
N高校男子チームは1回戦からの参加となり、初戦(8:00)は宗谷支庁から来たクラブチームに大勝、2回戦(14:00)も旭川市内のA高校に快勝、3回戦も岩見沢から参加したチームに勝って翌日に駒を進めた。
 
N高校女子Aチームは1回戦が不戦勝。2回戦(12:30)は札幌から来たクラブチームに何とか勝ったものの、3回戦で旭川A商業(のマジなチーム)に当たり大敗した。
 
「Aチームというから暢子ちゃんたち出るのかと思ったのに」
とA商業の三笠さん。
「すみませーん。今回のカップ戦は主力以外の子に経験を積ませようということで」
と練習試合では何度も対戦している睦子が謝っていた。
 
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それでもこの試合では結里が先日のエンデバーの成果が出た感じでA商業のレギュラー陣とのマッチアップに結構勝利。相手を抜いてシュートを決めるというのを何度も成功させ、本人は「気持ちいいー」などと言っていた。A商業の初瀬さんが結里を厳しい視線で見つめているのに千里は気づいていた。
 
一方の女子Bチームは1回戦(9:30)は留萌郡の高校に快勝。2回戦(12:30)で旭川E女子高にダブルスコアで勝利した後、3回戦はL女子高のBチームと激戦の末、最後は2点差で辛勝した。L女子高も主力組を外してAチーム・Bチームを編成しており、この日対戦した相手はふだんの練習試合でもお互い知っているメンバー同士で何だか双方ともとても楽しそうに試合をしていた。彼女たちは純粋にバスケを楽しんでいる感じなのが良い。
 
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