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決勝戦。旭川N高校と旭川L女子高の選手がコート上に整列する。旭川地区の決勝戦が道大会決勝戦でも再現されることになった。暢子と溝口さんとで握手してから、試合を始める。
ティップオフは鳥嶋さんと揚羽の1年生同士で争い、揚羽が勝ってスターティング5でポイントガードとして入っている敦子が攻め上がる。
この試合では雪子と留実子は使わないことにした。準決勝での疲労が抜け切れていないのである。そこでポイントガードは1,3ピリオドは敦子、2,4ピリオドはメグミで乗り切ることにする。
N高校はいつものスターターが午前中のP高校との試合で力を使い果たしていた。それに対してL女子高は決勝戦はP高校との戦いになると見て、主力を適宜休ませながら準決勝を戦ったので、充分パワーがある。
そこで第1ピリオドは元気なL女子高が疲れているN高校を圧倒する形になり22対16と6点差を付けられる。
第2ピリオドで千里も休み結里をシューティングガードに入れる。寿絵も随分消耗しているのでスモールフォワード役で蘭を入れたが、彼女たちは元気がありあまっているので、L女子高の猛攻を何とかしのいでくれる。このピリオドを16対14の2点差で持ちこたえてくれた。
結果的にはこの第2ピリオドの攻防が勝敗を分けた。
第3ピリオド、千里が復帰して、暢子を休ませる。パワーフォワードの位置に川南を出す。本当はこのピリオドは川南と葉月を5分ずつ使いたかった所だが、葉月がベンチ外なので川南には「葉月の分まで2人分頑張れ」と言い渡した。すると川南はこのピリオド本当に頑張ってくれた。
さすがにL女子高も連戦の疲れで動きが落ちてきた所で少し体力を回復させた千里のスリーが炸裂する。それでこのピリオド、14対22と大きく挽回。合計で52対52の同点に持ち込んだ。
第4ピリオドはもうお互い最後の力を振り絞って頑張る。
メグミが頑張って雪子の代役を務めてくれて、千里・暢子のシュートも冴える。1−3ピリオドを休んでいた夏恋がうまく相手を攪乱してくれて、攻め筋を作り出す。揚羽も根性でリバウンドを頑張る。
それでこのピリオド20対22の僅差でN高校がリードを奪い、最終的に72対74で旭川N高校がこの道新人戦の優勝を勝ち取った。決勝点を入れたのは揚羽であった。
しかし体力を使い切ってしまい、整列して挨拶を終えた後、ベンチの所で倒れてしまう部員が相次ぐ。千里も一瞬意識を失ったし、暢子も揚羽も倒れて結構な騒動になっていたようであった。夏恋も意識こそ失わなかったものの、へばって横になってしまい、しばらく動けなかった。
「チョコ、チョコをくれ〜」
という声が響き、負けたL女子高の方からまで常備しているチョコを差し入れしてくれた。
そんな騒動もあったおかげで男子の試合開始が10分遅れてしまったものの、この件に関しては特に連盟からのおとがめは無かった。連盟側も午前中の激戦を考慮してくれた感じであった。むしろ札幌P高校のメンツから「私たちはあそこまで全力を尽くしてなかった」という反省の弁が出ていたようである。
男子の決勝は薫の予想通り、札幌Y高校が留萌S高校に大差を付けて勝利した。大林・小林コンビと千里はロビーで遭遇したので「残念だったね」と声を掛けたが「やはり細川さんや佐々木さんが抜けて自分たちの力が足りないのをハッキリ認識しました。春休みは合宿です」などと言っていた。
N高校の合宿に関しては、1週間後に30人以上のメンバーが合宿できるような場所が空いているかどうか不安だったのだが、白石コーチが頑張って探してくれて沼田町の本来は冬季は閉鎖している合宿施設を、白石コーチのコネがあったので特別に使わせてもらえることになり、そこに行くことになった。沼田町というのは旭川市と留萌市のちょうど中間くらいの場所で、高速道路の沼田ICの近くである。合宿所への道は自分で除雪してくれということだったので、白石コーチの親戚の人が所有している除雪車を使って、コーチと2人で半日がかりで道を作ったようであった。
それで2月9日の朝、合宿参加メンバーは学校所有のバスで沼田町に向かった。
参加メンバーは「希望者」ということにしたが、層雲峡合宿の参加メンバーは27人全員が参加した。これに宇田先生・南野コーチ・白石コーチ、それから調理担当のボランティアに名乗り出てくれた、3年生で行き先の決まっている麻樹さん・透子さん・美々さんが加わって総勢36名である。男子にも参加したいという声があったものの、施設の収容能力の問題で今回の合宿は女子のみとなった。
「女子のみだけど、薫と昭ちゃんはメンツに入っているんだな」
と高速を走るバスの中で川南が言う。
「私は女の子だから当然」
と薫。
「ボク、女の子になりたいから入れてください」
と昭ちゃん。
「昭ちゃん、そろそろ自分のことを《わたし》と言えるようにしよう」
「えー?恥ずかしいです」
「ボク少女はいるけど、やはり女の子の心になるには《わたし》と言えなくちゃ」
「頑張ってみます」
「ほら、言ってみよう」
「わたし・・・」
と昭ちゃんは言ってみたものの、そのまま恥ずかしそうに俯いて、真っ赤になっている。
「可愛い!」
という声が上がっていた。
「実際問題として、薫も昭ちゃんも来週のU18エンデバーにも女子として招集されているからなあ」
と暢子は言う。
「佐藤さんと電話で話したけど、札幌P高校もやはり今週末は合宿らしいよ」
と千里は言った。
「向こうはきっとうち以上に凄い合宿やるだろうな」
「向こうはどこでやるの?」
「定山渓温泉って言ってた」
「ああ、温泉の合宿もいいよね」
「こちらも3月20日から23日まではまた層雲峡合宿だから」
「おっ」
「今週末はL女子高が層雲峡合宿らしい」
「へー」
「うちが層雲峡のこないだの宿に電話したら『あ、旭川L女子高さんですね。9日から11日まで予約承っております』と言われちゃって、違いますと言って切ったけど、なんか悪いことしちゃったみたいに気が咎めて」
と白石コーチが言う。
「ちょっとした事故ですね」
「L女子高さんは気にしないと思う」
「でもここのところの合宿は費用学校持ちなんで助かってます」
という声が出る。部活の費用というのは、特に経済的に豊かではない家庭の部員には結構辛い。今回の合宿も費用は食費まで入れて60万円ほど掛かっている。個人負担にすれば1人2万円くらい払う必要がある。
「去年某校の海外合宿は自己負担額がひとり15万円かかったそうですよ」
「恐ろしい」
「何かね。うちは夏のインターハイの頃から、女子バスケット部の強化に使ってくれといって、今まで居なかった新たな寄付者が出て、毎月結構な金額を送金してくれているんだよ」
と宇田先生が《懐事情》を明かす。
「誰なんですか?」
「それが匿名らしいんだ」
「へー。誰かバスケ部のOGさんなんでしょうかね?」
「だと思うよ。やはり君たちがインターハイで優秀な成績をあげたせいという気もするよ。ありがたい話だからその資金を使わせてもらっている」
この合宿では基本的なプレイを再度確認することを中心に据えた。
正確にパスを出す練習を、チェストパス・バウンドパス・オーバーヘッドパス・アンダーパスと種類毎にたくさんする。とにかくチェストパスがちゃんと相手の胸に正確に行かない子は再度基本からしっかり教えた。
シュートにしても、レイアップシュート、ジャンプシュート、フリースローを練習させるが、フリースローは入れられるのにレイアップが入れられないという子が結構いるので、とにかく数をこなそうといってたくさんシュートを撃たせた。美々さんから基本をたたき込まれている永子が美しいレイアップシュートをするので「お手本」と言われて、何度も何度も模範演技をやらされていた。
またドリブルも停まってのドリブル、歩きながら、あるいは走りながらのドリブル、ピボット(軸足)を使って相手ディフェンダーを交わすように回転しながらのドリブルと練習する。結構走りながらのドリブルが下手な子がいるので、それもたくさん練習させる。こういうのは量をこなすのみである。結構できる子にはバックロールターンも覚えさせる。
1.5軍以上の子には、スクリーン・プレイの様々なバリエーションを教えた。これは夏恋が上手いので、リリカとのコンビで模範演技をさせて、それを見て睦子や敦子・蘭などの比較的器用な子にたくさん練習をさせた。
昼食後にはビデオ鑑賞で、J学園・F女子高など強豪校の試合を見せる。さすがに眠ってしまう子も多いが、これは疲れているだろうしということで寝せておくことにした。
夕食後にはPG/SF, C/PF, SG の3つのグループに分かれて研究会をする。色々な事例ごとに、ここはどうプレイするのが良いかの議論をした。PGグループには南野コーチと美々さん、Cグループには白石コーチと麻樹さん、SGグループには宇田先生と透子さんが入って進行役となった。
「プレイの仕方に正解なんて無い。結果的にうまく行けば正解」
などと宇田先生は言っていた。
「でも明らかな不正解ってのはありますよね?」
と透子さんは言う。
「そうそう。それさえ避ければいい」
と宇田先生。
「でも焦っていると、わざわざそのどう見ても不正解というのを選んじゃうんですよね」
「うん。だからバスケは難しい」
食事はタンパク質をたっぷりのメニューにする。1日目のお昼はホイコーロウ、夕飯はジンギスカン、2日目のお昼はチンジャオロースー、夕飯は豚シャブ、3日目のお昼はすき焼きと変化を付けた。「食べ過ぎない程度に」お代わり自由と言ったのだが、練習開始時刻になっても「済みません。お腹がこなれるまであと30分待って」などと言い出す子が続出。それでもこりずに午後3時頃とか夜に「料理の残りありません?」などと言って調理室に入ってくる子なども居た。
最終的に残った料理は容器につめて持ち帰ろうなどと言っていたものの実際には何も残らずきれいさっぱり無くなったということだった。お米だけ少し余ったので、持ち帰ってふだんの練習でおにぎりの供給に使おうということになった。
千里たちが沼田で合宿をしていた2月上旬の連休。
美空は姉とともに上越新幹線と《はくたか》を乗り継いで、富山市までやってきていた。この日行われる『日本アマチュア軽音大会』なる大会に姉のバンドが参加するので、姉に『連行』されていったのである。
「お姉ちゃん、やっぱりやばいよー。私、事務所を通さない音楽活動はしないって契約書交わしてるし」
と美空は言うが
「でも鼻歌くらいは歌うでしょ?」
と月夜は訊く。
「うん。そのくらいは構わないだろうけど」
「素人の演奏だもん。鼻歌と大差ないよ」
「えー?違うと思うよぉ」
バンドのメンバーは、月夜がリーダーでキーボード、友人の伊代がギター、秀美がドラムスで美空がベースという4ピースである。リードボーカルは伊代で、他の3人がコーラスを入れる。
「日本アマチュア軽音大会という割には、北陸周辺のバンドが多いみたいね」
と会場に着いてからもらった出場者一覧を見て、秀美が言う。
「実質富山大会だと思うよ」
と伊代。
「但しどこからでも参加は可能ということか」
と秀美。
「まあ日本とか全国とか名乗った者の勝ち」
と月夜。
「軽音って割とそういうノリだよね」
と伊代。
練習場所に指定されている体育館で、アンプを通さずに弾いて練習していたら隣のバンドが自分たちと同じ曲を演奏している。そして妙に巧い。
「そちら凄い巧いですね」
「いや、そちらもなかなか」
というのでお互い名乗り合う。
「東京から来た24121503です。私キーボードの月夜、こちらギターの伊代、ドラムスの秀美、ベースの美空」
「高岡から来たシークィーンです。私、キーボードの鏡子、こちらギターの織絵、ベースの鈴子」
「シークィーンって。。。オカマさんとかじゃないよね?」
「それ随分言われた!」
と鏡子。
「やはり名前、変えようよ」
と鈴子。
「一応全員天然女性かな、たぶん」
と織絵。
「この名前、シーメールとか、ドラッグクイーンとかを連想されちゃうみたい」
「実は高岡の近くの射水(いみず)ってところに係留されている帆船の海王丸にちなんでるんですけどね。だからシーは彼女(She)じゃなくて海(Sea)」
「へー!」
「あ、それ横浜の日本丸の姉妹船ですよね?」
と伊代が言う。
「そうですそうです」
「そちらさんは557188と同じ方式かな」
「ですです。ポケベル方式で《けいおん》」
これはKARIONの美空と、XANFUSの音羽(桂木織絵)・浜名麻梨奈(深見鏡子)の初めての出会いだったのだが、このことを美空は覚えていたものの、音羽たちは忘れてしまっていたようである。ただ覚えていた美空も、それを言うと、既にプロデビューしていたのにアマの大会に出ていた問題を追及されるとやばいのでずっと黙っていた。
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女の子たちのGoodbye Boy(4)