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■女の子たちのウィンターカップ高2編(1)

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(C)Eriko Kawaguchi 2014-12-12
 
11月下旬のことだった。
 
「あ。じゃ国民健康保険に入らないといけないんですか?」
新島さんから電話を受けて、千里は困惑したように答えた。
 
「そうそう。千里ちゃんの今年の作曲印税・作曲料の収入はかなりの金額になるから、今お父さんの保険の被扶養者になっていると思うけど、被扶養者の条件を満たさないはずなのよ。多分」
 
「私、そんなに稼いでましたっけ?」
「『See Again』の分が凄い。でも4月から6月に掛けてカラオケで歌われた分の印税はそちらに振り込まれるの年明けた1月だから」
「それって、来年の収入じゃないんですか?」
「今年発生した取引に関する入金は今年の収入なんだよ」
「えー!?」
「だからあんた、税金は50%払う覚悟しておいた方がいい」
「ひぇー!」
 
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それで千里は母に電話して「バイトのお給料が年間130万円を超してしまうみたいで、お母ちゃんの健康保険の被扶養者になれないみたい」と言い、健康保険の被扶養者資格喪失証明書を送ってもらった。
 
そしてそれが到着した翌日、学校の許可を取って授業を休んで学校を抜け出し、市役所に行き国民健康保険の加入手続きをする。
 
「あなた学生さん?」
と言って市役所の人は訊いた。
 
「はい。あ、生徒手帳いりますか?」
と言って千里は生徒手帳の最後のページの身分証明書欄を開いてみせる。
 
「コピー取らせて」
「はい。どうぞ」
 
「国保に加入する理由は、お父さんの被扶養者の条件を外れたから?」
「母のですけど。私、バイトの収入が今年は多くて」
「へー。幾らくらいになりそうなの?」
「まだはっきりした数字は分からないんですけど、多分1500万円くらいじゃないかと」
 
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窓口の人は咳き込んだ。
 
実際にはこの年の千里の年収は3000万円を超している。特にこの年は初めての経験で節税対策を何もしていなかったのでとても辛かった。
 
「ほんとに?」
「はい」
「何やったら、そんなに収入が出るのよ?」
「私が作曲した曲のCDが思いがけず売れてしまって」
「へー。それは凄いね」
 
などと言いながら係の人は手続きをしてくれる。
 
「じゃ、あんた最高額来るかも知れないよ」
「まあ仕方ないですね」
 
書類をチェックしている内に係の人はふと性別の所で「あれ?」と思う。
 
千里が提出した加入申込書では性別は女に丸が付けられている。千里はふだん書類に性別を書くところでは女にしか丸を付けないので、この書類も深くは考えずに、ついいつもの癖で女に丸をつけてしまった。係の人が生徒手帳を見るとやはり性別:女と印刷されている。ただ、お母さんの保険の被扶養者資格喪失証明書では「続柄:長男」になっている。
 
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係の人はあらためて千里を見る。どう見ても着ている服は女子高生の制服である。男の子が女装しているようには見えない。声も女の子の声に聞こえる。念のため訊いてみる。
 
「えっと。あんた女の子だよね?」
「え?そうだと思いますけど。自分が男だと思ったことは一度もないです」
 
「じゃ、この喪失証明書が間違ってるのか」
と係の人は独り言を言い、性別:女で、健康保険の加入者登録をしてしまった。
 
「あんた運転免許証とかは持ってる?」
「いえ。うちの学校、就職する人以外は在学中に免許取ってはいけないことになっているので」
「ああ、そういう所が多いよね。じゃ、生徒手帳は単独で本人を確認する書類にはならないからできあがった健康保険証は自宅宛に送るね」
 
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「はい、お願いします」
 
数日後、郵送されてきた健康保険証には「村山千里 平成3年3月3日生・女」と印刷されていた。しかし千里は性別が女になっていることに、何の疑問も感じていなかった。
 

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その噂は千里が時々出席している市内の女性神職や巫女を集めた雅楽合奏団の練習の時に聞いた。
 
「じゃ、例の放火魔の子って、そこに行ってからおかしくなったの?」
「何何?何の話?」
 
綾子と弥生がなにやら噂話をしているので、千里と天津子もそのそばに寄って行った。
 
「**駅の近くに古い松の木があって《おいでの木》と呼ばれているんだよ。夜中にそのそばを通った人が『おいでおいで』と呼ばれるんだって」
「おいてけ堀みたいなもん?」
「近いかもね」
「でもそれで振り向いちゃうと、たたられるらしい」
「更に呼び声に応じて近づいて行くと死ぬという噂も」
「怖いね!」
 
「例の放火事件の犯人の子、ここに行ったらしいんだ」
「へー!」
「それでその後1週間くらい熱出して寝込んで、その後なんか行動がおかしくなったんだって」
「治療薬の副作用ということは? タミフル飲んだ後自殺しちゃう人とかいるよね」
「あるいは腫瘍性の脳疾患だったりして」
 
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「後者は可能性あるね」
「一度健康診断受けさせた方がいいかも」
「よし、それやらせよう」
と天津子が言うので、みんなびっくりする。
 
「誰にやらせるの?」
「うちの教会の信者さんに検察庁のお偉いさんがいるから、そちらから働きかけさせる」
「ほほぉ」
 
「でもその《おいでの木》自体も気になるなあ」
と綾子が言う。
 
「それも調べに行こうか」
と天津子。
 
「私は近寄りたくないな。触らぬ神に祟り無し」
と弥生。
 
「なるほどー。神か」
と天津子が言う。
「へ?」
 
「弥生ちゃんのが当たりかも。今度の日曜、行きません?」
と天津子が千里に向いて言う。
 
「なんで私が」
と千里は戸惑うように言ったのだが
 
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「千里さん、霊感はあまり無いけど、物事を浄化する力が凄い。それから霊的なエネルギーは凄まじいから、そのエネルギーをちょっと使わせて欲しいんです」
と天津子は答える。
 
「つまり私はバッテリーか。いいよ。一緒に行こう。でも私、日曜はバスケの試合があるんだよ」
「じゃいつなら行けます?」
「12月12日の放課後ならいいけど」
「じゃその日に」
 

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バスケの新人戦が終わった翌週月曜のお昼。千里が教室で京子たちと一緒にお弁当を食べていたら職員室から「電話が掛かってます」という呼び出しがある。職員室に急いで行ってみると、何と父からであった。
 
「お父ちゃん、どうしたの?」
「済まん。千里、ちょっと助けてくれ」
「何?」
「実は財布と携帯を落としてしまって」
「あらら」
 
通信高校の集中スクーリング(4泊5日)で札幌まで出てきたものの、財布と携帯の入ったバッグを落としてしまい、身動きがとれないらしい。
 
「実は、携帯はいつもアドレス帳から掛けてたから、母さんの携帯とか仕事先の番号も分からなくて。背広のポケット探してたら、いつかもらったおまえの高校の教頭先生の名刺があったんで」
 
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「それってボクが高校に入る前だよね。物持ちがいいね!」
 
しかし・・・・お父ちゃんって背広洗濯しないの!?
 
何でも通りがかりの人に100円玉をめぐんでもらって公衆電話から掛けているということだった。
 
「じゃ手持ちのお金持って行ってあげるから、お父ちゃん今どこに居るの?」
 
父はバス代も無いので歩いて授業を受ける学校まで行くということだった。歩いて行くと1時間くらい掛かるらしく、今日の1時間目は遅刻あるいは欠席になってしまうが、2時間目以降は間に合うだろうということだった。それで千里は授業が終わる頃までに、学校まで行ってあげるよと伝えた。
 

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千里は先生に許可を得ると最初に父の携帯の電話会社に電話し、父の携帯の停止を依頼した。その上で、先生に事情を話し、その日の午後は早引きにさせてもらって、父の救援に駆けつけることにした。
 
学校を出てバスで旭川駅まで行き、ATMでお金を少し降ろした上で、13:00のスーパーカムイに飛び乗った。14:20に札幌駅に到着する。取り敢えず安い財布と札入れにバッグを買い、財布に1万円札と千円札10枚、札入れに1万円札3枚を入れておいてあげた。4泊5日なら1日の食費4000円と宿泊費2000円(青少年の家とかに泊まるらしい)と計算して28000円。その後、留萌に帰るには高速バスで2100円、JRで4900円である。それに少しゆとりを持たせておく。
 
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また特急の車内で書いておいた、母の携帯などいくつかの連絡先電話番号のメモも入れておいた。また母には状況を簡単にメールしておいた。
 
バスで集中スクーリングの会場まで行く。授業中だったので、職員室に居た先生にバッグごと託した。
 
「済みません。村山武矢の家族のものですが、父が携帯と財布を落としたというので、取り敢えずお金を持ってきたので渡して頂けますか?」
 
「はいはい。村山さん、そんなこと言ってましたね。息子さんが持って来てくれるとおっしゃってましたが、お嬢さんが持っていらしたんですね?」
と先生。
 
ん?お嬢さん?
 
それで千里は自分の服装を見る。
 
そうだった!!私女子制服のまま来てるじゃん。これでは父に会えなかった!!
 
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「20分くらい待てば授業時間が終わりますけど、会って行かれます?」
「あ、いえ。私、ちょっと予定が入っているのですぐ戻らなければならなくて」
「そうですか。じゃ、お嬢さんがいらしましたよと伝えておきますね」
「済みませーん!」
 
あはははは。玲羅が来たと思うかな??
 
それで千里は学校を後にした。
 

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バスを待って札幌駅まで戻ると、もう16時半である。17時の特急に乗っても旭川駅に着くのは18:20。学校に戻ると19時近くになる。今日は練習も休みだなと思い、南野コーチの携帯に今日の練習は休みますとメールを入れておいた。
 
取り敢えず近くのマクドナルドに入り、しばらくボーっとしている内に何だか曲を思いついたので、五線紙に書き留めておく。
 
ふと気づいたら18時半である。あれ〜。私、1時間半くらいここでボーっとしていたのかと思い、お店を出る。
 
それで旭川行きの切符を買おうと駅構内に入って行っていたら、ばったりと札幌P高校の佐藤さんに遭遇した。彼女は制服姿で、通学鞄を手に持っている。
 
「あらぁ〜奇遇〜」
「お帰りですか?」
などと言葉を交わしてから、
 
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「でもどうしたの?今日は練習無いの?」
と同時に尋ねて、つい笑ってしまう。
 
せっかく遭遇したし、お話でもということで、結局ケンタッキーに入る。
 

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「そうそう。N高校さん、オールジャパン進出おめでとう」
と佐藤さん。
 
「ありがとう。ウィンターカップ行きたかったけどね」
と千里。
 
「それは椅子がひとつしか無いから譲れないなあ」
と佐藤さん。
 
「でもウィンターカップ決勝での佐藤さん、夏の国体予選の時からも随分進化していたから、私も負けられないなあと思ってる」
「それはこちらの台詞だ」
と言ってから佐藤さんは少し遠くを見るような目をして言った。
 
「今回のウィンターカップ予選決勝の勝利、私、凄く嬉しかった」
「P高校さんは普通に毎回行っているのに」
「うん、そこが問題なんだよ」
と言って佐藤さんは少し考えるようにする。千里はゆっくりと彼女の言葉を待った。
 
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「私さ。今《代表》という言葉を本当に噛み締めているんだ。自分たちは村山さんや溝口さんたちに勝って東京体育館に行くんだ。自分たちは北海道の全バスケガールの代表なんだという気持ちを強く肝に銘じている」
 
千里はじっと彼女の言葉を聞いている。
 
「1年生の時はチームがインターハイやウィンターカップに出るのは当然だと思っていた。だからそのベンチ枠に入るためだけに戦っていた。他の部員は全員敵だと思っていた。今年のインハイ予選で負けて、私はfor the teamに目覚めた」
 
千里は彼女の言葉の重さを噛みしめていた。
 
「だから私、この夏以来、常に今誰が最も得点しやすいかというのを考えて、いちばん得点確率の高い子にボールを回すようにしている」
 
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「ポイントガードの発想ですね」
 
「もっとも大抵の場合、自分がいちばん確率が高いから自分で行くという選択になるけどね」
 
「それでこそ佐藤さんです。頑張って下さい。優勝狙って下さい」
「当然」
 
それで佐藤さんと千里は硬い握手をした。
 

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女の子たちのウィンターカップ高2編(1)

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