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小風は連絡を受けたのが葬儀をやっている最中だったので、きりのいい所で抜けだし、大学生の従姉の車で唐津まで送ってもらうことにした。そこから電車で福岡空港に移動する。それで飛行機の便を予約して、到着時刻を連絡したら申し訳ないが、飛行機や新幹線には乗らずに、電話連絡のできるところで待機してくれと言われてしまった。
「うーん。連絡の取れるところか。福岡空港のロビーで待ってようかな」
と小風が言うと
「小風ちゃん、ひとりじゃトイレにも安心して行けないだろうし、空港までつきあうよ」
「すみませーん」
それで従姉は唐津までではなく、そこから西九州自動車道で博多まで小風を送ってくれた。途中何度か連絡はあるものの、いっこうに飛行機に乗ってくれという連絡はない。
「どうしよう。ホテルに泊まらなくちゃかな」
すると従姉は言った。
「いっそ、今から車で東京まで走ろうか?」
「えーー!?」
「一度そういう長距離走ってみたかったのよね」
ということばで小風はちょっと不安になる。
「でも電話がつながらない所に入るとまずいから」
「中国道じゃなくて山陽道の方を走ればたぶんほとんど圏外にはならないはず」
「でもぶっ通しで運転すると疲れますよ」
「一応2時間走ったら1時間休憩するペースで。小風ちゃんは後部座席で寝てて」
「寝てます!」
一方、連絡を受けて駆けつけた冬子は、再度事情を聞いて、自分が歌唱参加したバージョンに戻して発売するという件に合意する。それでラムが参加する前にいったん完成していたはずの「マスターデータ」を探すのだが
「これが最終でしょうか?」
「タイムスタンプはこれがいちばん新しい」
「でもこれは完成していないね」
「うん。どうかしたスタジオならこれで完成ですと言うかも知れないけど、これはうちのクォリティじゃない」
それで担当した人に電話するのだがあいにくつながらない。やっと家族の人を捕まえたが「済みません。チェジュ島に釣りに行ってます」と言われる。
「どこでしたっけ?」
「韓国なんですけど」
「国外ですか!」
でも韓国なら何とか連絡がつくはずというので、ツアーの主宰会社を通して何とか連絡を取った。
「それのマスターデータは、佐渡サーバーのPrivateフォルダのKARIONというフォルダに入れたはずです。パスワードは・・・」
というのでその場所を見るが、それらしきデータは見当たらない。
「あれ?変ですね。それのバックアップが礼文サーバーにありませんか?」
このスタジオではサーバーの名前に日本の島の名前を使用している。
しかし彼と30分近いやりとりをした結果、結論から言って冬子が入ったバージョンの完成したはずのマスターデータは行方不明であると判断せざるを得なかった。
(実はサーバーの時計がダウンしていて、そこにセーブしたデータのタイムスタンプがおかしくなっており、そのため《本当の最新版》が一見古いデータのように見えたのであったことが数日後に判明した)
「仕方ない。このいちばん新しいものから再度マスターを作りましょう」
とこちらに居る技術者さんは言ったのだが
「今考えていたんですが、それ歌詞が違います」
と和泉が言う。
「あ、そうだった! 歌詞の一部が商品名に聞こえるというので、変えたんだった」
「ということは、完成したマスターがあっても結局使えなかったのか」
「その部分の歌唱を録り直すかカットするしかないですね」
「録り直そう」
「でも小風と美空が」
「小風と美空の歌唱は、ラムが入ったバージョンの方からコピーする」
「なるほど!」
「だから冬子だけ居ればいいんだ!」
「やはり冬子に来てもらって助かった」
冬子は考えていた。自分が東京に残っていたのは蔵田さんに強引に楽曲制作に付き合わされたおかげだよなと。しかし冬子はこの日唐突に楽曲制作をすることになったのが、昨日美空と会っていた八雲が、旭川駅で偶然蔵田と遭遇したのが発端になっていたとは、知るよしも無かった。
一方の美空は、連絡があるのは明日の朝と千里が占ったのを信じて、その日20時頃までDRKの録音に付き合い、録音作業を完了させた。
「お疲れ様でした」
「何とかまとまったね」
「じゃ、これ数日中にマスターにまとめてプレスに回しますので」
「よろしくお願いします」
その後、みんなで一緒にジンギスカンを食べに行く。
「美空ちゃん、食べっぷりが凄い!」
と感心される。
その後、月夜と一緒に父の家に行き、父の奥さんに歓迎されて、そこでまたおやつをたくさん食べて、美空の胃袋を充分承知しているはずの月夜からも呆れられる。そしてその日はぐっすりと眠った。
そして翌日早朝、父の車で旭川の家を出発。新千歳空港で待機する。月夜は荷物を持って一足先に行くことにして、7:50の便で羽田に向かった。美空は父と一緒に空港内のレストランで笑顔でおやつを食べていた。
小風は従姉の車で、九州自動車道から山陽自動車道方面へと移動しつつあった。小風は起きていると酔いそうだったし、後部座席で(本当はいけないのだが)横になって寝ていた。翌朝は西宮名塩で少し長めの仮眠をしたが、まだ連絡は入らない。結局お昼も過ぎて湾岸長島PAで休憩していた時に、やっと「移動していい」という連絡がある。
「ここまでありがとうございました。このあとは新幹線で移動してもいいみたいだから、名古屋駅で降ろしてもらえます?」
「あ、それより飛行機の方が早くない? セントレアに行こうか?」
「でも飛行機は乗り降りでけっこう時間を食うから」
「そっかー。じゃ、名古屋駅に行くね」
それで小風は名古屋駅で降ろしてもらい、15時の新幹線に乗った。17時頃東京に着くはずである。
一方の美空は14時すぎに「移動してよい」という連絡が入ったが、千里の占いを信じて既に14:30発の便に乗るべくセキュリティも通って搭乗ゲート前で待機していた。それで連絡を受けたので安心してその便に乗る。そして16時に羽田に着くが、荷物は既に月夜が持って行ってくれているのでバッグ1つの身軽な旅である。そのままモノレールに乗って16:50に浜松町に着いた。
そして美空はJRへの乗換口を通り、山手線の「東京上野方面行き」(内回り)に乗った。
(本当は外回りの新宿方面行きに乗らなければならない)
美空がちょうど浜松町に着いた頃、小風の乗る新幹線は品川に着いた。早足で歩いて乗り換える。小風はちゃんと山手線外回り「新宿方面行き」に乗車し、17時半頃に新宿のスタジオにたどり着いた。
新幹線の中ではひたすら寝ていたが、平戸からずっと運転がまだ未熟な従姉の車に揺られてくたくたに疲れている。もうやだ。もう絶対辞めてやる!と思ってスタジオに入っていった。
しかしそこで見たものは真剣な表情でテータの調整をしている和泉と冬子の姿であった。
「あ、小風ちゃん、お疲れ様。大変だったでしょ?」
と冬子が笑顔で小風を迎え入れたので、小風は心がキュンとするような感覚を覚えた。
「和泉ちゃん、冬ちゃん、鏡の国のセットを作ったんだけど、問題無いかどうか見てくれる?」
と畠山社長が入って来て言う。
「あ、小風ちゃん!お帰り!助かった。ありがとう。大変だったよね」
と言う畠山さんの顔はかなり疲労が溜まっている感じだ。
「セットできたなら私も見ましょうか?」
と小風は言ったが
「美空ちゃんが戻るまでは撮影できないし、休んでて。何なら仮眠してて、そこに毛布あるし」
と冬子は言う。
「あ、そうそう。滋養強壮にこれいいらしいよ」
と言ってユンケルをくれる!
「うん。小風はまだ少し休んでて」
と和泉も言うので小風は毛布を取り
「じゃ少しまだ寝てるね」
と言ってソファに横になった。
そして目をつぶりながら考えた。
冬子や和泉が頑張ってるなら、私ももう少し頑張ろうかな、と。
美空に先行して荷物を持ってスタジオに入っていた月夜は14時半の便に乗ったはずの美空がなかなか来ないので、18時すぎに美空に電話する。
「今どこに居るの?」
「あ、ごめーん。寝てた。どこかな?」
と言って、結局近くに乗っている人に尋ねているふう。
(電車内での通話は遠慮しましょう)
「もうすぐ三鷹だって」
「なぜそんな所に居る!?」
美空は東京駅に着いた所で『そうだ、中央線に乗り換えなくちゃ』と思ってしまった。羽田から自宅に帰る時の乗換パターンが勝手に頭の中で起動してしまったのである。そして目的地である新宿を通り過ぎて、ひたすら自宅に向かって移動していたようである。
それで月夜の指示に従って、次の駅で降りて、反対方面行きに乗った。結局美空がスタジオにたどり着いたのは19時近くで、小風より1時間遅れての到着となった。しかし美空はそもそも昨夜も熟睡しているし、今日も中央線往復の間ひたすら寝ていたので、とっても元気であった。
それですぐにPVの撮り直しに入ることができた。
美空が無事スタジオでの撮影に入ったのを見届けた《せいちゃん》は『全くこの子、苦労するぜ』と独り言を言ってから、北海道にいる《宿主》の所に帰還した。
「へー!お面しちゃうんですか?」
と陽子は面白そうに言った。
「あんたたち、それぞれの事情で身元を明かせないんでしょ? だったら顔を完全に隠して虹子ちゃん・星子ちゃんのバックで踊っていればいい」
としまうららさんは言う。
「あ、そうか。顔を隠してステージに立てばいいんですね」
「うんうん。あんたたちが居た方が、気良姉妹も安心して歌えるし」
「うん、それで行きましょう」
と八雲も楽しそうに言った。
「何なら男装してもいいよ」
「あ、私実は男装好き」
「私も男装とかしてみたいな」
「ギターとベースの人は逆に女装してみません?」
「やだ、絶対やだ」
「何かトラウマでも?」
「ああ。こいつ、幼稚園の頃、悪いことするとよく罰としてスカート穿かされていたらしいですよ」
と秋月(紅ゆたか)は笑って言った。
「おお、ペティコート・パニッシュメントか」
と、しまうららさんも楽しそうに言った。
鮎奈が美空から「KARIONのCDとPV間に合ったぁ」という連絡を受けたのは水曜日であった。
「今までやってたの?」
「CDのデータは月曜の朝までに和泉と冬子が完成させて、テレビCMのを午後までに完成させて、その後火曜日に新たにPVを撮り直したんだよ。今日は学校に出たから連絡するの今になった」
と言いつつ、美空はなんか違う気もするなと思っていた。実際にはPVを撮り直したのは美空と小風が東京に戻ってきた月曜日の夕方から夜に掛けてで、火曜日は丸1日自宅で寝ていたのだが、疲労もあって記憶が混乱していたようである。
「大変だったね! あ、じゃ結局冬子ちゃんと一緒にやることになったんだ?」
「そうなるみたい。PVは全部4人で撮ったし。冬子ちゃん、学校にも女子制服で出て行くことにしたみたいだし」
実際冬子は火曜日は半ば朦朧とした意識の状態で、母との約束で学校にいかなければと言って、女子制服を着たまま学校に出て行った。実はこの日は冬子が高校3年間で唯一女子制服で授業を受けた日なのだが、本人はあまりにも疲れていたため、そのことを覚えていないようである。しかし仁恵が「記念撮影」していた画像が後に政子の手に渡ることになる。
「そりゃ、女子高生アイドルしてて、学校に男子制服で通うのは変だよね」
などと言いながら、鮎奈は女子バスケ選手しながら学校に男子制服で出てきていた一時期の千里のことを考えていた。
「結局、性転換手術は延期したのかな?」
「うん。それだけど、和泉ちゃんが言うには、あの子実はとっくに性転換しているんだけど、親に黙ってやっちゃったから、まだ性転換していなかったことにしていただけじゃなかろうかと」
「ああ、それはあり得るよねー。結構高校生で性転換しちゃう子いるんだろうな」
と美空と話しながら、鮎奈は本当の所は千里はいつ性転換したのだろうと考えていた。