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■女の子たちの塞翁が馬(1)

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(C)Eriko Kawaguchi 2014-11-28
 
雪国の学校では、冬の間、体育の授業でスキーやスケートをする。千里も小学生の時から、スキーには親しんできた。
 
その日は午前中の3−4時間目を体育の時間に振り替え、2年生全員でスキー場にやってきた。他の地域から来た子・数人を除いてはみんな中級者・上級者なので一応、中級者・上級者アルペン(滑り降りるスキー)・上級者ノルディック(歩くスキー。むろん斜面は滑る)とグループ分けして、各々に適したコースに移動して、ひたすら滑って楽しむ。体育の授業ではあってもレクリエーション色の強い時間である。
 
ごく少人数の初心者グループに薫と川南がいるのに気づいて声を掛ける。
「あんたたち、初心者なんだっけ?」
 
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「私はスキーなんてやったことない。道具も初めて買った」
と薫。
 
「ああ、あんたは仕方ないか。なんで川南は初心者なの?」
「私が育った町は気温は下がるからスケートやってたけど、雪はそんなに多くはなかったし、学校の近くに適当な初心者向きのスキー場も無かったのよね」
「去年は?」
「去年のシーズンはずっと初心者コースで練習したけど、まだボーゲンから卒業できない」
「パラレルターンとスケートの曲がり方って腰の使い方同じなのに」
「先生からもそう言われたけど、できないんだよ」
「うーん。頑張ってね〜」
 

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千里は上級者アルペンコースに参加したので、蓮菜や京子たちと一緒にかなりの傾斜がある斜面を滑って楽しんでいた。この時間帯は学校で事実上貸し切りになっていてリフトも自由に使用できる。
 
「勢いが付いた所で角度のある部分に突入すると、結構きゃーって思うよね」
「ジェットコースターやウォータースライダーと同じだよね。止めるすべは無いから覚悟を決めて突入しないといけない」
「止めようとしたら間違いなく大怪我する」
 
「でも人生ってそんなものかも知れないよね。ある意味みんな勢いで生きてる」
「時々分岐点があるけど、その分岐点で自分の行く道を決めてしまったら、もう突き進むしかない」
「迷っても仕方ない所ってあるよね」
 
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千里はそんな会話を意味深だなと思いながら聴いていた。
 
「千里は女子として入学したはずが、1年生の間はけっこう男子制服着てたよね」
「迷っても仕方ないのにね」
「だいたいとっくに性転換手術受けていたのに、男子を装うというのが混乱の元」
 
ああ、私って何だか誤解されてるなと改めて思う。
 
考えてみると、昨年11月に性別の検査受けてくれと言われて病院に行き、そこで先生は確かに自分の目の前で「心は女だが身体は男」という診断書を書いたはずが、協会に提出された診断書はなぜか「心も身体も女性である」となっていて、結果的に自分はその後、女子チームに移動され、インターハイの道予選前に本当に女の子になってしまった。あれが京子の言うところの自分の分岐点なのかなという気もする。
 
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だけど、分岐点で私、選択の余地が無かったけど!?
 
後ろで《いんちゃん》がくすくす笑っている。どうもこの子は「全部」は私のことについて話してないよなと思うことがある。出羽の美鳳さんでさえ知らないことを色々知っている雰囲気だ。
 

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上級者にはあまり教えることもないので、先生たちもコースのスタート地点と終点に1人ずつ居て、時々連絡を取り合っているだけのようである。何度か目に下まで降りて行って、リフトの所で待っていた時、先生が寄ってきて
 
「君たち、前田(鮎奈)さん、見なかったよね?」
 
私たちは顔を見合わせる。
 
「前田はノルディックの方に参加してましたよね?」
「あの子、距離用のスキー使ってたもんね」
 
滑降用(アルペン用)のスキーは靴がスキーに固定されるが、距離用(ノルディック用)のスキーは踵(かかと)が浮くようになっていて、左右のスキー板を交互に滑らせて歩きやすいようになっている。
 
「それがコースに立っている先生が通過していく生徒にチェック入れてたんだけど30分ほど前から前田だけ通過しないということで、ひとりの先生がぐるっとコースを一周してみたんだけど見当たらないんだ。勝手にこちらに来てはいないかというので連絡があったんだけど」
 
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「こちらでは見てないね」
「私たちも探すのに参加しましょうか?」
「君たち携帯は持ってる?」
「はい」
 
ということで、千里と蓮菜・京子の3人が鮎奈の捜索に加わることになった。
 

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コースを外れると危険だからということで、あくまでコースの中を歩き回り、コースから外れていくスキー跡が無いかをチェックする。
 
「しかし鮎奈は携帯は持ってなかったのかな」
「たぶん落としたんだよ」
「あるいは圏外にいるか」
「うん。ノルディックコースの一部とか、アルペン上級者コースのかなりの部分が圏外みたい」
 
私たち3人は少しずつ距離を開けて、上級者コース、中級者コースをできるだけゆっくりと滑り降りて、外れていくスキー跡を発見したら、停まって次に降りてくる子に連絡し、その子がその跡を確認するという作業をした。私たち以外に、梨乃・花野子・恵果の3人も同じ方式でチェックしてくれて、私たちは梨乃たちともお互いに連絡を取りながら捜索を続ける。
 
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アルペンコースのチェックは私たちや先生たちのグループを含めて4組でやっていたものの、どうもこちらには居ないようだというので、ノルディックコースの方に移動した。授業は4時間目の時間が終わるので捜索隊に加わっている生徒と先生以外は帰ることにする。学校側からも応援の先生が来てくれた。
 
お昼なのでヒュッテで交代で各自お昼を食べてからまた捜索に戻る。やがて2時を過ぎる。
 
「警察にも連絡した方がいいかな?」
「前田さんのお母さんには一報を入れて、お母さんがすぐ来るということだった」
 
ということで次第に大事(おおごと)になってきつつある。
 

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京子が言った。
 
「やはりさ」
「うん?」
「鮎奈といちばん仲がいい、私たち3人が見つけてあげなければいけないと思う」
と京子。
 
「いや、それで見つかればいいけど」
と蓮菜が言うが
 
「うん。私たちが見つけようよ」
と千里は言った。
 

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やり方を変える。
 
コースに沿って探すのは、他の捜索グループも先生たちもやっている。私たちは鮎奈と精神同調しようと京子は提案した。ノルディックコースのできるだけ中心に近い付近に移動した。
 
「目をつぶって、鮎奈の心の叫びに耳を澄ませるのよ」
と京子が言う。
 
取り敢えずやってみる。うーん。私って、その手の超能力の類いが無いからなあ。。。と千里が思っていた時、《りくちゃん》が肩をトントンとした。
 
『千里、俺たちも探そうか?』
『そうだった。あんたたちに頼む手があった!』
『千里、しっかりしろよ。俺たちはこういう時のために居るんだから』
『みんな、よろしく!』
 
それで《いんちゃん》以外の眷属全員が山に散って、探し始めてくれた。《いんちゃん》は千里の守りに残ってくれている。
 
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5分ほど経ったところで蓮菜が
 
「分からん」
と素直に音を上げた。
 
しかし千里は
「こちらだと思う」
と言って左手をまっすぐ伸ばした。
 
こんな話を信じてくれそうな先生というので、捜索の応援に来ていた保健室の山本先生を見つけ、話すと、男性の体育の先生4人と一緒に、千里が「鮎奈の波動を感じる」と主張した方角に行ってみることにした。
 
ここは藁をもつかむ思いだ。この日の日没は15:54だそうである。千里たちが先生たちと一緒に千里の指さす方角に行き始めたのが14:30頃であった。日没までに発見しないと遭難の恐れもあるので(既に遭難している気もするが)、警察・消防の捜索隊も入ってくれている。お母さんも麓のヒュッテで待機している。
 
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千里たちはノルディックのコースに沿って移動していくが、中腹付近で上から滑ってきた後、少し等高線に沿って300mほど歩き、更にまた降りて行くルートのところで、千里はその横歩きのルートを突き抜けた。
 
「そちらに行ったのか?」
「そちらも**先生が少し入ってみたけど、スキー跡とかが見当たらなかったんで戻って来たんだよね」
 
千里は無言でスキーを滑らせて歩いて行く。そして白樺の木の小さな切れ目があったところで
 
「ここを登ってみましょう」
と言った。
 
「登るのか!?」
「なぜ下に降りない?」
「いや、山で道に迷った時は下に向かうより上に向かった方がルートに戻れる確率は高いんだ」
 
「あ!靴の跡がある」
とひとりの先生が言う。
 
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「たぶんスキーを脱いで歩いて登ったんだ」
「これ小さいし後から降った雪で覆われていて気づきにくい」
 

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どうもそれらしいということで、ひとりの先生が目印になるため残り、応援の先生を呼ぶべく連絡して、千里たちは一緒にそこを登っていった。
 
最初は林の切れ目という感じであったものの、その内完璧に森林の中という感じになる。実をいうと麓の方に居た段階では波動まで感じられなかったのだが、ここまで来ると千里も鮎奈の波動をしっかりと感じることができた。それでその波動を頼りに歩いて行く。京子・蓮菜と先生たちがそれに続く。
 
「鮎奈、元気そうだよ。mp3プレイヤーで音楽聴いてるみたい」
と千里が言うと
「のんきだな」
と蓮菜が言うが
 
「いや、こういう時は何かで気を紛らわせた方がいい」
と山本先生は言う。
 
そしてそこは小さな尾根になっている場所であった。鮎奈はスキーの上に座り込んで銀色のシートにくるまっていた。
 
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「鮎奈!」
「千里!」
 
と呼び合う。千里が駆け寄ってハグした。京子・蓮菜も鮎奈をハグする。
 
山本先生が近づいて来て
「前田さん、怪我は?」
と訊く。
 
「転んだひょうしに足首ねじっちゃって。戻り道が分からなくなって上の方にいけばどこかに出るかなと思ったら、ここって凸状になってて、こらあかんと思って。足は痛いし動き回らない方がいいかなと思って。非常用の断熱シート持っていたのでくるまってました」
と鮎奈は元気そうに言った。
 

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鮎奈は濡れた靴と靴下、手袋は凍傷防止のため脱いで、あまり濡れていないマフラーで覆っていた。山本先生が用意していたホットグローブ、ホット靴下をはかせるが、先生が見た所は凍傷の心配は無さそうであった。本人も手足の指を冷やさないように気をつけていたと言っていた。
 
携帯が圏外なので、とりあえず降りて行く。男の先生が鮎奈を背負ってくれて、みんなで一緒に下に降りて行った。
 
「鮎奈、携帯持ってなかったんだっけ?」
「バッテリーが切れてた」
「それはまた肝心の時に役立たない」
「現代人の文化の最大の弱点だね」
 
途中で目印の先生が立っていてくれた所まで行くと、携帯のアンテナが立つのでそこから無事保護の連絡を入れる。お母さんと話して、鮎奈がちょっと涙を浮かべていた。
 
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「でもなんで凍傷って、手や足の指でやりやすいのかな?」
「それは人間の防衛システムでしょ。心臓が真っ先に凍ったらやばいから、最悪失っても何とかなる部分を犠牲にして、身体の本体を守ろうとするんだよ」
 
「そうか。細い先端部分ってのはそもそも血液が行きにくそうだしね」
「だったら、おちんちんも凍傷になりやすい?」
「どうしたらそこが冷えるの?」
 
「いや、昔は馬に乗って冬山の峠を越えたりしていたから、あの付近が圧迫されて血流が悪くなって凍傷ってあったらしいよ」
「おちんちんが凍傷になると、おちんちん切断?」
「それわざとやる人もいたりして」
 
「あんたたち、なぜそういう話になるの?」
と山本先生が呆れている。
 
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「下着を着けずに暴れ馬に乗って睾丸を潰すというのは古くから知られていた手法らしいけど」
と千里が言う。
 
「塞翁が馬って奴だっけ?」
「全然違うと思うけど」
「塞翁が馬って、塞翁って人の孫が、馬にタマタマ蹴り潰されて男じゃなくなってしまったけど、おかげで徴兵に行かずに済んだって話だよね?作者も女装でよくテレビドラマに出演していた作家で」
 
「どこから訂正してあげるべきか悩むな」
「原作と二次作品がごっちゃになってる」
「女装といってもおばあちゃん役なんだけど」
「あれれ?違った〜?」
 
「おまえら、ほんとに学年で成績トップ争いしてる子か?」
とひとりの先生が呆れている。
 
「でも馬に乗ってて睾丸が潰れたら、その瞬間、気を失って馬から振り落とされたりして」
「それで馬に蹴られて即死したりして」
 
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「多分それ、男になるくらいなら死んだほうがマシと思ってやったんじゃないの?」
と山本先生が言うと千里は物凄く納得した。
 
しかしおちんちん切断とか、睾丸を潰すなどという話に、鮎奈を背負っている男の先生が嫌そうな顔をしていた。
 

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