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■女の子たちの火の用心(1)

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(C)Eriko Kawaguchi 2014-10-10
 
やがて《せいちゃん》に起こされて車の外に出てみる。さすが南国である。10月の明け方というのに、そんなに寒い感じはしない。それでも千里は《たいちゃん》のアドバイスで制服の上にウィンドブレーカーを着た。
 
『星がきれい』
『もうすぐ天文薄明が始まる。多分その前に起こした方がいいだろうと思ったから起こしたよ』
『うん。ありがとう』
 
この日は結構雲もあったのだが、その雲のまにまに見える星は美しかった。
 
やがて空が明るくなり始める。
 

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千里が車の傍に立って空を見ていた時、若い男が2人、千里の姿を認めて車の方に近づいて行った。星明かりに照らされた千里の顔とたなびく長い髪が美しい。男たちは思わずごくりと唾を飲み込み、顔を見合わせた。
 
そして声を掛けようと、車の傍まで寄ろうとした時。
 
突然目の前に凄い形相の赤鬼が現れる。
 
ぎょっとして立ち止まるふたり。
 
「な。なんだよ? 鬼のコスプレか?」
「びっくりするじゃねーか」
 
とは言ったものの、赤鬼が手に持っている金棒を高く掲げると、その雰囲気に呑まれ、足がすくんでしまった。
 

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「ぎゃー!」
という凄い声を聞いて千里は道路の方角を振り返る。
 
男がふたり向こうの方に走って行っている。
 
『何だろう?』
『さあ。キンタマ掴む妖怪にでも襲われたのでは?』
『こうちゃんって結構下ネタが多いよね』
『好きなくせに』
『うーん・・・』
 
千里は熊本駅で買った無糖の缶コーヒーを開けて飲みながら空と海を見詰めていた。エアコンの吹出口に置いておいたので暖かい。暗い内は良く分からなかった青島の姿も、明るくなってくるにつれ次第にその姿を現していく。
 
『ここは明るい聖地なんだね』
『昼間は観光地化しちゃうけどね』
 
千里は腕時計を見て6時少し前に島への橋を渡り始めた。海風が心地良い。島の右手を回り込むようにして青島神社に到達する。神社の人が境内の掃除をしていたので「おはようございます」と挨拶を交わした。
 
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拝殿でお参りをした後、当然のように右手の奥宮の方に行く。
 
『千里この奥宮知ってた?』
と《りくちゃん》が言ったのだが
 
『え? 奥宮があるの?』
と千里は答える。
 
《りくちゃん》は悩んでいたが、《いんちゃん》がクスクスクスと笑っていた。千里の行動はだいたいこんなものである。
 
奥宮でお参りした後、神社の外に出て島の向こう側まで歩いて行く。水平線から登ったばかりの太陽が力強く輝いていた。千里はバッグから五線紙とボールペンを出すと、その場に座って、五線紙に音符を綴っていった。
 
30分ほど太陽や海を見つつペンを走らせてから来た道を辿り車に戻った。雨宮先生にメールする。
 
《青島で日の出を見ました》
 
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折り返し電話が掛かって来た。
 
「じゃその感動をもとに曲を書いて」
「書きました」
「優秀優秀。言わなくてもちゃんとできるようになったね」
「この後はどうすれば?」
 
「鵜戸神宮(うど・じんぐう)に行って」
「この近くでしたっけ?」
「車で10分くらいよ」
「なるほど40分くらいかかるんですね」
「あんた察しが良すぎるよ」
「先生の弟子ですから」
「毛利は私のことば真に受けるのになあ」
「ああ、あの人素朴ですから」
「まあそれがいい所だけどね」
 

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取り敢えず車内で私服に着替えた。夜中はまだいいが、明るい時に女子高生の制服を着て車を運転している図は問題がありすぎる。
 
カーナビに鵜戸神宮をセットする。車中泊したSAから青島まで《きーちゃん》に運転してもらったので今度は《こうちゃん》に運転を頼んで千里は神経を眠らせた。
 
鵜戸神宮の鳥居前の駐車場で起こされて時計を見ると30分しか経ってない。
 
『いいけど事故は起こさないようにね』
『俺の運転テクを信用しろよ』
『はいはい。でもありがとね』
 
と言って車を降り、取り敢えずトイレに行った後、参道を歩いて行く。
 
『千里、ここ来たことあった?』
『ううん。でもこっちだよね?』
『そうだけど』
 
また悩んでいるふうの《りくちゃん》の肩を《いんちゃん》がトントンと叩いていた。
 
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鵜戸神宮は海に面した断崖絶壁の途中にある。よくまあこんな凄い場所にこんなもの建てたものだと千里は感心してお参りをした。
 
拝殿でお参りした後、左手からぐるりと洞窟(というより断崖の窪み)を回る。
 
『ここ触っていくとおっぱい大きくなるよ』
と《てんちゃん》が言うので、ホント?と言って、お乳岩に触っておいた。回り終えた所に、運玉投げというのがある。
 
「これどうするんですか?」
「そこに亀の形をした岩がありますが、その甲羅の部分に窪みがありまして、そこにこの玉を投げ入れるんです。女性は右手で、男性は左手で投げ入れることになっています」
 
「へー。やってみます。ありがとうございます」
と言って1セット5個の素焼きの玉を買う。
 
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それで亀石の前に行き、女は右と言われたなと思い、右手で握って投げ入れる。
 
玉はきれいに亀石の窪みに入る。入ったけど、これでいいのかな?と思い、2個目を投げる。2個目もきれいに入る。3個目・4個目を投げる時、近くにいる観光客が自分を注目していることに気付く。ちょっと面はゆい気持ちのまま5個目を投げる。これも入る。
 
「凄い。5個とも入れるって」
「あんたソフトボールの選手か何か?」
「あ。いえ、バスケットボールのシューターです」
「それでか!」
「さすが!」
 
「ここ来たの3回目だけど、五発五中した人って初めて見た」
「ふつう、1個入ればいいほうだもんね」
 

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そんなことを近くの観光客と言っていたら
 
「さすがですね」
と少し離れた所に立っていた女性が言う。
 
「東京T高校の竹宮さんと山岸さん?」
と千里は驚いた顔で言った。
 
「ちゃんとこちらを認識するということはインハイでの私たちの試合、見ておられました?」
「いえ。済みません。ビデオで見ました。実は強い所の試合は全部見ています。控え部員を総動員してインターハイの全試合を記録しましたし」
 
「情報戦もしっかりしてますね!」
「有力校のデータは都道府県大会から偵察してますよ」
「そのあたりも快進撃の一因かな」
 
「そうですね。でもバスケのシューターなら五発五中できるでしょ?」
「いや、なかなかできないよ。月香、やってみてよ」
「うん」
と言って、千里が顔を知らない子が運玉を買ってくる。
 
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投げる。
 
1投目。入る。2投目。入る。3投目。入る。
 
「すげー!」
と観光客が驚いている。こんなに命中するのを連続で見られる機会はそうそう無いであろう。
 
月香は4投目を外してしまったが、5投目はまたちゃんと入れた。
 
「負けた〜」
と悔しそうだが
 
「いや、凄いです」
と千里は本気で褒めた。
 
「新戦力ですか? 私に見せて良かったのかな?」
「私たちと村山さんの所ってさ」
と竹宮さんが言う。
 
「今回インハイでどちらも準決勝負けだったから、次回ウィンターカップか来年のインハイで出て行った時、1回戦や2回戦で当たるような組合せにはならないと思うのよね」
 
「シードされるかもね」
「だから、多分そちらとやるのは準々決勝か決勝だよ」
「なるほど」
 
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準決勝はJ学園またはF女子高とやる可能性が高い。
 
「私たち2校がJ学院とF女子高をそれぞれ破れば、決勝で戦える」
「いい話ですね。やりましょう」
 
「だからそういう相手には秘密兵器を公開しても問題ないんだ」
「では決勝戦での対決、楽しみにしてます」
「うん」
 
それで千里は3人と握手した。
 

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「今日は旅行ですか?」
と千里は尋ねた。
 
「そそ。修学旅行」
「東京の私立なんて修学旅行は海外かと思った」
「うちはそんなにお金持ちの娘・息子は居ないから。村山さんは?」
「バイトでここに呼び出されたんです」
 
「バイトしてるんだ?」
「ええ。うち貧乏だから」
「村山さんほどの選手なら特別待遇でバイトなんかしなくて済むようにしてもらえそうなのに」
「うちは公立よりは少し予算が潤沢かなという程度だから」
 
「でも宮崎まで来るバイトって凄いですね」
「唐突にあちこちに呼び出されます。伊勢に呼び出されたり、京都に呼び出されたり。今回は今まででいちばん遠いですね」
「だったら次は沖縄だね」
 
「ありそうで怖いです。そうだ、森下さんは別行動ですか?」
「来るはずなんだけどねー。どこで引っかかっているのやら」
 
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しばらく3人とおしゃべりした後、そのバスケ部3人を含む5人のグループと一緒に鳥居の方まで戻った。すると何やら女性警官?と揉めている森下さんの姿がある。
 
「どうしたの?誠美」
「ああ、良かった。星乃助けて」
と森下さん。
 
「そちらはお連れさんですか?」
と女性警官。
 
「どうしたんですか?」
「女子トイレに入ったらきゃーっと悲鳴あげられて」
と森下さん。
 
千里は頭を抱え込んだ。まあこの身長あれば悲鳴あげられるかも知れん。髪も女の子にしては随分短い。
 
「たまたま近くに居たので女性の悲鳴で駆け付けて確保したのですが、この人は本当に女性ですか?」
と警官が訊く。
 
「合宿で一緒にお風呂とか入ってるから間違いないですよ。バスケットの選手なんです」
「ああ、そうでしたか。失礼しました。私たちとしては性別に確信が持てなかったので」
 
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「まあ女子トイレで悲鳴あげられたのは何度目だろうね」
と竹宮さん。
 
「数えたことないよ」
と森下さん。
 
それで開放してもらった所で、女子トイレでまた「キャー!」という悲鳴。
 
女性警官がトイレの中に飛んで行く。
 
「違う!私は女です!」
という野太い声がする。
 
千里たちがトイレを覗き込むと、どう見ても男にしか見えない50歳くらいの人物が女性警官に取り押さえられている。
 
「何ならお股を見てください。性転換手術済みですから」
などとその人物は言っている。
 
それで女性警官とその人物が一緒に個室に入り、すぐに出てくる。
 
「確かに女性でした。失礼しました」
と警官。
 
千里はため息を付いてその人物に言った。
 
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「お姉さん、性転換手術までしたのなら、確かに女性なのでしょうけど、もう少し女としてパスするように努力しません?」
 
「うん。実はそれが悩みなの。私、どうしても女に見えないみたいで」
「取り敢えずスカート穿きましょうよ」
と千里。
「若い頃は頑張って穿いてたんだけど、最近はなんか穿くのが恥ずかしい気がしてきて」
と彼女(?)。
「まだ女を捨てる年齢じゃないと思いますよ。せっかく性転換手術を受けたんだから、もっと女を演出しましょうよ」
 
「お化粧もした方がいいよね」
と竹宮さん。
 
「私メイクすると化け物みたいになっちゃうの」
「メイク教室とかに通うといいですよ」
 
「眉毛も細く切り揃えた方がいいと思うな」
と森下さん。森下さんの眉毛はきれいに整えられている感じだ。ひょっとしたら元々は結構太いのかも知れない。
 
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「ああ、眉毛だけでかなり印象変わるよね」
と山岸さんも言う。
 
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