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■女の子たちの火の用心(4)

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水曜日。昼休みに職員室に呼び出されると、父からの電話だった。
 
「お前、今日学校が終わった後、時間があるか?」
「ごめーん。週末にバスケの試合があるから練習で遅くなる」
「練習、何時までやってるの?」
「8時までだけど、その後、片付けて着替えたりしてると8時半になる。ボク副部長だし。部員みんなが帰るまで居ないといけないんだよ」
 
「へー。副部長なんてやってるんだ。頑張ってるな。だったら9時に会わないか?」
「今夜の9時?」
「そうそう」
 
「何の用事?」
「ここしばらく旭川で大工技術の講座受けてたんだけどさ」
「だいく? 家を建てる大工?」
「そうそう」
「お父さん、大工さんになるの?」
「なるつもりはないけど、色々職業訓練は覚えておこうと思ってさ」
「頑張ってるね」
 
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「それでさ。今日、講座の修了課題で、受講者全員で小屋を建ててるんだよ。旭川駅近くのA公園内なんだけど」
 
「へー。公園なんだ」
「その方が多くの人に見てもらえるということで。夕方までには完成すると思うけど、1日だけ展示して明日の夕方4時には解体し始めないといけない」
「ああ。何日も置いておけないよね」
「だから、お前に今夜見てもらおうと思ってさ」
 
「うん。いいよ。じゃ9時にA公園に行けばいい?」
「飯でも食おう。A公園のそばに**ってラーメン屋があるから、そこで晩飯食ってから見に行こう。明日までは小屋は逃げないから」
 
「そうだね」
 

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それで千里はその日の練習が終わると、いつものように制服には「着替えず」、汗を掻いた下着だけ交換し、体操服のままで鞄とスポーツバッグを持ち、A公園そばのラーメン屋さんに行った。
 
8:45くらいに着いたのだが、もう父が店の前で待っていたので、笑顔で少し斜め気味に会釈して一緒にラーメン屋さんに入る。父が少し変な顔をした。今の会釈女の子っぽすぎたかなと思う。
 
「なんだ。体操服で来たのか。制服は?」
「うん。通学は別に体操服でもいいんだよ。部活やった後は体操服のまま帰る子も多いよ」
「なるほどな。それと髪が随分長いぞ。まるで女みたいだ」
「忙しく切りに行けないんだよ」
「俺がバリカンで刈ってやろうか?」
 
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「来月くらいには行くよ。でもお父さん、色々職業訓練受けるって、大工さん以外にもするの?」
 
「うん。8月から9月にかけては電気工事の訓練も受けたぞ。これは留萌で講座があったんだけどな」
「へー!」
 
「そうだ。お前、オームの法則って知ってるか?」
「・・・知ってるけど?」
「電流の大きさって、電圧を抵抗で割ると出てくるんだってな。だから100ボルトの電圧を掛けた所に抵抗が5オームあったら、電流は20アンペアになるんだって」
 
何十年も通信技師をしていた人の言葉とは思えん! 電気で動く通信機器を使いこなしていても、電気そのものに関する知識は全く無かったんだろうな。それで使えてたのが凄いけど。
 
「よく勉強してるじゃん」
と千里は微笑んで言う。
 
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「右手の法則、左手の法則というのも習ったぞ。あと巻きネジの法則だっけ?」
「右ネジの法則だと思うけど」
「あ、それそれ。なんか頭の中がごっちゃになる。右手の法則と言われても、どの指が電流で、どの指が磁界だったがすぐ忘れてしまう」
「それは高校生でも忘れちゃうから試験前に復習するよ」
「やはりそういうものか」
 

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ラーメンを食べ終えた後、お店を出て公園に入る。入ったところでバッタリと薫に遭遇した。薫も体操服である。
 
「わっ、こんばんは」
「こんばんは」
 
「同級生?」
と父が訊くので千里は紹介する。
 
「こちら、バスケ部で一緒の歌子さん。こちらうちの父です」
「それはお世話になります」
 
などと挨拶してから父が心配したように言う。
「夜の公園はぶっそうですよ。女の子がひとりで大丈夫ですか?」
「ええ。ちょっとジョギングしてたんですけどね。でも私、男だから大丈夫ですよ」
 
「えーーー!?」
と父は絶句。
 
まあ、薫の容貌で男と言われたらたいがい驚くよね。しかし薫が体操服で良かったと思った。女子制服だったらまた説明が面倒な所だ。
 
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「まあボクと歌子さんが並んで歩いていたら、女の子が2人並んでいるように人は思うかもね」
と千里は言ったが
 
「うーん・・・」
と父は悩んでいた。
 

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「それじゃ気をつけて」
と言って別れる。
 
「しかしこんな時間までジョギングか。頑張るな」
と父。
 
「彼、深川に住んでいるんだよね。22:04が終電と言っていたから、今から駅に向かうと、ちょうど間に合うんじゃないかな」
「なるほどね。だけどあの子もお前みたいに長い髪だった」
「まあうちは運動部の子は自主的に短髪にしてる子が多いけど、校則としては襟に付かなければ違反じゃないからね」
「ふーん」
 
「お父さん、学校の勉強で分からない所とかはない?」
「あの連立方程式というのがよく分からん」
「ああ。あれはパズルみたいなものだから」
 
「二次方程式というのも良く分からん。解の公式って習ったけど、平方根って何だったっけ?」
「自分と掛け合わせてその数になる数だよ。例えば2×2=4だから4の平方根は2,3×3=9だから9の平方根は3」
 
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「ふーん。じゃ5とか6は自分と掛けて5や6になる数はないから平方根は無いよな?」
 
「整数だけ考えるんじゃなくて小数点付きの数まで考えないといけないんだよ。2.2×2.2=4.84, 2.3×2.3=5.29 だから、2.2と2.3の間のどこかに自乗したら5になる数がある。実際には5の平方根は 2.2360679 になる」
 
「あ、そうか。小数まで考えないといけないのか。でもよくそんな小さい数字お前覚えてるな」
「暗記法があるんだよ。5の平方根は富士山麓オーム鳴く」
「ほほお」
「2の平方根は一夜一夜に人見頃(ひとよひとよにひとみごろ1.41421356)、3の平方根は人並みにおごれやい(1.73205081)」
「なんか面白いな」
 

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そんなことを言いながら父は千里を公園の広場の方へ連れて行く。
 
「これなんだよ」
 
と父が見せてくれたのは小さな物置くらいのサイズの「家」であった。サイズ的には物置だが、形は家の形をしている。これ結構作るの大変だったろうなと千里は思った。
 
公園の街灯で浮かび上がっているので全体の形がしっかり見える。
 
「作りが凄い細かいね」
「そうそう。中には実際に大工の手伝いしたことのある人もいて、その人が頑張ったんだよ」
「凄い凄い」
 
ふたりでしばらく家のあちこちを触ってみていた。その時千里はふと、家の玄関の所に何か黒い物体が置かれているのに気付いた。
 
「あの玄関の所に置いてあるのは何?」
「さあ、何だろう」
 
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その時《りくちゃん》が言った。
 
『千里、この家から離れろ。今すぐ』
『え?』
 
と言った次の瞬間、千里はその玄関の所にダッシュして、黒い物体を取りあげた。金属かと思ったが黒く塗られた段ボールだ。表面に貼り付けられたタイマーみたいなのの数字がカウントダウンしている。12,11,10,....
 
どこに投げ捨てる?
 
『池の中に投げて』
と《りくちゃん》が言う。
『どっち?』
『こっち』
と《りくちゃん》が指し示す方角に、千里は思いっきり振りかぶって、その物体を投げた。
 
それは空中で物凄い炎を上げた。そして池の水面に着くと軽い爆発を起こして火が消えた。
 

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千里と父はしばらく沈黙していた。
 
「警察!警察呼ばなきゃ!」
 
それで父が110番する。すぐに警察は駆け付けてきてくれた。やはり最近放火が相次いでいるのでパトロールの人数を増やしているのだと警官は言っていた。
 
発火装置は池の中から回収された。あまり傷んでいない状態で発火装置を回収できたのは初めてということで、分析に回すという話であった。
 
近くの警察署に行って事情を聞かれる。他に、たまたまその時公園に居た人たちにも警察に来てもらって、怪しい人物を見なかったかというのを聞いたりしたようであった。ついでに数人酔っ払いが保護?されていた。
 
「ああ、それじゃあのミニチュアの家を作られたんですか?」
「そうなんですよ。それで息子に見せようと思って」
「なるほど。その息子さんはどちらへ?」
 
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「この息子ですが」
と父は憮然として言う。
 
「こちら、お嬢さんですよね?息子さんと3人で見ておられんですか?」
と警官。
 
「すみません。私、男です」
と仕方ないので千里は言った。
 
「そういう冗談はやめて欲しいんだけど」
「いや。こいつよく間違われるけど男ですから」
 
警官が信用してくれなかったので、結局美輪子に電話して出て来てもらって、それで確かに千里が男であるというのを証言してもらい、やっと納得してもらった。第1発見者なので怪しい所があるとまずいというので大変なことになったようである。
 
でも私、男であるというのを証明できないよね? 身体は女だし、生徒手帳の性別も女だし、図書館のカードとかも女になってるし。
 
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「でもお嬢さん、よく発火装置を池に投げ込めましたね。あの地点から池まで20-30mありますよね」
 
警官は千里が男と判明してもまだ「お嬢さん」などと言っている。
 
「私、バスケットボールのシューターなので。28mのコートの端から端まで、あれよりずっと大きなボールを投げますよ」
「へー。それは凄い。さすがですね」
 
千里たちは結局12時近くになって、やっと開放された。
 
「ところで怪しい若い女の子とかをあの公園で見ませんでした?」
 
警察はやはり犯人を完全に女性に絞り込んでいるようである。
 
「変な人は居なかったよね?」
「ああ、こいつの同級生の男には会ったけど、女は見てないよな」
 
薫と言葉を交わして千里がこの子は男と言っていなかったら父は薫のことを言ったかも知れないなと千里は思った。千里は心の中でまた不安が広がるのを感じていた。
 
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なお、証拠品として色々調べるため、念のためあの家はしばらく取り壊さないでくれということになったようである。1日で解体するはずが何日か残されることになって父は喜んでいた。
 
 
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